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わたしのあげた小さな声を
今か今かと待ちかねていたかのように
彼はわたしの身体からそそくさと出て行った

愛し合う余韻に浸ることもなく
そして満ちはじめようとした潮の流れが
素っ気なく沖合 ....
途中だった思案を開いてみる
また白紙になっていて
今日という日があるのはそのせいだ
記憶なんて信用できないもので
記録のほうがあてになるかもしれないと
毎日、一頁ずつ
日々を書き留めていて ....
{ルビ箸立=はしたて}に
ひっそりと立っている お箸
いのちの橋渡しを行うもの

せつなさをとおりこして
うれしさがあふれそうな
いのちの輝きの
道のりを
真っすぐに
みおくって ....
きみのバスが遠ざかり
ぼくはちぎれて
半分になる


照れくさいぼくを
きみが思い出すとき
薄闇はきっと匂うから

けなげに告げよう
離れた場所で
あすの名を


 ....
いくら落ち目のわたしだからって
何でこんな仕事しなきゃいけないのかな
数人のテレビクルーを引き連れて
どれだけ歩いてきたんだろう

雲の上を歩かされるなんて思ってもみなかった

富士山の ....
さようなら、の向こうで
夢、夢の花が揺れる
その花びらの裏側で
思い出が溜め息をつく

生きて行くことは
分かれ道の連なり
傍らをゆく風さえ
その地図を知らない

今日にうたえば
 ....
かみさま って
ひらがなで書くのは反則だ
世界 ってやつをひっぱり出すのも
ルール違反ってことにしよう

そこから
おれたちはまず
書きはじめなくてはならない

雨上がりの
濡れた ....
使い古されたピアノが一台
早朝の小さな港から
出航する

ピアノの幅、奥行、高さ
しかもたないのに
言い訳をすることなく
ただ外海を目指していく

誰もが自分自身のことを語りたがる
 ....
雪が降っている
ゆっくりと
確実に
地面に
森に
山に
田畑に
人に
犬に
家々に
音も静かに
きちんと降りてくる



そんな様を見ている

景色が
無音の白にな ....
{引用=


一 ゆらゆら、尾ひれ



  いい匂いがしたもので
  いい気になって
  追いかけて

  できないことは
  どこにもない、と
  一目散に
  忘れも ....
言葉でうまく紡げない夜を
上手に{ルビ梳=と}かしてくれ
海を幽かに織り込んだ
雪にもなれない
中途半端な雨風が
並ばなかったピースを
山のふもとに吹いてゆくから

  こんな夜でも
 ....
しんえん と呟きながら
浅瀬をえらんで 辿ってゆく
夢をつたうひんやりとした風が
時折 うなじに触れてゆく
誰かが指をつないでくれているような
そうでないような気がする

深淵
踏み込 ....
多摩川に架かる鉄橋を渡りきる頃
メールの着信を知らせる携帯の光が走る
両親も恋人と認める彼からのメール
簡潔な朝の挨拶に優しさ溢れる短いことば

先輩は幸せ過ぎるから

傍から見ると憂鬱 ....
 満月が
 飽和してゆく


そっと
するどい涼しさは
船乗りだけの
うろこです

ただ一言でかばわれて
消え入ろうにも
悔やまれて

丸みを帯びた
涙の甘さに
 ....
あの日を
あの日、と呼ぶことは
思いも寄らないことだろう
あの日の
僕には



時は
流れてゆくものだと思う
追い越せないことは
確かだけれど、
離れ過ぎずに
ちょ ....
指でつよく弾いた煙草追い風に乗って

柵の向こうの砂利に落っこちた

よく晴れた日

めずらしく暖かい日差しのなかで

弾かれた煙草ゆらゆらとのぼる煙

柵にもたれ掛かるのは僕
 ....
海が眠る
その貝殻を
ためらいもなく
拾い上げて

ひとは口々に
語り始めるだろう
春を

春のための春、に
何をも待たず

つとめて実直に
見失うだろう ....
何をどこに忘れたのですか?
駅の係員は開いた記録簿に目を落とし尋ねた

普段から乗りなれた通勤電車
それなのに今夜は何かが確かに違っていた
勧められるまま飲んでしまった新年会
赤ら顔の同僚 ....
{引用=





冷たく冴えた月光に
白く抑えつけられて
家並みは動かない




家並みの間を
老いた野良犬が
痩せた影を落とし
トコトコと 走る
  ( この ....
道を歩く
たとえば都会の中の
南北に良く延びた
見通しの良い、ゆるい起伏のある道
道の両脇に少し、窪地のように
段差を持って民家の屋根が見え
ちょうど腰の辺りにゆれている鍵束の
しゃんし ....
一、たらちね

ふるさとの町は
訪れるたびに輪郭を変えてゆく
けれど
夕暮れどきに帰りつけば
あいも変わらぬ暖かさで
湯気の向うから微笑みをくれる
あの人のおかえり

ただいま、と ....
遠い風の透けた
銀のしずくが
{ルビ月影=つきかげ}おぼろにひびいて
さびしく薫る
ぬれた黒髪
結いあげる白い手

静かすぎる吐息の重さは
うつろな視線の光
映る予感の静寂が ....
きみの言葉の行く先を
わたしはひとつに
収めてしまう


 無限に広がりそうな
 孤独の定義の
 予感に
 おびえて



きみの言葉に
息づくものと息づかないもの

 ....
お父さんはね
お母さんを口説いたとき
自分の故郷には
おはなばたけという駅が
あるよと言ったって

夏に嫁いできた母は
駅前に花畑があると
おもってたと
文句を言ったらしい
お父さ ....
 
 
鳥として生まれ
鳥として逝く
その間にいくつかの
鳥ではないものがある

車の通り過ぎていく音を
人の小さな話し声を
洗濯物が風に揺れて触れ合う姿を
幸せと同等のものが包み ....
知らない言葉を使っても
ちがうパズルのピースのようで
僕は完成しない

知っている言葉の羅列は
なくしたピースの裏側のようで
僕は完成しない

   崩れかけた木製遊具のある
    ....
悲しまないでください
たとえ私がひととき
希望を見失ったとしても
それは今年初めて触れた雪が
てのひらで消えるまで
きっとそれほどのときですから


私の瞳に映せる空は
決し ....
  言葉を投げ合うほどに
  違うものだと気がつく
  砂丘の砂、そのひとつひとつが
  自由な砂の本性で
  名前が足りないから
  同じものだと思いこむ
  それはかなしいことだ

 ....
いつもと同じ場所から何ら変らずに
初日がひょいっと昇ってきただけなのに
「ありがたや」と皆で拝んだりする

昨日までの日の出とどっか違うのかな

江戸時代の「つけ」とかの借金って
支払期 ....
 
 
夜になると
鳥は空を飛ぶことを諦め
自らの隙間を飛ぶ

高い建物の立ち並ぶ様子が
都会、と呼ばれるように
鳥は鳥の言葉で
空を埋めていってしまう

知らないことは罪ではな ....
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