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批評しましょ (創作系)スレッドオペレーター:白糸雅樹
 えっと、ひとの批評に対して、別の読みを書きたくても、スレッドタイプで書きこめる場所、あまりねーなー、感想スレで議論しづらいなー、と思ったのでスレッド立てました。議論OK。よっぽどの誹謗中傷でない限り、削除はしません。晒しもんにしますので注意してください。「未詩・独白」および他のスレッド会議室の発言で、作者が批評を期待していない発言への批評はなるべくご遠慮ください。
 一つの読みに対して、他の多くの異論が交わされることを願って。。。。。。
 評を書く際は、該当発言(または作品)のURLを明記してください。

[29]片野晃司[08/07 08:04]石川和広
うーん、長々と例え話を書いてるけど、弱音を吐いて逃げを打ってるようにしか見えないなぁ。>>27一番絞りさん
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=9786「ひとふさの乳房を」
もともと、詩は詩人のみが読むためにあるものではないので、読者としてもっと気楽に批評すればよいのではないかな。といっても、知り合いだとか友達だとか、いろいろしがらみもあるので書きにくいこともあるとは思うけど。
 

[28]一番絞り[08/07 07:53]
[21]※さん
>いかなる批評であれ、私憤・思想糾弾等を含むものであってはならないと考えている。

とのことですが、わたしの感じでは批評というのは私憤や思想糾弾を本来含むものですよ。
含まれてもいいし、含まれているほうが面白い。
たとえばあなたのここでの発言、「批評しましょ」に書いているからには一種の批評ととれますが
私憤が混じってませんか? 思想糾弾、ありませんか?
ま、そんなことはどうでもいいんだけど、おれがあなたの考え方の根本にちぐはぐなものを感じて
より詳しく知りたいからあなたの詩を読んでその辺りを読み解きたいと発言したのを
一方的に、非難するのはどうかと思うよ。
また、山田さんがわたしの味方をした!? ようなことを言っているがそれはおかしいよ。
おれは終始山田さんには批判的だし、山田さんもおれなんかを相手にしておらんだろう。
 

[27]一番絞り[08/07 07:39]
>23
>ここから具体的な作品分析に入るにしてもこの前振りだけで読む
>気がなくなっちゃいますよ。

いや、それはそうでしょう。あなたのご指摘のとおりです。
わたしも昨夜はビールを相当数飲んでいてちょっとつまらないことを書いたと
反省している。
でも、
べつに弁解するわけじゃなくてね、わたしのようなズブの素人が現代詩の最先端と渡り合える可能性を
しこしこ試みるってのが、他のズブの素人のひとにとっても大事なんであって、
現代詩が一握りの言語ゲームに達者な人たちのものである限り
現代詩はますます狭い場所に嵌ってゆくんじゃないかという思いがあるわけだ。
だから、ズブの素人であるわたしがこのような最先端の作品を批評する場合、数学で言えば
高等数学を微分積分みたいなレベルに解体し、
さらにそれを連立方程式に変換してから、いわゆる掛け算足し算のレベルに広げて語る
ということが大事だし、それによってズブの素人であるわたしには得るものもあるわけだ。
わたしにとっては批評とは、どこぞのえらい人がやるような高等数学的なやり方がすべてではなくて
ズブの素人にもできるさまざまな可能性を試してみたいと思ってやっている。
高等数学の公式で、さっと解ける問題を、
足し算引き算レベルで長々とやられると見苦しい点もあるかもしれない。
それは申し訳ないが、ま、ここはスレッドオペさんもいうように様々な試みを許してくれているので
長い目でなんとかよろしく頼みます。
 

[26]白糸雅樹[08/07 04:09]
>>20
>>25

 批評ってしんどいんだよね。時間かかるし、難しいし。スレッド立てといてこういうこと言うのもなんだけどさ。だから、人がどんどん書いてくれるのを読んで、喜んで読んでます。

 というわけで私はあまり書きこまない(爆)が、この部屋を使えることなら利用しちくりぃ。

 信用失うのも恥をさらすのも、発言者の自己責任だと私は思ってる。(私自身だって、発言するたびに怖いわさ。)※さんとのやりとり、雑談スレで話進めたいならそれもいいけれど、このスレッドの主旨に反するやりとりとは私は思わないので、おおいにやれやれ、と思ってますでし。(雑談スレに場を移しての発言も読んだ。)

 あたしゃ、全ての発言に対して、全て思ったことを書くことはできないので、放置プレイになるかもしれんが。(「放置プレイ」って語を使うのは大村さんからのパクリ)

 んでは。「赦」「許」についての発言はちょと待ってね。運悪くめちゃ忙しい時期に同人誌の批評の順番(名簿のアイウエオ順で回している)がめぐってきてしまって、そっち先に書いて入稿しなくてはならないので。

 基本的に私は亀カメの人なので、コメントリンク使えないこの会議室で、話題が読みづらくなることに関してはごめんなさい>おおる  なるべく参照先は明記するようにしますので。
 

[25]山田せばすちゃん[08/06 23:43]
※くんへ
いい加減にしないと本当に信用失うぞ、俺のスレッドだと書き込み削除されるからいやだ、というんなら、雑談スレッド来いよ。このスレッドは実際批評が行われるべき現場であって批評そのものの総論をやるべき場ではないんだから。
 

[24]石川和広[08/06 22:47]
私は、有井さんから、4年ほど前に、何度か、作品の批評を受けたことがあります。 しかし、その当時から、ご本人も様々変化があったと思います。 一番搾りさんの紹介した作。語の用法にはとても厳密な考えを持っているように、それは以前と変わらず、感じられます。とはいえ、それが現代詩的と云ってしまうと、有井さんは、どう思うのか、いささか危惧します。有井さんは、私の実感では、ひりひりとした痛みを感じるという事が、他者との接触のきっかけであり、それへの恐れと、合一へのあこがれが切なさを作るむしろ古典的な感じかな。
 

