{ルビ古=いにしえ}の詩を{ルビ嗜=たしな}みつつ
酒を呑み
体なきひと、我に語らん
静かな頭蓋のなかで
記憶は波だつ あらゆる襞へ
あらゆる層へ
その波たちは伝わってゆく
記憶はささやき
記憶はつぶやく
かたちを持った あるいは
かたちを持たない
出来事のこと 出 ....
寺の庭の隅にある
竹筒から……石の器へ
滴る水がしずかにあふれている
そよ風が、頬を撫でる
温かな抹茶を、啜る
僕は今 幸せなのかもしれない
この胸から一枚の
夏の風景をとりだしてひろげよう
青い湖 まわりは緑の森
そのむこうになだらかな丘々
湖には小さな桟橋 つながれている幾叟かの小舟
ほとりに小さく白い館
そこで僕らは
....
白く光る田舎の道を
カンカン鳴り響く踏切越え
海に向かって歩いていた
薫る潮騒、うねる波
空き缶一つ、浜辺に落ちて
わたし独りのたましいが
水平線を覗き込む
遠く船が落ちていき ....
失われつつある夏の日差しをむさぼるように
虫はうるさく徘徊し最後の狂いに没頭する
夏の影は次第にゆがみながら背骨を伸ばし
次の季節の形を決めてゆく
夏、それは誰もが少年であり、少女であった ....
日々に少しの余白を
どうか忘れないでいてね
なんにもしない日とか
空ばかり眺めていたりとか
そういう
一見すると無駄のような
切って捨ててしまいそうな
だ ....
暗い風が吹いた
濃くあかるい夏空の下を
暗い風が吹いた
暗い風が吹いてもなお
夏空は濃くあかるく
白くかがやく雲を湧き立たせた
蝉たちは鳴き 鳴きやめ また鳴き
鬼百合 向日葵 百日 ....
急がなきゃ。
と思うのだけど暗い。
思うように進めない。
あたりはいちめんの草むら、猫じゃらし、
ときどきひょいとバッタが飛ぶ、
川の向こうには何かが明滅している、しかし
その ....
この街に
人はたくさんいるのに
なぜ、ふいに
ぽつんと独りいるのだろう
読者よ 友よ
この紙の向こう側にいるきみよ
わたしの音の無い声は
その耳に届くだろうか?
願わくば
今 ....
すうっと細く、立っている
南天の赤い実たちの中に
一人 空のお日様を
小さく映すものがいた
かわいいね
っていうと、風にゆれ
緑の葉たちも、風にゆれ
ひそやかに舞う
互いのここ ....
君はその身体に
神話と寓話とを
ありったけ詰め込んで
旅立つよりほかなかった
君が旅するほどに
君の身体の中でそれらが育つので
君はいつも張り裂けそうだ
君の身体から
抑えきれず放たれ ....
少年と少女
青年と恋人
おじちゃんとおばちゃん
今
世界のいたる場所から聴こえる
くちづけの音に
....
久々にひとり旅で、箱根の宿の土産コーナーに
指でたたくとんとん相撲があった
――九才のダウン症児とやったら
お相撲さんをつまんで、ポイだなぁ…
翌日、小田原城の中には
玩具の刀がキ ....
トイレットペ-パーの残りを
使いきり、ちんと鼻をかむ
残った芯に
印刷された ありがとうございます
の文字に
僕も呟く ありがとう
最近は鼻づまりがひどくて
なかなか寝つけずし ....
わなわなふるえる
ひびの、よろこびかなしみよ
それがこの世のさだめなら
汝のコインに息を吹きかけ
明日の行方へ、投げてやれ!
くるくると…裏表見せる
放物線のその先は
道 ....
君が教えてくれた勿忘草の花言葉を忘れない
ううん、そうじゃなくって、
勿忘草の花言葉を教えてくれた君を忘れない
僕の魂の一部が
川面を流れて行く
自信がなかったので
側にいる人に聞いたら
あなたの魂の一部です
と、確認してくれた
魂の一部はこのまま海まで流れ
小さな生物に消化や分解をされ
....
ひとひらの火が
春の空虚を舞う
それは魚座の一番奥の扉から
あらわれたもの
ほほえんですぎてゆくかすかなもの
霧のなかで河を渡るひとよ
その美しい疲れに
解き放たれた花びらが
....
晩酌は水割りのグラスを手に
ピスタチオを口に含み
わった殻を小皿へ落とせば
ちりん、と鳴る
世界のあちらこちらに
美しい雑音たちは
今も
音を鳴らしている
さあ明日も ....
ちいさく溝を掘って
きのうまで咲いていた黄色い花を埋葬する
名前を考えているうちに
いつのまにか旅立ってしまった
知らないうちに
抜け殻みたいに影だけが残った
通り抜けていったものは
....
無感覚の壁がある
その壁をとおれない感覚が
たえず壁際に降りつもる
無感覚の壁は
何を守っているのだろう
世界から自分を
自分から世界を
あるいは
自分から自分を
君の声がき ....
あなたの形見のランプは、魂の姿に似て
夜になると書斎の椅子に腰かける
僕の仕事を照らし出す
* * *
あの日
この世の時間と空間を離れ
自らのからだを脱いだあなた ....
川の向こう側にある
瓦屋根の
民家の壁に、ひとつ
白いマークがありました
それは鈴の姿をしており
風が吹くと
小さな余白の中から
音のない音が聴こえます
ちりりん ちりりん ....
仕事を終えた電車の中で
ついポケットから取り出すスマホの画面に
誰かからメッセージはないかと、探す
家に着いて
ポストの蓋を開けては
誰かから便りはないかと、探す
忘れた頃に届く
....
机の上に延びる
湯呑みの影が
お地蔵さんの姿に視える、夜
――もしや
目に映る風景の
あちらこちらに宿る
心というものか
何もない
仄昏さだけが立ちこめている
空たちがおとずれてくる
幾枚もおとずれてくる
それぞれの世界を覆うのに
疲れてしまった空たちだ
日や月や星を宿し
雲を抱き雨や雪を降らせることに ....
令和三年・一月三日
三が日の間に息子孝行しようと思い
{ルビ周=しゅう}の小さな手を引いて
川沿いの道をずんずん、歩く
野球場の芝生を
解放していたので
そのまま手を引いて
ずん ....
暮れる
時のなかで
凍土の冷たさの下に
埋められた思惟を思う
それらの骸の無念を
思わずして時は暮れることはなく
それらの物語の無惨を
録せずして時は回ることはなく
それでも日は沈み
....
この街には
音のない叫びが無数に隠れ
僕の頼りない手に、負えない
渋谷・道玄坂の夜
場末の路地に
家のない男がふらり…ふらり
独りの娼婦の足音が、通り過ぎ
酔いどれた僕の足音が、 ....
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