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ニューススレ (雑談系)スレッドオペレーター:管理人預かり
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[184]片野晃司[06/22 18:55]
汰介さん、
明治時代はそういう時代だったんでしょうね。西洋諸外国に馬鹿にされないように必死だったんでしょう。
ただ、邦楽器だと、ただでさえ音程とリズムがとりにくくて歌いにくいのが、さらに歌いにくくなりそうな気が。。。
なんにせよ僕は「君が代」嫌いだし、他の国の事情はわからないけど、かなり「嫌われ率」高い気がします。嫌われるのは歴史的ないきさつからすれば当たり前のことですが、無理やり歌えって言うからなおさら嫌な雰囲気がまとわりついてしまうので、まあ国歌として定着するのは今世紀中は無理なんじゃないかと思いますね。
 

[183][06/22 18:48]
>>[175]
 唾、ね・・・。

 山田さん、私は以前にも貴方に言いましたよね?
 罵詈雑言煽り挑発その他の類は、誰も望んでいない、と。
 貴方の目的は、場を破壊することですか? 意見の違う相手を汚く罵ることですか?

 これは、貴方の挙げている「血に縛られた産まれついての運命」など承知の上での議論です。だからこそ、極論として、それを踏まえた上でのものまで考えてみたりもした。差別は無くすべきだという考えは誰にでもあるものだと思うけど、でもまた、無くならない(無くしようのない)差別もあるものと認識しています。そして、今の時代のように差別が絶対悪ではなく、日常どこにでもある制度の一環だった頃の、そんな時代から受け継がれてきた文化というものもある。
 では、それら文化が今日の世においてそのような負を孕むのだとして、その発祥は差別を目的としたものだったのでしょうか。結果としてそういう側面を抱くことになっているのだとしても、現実問題として、彼等が差別(による苦しみ)を望んでいた筈がない。 宗教があるから戦争がある、だから無くせばいい。そんな暴論は通らないでしょう。布教の側面に戦争があったとして、信仰に罪は無い。それと同じなのではないでしょうか。
 私には、貴方の考えが理解できません。現代の思考で過去を裁こうとする意見に与することなど出来ない。それならば女人禁制を貫く寺社仏閣等は、例外無く女性差別者なのでしょうか。

 ・・・まぁ、貴方は唾を吐きかけて絶縁を宣言したのだから、もう話す余地など無いと思われます。が、私には、貴方が差別をする側の人間に見えます。


>>[178]
 ボルカさん。はい、そうです。日常的な考えではないです。
 遺伝子の伝達過程における劣化という側面を鑑みるならば、旧宮家の間接的な復興が望ましい、そこから次の天皇を望めば良いと、私は考えています。と言っても、そこから世継ぎを戴くのではなく、旧宮家の人間と、内親王や女王との間に男子を望む。これを行うにも皇室典範の改定が必要なのですが、やや現実的だと思います。・・・ちょっと受け売りなのですが。(無論、人権問題とは絡めないで戴きたい。)
 

[182]汰介[06/22 16:43]
初めまして。
関係あるかどうか分りませんが、
「君が代」ってなんで邦楽器の伴奏にしないんでしょうか?
今の伴奏は外国人の作曲家による編曲ですし。
邦楽器にするだけでも随分イメージ変わると思うのですが。

こういう細かい所からも日本人としての自信の喪失がちらほら見える様な気もします。
そういう自分自身が深く考えていないので何とも言えないですが、、、、、
 

[181]石川和広[06/22 14:16]
岡さん、はじめまして。
>>180、賢治さんのことは、あまりくわしくないので、わかりませんが、若森栄樹というフランス文学者も、日本には歴史がない、といっており、まったく同感で、読んで涙が出そうになりました。
 飯島耕一という建築評論家も「ミシマからオウムへ」という本の中で、日本文化は、三島が象徴的であるように、空虚な空転を繰り返しているという旨のことを言っていました
 
 わたしも、この国の文化の空虚さに悩んでいたので、数年前読んだとき、目からうろこでした。しかし、病気になり、今まで、生きてきた中で、いろんな方の恩恵を感じるとき
良識あるひとは、みんな同じ問題を感じていると感じました。
 確かに、この国は、ずっと止まったままです。

そして、その停滞をどう変化させるか、は、その状態を肯定も否定も、できないでしょう。このくにでいきるなら、この国の来歴を丹念に調べることは大事と思います。
 
 ぼくは、深沢七朗が好きです。そして天皇の首が落ちる小説「風流夢譚」をかいて、中央公論の人が、殺されたとき、三島は深沢をかばったそうです。
 だから、三島は、日本の矛盾を背負っていた可能性があるかも。

 僕は、すこしずつでも進歩しつつあると思います。夏目漱石の、「私の個人主義」も当否は別にして、苦悩しつつ鬱のなかで外来文化の英知を単純に引用するだけでなく、自己本位、個人の内発的進化を訴えました。明治という大変な世の中で。

 空虚な日本の文化を嘆きながらも、少しずつ変えていく材料は、あると思います。
ぼくは、その可能性を信じたい。それには、まず自分の体やそれが感じる世界の声に、素直に感じ、耳を澄ますことしか僕にはできません。
 佐々さんにも紹介しましたが、戦死した詩人、竹内浩三は、賢治さんの農民芸術に関する論考をよんでたみたい。

 僕は賢治の「疾中」はすきです。近代文学は、三島にとどまらず、肥沃な沃野に感じられます。啄木も面白い人です。

 
 

[177]石川和広[06/22 06:08]※
山田さん、口汚い言葉は、人をきずつけます。

私は、祖父のことも書いたし、天皇制が、差別や、戦争のもとに、あることは充分承知してます。それは再三書きました。天皇制がある限り、この国の人間の基本的人権は、守られないだろう。
 血筋でしか、なれないのは、彼らは僕らと同じ国民ではないということです。
 ぼくには、それがとても残酷に見える。なぜなら、天皇家に入ったら、全人権が剥奪されるんですよ。
 僕は女性ではないからわからんが、嫁入りしたら大変だろうなと書きました。
 皇太子自ら、人格の否定といったということは、たぶん民主的な人権感覚で、僕らと同じ国民であった雅子さんの苦しみをわかったということだと思う。
 彼は、中から、天皇制を変えたいんじゃないかと見ますが、
 
 僕は、  山田さん、宮内庁だか何だが、厄介で、この人たちが皇室典範を盾に、天皇家や国民を陰湿に攻撃してると思うのですが、、そして、それがむかつくのですが、、
 
 ぼくらの敵は、山田さんの思うより、たぶん現実的に、巨大です。明治以来続く巨大な
国民国家の中枢です。
 ぼくは、山田さんのような方を何人か見たことがあります。そういう人に、職場から追い出されそうになったこともある。
 あなたは、人の発言を根から封殺しようとなさる。それっていちじるしい、たぶんあなたの嫌いな弾圧に近いと思う。
 民主政の基本は、矛盾の中、色んな、自分と考えと違う人との対話です。

 唾を吐きかけるのは、対話ではなく、暴力です。
 
 

[176]山田せばすちゃん[06/22 00:42]
追記
※君、某所では俺の詩を認めてくれてどうもありがとう、でも、俺は差別者である君にほめられてもうれしくもなんともない。以降、何があろうとも俺の詩をほめてもらいたくはない気分です、詩人である前に差別者である君には。
 

[175]山田せばすちゃん[06/22 00:36]佐々宝砂
佐々があきれるわけだぜ。。。君ら自分が何について語ってるのかわかっているんだろうな。たまたま天皇家というある血筋に生まれたというだけで、その人間は無条件に尊いのだ、というのが天皇制を貫く根本思想だよ?どのような家系に生まれたのか、男か女か、長男かそうでないか、嫡出の子か「妾腹」か、そういった「生まれ」によって人間に序列を付け、差別していくのが天皇制の本質で、そもそも特定の家系に連なる人間を、ただその血筋ゆえに生まれながらに尊いと考えるような不合理を押し通す体制のもとでは、逆に特定の血縁集団に属する人間がその血筋ゆえに無条件に卑しいものとして差別され排除される結果になる。君ら天皇制の血の伝統を認めることは、被差別部落民の存在を肯定すること同じだよ?そのうえで※さんは見事に女性差別者であるわけだし。
君らは立派な差別者だ。
唾吐きかけてやるよ。
 