[22]一番絞り[08/06 20:10]木葉 揺(このは ゆり)
http://po-m.com/forum/myframe.php?hid=732&from=menu_u.htm
『ひとふさの乳房を』有井いずみ

>批評するんなら大向こうを相手にしなきゃ
というご発言を受けて、大村さんの知り合いであるらしい会津の和合亮一さんと親しいとかいう
有井いずみさんの詩をちょっと、おさわり批評。
ま、これぐらいのひとの詩になると、正直言って歯が立たない。
ま、だれも歯が立つ人はいないだろう。
それは当然であって、「現代という高度に複雑、かつ困難な状況が
その時代にふさわしい呼吸法に向けて現代詩の書き手を圧し出している」のだとすれば
この書き手は、まさしくその最先端にいるのだから、
その表現は、だれもにも届かないコトバにならざるをえないのだ。
大昔、どこかの高山の単独登頂に成功した登山家の航空写真をみたことがあったが
尖った頂上にしがみついた登山家は背に酸素ボンベを背負い、酸素マスクをしていて、
顔もみえなかった。
「現代」詩の表現の最先端によじ登って、しがみついている詩人の姿も、それにふさわしく、孤独で厳しいものだ。

さて、歯が立たない詩をどうやって批評するか。
まず、断っておくがわたしは、最終学歴は中卒である。
また、四十の声を聞くまで詩には縁がなかった。読んだことも無い。詩誌にいたっては今日までいっさい読んでない。
読んでもわからん。
そんなわたしが急に詩に目覚め、詩を学びたいと思って大阪にある某文学学校詩クラスの門を叩いた。
詩について何事かを教えてくれるかと思ったら、いきなり、あたまから合評である。
何も知らないわたしは、だからこそ徹頭徹尾、知ったかぶりで通した。
意外に、これは功を奏したかもしれない。
結局、この学校に三年ほどいて詩の研究科にまで進めた。研究科は日高てるさんが先生をしているクラスだった。
生徒はといえば、今から思うと、そうそうたる面々だった。
鮎川信夫の最後の弟子といわれる、あの川上明日夫までが生徒の中にいた!
川上明日夫はわざわざ電車で北陸から授業に通っていた。
まったくの素人、出鱈目なてんぷら学生はわたしひとり。
ま、その中に今回取り上げた詩の作者、有井いずみさんもいたわけだ。
正直言って、日高てる先生も有井さんの詩にはお手上げだった。
皆目、読解できない。
さて、ど素人、中卒、ど無知のわたしは徒手空拳で現代詩の最先端の詩編を、どうやって
読み解けただろうか?
読み解けなくとも、どうやって、それらしく振舞えたのだろうか?
 

[21][08/06 18:15]
>20
 貴方にとっては私的なゴタゴタ程度の取るに足りない出来事なのかもしれないが、私からすれば、これは詩において公的な意味合いをも含むものでもあると判断、ここに掲載するに至った。削除対象となるかも、と書いたのは、そちらのスレの趣旨に反するだろうと考えた故でもある。
 あと、人様のサイト運営を揶揄するのは止めて貰いたい。貴方が自身の唾吐き行為を謝罪すれば、書き込み削除は解除される。それだけのことだ。

 さて。繰り返しになるが、>19の書き込みは、批評全体にも関わりのあることだと考えている。それ故、こちらが最適であると判断した。いかなる批評であれ、私憤・思想糾弾等を含むものであってはならないと考えている。
 

[20]山田せばすちゃん[08/06 14:42]
>※くん
・・・ったく、俺が自スレで「白糸スレッド行け」って連呼してるのなんて誰が見たって冗談に決まってるだろうが(苦笑)
そんなもん真に受けて俺のスレッドのごたごたを人様の立てたスレッドまで持ち込むんじゃないよ、公私の区別のつかないやつだな、まったく。みっともないからやめなさいよ、こういうの。
俺は、大根斬りスレッド上で、「この手の書き込み」=「論理的に回答する気がない書き逃げ」に関しては適宜削除すること「も」ありますと書いただけで、お前さんみたいに人の発言徹頭徹尾削除=排除するつもりはないんだ、なにが「禁止されています」だ、禁止してるのは君自身なのに、まるで公平な第三者がそうしているかのような書き方だよな。
俺は逃げも隠れもしないから文句があるなら大根斬りスレッドに来い。二度とこの手の書き込みで人様に迷惑かけるような真似はするな。

>白糸様、ならびに当スレッドにお立ち寄りの皆様
俺の不徳のいたすところとはいえ、スレッド趣旨になんら関わりのない書き込みでお目を汚しましたこと、深く深くお詫び申し上げます。まことに申し訳ありませんでした。
 

[19][08/06 14:06]
山田さんによる批評への拒否について。

 数日前、山田さんは大根切りスレにて私の詩を批評し、それを私が未詩だからという理由で拒んだ。この「拒み」にはそれなりの理由があって、本来なら拒むべくも無かったろうが、そうするに至った経緯をここに記載する。今更ですが、御容赦のほどを。

 以前ニューススレにおいて、一番搾りさんが私の詩を私憤から糾弾批評してやると宣言した。これに対しては複数の方々が非難や難色、嫌悪を表明した。しかし、ただ一人、山田さんだけが、彼を援護し続けていた。非難や難色、嫌悪等は一切表していない。
 そんな山田さんは、ニューススレにて私に「詩人としては絶交だから俺の詩は評価してくれるな」とまで言ってきていた。己ずから関係を絶っておきながら、何故、私の詩を批評し始めたのか。そこに私憤が一切無かったと、誰が言い切れるだろうか。(ちなみに山田さん、唾吐き行為に対する謝罪が無いので、私のサイトへの書き込みが禁止されていることも、付け加えておく。)
 彼は、ニューススレとは無関係だ、それは被害妄想だろうと連呼する。しかし批評の中には、しっかりと「天皇→権力」という読みが出て来ていて、それをニューススレと関連付けて考えることは非常に容易である。勿論、彼は、これを批評に絡めて行っているが故、それは証拠にはならない。「批評を利用しての合法的な思想糾弾」だと判断するか否かは、まさに人それぞれ。非常に微妙で曖昧な問題となる。まさに、一番搾りさんが「やるぞ!やるぞ!」と連呼しておきながら実行に移せなかったことを、彼は見事に実行して見せた、と言えなくもない。(ここ、重要。だからこそ、構造さんも「どうしようもない」旨の発言をしていた。)

