通り過ぎてゆく連中の靴はどれも洗いたてみたいに艶めいていて、おれは自分の薄汚れたスニーカーを見下ろしてほくそ笑む。それはおれとやつらの「歩行」という行為に関する決定的な認識差であり、歩いてきた距離 .... うすい影がゆれている

くちばしで
虫をついばむのだけど
やわらかな影であるから
獲物はするりと逃げてしまう
 {引用=命でなくなったものは
もう命には触れることができない}
それでも ....
優しく 優しく 優しくしたいのに ごめんね

電話の相手は不具合で私の灯火の余裕が吹き消されそう
テーブルの横でつかまり立ちを口を尖がらせて練習する弟
そしてやがて3歳になるお兄ちゃん ....
コンパスのように立て
最初から最後まで
近寄ることも遠ざかることもない
己の中心に
想いは帆のように憧れを孕み
どこまでも出歩くだろう


コンパスのように立て
滾る情熱は千切れるほ ....
月の砂漠のベンチにも誰かが座った体温がある

明るい雨が降る砂漠一輪の誰かの薔薇になりたかった

ダイヤルが周波数を捕まえて指に伝わるピアノ・ソナタ

近くまで来たからちょっと寄ってみたア ....
IDカードをぶら下げながら
コンクリートのビルに出入りをする
飼い猫の首輪が軽くなるのは
見上げた空に星が浮かぶ頃
明日もまた胸にメダルを掛けて
葉が一斉に飛び立ちそうな
雨に濡れた朝
闇がかくれんぼしているので
一つ一つ見つけ出して行く
鳥が破裂して鳴き声として散る
そのたびに朝は時刻をよろめかせる
雨の音には距離がない
雨 ....
紙パックの飲料水が路上で踏み潰されて幾何学的なかたちにねじけ刺さったままのストローから血を流す、きみのモカシンはそれを石かなにかのように避けて歩いて行く、あとに続くおれは植え込みに残る昨日の雨 .... なにもない
わたしのなかには
わたしがいるだけ
気だるげな猫のように
死後硬直は始まっている
小さな火種が迷い込むと
すぐに燻り 発火し 燃え上って
肉の焼ける匂い
骨が爆ぜる――生枝 ....
「ぐーぐー」

ぐーぐーを聞いてから眠るのが習慣になって
ぐーぐーを聞かないと眠れなくなった


ぼんやりと豆電球を見てたら
玄関を開ける音が聞こえる


「先に寝てて良いよ」と言 ....
田植えが終わって
福島の祖母の家に行って
山菜を食べて
車の中でうたた寝をして
帰ってきて
隣の家から頂いた筍を灰汁抜きして
なんだか冷たいものが食べたくなって
サイダーを飲んだら
し ....
当たり前すぎることだから
素直に応じた
お椀に浮かべた麩のように
あなたはあなたに浸されている


――まるで 無い 
     ない みたい


家では
タツノオトシゴの溺愛
 ....
あまやかしても いいのだ
けして つめたいだけの人ではないのだから
心のかよわない言葉しか 今は ないけれど

こどものころの私に あの人が教えてくれたレシピ
ビスケットケーキ
 ....
死蝋化した骸を思わせる粘ついた月と鋲のような星々が食い込んだタールみたいな黒が
呪詛のようなリズムで這いずるやつらの頭上にぶら下がってる
駅前のコーヒーハウスで飲み干した自家焙煎にはまるで無関 ....
糸の切れた人形の
瞳はガラス玉
投げ出された四肢に
絡みつく子蛇の
分かれた舌先が味わう
花の蜜は
右が苦くて左が甘い

人生の味よと誰かが言った
人形が薄く笑う夕刻の
一番星は青 ....
とっくに終わったよと
あきれ顔で南の国に言われそうだが
待ちに待った開花だ
長かった冬に別れを告げる合図だ

こんにちは
思い出を咲かせる
友よ
――黄金が憎いのだ
魅入られ 争い奪い合う 不動の価値が
金の卵を生む鶏は腹を裂かれて殺された
その輝きが飼い主を愚かにした
鳥でも蛇でもおよそ卵には天性の美のフォルムがある
それは新たな命 ....
熟れた苺は
三温糖の甘さで身をもちくずし
林檎は
シナモンの香リを身にまとわせながら
北国の樹を忘れてゆくだろう

{引用=ずっと果実でいたいという純心は
換気扇のはねに吸われて}

 ....
入院している親は
自分の家へ
一日でも早く帰りたがっている
看護師が血圧を測りに来るたびに
「もうだいぶよくなりました」
と何回もアピールしている
しかし
一人で暮らすのはもう無理だ
 ....
大きくなったら何になりたいの?
将来の夢は?

絶対に嘘はついてはいけない、人の傷みのわからない人間にはなるな、女の子がそんな言葉を言ってはいけません、男の子なのに泣いては駄目だ、ものを粗末 ....
【人間になれなかった】
人間になれなかった
野原をひたすらつんのめり
海原を懸命に切り裂いた
だが
人間になれなかった
人間はずっと向こうにある
どこを走ったのか
どこを泳いだのか
 ....
すでに起きたのか 
これから起きることか
おまえの吐息 ひとつの形のない果実は
始まりと終わりを霧に包み
不意に揺れ 乱れても 損なわれることのない
水面の月の冷たさへ
わたしの内耳を し ....
ちいさな公園で
ブランコをこいでいる
あれはともだち

ほうりだされたカバン
あそびすり切れたクツ

おりおりのかわいい花
うつりかわる葉のいろ
近くなる遠くなる空
すりむいて熱い ....
雲の隙間から降りてくる
やわらかい陽射しから

「  」

って聞こえた


それが
はじまりで
それで
おわりのようだった

結局
きみにとっては
ってつぶやいた
空 ....
さて今日も花が咲き
往来はあざやかな灰色
卵を割る指に思いが絡まって

( )

シャツを洗い シーツを洗い くつ下を洗い
はがれ落ちる自意識をかき集めてくり返し洗い
 ....
樹木の恥じらいが小鳥の逢瀬を覆う頃
光を浴びてあなた
光を断って歩き
文字から浮き立つイメージのように
境界を越えて往く
今朝の雫にふるえながら幼さを脱いだ
蝶のように 華やぎながら
― ....
台所の窓辺に
葱だけが青々と伸びている
ほかの葉っぱたちは項垂れて
もう死にますと言わんばかり
葱だけが青く真っすぐ伸びて
葱好きではないけれど
すこし 
刻んでみたくなり 
ぱらりと ....
きのうの猫のぬくもりや
おとついの雨のつめたさや

ずっと前
ぼくができたてだったころ
たくさんの小さな人が
かわるがわる座ってゆく
にぎやかさや

お腹の大きな女の人のついた
深 ....
近頃夜空を見上げても
何故だか月が見えないんだ
一等星の瞬きや
飛行機の灯りは見えるのに
街の光が隠しているのか
それとも永久の新月か
「前を見ないと躓くよ」
分かっている、そんなこと
 ....
世界はいつも俺の視界の隅で何ごとかゴチャゴチャと展開している、俺はそれを自分に害が及ばない程度に―流れ弾とか、もらい事故なんかを喰らわない程度には気にかけながら、自分自身の人生を生きている、だけど ....
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