 

[174][06/21 13:27]石川和広
>>[173]
 はい、もっといい方法はあると思います。だからこそ、極論なのです。
 

[173]石川和広[06/21 11:43]※
もう手遅れかもしれないけど、言いたいこと。
この国の歴史は、おそろしい。特徴は、天皇の、その本人の意思に関係なく、周りが、システムとか、戦争とか、結婚とか、を作り上げること。私は、しかし、そういうにんげんを操作する感覚を、ある意味これも人間の性と思う。僕は嫌いやけど。
 そういう意味では、※さんの意見は、歴史的にありふれたものだという意味で変じゃないといいました。天皇をとりまく人は、もっと残忍です。あの人たちは、皇室典範で、動いてます。これは万世一系の法的根拠で明治のものです。
 とはいえ、※さん、本当に、天皇家の方がたの身を案じるなら、もっといい方法があると思いませんか?私は、皇太子様は、利用されたくないし、単純に家族を大切にしたいんじゃないかと思います。
 彼は、父親として夫として、被害者意識でなく敢然と戦っていると思う。

追記、※さん、片野さん、そして佐々さん、失礼な発言もあったと思います。どうしたら
人に気持ちを伝えられるのか、聞けるのか、まだまだです。
 

[172]佐々宝砂[06/21 01:11]
※さんも、石川さんも、よく考えてみてください。よっく、と、です。
私は論争の気力、というか自信をなくしました(まぁもともとそんなにないですが)。
まさか※さんが本当に真剣におっしゃっていたとは・・・本当に、心底、驚きました。
※さんの考えは皇族のみなさんですら否定すると思いますが、もう論争はやめます。
世の中いろんな考えやいろんなヒトがいるものですね。ひとまず、諦めます。
てなわけで、諦めたので
sage
 

[171]石川和広[06/20 23:48]
こんばんは。佐々さん、素早いですね。竹内浩三は、今の議論にも何らかの益があると思います。どうも。
 ※さん、僕には、皇族も心配ですが、家族に世話になることが、ここのところ多いので
今は自分が病気で、家族が心配してくれてる。
 だけど、もちろん前記した祖父のことから、はじまって、天皇制については、だいぶ考えて、わからないこともたくさんあります。
 三島由紀夫の切腹についても、考えたし、三島が天皇を守ると決意した心情には、三島も、万葉から始まる日本語の美の象徴としての天皇の持続が死活問題だった事情があるだろう。だから、※さんの意見は、変じゃないですよ。
 ただ、我々がネットに色々書いても、別に弾圧もされないのは、アメリカの影響があったとしても、とりあえず民主的に、表現の自由を守る感覚が、多くの人にあって、今の世の中のまともさも、一応確保されてるからでしょう。これも、立派な日本の文化です。日本人の良心は、ひどいことも多いけど、支えられてきた。それは誇っていいはず。
 出過ぎた事を云いました。でも、みんなで支えあわないと、基本的人権が確保されないほどの危機も感じるのは、うつ自殺に限らず、社会構造全体に散見される。

 たぶん我が同胞は、懸命に生きて疲れているかなと、自分の身の上に重ねて、感じられる、今日このごろです。

 
 

[170][06/20 20:39]
>>[168]
 血を守る上での究極的一案件として、真面目に考えました。めちゃめちゃ極論ですが、血と、その受け継がれ方を守る場合において、そこまで行き過ぎることがあっても全然変じゃないと思う。これは感覚的なものでもあるから、当然、猛反発もあると思うけれど。そこまでして守るべきものだって、あると思う。これは人権を超越したものだと思いますから、一連の徳の話とは切り離して戴きたい。繰り返しますが、あくまでも極論です。

>>[169]
 なるほど、ラカンさん、ありがとです。特にサッカーの話、よく分かりました。概念の違いですね。もやもや薄々と感じてたのは、これだったのですね。ですが、本当に疲れてきてるので、増築して交わすのは、またの機会にしたいと思います。その為の勉強もしなきゃ始まらないですからね・・・。
 

[168]佐々宝砂[06/20 18:32]
>>167
ものすごく素朴な疑問で、かつ失礼かもしれませんが、ひとつ質問させてください。
>もしくは代理母を頼むとしても、それは皇室の未婚女性にって言ってなかったっけか。皇室内で血は守られる、って話を展開してました。

※さん、これ真面目に言ってるのですか???
深刻に人権感覚を疑います。そのような代理母が実現されたとして、その「未婚女性」の一生をまともに考えてみてください。
 

[167][06/20 16:32]
>>[165]
 誰も鬱症状のまま産めだなんて、一言も言ってませんよ。病状を優先させて治すのは当然だと思います。それくらい、宮内庁でも理解してるんじゃないでしょうか。公を優先させるべきだとは言いましたが、無理を続けて男児に執着せよとは言っていない。女帝を安易に認めればいいとか、もうずっと産まなくていいよとか、そういう「私の優先」は良くない。病状を回復させながらも、全快の後には守られるべき公はある。
 代理母の話も、ちと違う。確か、体外受精したあとで自身に・・・って言ってたと思うのですが。もしくは代理母を頼むとしても、それは皇室の未婚女性にって言ってなかったっけか。皇室内で血は守られる、って話を展開してました。

 石川さん、はじめまして。私は、天皇制に重きを置くのは当然だろうと考えています。ましてや、その歴史の長さと重さを考えた時に、それは尚更だと思うのです。個人レベルで簡単に否定しちゃ駄目だと思う。
 

[166]佐々宝砂[06/20 14:16]石川和広
>>164
竹内浩三という詩人のこと、寡聞にして知らなかったので、ウエブで調べました。
いくつか詩を読むことができました。ちょっと興味が湧いたので、何か彼の詩集を
買おうと思いました。石川さんありがとうです。
 

[165]佐々宝砂[06/20 13:49]
>※さん
ではちょっと別な側面から申し上げてみましょう。
雅子さんの病状は、具体的にはめまい・頭痛・立ちくらみなどだと報道されています。鬱病である私が思うに、これはどう見ても鬱の症状です。抗鬱剤を服用しているという外国報道もあったはずです。しかし、鬱になったからとて、皇太子さんや雅子さんに罪があるわけではありません。単なる病気です。それも治る病気です。まわりのひとたちとの軋轢や摩擦があってそれが原因だったかもしれませんが、鬱になった原因はさておくとして、鬱が15人に一人が一生に一度はかかるありふれた病気であることを考えれば、鬱病になったことは恥でもなんでもありません。とりあえずは、病気を治すことが先決です。で、そのような状態で、男の子どもを作れと公から明に暗に言われ続けている、としましょう。実際はどうかわかりませんので憶測ですが。抗鬱剤を飲み始めた以上、飲み続けていないと鬱が悪化します。しかるに、睡眠薬や抗鬱剤や頭痛薬を飲んでいる状態で妊娠したとして、その子どもは健康に生まれる可能性が低くなる、奇形が出るおそれもあります。いま妊娠可能であるとしても、生まない・作らない方が将来のためです。抗鬱剤を一時的にやめて妊娠するという方法もあるにはありますが、それでも母体の健康状態精神状態がよくない以上、本当に健康な子どもが生まれるという保証はありません。別腹で生むという方法は?と※さんは一度おっしゃいましたが、現在の日本の法律は、体外受精で代理母を使った場合、卵子提供者を母親とした出生届を受理しません(最近のニュースで報道されましたからご存じでしょう)。天皇家だけは代理母を使っていいというのも変な話です。将来的な天皇家の安泰を真剣にまともに考えた場合、さっさと鬱を治してそれから子どもを作った方がいいはずです。不妊治療をやめ、精神的安定が叶ったとたん妊娠するというパターンを、私は実際に多く目にしてきました。不妊治療そのものが不妊や鬱を呼び起こすという現象は、けっこうありふれたことなのです。こうしたことを考えると、今は静かな環境、あるいは雅子さんが自分の本領を発揮できると考える外交の場での雅子さんのアイデンティティー回復が望ましいと思われます。だいたい、彼女、まだ41ですよ。当然卵子は冷凍保存してあることでしょうから、その気になりゃ今の時代、60歳になっても妊娠出産できます。「もうおひとりほしい」なぞといま心配する必要は、特にないはずなのです。思いっきり公の立場から見たとしても、の話です。よ?
 

