二匹のマルチーズと男が一人
春の錯覚を辿りやって来る
姿はゆらぐが後ろめたい足跡は一切なく
コンビニ袋のなかに桂馬を隠している
策士だが出世はできない
文脈の中に時は在って無いようなもの
....
【空】
ねぇエトワール たんぽぽの君に エトワールって名前をつけたよ
君の 中芯は 中空に在るよ
精一杯 背伸びする風の最果てを
つかめぬものを つかもうとしている
....
呑み込まれていく織り込まれていく
巨大な力と熱のうねりに
圧倒的で繊細な愛の織物に
わたしの中で蠢き思考し活動する力の流動体が
人生の不条理こそ条理と響く木霊の透明未知が
受肉の快と苦に ....
――あなたは、聴くだろう。
日々の深層の穴へ
ひとすじの{ルビ釣瓶=つるべ}が…下降する、あの音を。
――漆黒の闇にて
遥かな昔に創造された、あなたという人。
遺伝子に刻まれた、ひとつの ....
途中雨が降ってきた。傘をさすのも買うのもめんどくさくてそのまま歩いた。
昭和通りの路地に店を探した。
愛する男を独り占めしたくて、痴情の果てに男の性器を切り落とした女は、六十を過ぎてなお妖艶 ....
ぼくは師匠にうでを見込まれて、理髪店を一軒任されるようになった。へたくそが髪を切ると、髪が伸びるとそこだけ浮いたようになるのだが、師匠に教わったやり方だとそうはならなかった。
髪の毛というのは伸 ....
和夫くんはさすがだった。秋が深まるころにはいじめられなくなっていた。
和夫くんのお父さんが無実になった訳ではなかった。
小学生の頃から和夫くんを知っているひとなら、先生からもつねに一目置かれ ....
体温を桜にわけている女
このあおい夜を切り取って縫い付けた右腿は
ぐずぐずと黒く膿んでしまったから
風通しの良い洋服を探している
ふやけて黄ばんだ気に入りの本にはさんだ言葉をまだおぼえているか
いいえわすれて ....
どうしてまた
と 問う度に空瓶はふえ
瓶の立つ数とおなじだけ
言葉を見失う
不運と幸運を釣り合うように計ってのせた菓子盆
運ぶうちに混ざり合ったこれをいったい何と言う
花びらが散って
緑が眩しい輝く気持ち
身体中で吸い込む
新しい季節のはじまり
いい匂い
鮮やかな破裂と
飛び散る細胞
広がる感覚
蠢く命と呼吸音
吐き出す息と
春風がどこまでも
....
海岸に沿った
緩やかな下り坂を
自転車に乗ったきみが
麦わら帽子を
左手で押さえながら
駆け抜ける
両足が離れたペダルは
クルクルと空気を
掻き回している
きみの後を
女性警官 ....
雨上がりの街は
誰もいない
私は歩いた
そこにある道を歩いて行った
休日は 友達と 酒を飲んでいたが
人ごみは嫌いになり
公園に咲く花を眺めたりしていた
私も歳をとったのかもしれない ....
何が好きですか
あなたは
何が好きですか
野菜は何が好きですか?
私は毎日トマトが食べたい
アイスクリームの味は
何が好きですか?
私は濃いビターチョコが好き
....
ボディブローのように
じわじわ効いてくるのは
僕の中にも君が居るから
君の中にも居るらしい僕の片鱗を
君がこよなく憎むように
その嘲りは抗い難い誘惑
拒むにしても
逃げるにし ....
風が風を離れ 人が人を離れ
のぞきこみあう空は 青く
もくもく 雲 かげリいだく
つきとめられ つきつけられ
ほしい ほしくない
のぞむ のぞまない
組み込まれた祈りも呪いも ....
あの日を境にわたしの中から
わたしがいなくなり
半透明な海月になった
荒ぶる海流に叩きつけられ
なす術もなく右へ左へ
痛みとともに流され続けた ....
見えなかったものが見える
ふくらんで
ふくらんでほどけ
ふわり ひらく
ゐろかおりかたちあまく
風に光にとけて
そらを渡るもの
ほそい弦で触れながら
匂やかな{ルビ詩=うた}の足跡をた ....
花開いていく花開いていく
春の陽射しに我は溶けて
赤、白、黄と紫に、
己が霊性に燃え盛る花。
愛され愛し裏切り裏切られ、
魂叫ぶ、花咲き乱れるこの界に
〈ああ俺は、遂にお前自身を体験し ....
視界にはたくさんの目がある。
開いた画面に浮かぶ目玉は、
口になって牙を剥き出している。
口になった牙を生やした目玉が
私の目を喰らおうとする。
瞬きひとつでページをかえると、
今度は ....
方舟に頭を下げようと思った朝
ほんとうにそれでいいと思えた朝
幾時間後にかは打ち拉がれて 死を
見詰めるやもと悟り得てはいても
唯今は春の朝である 平等に花の朝である
この清清しさのどこにも ....
みんな金が好きだ
みんな性が好きだ
それを見ているひとも
みんな
みんな
みんなこいつが好きだ
みんな金が好きだ
みんな性が好きだ
こいつは ....
土塊を捏ねる
指先に気を集め
煮え立つ熱流し込み
ゆっくりしっかり力入れ
未定形の粘る分厚い土塊を
思い思いのまま捏ねくり回す
捏ねくるうちに不思議なこと
土塊と指先は拮抗しながら
....
若い頃は良かった
なんて言わない
思わない
今が一番
いつだって
これからだって
とかなんとか言ってみても
こんな春のいい陽気に
年頃の娘たちが
きれいな足を惜しげもなくさら ....
{ルビ鳶=とんび}が鳴く
空の遠心力を中和した
深い谷で
静けさは声を出すことができない
涙のこぼれ落ちる音
静止衛星の摩擦音
「だから」と黙すあなたの終止符は
どんな孤独 ....
色彩の論より証拠はるの山
いろとりどり鳥とりどり春のやま
ふきわたる風の色彩におう春
いろいろなんです。いろめきなんですね
なんとなく春はなんとなくくる(う)み ....
宏大な界が突然開ける
視界右上奥に
空の濃く暗らんだ青が微かな裏光りを帯び沈黙して在る
視界中央仰げば
巨大な白雲無数、それぞれの意図を持ち漂い溢れ流れている
視界正面遠く近く
....
黒猫
サッシ窓の外の白い雨
買い主のベッドの上
端正な座り方をしたまま
黒猫は夜の雨を眺めている
飼い主が死んで一年
じっと外を見ている
黒い瞳に映っているのは
寒い線なのか
....
タラップが外れて
四基のエンジンの
高音と共に
涙する風切り羽
揚力のうまれるままに
生活の足場を
芥子粒ほどにちいさく
後ろへと
吹き飛ばしてゆく
....
きょうも誰かの誕生日
だけど忘れてた
ぼくらは三人はぐれ雲
誰かにとっては
かけがえのない誕生日
春雷や成層圏の透明
街のひかり
空が赤い
胸をとお ....
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