 これを回避する為に、私は「未詩」という言葉を持ち出した。
 今、彼が私の詩を批評する中で、そこに思想を絡めた発言をしようものなら、それが私憤によるものなのか、演出によるものなのか、の違いは誰にも分からない。
 ということで当分の間、思想に繋がりそうな詩はフォーラムにおいては「未詩」として発表することにする。
 合法的な私憤・糾弾行為に見えなくもない批評を、回避するが為に。(場違いかもしれませんが、大根切スレでは削除対象となるかもしれない故、こちらにて記します。御理解戴きたい。)

 詩への批評がどのような形態にあっても構わないが、個人的な私憤を含むものであってはならないと思っている。その可能性が顕著な場合において、これを回避することでその行為が防がれるのであれば、これは為されるべき事なのだと思っている。(ちなみに、過去に私個人の日記において「最初は批評を認める気でいた」と記していた。一転して、そうじゃなくなったのは、最初のレス以降の彼の発言を読むにつけ、より私憤等である疑念が深まった為である。)
 

[17]一番絞り[08/06 09:10]
>この詩の書かれた日付けを見ると、去年のお盆になっています.[14]ミント

http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=1568

あ〜、お盆か。
なるほど! 
ミントさんの指摘とボッコさんの解釈で、
少しづつこの詩の情景と、それに重ね合わせた書き手の心象風景が見えてきたような気がしますね。
お盆で閑散とした朝のバーキングに一人の年老いた受付係がしょぼくれて突っ立っている。
それを車から垣間見た書き手は、そのしょぼくれた「みにくい」受付係に自分を重ね合わせて、共感し、
こころのなかで「朝礼」を交わすのだな。
「撤退までの持久」だ、がんばれと。
しかし「みにくい」のはもちろん、その受付係ではなく書き手の自己内省であるし
「力尽きるまで ひとりで立っていよ」というのもどこかの現場で同じような孤軍奮闘をつづける
自身への檄なんだろう。
しかし、これだけじゃやっぱり短歌や俳句やコピーもどきだな。
短い詩ってむずかしいな。
 

[16]ボッコ[08/06 03:24]
批評というよりは、解釈になってしまいますが。

http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=1568

読んでみてぱっと思ったのは、石原吉郎みたい!ということ。命令形、断定、君という呼びかけ。カッコいい、って思った。

「位置」とかと何となく似てる気がした。「しずかな肩には/声だけがならぶのではない/声よりも近く/敵がならぶのだ/・・・/無防備の空がついに撓み/正午の弓となる位置で/君は呼吸し/かつ挨拶せよ/・・・」

内容的には自分への呼びかけに見える。駐車場の切符切りっていうのか、そんな仕事をしている。

駐車場とか働いたことないからわからないけど、単純労働、暇、ずっと外にいなくちゃならない、だるい、どうせ誰も見てない、等々、割と自分との闘いのいる仕事のような感じがする。

ああいうところにいるおじさんとか、何かイメージ的に大体もそっとしてだれている。客が来ても愛想悪かったり、役立たなかったり、怠けてたり、横柄だったり。だれてこうと思えばどんどんだれていくような仕事な訳で。そうならないように、自分に呼びかけてる、自分を戒めてる、って感じなのかな。心との闘い、っていうか。

>撤退までの持久

「撤退」は、とりあえず、「仕事が終わるまで」と取った。あるいはもっと、「この仕事をやめるまで」というような感じかもしれない。下手すると一生かも。だけどそこまで深読みできる根拠はあんまりないような気がする。やっぱり「仕事が終わる/この仕事をやめる」というようなことだと思う。
「持久」は、さっき言ったような、だれないように持ちこたえるというか、ピシッとし続けるというか。

>その黒ずんだ石塀より
>実は君のほうが長く生きている

「石塀」って相当長く外にいるはず。それこそ風雨にさらされ続けて変色したり黴生えたり、それでもずっと外でさらされたままで耐えている。厳しい状況にさらされて、それでも忍耐し続けてきてる、それが「石塀」。
人は見てないかもしれないけど、「石塀」が私を見ている。石塀は凄い、ずっと外に立ったままで居る。
でも、あんな奴らよりも、私の方がずっと長生きなんだ。生きている年月の実際の長さは分からないけど(というより実際のところは大して関係ないと思う)、私はこんな駐車場ができるより、多分ずっと前に生まれてる。そんな若造に負けてたまるか。石塀が凄いって、そんな、そんな石ころなんかに、負けてたまるか。私の方がずっと長い年月さらされて生きてきたんだ。もっとずっと立派に立って(仕事して)てやる。
こんな感じで、「石塀」との比較というか、その架空のまなざしを意識することで、(下手すればだれてしまいそうな、つまらないと自分で思ってしまいそうな)自分を奮い立たせているように見える。

実際に駐車場の「石塀」を見ながら思いを固めているシーンととると、馬鹿馬鹿しいかもしれないけど、カッコいい。

でもそのカッコよさは端から見れば、単に塀を見つめているだけの惨めなおじさんかもしれなくて、

>みにくさのまま立っていよ

石塀はいかにもそれらしい、駐車場に似合ったものだけど、さえないおじさんの私が、いくら頑張って駐車場にいたって、しょうがないだろ。恥さらしだよ。こんなの適当にちょいちょいやって日銭稼ぎになればそれでいいんだよ。いい年してこんな仕事しかできないで、そんな自分が気張って仕事して、一体どうなるんだよ。手抜きしてしまえばいいんだよ。
そう湧いてくる弱気な/卑屈な/怠惰な思いに、いや、その醜さを受け入れろと。私は私でしか居られないんだ。さえない駐車場の切符切り、それだけでしかないんだ。醜くたって、心まで負けてしまってどうするのか。無様だって、ここで働き続けなきゃならないんだ。