[164]石川和広[06/20 09:20]
おはようございます。昨日の巨人阪神戦すごかったです。

さて、僕の祖父は、先の大戦で、開戦直後、南方に、一兵卒として送られ、瀕死の重症を
負いながらも帰ってきて、母が生まれ、今僕がいます。
 苦しいながら生きています。祖父はそんな目にあっても、天皇を非難しなかった。もう亡くなったから、理由はわからないけど、、
 だから戦争、怖いです。祖父が死んでたら、今の僕は、ありませんから。

 戦争に、天皇が関与したのは、まちがいないです。御前会議して、天皇の詔勅がでないと戦争できないし、、といって、もう昭和天皇は亡くなられたから、彼の肉声、思いは聴けません。
 もちろん天皇は、難しい立場にいたでしょう。だから、この問題は、僕は間接的ではあります。
 片野さんの、京都へ天皇を帰す、は、提案は自由です。ただ、その前に議論しないとまずいことが、たくさんあると思います。いろんな意見があり、歴史の見方がある、、僭越ながら、そう思います。
 
 僕は昭和天皇が亡くなったとき、高校受験を控えていました。誕生日の一日後に、発表がありました。商店街は自粛していたのに、塾は休みじゃなかった。なにしろ誕生日の一日後で、高校のこともあり、変な気持ちがしました。町が妙に静かで、マスコミだけ大騒ぎ、気味悪かった。

 ※さんの意見は、天皇個人と、天皇制とを、それぞれ、どう考えているか、聞きたいところです。佐々さんへの意見が少し乱暴な物言いになっています。
 日本は、天皇制と民主政が、合体した不思議な国です。合体のさせ方、させないなら天皇の位置づけをどうするか、戦後あまり議論が進まないまま、わけのわからんことがまた起こってる感じ。
 ※さんは、天皇制に重きをおきすぎてる気がします。そのことが、妙な力みになって、
民主政の基本である信条の自由の抑圧に向かってる気がする。
 明治以来の歴史の矛盾が、いつもうずいていて、しかし、戦争があって、負けて、経済発展して、またちがう形だけど、苦しんでる方がいる。
 もう、そういう話は、政治的にきちんと決着しないと気持ち悪い。ここで完結する話ではないですが、最低限、一人一人の意見をぼくは尊重したい。ぼくは民主政を大学の先生から教わったし、祖父のこともある。宮内庁とかあんなイジメして何がたのしいの?

 いじめはこわいよー!

追記、佐々さん、竹内浩三という詩人を知っていますか?戦死した方だけど、ユニークな詩を書きます。
 

[163][06/20 08:39]
>>[161]
 ありゃ。最後って言ったのは3つの連続投稿における最後の意見って意味であり、話の総括ってことじゃなかったのですが・・・ま、いっか。

 私も繰り返しますが、公の場では私を出すなと言っているのではなく、公の場では私の出しどころを考えるべきだと言っています。いかに公的な理由であれ、それを私的にあちこちで露出させるのは良くないと考えています。公的にふさわしくないと考えるのが変だとも言っていない。頭の中と実際に口に出す部分とを混同するのは良くないと言っているのです。
 ・・・って、なんだか並行線ですね。こっちの件は最後でいいです。

 徳の話。誰も滅私せよとは言っていない。守るべき公があると言っています。私には佐々さんの意見が「皇室は公よりも私を優先させたほうがいい」なんだと思えましたので、そう解釈して話を進めてきました。それに対する私の意見として「皇室は私よりも公を優先させるべき」これを出して来ました。
 また繰り返しになりますが、個人の幸福を優先させる徳、これを突き詰めれば、権利の主張・義務の放棄となるのではないでしょうか。今の日本では、徳が変化してきているのではない。廃れてきているのだと思います。迷惑千万なガキんちょを怒やす大人、今じゃ全然見かけない。
 規範である天皇家が身勝手を見せてしまうことが、どんなことなのか。それが、どのように映るのか。今までの伝統を自分たちの代で絶やすことが、どんなことなのか。自分たちのために、同じ境遇に苦心した御先祖様に砂をかけても良いのだろうか。そう考えるのは、人として当然だと思います。だからこそ悩んでいる。苦しんでいる。
 

[161]佐々宝砂[06/20 02:56]まんぼう
>>160
もう最後ですか(笑
繰り返しますが、正式に国旗国歌として制定されていても、どういう見解を持ってもいいという政府方針です。歌わなくてもかまわんという答弁が、いまんとこ政府の意見ですよ。※さんの意見をそのまま受け止めるならば、公の場で私を表現してはいけないということになりますが? 私としては、それこそ子どもが見てるんですから、私の個人的見解を示すためにも、歌いません。日の丸に敬礼もしません。かといって、別に日の丸につばを吐きかけもしませんし、君が代を歌わないから起立しないからと言ってその場すべてをぶちこわすような大騒ぎをするわけでもありません。単に静かに座って、私の素直な意志を示します。そのあとは気分よくサッカー観戦して、日本ばかりひいきして応援して、騒いで、愉しみます。そうした行動は私なりの公私の止揚であり、公私の混同ではありません。さらにつけくわえておきますが、私が日の丸と君が代に敬意を表さない理由は、私的な理由ではなく、公的な理由です。私的な意味では、日の丸も君が代も悪くはないと考えています。しかし日本という国全体を考えたとき、つまり公の視点でもって考えたとき、日の丸と君が代を好まない人がいるのは事実です。また日の丸と君が代が果たした歴史的事実を顧みるとき、そのようなマイナスイメージを持つ歌と旗は、国旗国歌にふさわしくないと考える。それは私個人の見解ですけれども、私の私的な好みに基づいた見解ではなく、私なりに公を考えた結果の見解です。

で、まだいまいち下調べが甘いのですが、公私と徳についてのべておきます。儒教思想は日本人の奥深く浸透しており、天皇制もそれと無関係ではありません(私個人は儒教にはいろいろ問題があると思っており、そんなに好きでもありませんが、いいところもなきにしもあらず)。明治以前の日本が、天皇を抜きに、なおかつ天皇をいちばん上において政治をすすめることができたのは、儒教思想が浸透していたからとも言えるのです。論語から引用しましょう。

子(し)曰(のたま)わく、政(まつりごと)を為(な)すに徳(とく)を以(もつ)てすれば、譬(たとえ)ば北辰(ほくしん)其(そ)の所(ところ)に居(お)りて、衆星(しゅうせい)之(これ)に共(むか)うが如(ごと)し。

いろいろな解釈がありますが、政のいちばん上にたつ人が徳をもっているならば、そのひとが特になんにもしなくてもまわりがきちんと動いて政治はまともになる、という解釈が一般的です。こういう思想がひっそり奥深く浸透していたために、政のいちばん上に立つとされていた天皇は、明治〜敗戦までの短い期間をのぞき、ほとんど政治にタッチせずただ「徳」を磨くことだけ考えていればよかったのです。今もまあそんなものであるはずです。だって実際には象徴に過ぎないのだし、政治的役割だって儀礼的な形式に過ぎません。天皇は徳をもっていればいい。明治以前はそれで済んだのですし、今もそれで済みます。海外にご挨拶に行くような礼儀ももちろん「徳」の一部ですので、そういうことをきちんとして、お勉強して、徳を磨きさえすれば、他には何もしなくていい。で、問題は「徳」とは何か、ということです。現在「徳」が変化していると私は書きましたが、それは正しく言うなら「徳」に対する意識が変化しているということであって、本来的な「徳」には変化がないと考えます。何の話だとお思いになるかもしれませんが、この話、皇室の公私の話につながりますので、しばしご容赦を。

