三月の飛鳥山
王子駅から望むと
厳冬時とさほど変わらぬ
枝振りの樹々が
何の衣も纏わず
剥き出しではあるが
陽光に透けて
半月後の桜色の
淡い期待を靄のように
纏っている
穏や ....
{引用=
降りてくる朝の手綱を引いて
静寂の中にひっそり佇む戸口を叩く
小径を満たしてゆく血潮が瞼を温める
レンズの向うに産まれた半透明の結晶が
ぶつかりあって溶けてゆく
あらわれ ....
動き出した特急が
午後の太陽のように
去り行く僕の影を
ゆっくりと引き伸ばす
まだ知らない場所も
通り過ぎた道のりも
結局ここからは見えないんだ
僕はこの町が
好きで嫌いで
....
女の腹が真珠(たま)孕み 男の腹に指が這ふ
愛ほしいひと、今宵貴方を離さない
貴方をわたしに誘ひたい
迸る極楽浄土を黄金で編んだ煉獄に
火と蛇で撚つた鎖で繋ぎたい
男の胸に日が昇り 女の ....
雨が降るよ
春がくるから
雨が重たく降るよ
肌にむずがゆく、すいつくように
風が吹くよ
春がくるから
風が海から吹いてくるよ
タンポポのわたぼうしをとばし
空に白い雲をころがし
....
高架線の流れに押し戻されつつもドア際へ体を寄せれば
やがて天井桟敷の建物が左手に顕れる
夜勤明けの尻ポケットには馬券の束
そして耳に挟んだ赤鉛筆
「穴場に手を突っ込んだ勝負馬券は当然に ....
左折レーンにいた
交差点にしゃがみ込む人たちを見た
赤い小さな水たまりを見た
音声を風が運んだ
がんばって…
がんばって…
助手席の彼女が見たもの
人の言葉を持たない小さな生命が
消え ....
ユキオは高速を高松ではなくてヨシミに向かって飛ばした
酒造メーカーの博物館で事務をしているヨシミに3時くらいに着くから早退しろと言ってみた
わかったよ、と即答で応えてくれたことにユキオは感謝した
....
ちゃぷ ちゃぷ ちゃっぷん
水まくら
昭和ロマンの{ルビ色形=いろかたち}
今に伝える
水まくら
ベンガラ色の胴体に
銀色ネクタイ首に締め
お腹の水を堰き止めて
口をへの ....
つい今しがたTVニュースを観始めるまえまで
いくぶん柔らかめなカールのブリーチトブロンドの女は
薄切りのハニートーストと生ハムと桃を食べていた
その唇は鮮やかに紅く、甘い蜜に濡れている
花 ....
夕暮れに
濡れた雨傘がぽつんと一つ
夕陽を浴びて
柔らかなオレンジ色に染まり
沈みゆく太陽を見て
何を思うのか
忘れ去られたかのように
壁に立て掛けられた様子が
どこか寂しげに見え ....
わたしの灰色のへやに
いろんなひとが入ってでていく
オレンジジュースの澱みたいに静かなきもちで
かたい腕に抱かれて痛くない。
あなたが
もし
わたしをすきだと言うのも
この灰色のなかに限ったこと ....
工場長が腕組みをほどいた
ああ、工場長が行ってしまう、
ユキオは顔をあげた
ユキオの唇がかたくなった
工場長が胸ポケットからケイタイを取り出した
あのなあ、頼まれてくれないかな、今から割 ....
あなたはカラスは可哀想だと言う
黄色い色が見えないから
菜の花畑の心地よさがわからないと
黄色に指定されたゴミ袋を見て言うんだ
はじめから見えないモノ
知らないモノ
それがわからなくて ....
となりのカプセルのアラームに起こされたユキオは浴場にゆき湯につかり頭を洗い全身を洗い歯を磨いて髭を剃りトイレを済ませてカプセルホテルを出た
8時まえにはメーカーに着き通勤ラッシュの正門まえに立った
....
小蝿が旋回している台所、たくさんの腐ったイカの目玉がこちらを見ていて、嬉し恥ずかし、アイドル気分
今日も私は輝いている
ストロボライトが私を照らす
今年の春に隣に越してきた素朴な ....
声 その声を聞きたくて
今教わったばかりの番号をダイヤルする
そして 櫛を入れた洗い髪のように
柔らかな声がぼくの元に届いた
話すべき言葉なんて
用意していなかったので
ぼくは ....
夕陽の傾きかけた街の一角に
何人もの成人した人間の列が歩く
皆一様に下を向き黙ったまま歩き続ける。
歩いている間は生きていられる。
立ち尽くした人間は片っ端から
列最後尾をのろのろ走って ....
むかしむかし、ここ印旛沼には妖怪ヌカニクギというのがおった。
変な奴での、
退屈のあまり村に来ては気に入った家の表札に手垢をつける。
一体何でそんな事をするのか、
その家の者に尋ねてみても、恨 ....
視界の端っこでうたたねをしていたナナは
気付いたときにはもうそこにいない
寝る前にはいつも少しだけ読書をする
きりのいいところでしおりを挟んで本を閉じると
ナナはとってつけたようにそっ ....
私って口下手過ぎるよね
神田東松下町にある小さな問屋さんで面接受けたあと
どこをどう歩いてきたのか
気がつけば聖橋の上から鈍く光る中央線の鉄路を眺めていた
ここから飛び降りたとしてもね ....
黄砂か花粉かフィルター越しに太陽が鏡のように光っていた
高速を飛ばしているとなんとなく蛇のお腹のなかをゆくような感じがした
それがシバタさんと今のじぶんの関係を思いおこさせるのだった
引き継ぎの ....
頼りにならないなあ、うちは所長さんだったから任せてた部分もあるんだよ、もうこの製品の購入はきみのところではなくてほかのルートに替える、
調達のシバタさんが再度ユキオにそう告げた
メーカーからの ....
迦具土神(カグツチ)産みて病重く
この世を去ったイザナミは
出雲と伯耆の間 比婆の山に葬られ
黄泉の比良坂イザナギが
あきらめきれずに
逢い求め
拒絶されてつのる思い
灯りを ....
科学者風の初老の男に案内され僕は
たわいない冗談もいいながら気軽に
バイオハザードのそれかと思うくらい
深い地下まで降りて行く。
科学者風が見せてくれたのは
マグロ大の深 ....
冷遇されてたんだろ、つめたい会社だな、かわいそうに、
そんな注文いらんわ、って怒鳴られたことがあるよ、いまさら遅いよ、
所長のあとがまとしてお客様を回るのは気が滅入ることも多かった
手応えも ....
間違えないで、空
ざくざくと刻んで煮込む白菜も
頬を薄く赤く染める風の痛みも
機械みたいにぎこちないゆびさきも
そろそろ片付けようと思っていたのに
ちらほらと芽吹いている梅の ....
4月 黄色い帽子とランドセル
小さな君たちの担任になった
何も心配しないで
私が守ってあげると約束した
校庭の桜も 笑っているよ
だから もう泣かないで
5月 日時計はゆるりと春を刻ん ....
止まない雨だった
優しいままでいられるほど嘘つきではないから
まだあまり汚れていない窓ガラスに向かって
冷たい視線を送り込む
反射した感情の行方を知っているくせに
しばらくそこに立ち止ま ....
前職を辞めた理由はって面接で問われてもねえ
誰もが正直に答えられるのだろうか
いやらしい上司にセクハラされたからとか
お局様に村八分されましたとか
かくかくしかじかで辞めましたなんて言える ....
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