つまらない職業だ、みっともない仕事だ、そう感じてしまう心を、引き締めようとしているというか。
それでも仕事なんだ、それをりっぱな仕事にするもしないも自分次第なんだ、というように、倫理的に自己を奮起している、そんな感じがする。

>朝一台も居ないパーキングは華やか

舞台は勿論同じ駐車場。「朝」だから仕事が始まる前。まだ誰も来ていない。
「華やか」って確かに違和感があったりなかったり。
でも、自分の仕事の場所、晴れ舞台だから、やっぱり「華やか」なんでしょう。
人っ子一人居ない、まだ誰も来てない、それでもここは私の仕事場だ。
客みんなが私を見てる。来る車みんなが、私を頼りにここに停まるんだ。
職場意識の高揚みたいな感じなんだと思う。
自分の晴れ舞台と感じればぱりっと気持ちも引き締まってくるところがあるはず。
本当に「朝」なのかは分からないけど、少なくとも気持ちを新たにするという意味では、「朝」なんでしょう。でも実際にも「朝」の方がしっくりくるような感じはする。仕事の意識高揚とか、大体朝にやるわけだし。自分ひとりの「朝礼」。他に誰も同じ職場の人とか上司とか居なくても、見てなくても、それでも私一人だけの、心の「朝礼」。

>力尽きるまで
>ひとりで立っていよ

だれも見てなくたって、最後まで、自分にまけずに、だれずにやりとおせ。
私だけの孤独なたたかい。負けようとおもったら、いつでもすぐ負けられる、自分だけの心のたたかい。
同僚とかいるのか居ないのか不明だけれど、居ても、その人はその人、私は私。その人がだれてたりするのなら、余計だと思う。私は私だけで、自分のピシッとした気持ちを保ち続けなきゃならない。誰にも頼れない。一度気を抜いてしまったら、すぐにだらけた、それこそその辺のイメージの悪い駐車場のおじさんのようになれる、そうした仕事。誰がなんだろうと、私は、私のために、決して気を緩めてはいけない。いつでもピシッとしていなければならないんだ。

自分への決意というか、これまで「石塀」とか「華やか」とかで徐々に高揚させてきた自分の心を、ここでまた確認する。よし、やるぞ!といった感じかもしれない。或いはそこまでいかなくて、何があったって、負けるな。という、静かな闘志かもしれない。

駐車場の仕事を馬鹿にする者がいたって、だらけた同僚ばかりだとしたって、そんなものに負けたり呑まれたりせずに、私の人生なんだから、私の仕事なんだから、私は私で、ピシッとしなければならない。そういう静かな決意を固めようとしているんだと思う。

「朝礼」というタイトルも、普通のある程度きちんとした会社の、人がわさわさいる騒がしい朝礼じゃなくて、誰も居ないがらんどうの駐車場での、しかもさえない自分だけの「朝礼」なわけで。
普通イメージされる「朝礼」と違う、「ひとりの朝礼」が実は描写されているという辺り、ちょっといい意味でタイトルの予想を裏切っていると思う。


若干難があるとすれば、どこの部分から「朝礼」が具体的に始まっているのか、分かり難い感じがする点。いくら心の「朝礼」でも、「石塀」を見つめたり、「一台も居ないパーキング」を見つめたり、やっぱり一定の「行為」を伴っているから、朝礼と言うか儀式といいうるわけで。儀式である以上どこかの時点にその始まりがあるはず。それが具体的にどこなのか分かり難い。

或いは別の言い方をすれば、「朝」という言葉の出方として、
内容的に、「朝」と言えば「決意」を固めたり固まったり、そういう場面で出てきている言葉だと思うので、タイトルにあるなら本文から削るか、或いは最初もしくは最後に「朝」という言葉が来る方が、理屈上の、決意との関係ではしっくりくるはず(これから決意を固めるぞ、あるいはここで決意は固まりました、というのを示すための語としての「朝」)。一番まんなからへんで「朝」という語が出てきているのは、語呂の関係とかあるにせよ、如何にも中途半端で、そこで一旦話が切れてしまっているような印象を与えかねないと思う。

でも、違う見方としては、「撤退までの持久」とか「石塀」とか、一瞬暗そうで後ろ向きっぽい語が頭に並んでいるせいで、途中の「朝」とか、最後の決意の凛とした感じが引き立っているようなころもあるような気がする。例えば冒頭から「朝」で最初から最後まで凛としてさわやかだったら、大して面白くなかったかもしれない。じゃあ最後に「朝」を入れればいいのかというと、例えば

朝が来た
力尽きるまで
ひとりで立っていよ

といわれても、何か合わない感じがする。決意は固まっても、実際に仕事をするのはこれからなのだから。朝が来たからで終わったしまったら、やっぱり中途半端になってしまうわけで。
決意と朝を、仕事が終わるまでの間ずっと続くように保たなければならない。そうした意味では、今の形も、暗い語→朝意識を新たに→決意定まる・仕事の終わりまで、と言った感じで、実は上手い具合に仕組まれているのかもしれない。


全体に張り詰めた空気を感じさせて、個人的には、結構好きかも。
 

[15]佐々宝砂[08/06 00:11]
どうでもいいような、そうでもないような、横レス。
大村さんの詩「朝礼」のURLは
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=1568

たいしたことでないのでsage
 

[13]一番絞り[08/05 22:21]
大村 浩一 「朝礼」
http://po-m.com/forum/myframe.php?hid=303&from=threadshow.php%3Fdid%3D16825

なかなか引き締まった詩だ。
そりゃそうだ、短いからな。下手の打ちようもないくらい。
しかし、短すぎる。
詩としてはもうこれだけで致命的といえる。だが、
商業コピーには使えるかも。
それにしても余計なものが頭にくっつきすぎるのは何故だ?