ものの本には、「仁(人を思いやる)・義(正義を貫く)・礼(礼を尽くす)・知(知を磨く)・信(人を信じる)」の五徳が儒教でいうところの「徳」だと書いてあります。このうち、いちばん大事な土台が「仁」です。人を思いやる、つまり利他的愛がない限り、正義を貫くだけではダメ、礼を尽くしてもダメ、物知りでもダメ、人を信じ込んでもダメ、仁なしではとにかくダメなのです。とにかくまずは愛です愛。家族血縁祖先に対する仁は、まあいちばん下のレベルの仁ですけれど、それとて必要なことは確かです。さらに大きな仁は、小さなレベルの仁の上に確立しなくてはならないものであって、下のレベルの仁を無視していいというものではありません。皇太子さんが今とりくまねばならないことは、天皇家の一員として自分の持たねばならぬ大きな公の仁と、自分の妻に対する小さな私の仁を、いかに止揚するか、という問題です。公と私をうまく止揚する、まんなかをとるのではなく、止揚する、それが儒教でいうところの「中庸」です。そして中庸であること徳を持つことを要求される浩宮さんは、公私どちらの仁も無視してはならない。滅私して公をとるのでは、中庸とは言えません。また、彼は、滅私を今の世の規範としてはならないとも考えていると思います。明治以後のかつての日本は、国民に滅私を要求したあげく、かえって国を滅ぼすようなことになったのであって、今それを繰り返すべきだとは考えはしないでしょう。だから彼はいま非常にたいへんなことをしているし、考えてもいると思うのですよ。憶測報道に対して沈黙していてよい、という見解も、いろいろと考えた末のことでしょう。
 

[160][06/20 01:48]
 最後に、そもそもの一番の争点は「皇室問題(公私に関する)」だったこと、改めて再確認しておきたいです。
 佐々さんの国歌国旗への認識等は中立の目としては至極全うなものだとは思いますが、それはやはり個人で内包すべきものであり、つまりは「私」なのだから「公」として露出させるべきものじゃないと思う。それこそ、子供が見てるんだから。正式に国歌国旗として制定されている以上、それを公の場で敬うのは当然だと思う。
 

[159][06/20 01:29]
>>[157]
 私は、天皇が政治的役割を担っているからこそ、首都に居なければ、との考えです。強い権限とかは何も考えてないですね。あと、私の対外的って言い方がマズかったんですね。民族的って言い方もマズかったみたい。う〜ん、じゃあ何て言えば伝わるんだろう。明治時代になって、天皇が諸外国に対しての最高決定権になったから。って、こう言えばいいのかな。

 あと、見解を抱くのは確かに自由です。勿論、承知してます。見にいっちゃいけないとも言っていない。誰も強制したいとか、そんなことは言ってません。そう捉えられたのであれば、それは私の書き方が悪かったということです。御免なさい。私が述べている重点は「一種の公私混同では?」という点。合わせて、[158]で挙げている意見も読んで貰えれば。早い話が「場を選ぼうよ」ということなのですが。皇室問題も、それと同じ。場を考えるからこそ、個人だけを優先させるわけにはいかない。
 

[158][06/20 01:02]
>>[155]
片野さん、宮内庁の民営化という案は、皇室の靖国化みたいなものになるような気がします。戦争問題で裁判まみれ、みたいな。それは良くないと思う。
 皇室文化の再興、なるほど、それには賛成です。ただやはり、天皇陛下が憲法に組み込まれている以上、京都に戻るのは無理だと思います。結局のところは日本の代表として公務で諸外国を訪問なされている、これには政治的な意味合いが含まれるし、先の大戦に対しての所感をアジア各国で述べられているし。
 天皇と過去の戦争を完全に切り離せるのであれば、可能だとは思うのですが・・・そっちのほうが難儀ですからね・・・。


>>[156]
 ?冒頭から何を言いたいのかが分からないのですが・・・。一個人の意見、佐々さんなら良くて、私なら駄目とでも言いたいのでしょうか。

 誰も朝日新聞「そのもの」なんて言ってないですよ。朝日新聞の「社旗」と言ったのですが。どうしてそう短絡的に結びつけられるのかが、私には分からない。これは、国旗と日章旗の話。
 学校の先生に関する揚げ足取りは、ホントそのまま揚げ足取りなので、割愛。
 場の空気の件。皆が一致団結して応援しようという直前に、そんな熱の冷めるような行為を見せてしまうくらいなら・・・ってな意味ですよ。政治意識とサッカー応援は別。そこを理解してるからこそ、実際に「だから私は行かない」と公言している人がいる。そういう話なのですから、盲信とは別問題。それに、公私混同じゃないの?とは言ったけど、私を殺せとは言ってませんよ。(佐々さんの文章を読んで、ふと浮かんだ意見ではありますが、突っかかっていこうといった趣旨のものではないこと、御理解戴きたいです。)
 ちなみに、これと同じようなことを、西原理恵子さんが夫の言葉として漫画に書いています。夫は戦場カメラマンで、アメリカのしてきたことを、ずっと撮ってきた。だから、舞浜までは行くけどディズニーランドには行かない。ホテルで待ってる。そうしないと、見てきた現地の人々に申し訳が立たないから、だそうです。

 最後に貴方にこそ、今の場の空気を読んで貰いたいです。おちょくりや茶化しや挑発なんて、誰も望んでいない。そもそもの争点だって、今は「皇室の所在地」と「皇室の公私」です。「国歌国旗」も顔を出してきてますが、そっちはまだ議論に至っていない。
 

[157]佐々宝砂[06/20 00:20]
>>154
※さんの一個人の意見ですから、それがいくら乱暴な意見でもよいですが、それはあくまで一個人の意見だからご自由に、ということです。国旗国歌制定法に関する政府側の答弁では、個人は国歌や国旗に対するどのような見解を抱いてもいいということになっております(確かめてみてください、確かにそうなっております)。つまり政府見解は、日の丸や君が代に敬意を表さない方針の人間がいてもいい、ということです。そのような方針の人間がサッカーの国際試合を見に行っちゃいけないなんぞという決まりは、当然ですがありません。あったらそれこそ人権侵害の大問題でアムネスティが動きますよ。君が代が嫌いだって国際試合は見に行っていいんですし、サッカーの日本代表選手だって別に君が代を歌わなくてもいいんです。また、日の丸が揚がってる場所では必ず敬意を表さねばならず、そうしない人間は日の丸が揚がってるとこに行ってはいけないんだとしたら、私は祝日になったらどこにも行けないではありませんか。私は日の丸や君が代を否定するのではありません。※さんの意見をちゃんと読んでいないわけでもありません。「君」という解釈にいろいろな意見があるということ、日の丸に不快感を示す日本国民が存在するということ、それゆえ君が代と日の丸には問題があり、国民の総意を得ているとは言いがたい。つまり、日の丸と君が代は、国旗と国歌であるのにふさわしくない、と私は言っているのです。国旗と国歌があかんと言ってるわけではありません。儀式を無視しているわけでもありません。儀式に参加したいのはやまやまですが、意見の相違があり見解の相違があるいま、私はその手の儀式に参加することを潔しとしないのです。子どもが見てるならば、なおさらですって。ちなみに朝日新聞の社旗がどんなもんでも私は別にかまいません、だってあれは一企業に過ぎませんし、私は別に朝日新聞社を敬ってなぞおりません。

私が海外からみた日本の首都について語ったのは、※さんが「対外的にみて」うんぬんということをおっしゃったからです。民族的に言いますと、江戸時代の庶民は、天皇の存在というものをほとんど考慮しておらず、明治に到っても「天皇って誰じゃい」という人がいたそうです。戦国時代以降の時の政府もいちいち天皇にお伺いなんぞたててはおりません。天皇が主権をもつものとしてクローズアップされたのは、鎌倉以降では明治時代〜敗戦までの一時期であり、歴史的にみてそれほど長い期間ではありません。そもそも現在では天皇が持ってる実権は少ないのですよ(全くないわけでもないとこが問題ですが。だって実際の主権は国民にあるはずなのに)。※さんは天皇に何らかの強い権限があると考えているからこそ、首都東京に天皇がいるべきだと考えているのではないかと思います(天皇がどこにいても私は別にかまわんのですけど)。

で、「徳」の問題があるのですが、それはちょいと調べてから書きますので、お待ちを。
 

[156]山田せばすちゃん[06/19 22:31]
一個人以外に君にどんな立場があるんだ?ここで。
それとも海上自衛隊員としてはいってはいけないことだけれど、という意味か?

