夢を見なよ、この夜はまだ明けることはない
ホロウ・シカエルボク


死蝋化した骸を思わせる粘ついた月と鋲のような星々が食い込んだタールみたいな黒が
呪詛のようなリズムで這いずるやつらの頭上にぶら下がってる
駅前のコーヒーハウスで飲み干した自家焙煎にはまるで無関心で
新しい靴のつま先の汚れを気にしてばかりいる
ほんの数時間前ドラッグストアの前で刺殺事件があったって
被害者は「会ったこともない若い男だった」って何度か繰り返してこと切れたって
砂金を掘ってるような目をした警官が俺を呼び止めてそんなことを話したんだ
「今日はずっとこの辺りにおられたのですか?」って聞くもんだから
「まあね、ちょっとね」と答えていくつかの質問に答えた
結果的に俺は被害者が誰かなんてまるで判らなかったし
数人に電話をかければアリバイなんて簡単に証明出来たから
脈のないお見合いみたいに話はたいして盛り上がらなかった
「失礼しました」と警官は帽子を脱いで頭を下げた
そうすると彼は凄く若いみたいに見えた
べつに急いでいないし、と笑いながら俺は彼を労った
大変ですね、なんて白々しいことは言わなかったけれど
今日日の街中で警官が大変な思いをしていなかったらこの辺りは死体だらけだ
軽い会釈をして警官と別れたあと
表通りが嫌になって適当なところで路地に入り込んだ
街灯など数えるほどもないその路地を通るのは四年ぶりくらいだった
いつからだろう、明かりのない道を歩くことが心地よく感じられるようになったのは
ちゃんと思い出すと余計な記憶を時間の墓場から引きずり出しそうな気がして
それ以上そのことについて考えるのは止めにした
古い石敷きの路面はもとがどれくらいのサイズだったのかも判らないほどに砕けて
スニーカーのソールの下で大仰な装飾品のような音を立てた
暗闇に装飾品、そんな意味のないフレーズを頭の中で呟いて
この路地を出たらどこへ向かおうかと思案していると
先の暗がりから友達が歩いてきた
数年前に喧嘩別れしたままになっていたやつだった
「久しぶりだね」とそいつが言った、昔のことなどもう忘れたという調子で
「そうだね」と俺も言った
それから少しの間俺たちは並んで暗闇を歩いた
「向こうに用事があるんじゃなかったのか?」俺がそう尋ねると
友達はぷっと吹き出してこう答えた
「用事なんか抱えてたらこんなところ通らないよ」
簡潔に表通りを歩くよ、と友達は付け足した、俺はそのフレーズが凄く気に入った
「簡潔に、ね」「簡潔にさ」
それからまた少しの間二人とも黙って歩いていた、俺たちは昔からそういう感じだった
「なんでまたこんなところを歩いていたんだ?」今度は友達が俺に聞いた
散歩をしていて、と俺は答えた「コーヒーが飲みたくなって…そのあとは気まぐれさ」
「そうか」と友達は答えた
「警察がたくさんうろついてるのを見なかったか?」友達が質問を続けた
ああ、と俺は答えた「見たよ、呼び止められていろいろ聞かれた」「俺もだ」
「何度も何度も刺されたらしいよ」友達はそう言いながら顔をしかめた
「通り魔なのかね」「きっとそうだろうね」
それから俺たちはまた黙って歩いた、路地を出たところで俺は少し立ち止まった、どうしたんだ、と友達が聞いた
「このあとどうするのか決まっていないんだ」俺がそういうと友達は鼻で笑った
「相変わらずだな」俺は苦笑して肯定した「俺はなんだか急に疲れが出た」と友達が言った
「このまま家に帰って、シャワーを浴びて眠ることにするよ」
それがいい、と俺は言った
「俺につきあってたら何時になるか判らないからな」俺がそう言うと友達は快活に笑った
それでそのまま路地の出口で俺たちは別れた
本当に疲れているのか友達は凄く急いだ感じで駅の方に走って行った
「ゆっくり休むといい」見送りながら俺はそんなことを呟いた
夜の街に溢れる連中はどこか、嘘ごとを何とかして信じ続けようとしているみたいに見える
自動販売機で炭酸飲料を買って、時間をかけて飲み干した、すれ違うやつらの目は、夜の闇に半分隠れて
どんなものを見つめているのか釈然としなかった
このまま街の外れの川まで行って、しばらくのんびりしようと思った
たとえば明かりが少なくても、もしこの空が月も星もないようなときでも
どういうわけか川の流れははっきりと感じることが出来る
河原の一角にある、寂れた公園の軋むブランコに腰を下ろして
友達のギラついた目を思い出していた
柔らかな風が吹く
寝床に戻るまでにはもうしばらくかかるだろう




自由詩 夢を見なよ、この夜はまだ明けることはない Copyright ホロウ・シカエルボク 2017-05-09 22:33:41
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