 撤退までの持久

 その黒ずんだ石塀より
 は君のほうが長く生きている
 みにくさのまま立っていよ

余計なお世話かもしれないが、

 黒ずんだ石塀より
 きみは長く生きている
 立っていよ

で、いいんじゃないの?

 朝一台も居ないパーキングは華やか

これも説明がすぎる。
朝であることの説明、一台も駐車がないことの説明、バーキングは、でも華やかであるという
押し付けがましい説明。説明だらけだ。
朝礼という題があるのだから朝の説明はいらないだろう。
で、一台も居ないパーキングはどうして華やかなのか、わからない。
ま、ここは苦労したのだろうけど
だいなしだな。

 力尽きるまで
 ひとりで立っていよ

どうして立っていなければならないのか、短すぎてわからないが、
なんらかの、凛とはりつめた気分は伝わってくるな。
覚悟といってもよいし、決意といってもよい。
案外、この詩、冒頭の一行と、この二行だけでよかったかも。
しかしそれではあまりに...か。
むずかしいな、詩は。
つくづく。

あ! そうだ、「みにくい」って語を添削で削ってしまったな。
あれが重大だったかも。しかし、もともと本人にとってしか意味はない自覚だから
ま、いいか。
あらら! さらにそうだ! 「パーキング」に意味をこめてたか!
ま、いいか。もともと本人にしか意味はない意味だから。
つまり短すぎて、もともと展開する気もないのだろうからさ。
 

[12]山田せばすちゃん[08/05 22:15]
斯界の最後の希望の星と敬愛するポエム王子こと大村兄。
兄が別段このスレッドのこれまでの展開のみを指して「ラクしてる」と賜っておられるのではないことを、敢えて承知の上で申し上げます。
これまでの展開ですが、言いだしっぺの俺としてはまさかここまで「豊かな」議論になろうとは、想像だにしてませんでしたぜ?少なくとも俺が顔出してる同人誌の合評会だって、ここまでこの詩に豊かな内実を吹き込んで見せる試みができたかどうかは疑問だし(いや、大体、俺が出入りしてる同人誌のレベルがどうだ、とか、こんな詩が同人誌に載ってるのだとしたらその同人間の見識がどうなんだとか、いろいろ突っ込みどころもあるでしょうがね)確かに「扱いやすい」詩であったことは認めるし、ここで今まさに展開されてるのが「大向こう」を唸らせたり「詩の世界の問題」を解決するにはそもそもの構造上から無理のある「印象批評」であることも承知の上で、それでも俺は兄に申し上げたい、俺たちは別段「大向こう」のためだとか、「詩の世界の問題」のためにここにいて、詩を書いたり読んだりしているのではないのです。そりゃあ確かにそういう問題が重大じゃないとは申し上げますまい。フォーラムに身を置かれながらもそれらの問題のために日夜心を砕かれている御仁もまったくいませんとも申し上げますまい。はたまた、正直に申し上げれば俺自身が投稿される一つ一つの詩に苛立つことも、フォーラム内で得票が集まる詩の傾向からそれが決して大向こうを唸らせるベクトルを持ちえていないことに舌打ちすることも、まま、あるのはまごうかたなき事実ではありますが、それでも、現象としてのネット詩、相対としてのネット詩に、かくあるべきだという箍をはめ込む気には、俺はどうしてもなれないのです。
 

[11]大村 浩一[08/05 20:41]山内緋呂子
大村です。いとうさんへ横レス。批評でもなんでも無いんですが。

#俺って結構まじめなんだよ

オレ、キャバクラでこのセリフ言った事あります。(悶)
説得力全くナシ。(悶々)
向こうにすりゃ「帰ってくれ」だったんだろーなー。(汗)
男が口にする以上に、女はいつだってマジメだと思う。相手に対しては。
だってしまいにゃ入れなきゃなんないんだから。(もろ)

ま、「冷める」ってな現場としては、こういうもんでしょう。
内田春菊がよくやるイヤ〜な描写を、連想してみたりして。(笑)

あと発言の流れを見ていて思ったのは、得点するにしろ批評するにしろ、
ネットでは扱い易い作品のほうにコメントが集まるものだという事。
なんだか皆んなラクしてるなァ、と思う。
でなきゃ「樽の中の魚を撃つようなもんね」みたいな。(<ルーシー・ヴァンペルト)
下向きに撃ってる奴ばっかって感じがする。
薄っぺらになるのは、作品の本質に沿った批評が出来てないからで、
それはむしろ批評する側の能力不足だと思うよ。

それに批評するなら大向こうを相手にしなきゃ。詩の世界の問題解決にゃなるまい。
それで説得力あるものが書けたなら、その人は大したもんだと思うけどね。
 

[10]一番絞り[08/05 17:06]
#なんとも興ざめな横ヤリ[11]が入ったから、削除。
 

[9]山田せばすちゃん[08/05 13:23]
わはははは。
みんなそれぞれがそれぞれに作品の空隙に充填したい内実を豊かに抱え込んでいるのね、何よりもそれが一番すごいことのような気がしちゃったよ。

というわけで、APAホテル片町VILAをチェックアウトして2分歩いてラブロ片町ビル1Fのスターバックスで女と朝食とって、駅方面に行く女がそのまま店の前のバス停から駅ゆきのバスに乗るのを見送ったあと、グランデで頼んでしまってもてあまし気味のタゾチャイ飲みながらぼおっと窓の外の通行人を眺めていました、女といるときもそれはそれで楽しいし、つかその女が好きでしょうがないので家族に嘘ついてでもそうやって一晩一緒に過したかったにもかかわらず、女と一緒のときよりも一人でぼおっとしてるときのほうがある意味解放された気分でした山田です(ほとんど金沢在住の人間めがけて限定して飛ばしてるネタだな)