俺は日の丸はきらいだけれど朝日新聞だってきらいだぞ、つか日の丸がきらいな人は朝日新聞がすきだ、みたいな類型的な発想はどうかと思うけどな。

揚げ足を取るようだが国立の学校以外の公立の学校の教員は全部国家公務員ではなくって地方公務員だぞ。したがって彼らにとっての社旗、社歌にあたるのは県だとか市町村だとかの旗や歌になるんだが、ま敬ってないって意味ではそんなに変わりねえか(笑)

場の空気を読めって、そういう場の空気みたいなもんに盲目的についてくとろくなことにならないぞ、ということを、先の大戦で日本人はまず学ぶべきだったんじゃないのかね?まあ学んでないからこそクラス単位でいじめだとかがはびこったりもするんだろうけれどな。周囲の皆がどう思おうと別に関係ないけどな、どうしてそんなに小心なのよ(笑)

ついでに言うと、場の意見の総意がどうこうとかいってなかったっけ?
場の空気読めよ、とはそのとき君には誰も言わなかったよ?
みんな優しいから(笑)
 

[155]片野晃司[06/19 22:30]佐々宝砂
太政官やら枢密院やらというものがあった時代には天皇は政治の中心地にいないとどうにもならなかった必然性がありますけれども、今はそうではないわけで、ほとんどの国事行為は東京にいなくても詔書でできるし、天皇を、単に御璽を押すだけの事務的な存在であると認識しているのでなければ、その歴史を尊重してふさわしい場所を考えたときに、やはりふさわしいのは京都であって、国民主権の本拠たる首都東京とは分離して、京都御所で皇室文化を再興するのがいいんじゃないかと僕は思っているわけです。
政教分離できていないから歴史ある皇室文化がただしく継承できないのであって、宮内庁を民営化し、天皇を尊重する人たちの手だけで皇室行事をおこなっていけば、いかなる宗教儀式もなんの問題もなく行えます。
 

[154][06/19 20:23]
 私の一個人としての意見。

 なんで日の丸は反対されたりするのに、朝日新聞の社旗は変更されないんだろう。日章旗のほうが、戦争のイメージが強いのですが。

 なんで公立校の教師(国家公務員)やってるのに、国歌国旗に反対して歌わなかったり破いたりする人がいるんだろう。会社員で、自社の社歌やシンボルマークに対して同じことする奴なんて居ないよ。嫌でも歌え、敬え。いい大人なんだから、公私混同すんなよな。子供が見てるぞ。

 競技場で国歌斉唱の時に皆が立つのに、その儀式を無視する人がいるのは何故だろう。そういう空間なのだから。場の空気を読むべきだと思う。やるのが嫌なら自宅でテレビ中継見てればいいのに。周囲の皆も、そう思ってるんじゃないのか。これも一種の公私混同なんじゃないのかな。
 私の詩の知り合いにも国歌国旗嫌いの人はいるけど、そういうところはきっちりしてる。だから私は見に行かない、そう言ってる。
 

[153][06/19 20:20]
>>[150]
 大政奉還が起こった後も、江戸は日本の首都であり続けた。だから、そちらへ向け皇居が移された、という話をしていたと思うのですが・・・。私の話し方が悪かったのかな。。。
 何故、時の幕府は天皇に政治の大局における決議に際し、いちいちお伺いを立てていたのでしょうか。この疑問を考えた時に、日本の中心は江戸であったり鎌倉であったりした時代にも、首都というか、そういった真の中心であると捉えられていたのは、紛れも無く皇居のおわす処だったのでは?という。
 もうちょっと、民族意識の面でも見て欲しいです。

 個人の幸福を優先させる徳、これを突き詰めれば、権利の主張・義務の放棄となるのではないでしょうか。今の日本では、徳が変化してきているのではない。廃れてきているのだと思います。迷惑千万なガキんちょを怒やす大人、今じゃ全然見かけない。
 規範である天皇家が身勝手を見せてしまうことが、どんなことなのか。それが、どのように映るのか。今までの伝統を自分たちの代で絶やすことが、どんなことなのか。自分たちのために、同じ境遇に苦心した御先祖様に砂をかけても良いのだろうか。そう考えるのは、人として当然だと思います。

 君が代の話については、これは争点が全然違います。君が代のメロディーが数種あった話くらいは知っていますが、私があのリンク先において挙げたのは、歌詞の中にある「♪君が代は」に関する解釈についての見解。成立だの何だの、そういった意見の趣旨とは関係の無い部分を引っ張って来られてもなぁ、って。
 

[152]佐々宝砂[06/19 15:21]
一個人として、日の丸と君が代をどう思うか書きます。

私たち夫婦は、サッカーの国際試合をよく見に行きます。そのとき君が代の斉唱がありますが、私ら夫婦は立ちませんし、歌いません(なので目立ちます)。夫が歌わない理由は「君」が天皇を指すと考えるからだそうです。私が歌わないのは、明治以降第二次世界大戦までの「君が代」が果たした歴史的役割を考えると、「君が代」を国歌として考えるのを嫌う人がいるのは当然であり、ならば「君が代」がいい歌であろうとなかろうと、全国民の総意に基づく歌ではなく、現在の日本の国歌としてふさわしくない側面を持つと考えるからです。「君が代」に代わる歌を模索すべきだと思っています。私は、思い悩むことなく気分良く自分ちの国歌を球技場で歌いたいです。「日の丸」については、たいへんすばらしいデザインだと思ってますが、それとは無関係に、歴史上の理由でもって日の丸をいやがる人々がいることを知っていて、だからこそ、私には、日の丸に心からの敬意を持つことができかねます。「君が代」と「日の丸」を学校で教えることは必要かもしれませんが、同時にそれらが果たした歴史上の役割を学校で教えることも必要でしょう。その歴史上の役割を知った上で、「君が代」を歌い「日の丸」に敬意を表すること、また表さないことは自由であるはずです。だから私は、「君が代」斉唱のとき起立しなかった生徒の教師まで処分しようという東京都の方針には大反対です。今のうちに反対しなくてはならないと考えています。それでも私は愛国の徒ですよ、だって、私は日本語を心の底から愛していますし、日本の伝統的芸術各種(特に俳句)を愛してますし、サッカーの国際試合じゃ絶対に日本を応援してますからね(笑)。私は、日本という国が、もう少し住みよい、今よりましな、しんどくない国になってほしいのです。

■「国旗国歌法」制定をめぐる国会答弁が下のリンクの最後にあります。
お読み下さい。さっきは引用したのですけど、引用禁止とありましたので、訂正。
(リンク規定がうるさいんで、あとでリンク消すかもしれません・・・)

Chunichi Web Press の「東京新聞」記事
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20040505/mng_____tokuho__000.shtml
 

[151]石川和広[06/19 14:37]
僕は、佐々さんの意見は、一個人として生きてる場所から、出そうとされていると思います。この国に生きて、多くの方が、暗黙の不文律に、さいなまれていると思う。
 民主政体の国の、基本単位は、一国民の生命、財産です。どの政治学の教科書にも、書かれています。憲法では、天皇を国民統合の象徴とする、に続き、国民の総意に基づく旨
書いてあります。
 皇太子ご夫妻が、公私の不整合に悩むのは、※さんの言うとおりだと感じます。ただ、血統でしか天皇になれず、では、天皇と我々は、同じ国民として、この国の未来を考えにくいと感じます。天皇家だって、象徴といわれて、一人格扱いされないのは、辛いからこその発言だと思います。
 日の丸は艦船の、あるいは航空機の国籍表示として、今まで使われてきています。
ただ君が代は、やはり今までの天皇の位置の、危険性を感じます。
 国民の総意の基づく天皇は、民主的に見えて、また、天皇を祭り上げる危険もある。
したがって、ご自身方の内発的な変化を、戦前の教訓も踏まえて、なるべく、みんながしんどくならない国づくりと共に、考える回路が必要かな?
 タエガタキヲ耐えた方や、さまざまな方が鬱自殺を図っている、今、うつ病者の僕は、そう思います。
 

[150]佐々宝砂[06/19 13:29]
>※さん
>当時の江戸が日本の中心地だったとして、地球を世界とすれば、その頃の首都は対外的に見れば京都となっていたのでは?と思うのですよ。大政奉還が起きて国政が天皇に戻り天皇を最高権威とした明治の世が訪れ皇室が江戸に移った。これにより、江戸は日本の首都であると明確化されたんじゃないでしょうか。

世界から日本という国を見たとき、世界の側が日本の首都と見なすのは、日本の実質的最高権力者が住まう場所です。日本の象徴が住む場所ではありません。鎌倉に幕府があったころ、海外からみて首都は鎌倉です。そののち戦国の世、織田信長は日本のエンペラーだったくらいですから、彼の住む場所が首都と見なされていたでしょう。そのあとはもちろん豊臣秀吉ですから、桃山です。そのあとほんとーにわずかな期間ですが、首都がわが静岡県の駿府であった時期があります。当時の海外の書物に日本の国王イエヤスはスンプに住んでいて、首都はスンプだと書いてあるんだから、ウソじゃないですよ。他の県民は教わらないかもしれないけど私、静岡県民なのでそんなことを知っていたりするのです(笑)。首都は時の施政者が住む場所。日本という国も、世界の各国も、その法則を乱してはいません。皇室が政治の中心として機能していたのは明治こっち戦争で負けるまでの話ですから、皇室が日本の象徴であり政治の中心ではない今、日本の首都東京に皇室を置いておく必然性はないと思います。まあ個人的には、東京にあってほしいです。なぜって? 都会にあれほどの広大な自然な緑地を残せるのは、おそらく皇族と米軍しかいないだろうと思うからです。今わざわざ京都に移す必然性もないと思います。

>あと、簡単な居直りについて。私には、佐々さんの考える幸福というのが私的な幸福にしか見えません。そこに公的な在り方を考え模索するのだからこそ、その不文律に苦しむのではないでしょうか。そして、それらを乗り越えて脈々と受け継がれてきたものがある。そういった伝統を絶やしたくないというのは、当然の思いなのではないでしょうか。当事者とは皇太子様御夫妻です。御夫妻のみの幸福だけを考えるわけにはいかないからこそ、あそこまで苦しんでいるのではないでしょうか。

普通のヒトも、公的なことと私的なことのはざまで悩みます。まあ、当たり前です。それはさておき、日本の場合(というか儒教の影響の強い国において)、上に立つ人間は徳がないとアカンという考えがあります。天皇家というのは一応、上に立つ人たちだということになっております。他の国だと徳を持たない「上」のヒトは、首をすげ替えられておしまいですが、日本の場合、天皇家の人々は徳を持つように教育されるので、首をすげかえられることは滅多にありません(このあたり、一部、橋本治『上司は思いつきでものを言う』からの受け売りです)。皇太子が何を言われても怒る人ではなかったという話は、彼が間違いなく何らかの「徳」を持っていたという証拠のひとつでしょうが、問題は、今、日本社会における「徳」というものが変化しつつあることではないかと思うのです。会社よりも個人を優先するのが普通です。国家よりも個人の幸福を優先するのが民主国家です。規範的家庭であることを要求される天皇一家が、病んだ嫁さんのひとりの人間としての幸福を追求することは、今や日本の一般社会においては「徳」とされてもおかしくないことのように思われます。

あと、付け足しで「君が代」の話。「君が代」とゆーのは、本来はただ単にめでたい歌で、ひとんちの玄関の前で正月なんかに歌う歌だった、結婚式でも歌う歌だったという話をきいたことがあります。「あの歌ならみんなしってるからあれにしよー」というわけで「君が代」にしたとか。もともと単におめでたく「あんたのうちは未来永劫続くのよ」という意味のおだやかな歌だったものです。メロディも歌詞もめでたいおだやかな歌ですから、まあサッカー選手の志気はあがらんのではないかと思いますが、音楽としてみればさほど悪いもんでもないでしょう。「君」が誰であるかによってえらく意味合いが違うだけの話です。「君」が国民全部と思えば、あなおめでたやです。ちなみに梁塵秘抄にも類歌があります、「君が代は千代にひとたび降る塵の白雲かかる山となるまで」なんていうやつです。それが国歌になってもおかしくなかったんじゃないかな。そうそうそれから、※さんが紹介なさったページはあまりに偏ったもののように思われます。私の意見に近いのは、ウィキペディアではない方のリンク。ウィキペディアの方は、現在さまざまな意見があるという証拠のひとつとして(つまりたった一種類の意見をもって証拠とするという愚を犯さないために)、リンクしました。

「君が代」について(ウィキペディア)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%9B%E3%81%8C%E4%BB%A3

「君が代」について(君が代が一つじゃなかったという話)
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tpnoma/kimi/kimigayo1.html
 

[149]石川和広[06/18 23:24]
不勉強でした。ただ、天皇が公布したのだから、、それに公布しないと法律は、公的な言説にならないのかなと。帝國憲法の改正を、認めたのは、統治権の総攬をしていた昭和天皇ですしね。あくまでも、言葉の上だけど。
 ただ、言葉に残されたものは、特に法典においては、そうでなくても、主語が誰かというのは、かなり大切だと思う。
 いわば、あれは、署名なんです。文学において、大切なことと思います。
天皇制がどうか、というより、誰が書いたか、です。
 前のメールは、正確ではなかったかもしれない。訂正します。
 ただ、手許のコンパクト六法には、そうありました。
 
 今夜は蒸し暑いですね。
 
 
 

[148]片野晃司[06/18 22:36]
>日本国憲法の第一文字目は、朕は、で始まるよ
それは公布文。。。
 

[147]石川和広[06/18 17:19]
初めまして。渋沢龍彦は、小学生のとき、赤地に白丸の、日の丸を、授業で描いたらしい。なんかそんなの読んだ事ある。多分戦時下かな、ある意味すごいかな?