いや壮観だ。
作品は読者によって作られるという文芸批評理論が実体化してる様をここで見たような気がするのは俺だけか?提示されたテキストに対して読者がそれぞれの個人的体験やら願望から培われた内実を、テキストの空隙に充填してそれぞれにとっての作品を作り上げていってますな、不倫だとか、過去につらい恋愛をしたんだとか、こういうところに図らずも析出しちゃうもんなんだなあ。とかね。どさくさにまぎれてバカ女口説きにかかっちゃってるのと、作者=バカ女ではないとあれほど俺が言ってるにもかかわらず、作者が実はまんざらでもなさそうなのには笑いましたが。

あと、ああそうか、と思ったのは男のバカさ加減についての解釈と分析がなされていた点でしたね、つか俺はこの作品の中のバカな男には全然まったく興味がなくって、つまんない男、って言っちゃったそれきりまるで眼中に無かった。これは多分俺がこの手のバカな男を見飽きているというか、この手のバカな男の話を女友達からいっぱい聞かされていたりするのですでに男のほうを改めてバカ、と言うことすら忘れていた、ということなのでしょうか、それとも俺は男が基本的に嫌いなのでバカでも何でもどうでもいいと思ってるってことなんでしょうか、発見でした。

それからいとうさんとはっきり女の好みが棲み分けてるのを改めて確認できたのも収穫です。これでいとうさんとは少なくとも女でバッティングすることはなさそうだ(笑)もし万が一この手のバカ女といとうさんと三人で酒飲んじゃうような羽目になっても、円満なまま俺は安心して一人でおうちに帰れそうです(笑)

いや、たとえばの話、この手のバカ女と二人っきりで酒なんか飲んじゃった日には、俺って内心葛藤しちゃう(爆)ような気がするのよ、ああ、やだなあ、こんなバカと寝たくないなあ、でも、女と二人で酒飲んでて何にもなしで帰しちゃったりするのは山田の名が廃るってもんだしなあ、どうしようかなあ、なんて考えてて、終電なくなり際に態度をはっきりさせねばならない俺としては、待てよ、そうだ、俺はこの女と寝るのがいやなんじゃなくってバカな女と寝るのがいやなんだから、この女がバカじゃなければ口説くのもやぶさかではないというもんだ、そうだそうだ、この女がバカじゃなくなればいいんだ、とおもむろに女に説教始めてしまいそうな気がするのよ。
 

[8]チアーヌ[08/05 12:49]
うわあ、びっくりした、批評されてる!しかも、「ドトールに行きたい」で・・・。うーん、どうせなら、他ので、と思ってみたりもしましたが、読んでくださった方の琴線に触れたということで、とりあえずみなさん、ありがとうございます。「批評しましょ」の栄えある第一弾がわたしの「ドトールに行きたい」で、なんだか、申し訳ないような。

>山田さん
読んでくださり、批評までしてくださり、ありがとうございます。山田さんの批評は、辛口ですが、違う見方をしめしてくださるようで、面白いです。
金沢には友達が住んでいるので、何回か遊びに行っております、町の名前までは覚えがないですが、いいところですよね、金沢。わたしも日本海側の生まれです。
そうですか、金沢のドトールで。
わたしが「ドトール」を選んだのは、全国にあって、イメージがしやすいかなと思ったからです。もちろん、経験も踏まえて、ですけれど。
何かを書くとき、それは、最初、「ぼやー」っと出てきます。そして、ぱちんと、情景やセリフが浮かんだりします。それは、いつか自分が聞いたセリフだったり、見た情景だったり、心の状態だったりします。
この「ドトールに行きたい」に関しては、わたしは、デッサン的な気持ちで書きました。ときどき、そういう詩を書きます。そうじゃないこともあります。
で、
>どんなつまんない男と寝たのかしらないけれど、白っ茶けた後朝の朝とはいえ、本気で>こんなこと考えてる女なんているのかしら?もしいるのだとしたら、なんでこんなこと>考えてしまうんだろう、とか言う内省がどうしてこの女にはないのかしら?

>つまんない男とでも寝てしまう女というのは確かにいるし、俺も何人かその手の女を知>らないわけでもないけれど、でも俺の知ってる彼女たちは「前提」としてつまんない男と>でも寝ちゃう女なんて一人もいなかった。彼女たちはみんな彼女たちなりの理由で「結>果」としてつまんない男とでも寝ちゃう女、だったりあるいは「とりあえずこの男の前>ではそういう女だってことにしておこう」女、だったりした。つまり、俺の知ってる限>りのこういう感じの女たちは、それぞれがそれぞれの事情なり理由なりを豊かに内包し>ていて、その事情や理由を考慮に入れてこそ、彼女たちが遠い目をしてため息つきなが>ら氷ばっかりのアイスコーヒーをすする様はそれなりに魅力的だったりするのだけれ >ど、悪いけどこの詩の中の女にはそういう過程が見えない。んでもってさらに言っちゃ>えば、結果として、ではなく、前提として、つまんない男と寝ちゃえる女であることを>是としていう節が見えなくもなかったりする。要は「あたしバカなことやってるなー」>と言う内省がなくって、自分がやってることがバカなことだということにすら気がつい>ていない、それどころかむしろそれがバカな振る舞いどころかなんかかっこいいとでも>思ってるんじゃないかしら、などと思わせてしまうバカな女が、この詩の中にはいるよ>うな気がする。もちろんこの詩に出てくる女=作者だなんて、俺は全然思ってないし、>むしろ、作者にこういう体験がなかったからこそ、平板な描写しかできなかったんじゃ>ないかな、などと、そんなことも思ったりする。
の部分に関しては、「なるほどー、そういう見方もあるなあ」と素直に思いました。
感覚の違いが大きいかも、とは思いましたが、わたしの表現が平板だったせいかなと、思うところもありました。ただ、この詩に関しては、そういう書き込みをしたいと思わなかったので、うーん、難しいですね。上手くいえない。
>たかぼさん
読んでいただき、ありがとうございます。
リアリティ感じてくださり、うれしいです。
はい、そういう心情もあったと思います。
>安藤そらさん
読んでくださり、ありがとうございます。
あ、これもありますね。なかなかスルドイです。
この詩は、(というか、わたしの詩に関しては)ひとつの状況からのことを書いたわけじゃなくて、経験の一部を取り出して、書いている、という部分があります。
もちろん、そのまんまひとつの状況だけを書くこともあるのですけれど・・・。
>ミントさん
読んでくださり、ありがとうございます。
そうですねえ、そういうこともあるかもしれませんね。こういうことに関しては、わりと複合的に考えちゃうのが女というもので。醒めてるけど、かなしい部分もどっかにあるという。
>一番絞りさん
ああ、ありがとうございます。なんだか素直にうれしい批評です。
わたしの書きたかったことがそのまま伝わっているような。
>いとうさん
はい、そうです。そういう思いを込めて、そういうことを含めたつもりで書いてます。
いずれにしても馬鹿なんです。
もちろん、内省のない(?)考えようとしない女も含めて馬鹿は一緒なのですが、
「考えると崩れる何か」がある、という読みは深いし、この詩の女性に関しては、当たってる、と思います。
そう、「わたしはぼんやりしたい」と二回繰り返したのは、そこを強調したかったからです。感じる人はそこで感じるんじゃないかと思ったから。
で、(笑)
>「自暴自棄で馬鹿と寝て内省もしない女はバカだ」と言われればそうだが(笑)、
>俺はそういうバカ、好きだな(笑)。
>そういう女性は、「バカが伝染る」と言って敬遠するのではなく、
>どうしてそんなバカをするのか、それを探り当てて、
>そしてふんわり抱きしめてあげたい。
そーいうことをするときは、あの、よほど、決意してかからないと(笑)。
中途半端にかまったりすると、後がたーいへんですよ。