あと朝日は、昔の日章旗だな。あそこは、戦時下はすごく、大本営に協力的だったらしいね。
護憲派って、いるらしいけど、日本国憲法の第一文字目は、朕は、で始まるよ.だけど、護憲派の中にも天皇制反対という人もいるね。あれは、帝國憲法を改正したものだからなあ、単純に不勉強な人が多い気がする.なんか憂国過ぎる人は、、

普通に考えたら、天皇には、基本的人権はないし、嫁入りしたら大変だろうな。
皇太子さんも、母上の苦労とか見てたからじゃない?
人格の否定という言葉は、たぶん皇室史上、はじめてかな。

そこは、普通に、ちゃんとした人だなと。ただ後の展開が分からんけど。

あと表現の自由がないのを、逆手に取ると、なんでもありで、しかも皇太子の言葉だから
いきなり言われると、宮内庁も止めようがない、そこの狙いはすごいかな。

私の最近思うとこは、こんな感じです。失礼しました。
 

[145]片野晃司[06/16 22:33]
>>144 茶化しても何にもならないですよ。
「日の丸の歌」のメロディが思い出せない。というか、歌詞もわからん。学校で習ったっけ
┌──┐
 |
└──┘
 

[144]山田せばすちゃん[06/16 22:07]
「日の丸の歌」(明日学校でみんなでうたってみよう!)
作詞 今井広史  補作詞  無名の関西ブント戦士

白地に赤く
日の丸染めて
全部染めたら
わしらの勝ちや
 

[143][06/16 20:11]
日本を監視対象国に指定 人身売買の米報告書
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040615-00000095-kyodo-int
国務省のミラー上級顧問は「日本は『性奴隷』をめぐる大きな問題を抱えている」と述べた。(一部抜粋)

 アメリカ、やりたい放題ですね。としか言えない。そんなの発表して他国批判してる暇があるんなら、早く虐待問題の解決を考えろ。自浄作用を示せない国が身勝手に諸外国批判をして、問題の矛先を換えさせようとしているようにしか見えない。
 

[142][06/16 19:36]
>>[137]
 なるほど、片野さんの意見はそういう意味だったのですね。ですが、その殆どが形骸化しているとは言え、政治的な役割というか、そういったものは続いているのではないでしょうか。だからこそ、国民の象徴なんじゃないでしょうか。私は、明治の世以降の皇室の在り方が歪みだとは思いません。流れ、なんだと思っています。
 文化、伝統を、もっと取り戻すべきだという考えについては、同意です。が、江戸に皇居があるのではなく、首都に皇居があるのだ、というのが私の考え方です。

>>[141]
 佐々さん、私の言っていたのは、そういった感じじゃないか、ということです。
 その内容の通りに行けば、幕府も天皇の部下ということになりますよね。当時の江戸が日本の中心地だったとして、地球を世界とすれば、その頃の首都は対外的に見れば京都となっていたのでは?と思うのですよ。大政奉還が起きて国政が天皇に戻り天皇を最高権威とした明治の世が訪れ皇室が江戸に移った。これにより、江戸は日本の首都であると明確化されたんじゃないでしょうか。
 あと、簡単な居直りについて。私には、佐々さんの考える幸福というのが私的な幸福にしか見えません。そこに公的な在り方を考え模索するのだからこそ、その不文律に苦しむのではないでしょうか。そして、それらを乗り越えて脈々と受け継がれてきたものがある。そういった伝統を絶やしたくないというのは、当然の思いなのではないでしょうか。当事者とは皇太子様御夫妻です。御夫妻のみの幸福だけを考えるわけにはいかないからこそ、あそこまで苦しんでいるのではないでしょうか。

>>[139]
(2)「君が代は、千代に八千代に」について
http://www5a.biglobe.ne.jp/~jisso/
 

[141]佐々宝砂[06/16 13:21]
>片野さん
その絵本、いいですねーーーーー。

>※さん
日本の江戸時代の藩は、欧米の領地とは違って、あくまでも「国」ではありませんよ。
「くに」という呼び方をするにはしますが、藩の殿様はあくまで将軍様に雇われており、
だからときどき領地を変えられたり飛ばされたり首になったりしたのです。
で、江戸にましました将軍様にしても、京都の天皇から任されて日本を管理していた
いわば官僚みたいなものです。歴史的感覚的に考えると、片野さんの意見が正しいのでは
ないかと思いますが、※さんのおっしゃる意見はよくわかりません。
だって、現在日本の天皇は、「象徴」なんですから。
伝統を大切にして、京都に住まい、かつてそういうことがあったように、
仏教徒として出家したっていいはずなんですから。

簡単な居直り、とおっしゃいますけど、
皇太子夫妻ご自身の幸福を、※さんはおかんがえでしょうか? 
かれらには、すでに、ひとりのこどもがいます。
夫も義母も理解ある人間です。世間に対して怒ってもくれます。
ひとりの女性として雅子さんをみた場合、彼女を苦しめているのは、
宮内庁と世間と、※さん言うところの「宗教上の不文律」ではないのですか。
当事者とは誰ですか、皇太子夫妻ですか、「もうおひとりほしい」と言う宮内庁ですか、
それとも、疑いなく人間である彼等皇室のひとびとを、神とあがめる人々ですか?
 

[140]片野晃司[06/16 13:17]佐々宝砂佐伯石畑由紀子クリ
『有事関連7法』読み解く絵本/市民らネットで警鐘 戦争できる国になる(東京新聞記事)http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20040616/mng_____tokuho__000.shtml

Web版「戦争のつくりかた」
http://smile.hippy.jp/ehon/
泣けます。PDF版そのほかはこちらhttp://www.ribbon-project.jp/book/
 

[139]山田せばすちゃん[06/16 02:13]
追記
「口語訳君が代」(明日君も学校で歌ってみよう!)

天皇制は
千年も万年も
ちっちゃな石が
大きな岩になって
苔が生すまで続くといいのにね
 

[138]山田せばすちゃん[06/16 02:09]佐々宝砂
国歌歌えず偽造旅券判明 盗みのコロンビア人逮捕 [ 06月15日 13時10分 ]
共同通信


 警視庁捜査三課は15日までに、住居侵入と窃盗未遂の疑いで、コロンビア人の男女4人を逮捕した。4人はメキシコの偽造旅券を持っていたが、捜査員に「メキシコ国歌を歌ってみろ」と追及されて歌えず、偽造とばれたのが逮捕のきっかけだった。

わはははは。
「お前ら日本人だったら国歌を歌ってみろ?」
「君が代は知ってるけど、あれは国歌だと認めたくないから歌わない。」
「よーし、お前ら全員日本人じゃないな?逮捕する。」
 

[137]片野晃司[06/15 21:48]佐々宝砂
※さん、世界列強の中の日本として近代的に天皇を立てていくことこそ明治の考えであって、今は政治的な役割はないのだから、文化、伝統をもっと取り戻すべきじゃないかと思うんですよ。江戸に皇居があることもおかしいし、皇室が仏教徒として出家できないのもおかしい。明治維新で歪めた部分をなおして、日本の美学の象徴、日本人のライフスタイルの象徴として京都で静かに美しく暮らしてほしいとおもいます。
 

[136][06/15 19:58]
>>[134]
 佐々さん、その言葉、どうせなら私ではなく当事者に言ってみて下さい。私たちにとってはどうでもいいツッコミでしょうけれど、当事者である皇太子様夫妻にとっては、そんな簡単な居直りでは済まされない問題でしょうね。宗教上における不文律と同じようなものではないでしょうか、と私は考えています。

 片野さんの挙げている、伝統的とは思えない皇室の姿。これは、時代背景を無視した意見なのでは?という気がしてなりません。世界が日本で国が藩(各個の領地)だった頃と、世界が地球で国が日本となっている今を、ごっちゃになされているのでは。
 

[135]片野晃司[06/14 21:49]佐々宝砂
こだわりというのは、たとえば、ハーレーダビッドソンがホンダの低燃費で排ガスのきれいな静かなエンジンを載せたりしたら、ハーレーファンが本社前でデモ行進でもしかねない(たとえば、ですよ)ような、そういう好きもののためのもので、人に押し付けるものではないわけですけれども、皇室についても、好きな人が伝統を守っていけばいいわけで、その範囲(好きな人たちの間だけの範囲)であれば誰も何も言わないけれども、ことが憲法の話まで及んできてしまうとひとごとではなくなってきますよね。
ともかく、僕のこだわりから言えば、皇室は京都にあるべきだと思う。明治維新以後の皇室の姿をもって伝統的とは思わない。
 

[134]佐々宝砂[06/14 14:37]
>※さんに
ものすごくどうでもいいつっこみ。「血の権威」とは何か?
人間の場合、男と女と双方からはんぶんこして子どものメインのDNAができます。
しかるに、動物にはもう一種DNAがありまして、これはミトコンドリアDNAと
呼ばれるものです。もともとは違う生物が「合体」したためにこんな現象かあるとか。
で、ミトコンドリアDNAは、完璧に女系、母性遺伝しかしないのです。
ゆえに、血の権威も何にもありますかという気がするのですが。
それほどまでに血を大切にしたければ、クローンやったら完璧ですよー。
「ミトコンドリア」については下のリンクを参照のこと。
http://www.nig.ac.jp/museum/evolution/D/dna-02.html
 

[133]クリ[06/14 03:09]
>>132 せばすちゃんさん
分かりません。
>>「戸籍も選挙権もないので、国民以下」という「卑下」のあり方は、在日外国人差別につながる…
ここまでは理解できます。日本政府の今の扱いがそうですからね。
ほかのところがさっぱり分からんのです。情けな〜。「注釈」ってどんなものを入れるのか、とか。
さらにいちいち注釈を入れなきゃ書けないのかとか。(注 ここは反論ではありません。ホントに分からないのです)
「士農工商SF作家」発言のところも「?」 「筒井はxxx(被差別階級の名前)も知らんのか」と阿呆+トンチンカンな批判をして失笑をかった人がいることは聞いたことがありますが…。
その何がいけないのかも理解の外です。
僕の不勉強のせいだと思いますので、修業してきます。出直します。
しかし、その前に詩を書きたいので、時間掛かるかもしれません。ある方に「そんなことしてる間に詩書けよ」とも言われたし…(苦笑
せばすちゃんさん、ありがとうございました。
 

[132]山田せばすちゃん[06/13 23:40]
戸籍もなく選挙権もない、という事実は事実としてありますが、その事実を「国民以下、という無意識の卑下」というときにも、俺が言うように「国家というシステムを超越している」というときにも同じようにある種の価値判断がついて回ります。まあ解釈というものは事実をある価値で判断するものですから当然なんですが、問題なのは「戸籍も選挙権もないので、国民以下」という「卑下」のあり方は、在日外国人差別につながるものがありますよ、と。その「卑下」という価値観を持ってるのがクリさんではないことも文脈からわかりますが、安易に、何の注釈も入れることなくそういう価値観をある種当然であるかのようにお使いになっていらっしゃることに関して、一言ご注意申し上げたかった、とこういうわけです。わかりやすく言えば、某SF作家が「士農工商SF作家」という文言で自分を揶揄して見せたときに、それが自らを揶揄していることは文脈から判断はできるけれども、「士農工商」が歴史的にどんな文脈で用いられてきたかを鑑みた上で、それなりの配慮の元にその言葉を使ったか否か、が問われた、というのと同じことです。
ご理解いただけましたでしょうか?

ちなみに「通い婚」という婚姻形態は見かけ上の形態としては確かに母系制社会によく見られるものですが、にもかかわらず、たとえば「清少納言」は「清原少納言の娘」であることの略称ですし、「蜻蛉日記」の作者が「藤原道綱の母」、「更級日記」の作者が 「菅原孝標女 」と伝えられてるとおり、平安時代もまた母系社会ではありませんでした。
「結納」に関しては多分何か勘違いされていらっしゃると存じますが、あれは女性を「財物」として物々交換するという経済原則の象徴ですので、家父長制の産物ではあるけれど、母系制とは相容れない性格のものではないかと。
 

[131]クリ[06/13 14:42]
>>130 山田せばすちゃんさん
・母系制 厳密な意味で言うと「存在した」は言えないですね。ただ、「通い婚」とか「結納」なんていうものもありますので、「母系社会の色彩も混じった」くらいにしとけばよかったですかね。
まあ、「選挙権などという近代国家との偽りの契約システム」という表現と同じ「ノリ」だと思っていただければ…(^ ^;)
・「無批判」までの流れが読解できません。よろしければ説明していただけますか?
 

[130]山田せばすちゃん[06/13 12:05]
>>もともとが日本の住民たち(日本民族というとややこしくなるので避けます)は、母系社会だったわけで、父性にそれほどこだわってはいなかったはずです。
?
母系制というのは、当該社会の構成員を定義するときに「この母の子供である」という定義を持ってする社会システムのことで、社会内の富の移動もそのシステムに準じた形で行われるのが普通ですが、日本のいつ頃、どこにそのような社会があったのでしょう?

>>皇族には戸籍も選挙権もないので、国民以下、という無意識の卑下が・・・
戸籍の代わりに皇統譜がありますが、まああれはわれわれ民間人の家にも伝わる家系図のようなもんですから、むしろ、戸籍などという国家の管理システムを超越し、選挙権などという近代国家との偽りの契約システムとも関係なく(笑)などという言い方もできるわけでね。
なにがいいたいかというと、そういう「卑下」から俺は在日外国人一般に対する「卑下」と同じ匂いをかいだから、ちょっとね、と。
「卑下」の主体がクリさんでないことはわかるけれど、無批判にそういう「卑下」について語るのは同罪なんじゃないの?などと。
 

[129][06/13 09:07]
>>128
 その、女系問題がある為に、女帝は認められないという意見があるそうですね。血の権威?が薄まるっていうか。今まで、結婚した皇族の女性は一般人になるというのが基本だったワケだから、そんなことしたら、遡って皇族だと名乗れる人が何人出て来るのか?といった問題点。それを考えた時に、ああ、そしたらやっぱり男系のみにするしか無いんだろうなーって思ってしまいます。伝統を守るのって、大変ですね。

 ここで、そんな伝統・・・だなんて言って退けることは簡単ですが、それは今までを一瞬で無に帰す暴挙だとも言える。そんな暴挙でイスラムでの文化破壊を続けているのが米軍。一緒くたになっちゃいそうで、『そう簡単には』女系を認められないと思う。日本は、良くも悪くも、伝統と文化に培われてきた国だから。
 

[128]片野晃司[06/13 05:25]
「女性天皇はいいけれども女系は困る」という意見もありますよね。女性天皇は前例があるけれども、女系(女性天皇の子供が天皇になる)は前例がない(はず)だから。
#僕にとってはどうでもいいことですけど^^;
 

[126]クリ[06/13 02:26]
どうも話がかみ合わないと、よく考えてみたら、「皇太子皇太子妃/宮内庁摩擦」と「後継者問題」を僕がごっちゃにしたから、みたいですね。
「後継者問題」は、それほど「問題」ではないのですね。
うろ覚えだったから、さっき調べたんですけれど、女性の天皇は今まで8人いたんですね。
そのうち武家社会になってからは江戸の中期に2人、そのまえが6人、つまり古いほど多いんです。
(>>125 ミントさん 推古天皇と持統天皇はどちらも女性です。さっき系図見ました)
また、実質的に執権を握っていた女性も何人かいるようです。
そういう「前例」がありますし、世界の大勢からいって、絶対に女王を認めない国は2つしかないといこともあり、
宮内庁自体大筋で「女でもいいかー」という方向に傾いていることは知っています。

問題は「摩擦」の元凶である宮内庁の精神ですね、多分。
もともとが日本の住民たち(日本民族というとややこしくなるので避けます)は、母系社会だったわけで、
父性にそれほどこだわってはいなかったはずです。
これを制度で押し付けたのが武士階級。そしてそれを実質的に受け継いだのが、
士族華族→一部の政治家、ではなくて、官僚ということでしょうか。
愚鈍な民を統べているのは賢明な俺たちだという感覚がやはりある。
そして天皇は国民のシンボルにしか過ぎないし、皇族には戸籍も選挙権もないので、国民以下、
という無意識の卑下があるように思えてなりません。
どちらかというと反体制派なので皇室擁護など、さらっさらっする気はありませんが、皇太子の発言を一言で言うと、
「僕たちにも人権というものを下さい」と懇願しているとしか考えられません。
また聞きで悪いのですが、皇太子と同級生だった男性の友達から聞いた話。
皇太子はよく「からかわれて」いたそうです。でも「決して怒らなかったんだって」とも言ってました、「そこだけは偉い」という感覚で。
そんな決して怒ることのない人が、ああいう発言をした、ということは、普通の人にしたら、
喚き散らして殴りかかっている、くらいの勢いではないかな〜、と思いましたよ。
長くてすみません。
 

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