なんだか、ちゃんとしたコメントになっていませんが、許してください。
読んでくださったみなさん、ありがとうございました。
 

[6]いとう[08/05 11:39]山内緋呂子あみ石畑由紀子木葉 揺(このは ゆり)
チアーヌさんの「ドトールに行きたい」
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=17048


寝た後に「俺って結構まじめなんだよ」なんて言う男は、
男の俺から見ても馬鹿じゃねーの?って思う。
それはどちらかと言えば、
寝た後に言うセリフではなく、寝る前に“使う”セリフだ。
朝っぱらからこんなこと言う男は、
たいてい自分勝手なセックスをする(と、断言してしまおう)。

朝っぱらから「俺って結構まじめなんだよ」なんて言う場合、
大別して2通りの状況がある。と思う。
ひとつは、自分自身を取り繕うために。
「俺は遊びだけであなたと寝たわけじゃないんだよ」
「自分の快楽だけが目的でセックスしたわけじゃないんだよ」と、
相手を思いやる、ふりをして、
その実、自分の体裁しか考えていない。

もうひとつは、
「はずみみたいに寝ちゃったけど、あなたとちゃんと付き合っていきたいんだよ」
という意思表示。
しかしその意思表示にこういうセリフを使うのは効果的ではない。
つか、やっぱふつー、順序が逆だろ、おまえ(笑)。
こういうのは一歩間違えると、
1回寝たくらいで自分の女だと勘違いするイタイ男だったりする。

ま、いずれにせよ、馬鹿でしかない(笑)。


作中の女性はなんでこんな馬鹿と寝たんだろう。
馬鹿と寝ている自分に対する内省がない、とする、
山田せばすちゃん氏の意見には同意する。
が、内省のない理由が「この女がバカだから」だとは思わない。

>そんなことどうだっていいので

>だからなんだって言うの
>どっちだっていいよ

>それだけのことだよ

これらの言葉は、思考放棄、判断停止を意味するのではないだろうか。
外面上は相手の言動に対するセリフだが、
その実、自身の思考放棄と連携している。
で、実際に思考できないバカ、すなわち、バカだから内省しないタイプなら、
こんなセリフを言うことはあるが、たたみ掛けたりはしない。
この意味性におけるリフレインは、
作中の女性の(かすかな)自暴自棄性を表していると思われる。
自分に言い聞かせているのだ。内省しないように。考えないように。
考えると崩れる何かがあるように。

でなければ「ぼんやりしたいの」なんて言葉は出てこないと思われるし、
だからこそ、話者の心情描写が
>わたしはぼんやりしたいの
で締めくくられ、しかも丁寧に、2回のリフレインで強調されているのだ。


で、
「自暴自棄で馬鹿と寝て内省もしない女はバカだ」と言われればそうだが(笑)、
俺はそういうバカ、好きだな(笑)。
そういう女性は、「バカが伝染る」と言って敬遠するのではなく、
どうしてそんなバカをするのか、それを探り当てて、
そしてふんわり抱きしめてあげたい。


とまぁいろいろ書きましたが、結局のところ、
1篇の作品に対して多数の意見を引き出した、
山田せばすちゃん氏の作戦勝ちに1票ということで(笑)。
 

[5]一番絞り[08/05 11:07]あみ石畑由紀子あとら
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=17048

けつろんからいうとこの詩はなかなかおもしろい。
冒頭の三行。

 「俺って結構まじめなんだよ」
  っていう男は多い
  ほんとうに多い

ぼくの感じでは、ふつうは少ないんだ。こんなアホな台詞を口走るやつは。
ところが書き手は、あえて「多い」という。
「ほんとうに多い」と、わざわざ念をおす。
これはぼくの常識に対して、意識の転換をうながすことばだったといえる。
だからぼくには、この冒頭の三行はおもしろかった。
で、次の二行。

 いったい何が言いたいのか
 さっぱりわからない

もちろん、それはそのとおりなのだ。
いったい何がいいたいのか、だれにもさっぱりわからない。
自分がけっこう真面目であることをアピールするとはいったい何か?
何に対してけっこう真面目であるのか?
性に対してか、愛に対してか、社会常識に対してか、己に対してか。
書き手はそのへんをもひとつはっきりさせてはいないが
相手の倫理の表明が、書き手にとってはまったく場違いであり
書き手の愛についての感性とまったく水と油、お門違いの倫理表明であることは伺える。
こうなってはじめてこの書き手の苛立ちの在り処がはっきりしてくる。なをかつ、
ぼくにとっては多いはずがない「バカな台詞を吐くバカ」が
書き手が「ほんとうに多い」といった意味がわかってくる。
つまり、「愛について鈍感なバカ」が「ほんとうに多い」ということが明らかになる。
これ以降の行は、最終行は別としてそういうバカが多い世の中へ、常套的な文句で
かったるい気分を塗り重ねているにすぎない。

  帰ってくれないかな
  わたしはまじめでもふまじめでもないよ
  きれいごとなセリフは聞き飽きているし
  だからなんだって言うの
  どっちだっていいよ
  暇なときはまた誘って
  気が向けば行くし
  向かなければ行かない
  それだけのことだよ

しかしこれは書き手が表現したかったことではなく、表現したかったものを浮き上がらせる
触媒みたいな作用をもつフレーズだろう。
書き手は最後にこう呟きたかったのだ。

  わたしはぼんやりしたいの

セマッ苦しく、自己弁護的で、軟弱で、セックスだけしか興味ないくせに、真面目な愛を振り回すような
そういう口先だけのバカばかりが目立つ世の中で、唯一、かなしいかな
いまのところそれによってしか慰められることのない
ぼんやりした時間をもちたいという
そういう願いが最後に響いてくる。
 

[2]たかぼ[08/05 02:32]
チアーヌさんの「ドトールに行きたい」
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=17048

僕も山田せばすちゃんさんと同じくフェミニストのはしくれだと思っているのですが
このような女の人と寝たくないかどうかは別にして
(心の中は読めませんからね)
この女の人は相手のことが好きではないなと思いました。
好きでない男に対してはこんなものではないでしょうか。
好きでない男とだって成り行きで寝てしまいことはあるかもしれません。
でも後朝に好きでもない男からしらけた台詞を言われればこんなものでしょう。
好きでもない男と寝てしまった自分に対するいらだちすら感じます。
でもそれを自覚したくない。自己嫌悪に陥るから。
内省がないんじゃなくて、内省したくない。
目の前から消えてほしい。ばかな男を見ると内省してしまいそうになるから。

そういうことで、僕はむしろリアリティを感じました。
 

[1]山田せばすちゃん[08/05 01:49]たかぼ山内緋呂子
いや、俺はこんな女と寝たくはないな、バカが伝染りそうでって、バカは性病ではないのだけれど。というわけで、チアーヌさんの「ドトールに行きたい」http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=17048&from=listdoc.php%3Fstart%3D0%26cat%3D1%26from%3Dmenu_c.phpだ

というわけで、俺が通勤ラッシュも一段落した水曜日の午前9時過ぎに片町1丁目のワシントンホテルの裏通りのホテルATRIUMから犀川通りに出て片町のスクランブル交差点越えて竪町通り入り口のドトールまで、とぼととぼ女と手をつないで朝飯食いに出かけちゃった山田せばすちゃんです(マジで実話)ちなみに車は大和パーキングに入れてました。金沢の人にしかわからないネタです、すいません。

何でこの女の人はこんなに類型的なんだろう?
>帰ってくれないかな
>わたしはまじめでもふまじめでもないよ
>きれいごとなセリフは聞き飽きているし
>だからなんだって言うの
>どっちだっていいよ
>暇なときはまた誘って
>気が向けば行くし
>向かなければ行かない
>それだけのことだよ

どんなつまんない男と寝たのかしらないけれど、白っ茶けた後朝の朝とはいえ、本気でこんなこと考えてる女なんているのかしら?もしいるのだとしたら、なんでこんなこと考えてしまうんだろう、とか言う内省がどうしてこの女にはないのかしら?

つまんない男とでも寝てしまう女というのは確かにいるし、俺も何人かその手の女を知らないわけでもないけれど、でも俺の知ってる彼女たちは「前提」としてつまんない男とでも寝ちゃう女なんて一人もいなかった。彼女たちはみんな彼女たちなりの理由で「結果」としてつまんない男とでも寝ちゃう女、だったりあるいは「とりあえずこの男の前ではそういう女だってことにしておこう」女、だったりした。つまり、俺の知ってる限りのこういう感じの女たちは、それぞれがそれぞれの事情なり理由なりを豊かに内包していて、その事情や理由を考慮に入れてこそ、彼女たちが遠い目をしてため息つきながら氷ばっかりのアイスコーヒーをすする様はそれなりに魅力的だったりするのだけれど、悪いけどこの詩の中の女にはそういう過程が見えない。んでもってさらに言っちゃえば、結果として、ではなく、前提として、つまんない男と寝ちゃえる女であることを是としていう節が見えなくもなかったりする。要は「あたしバカなことやってるなー」と言う内省がなくって、自分がやってることがバカなことだということにすら気がついていない、それどころかむしろそれがバカな振る舞いどころかなんかかっこいいとでも思ってるんじゃないかしら、などと思わせてしまうバカな女が、この詩の中にはいるような気がする。もちろんこの詩に出てくる女=作者だなんて、俺は全然思ってないし、むしろ、作者にこういう体験がなかったからこそ、平板な描写しかできなかったんじゃないかな、などと、そんなことも思ったりする。

悪いけど俺はこの詩の中に出てくるような女とは寝たくないなあ。
バカが伝染りそうだし、って言うのは冒頭でも書いたけれど、多分つまんないんじゃないかなあ、とか思うな。マグロってわけでもなさそうだけど、かなり自分勝手なセックスしそうなんだもん。

つまりはこの詩が魅力的でないのは、でてくる女が内省を伴わない非常に平板な描写しかされてないってことでね、そのリアリティのなさ、が問題なんだろうな。
 

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