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[193]おぼろん[2024 07/29 09:00]★1
昨日から寝込んでおり、簡単なレスになります。すみません。
>足立らどみ様
わたしの感じたことというのは、文字通り、下の文章に書かせていただいたままでして、ひねりはとくにないのです。ただいろいろな方にこしごえ様の詩作品自体とともに、この言葉を味わってほしいなというそんな思いです。
>こしごえ様
レスをいただけるとは思っておらず、ありがとうございます。この場でのこしごえ様のコメントにもわたしはやはり知性(知恵でも良いんです)を感じるのですが、とくに「考えた上で 感じろよ」というのは、詩人としてのセンスの表れと感じます。
>ひだかたけし様
そうですね。単純に、「理性のほうがより優位か、感性のほうがより優位か」という意図でして、結果としてのどちらの勝ち負けという意味ではないのです。感性と理性を峻別する方法などというものはないのですし、こしごえ様のやはり「考えた上で 感じろよ」と同期して解釈していただければと思います。
※ちょっと修正しました。
[186]おぼろん[2024 07/26 08:26]★1
まあ、わたしは詩の才能がなく、批評するくらいしか能がないのです。
こしごえ様のひとことダイアリー7月25日。
「基本的には、詩は、アタマで考えるものではないと思うんですよ。 詩とは何かなんてアタマで考えている限り分からないと思います。 分かるというよりかは詩は感じるものでしょ。ちがいますか?私は無知ですけどね」
こしごえ様にしては珍しく強い言葉で、もちろん、そうだよなあと思うのです。
ただ、これを受け入れてしまうと、ヴァレリーなどはどう? ということも思ってしまうのです。
(小説家の)堀辰雄は「詩人も計算する」という短文を書いていましたが……。
詩という一つの事件において、「詩...
[93]おぼろん[2024 07/12 04:37]★1
ゆらゆらと、お前のもとに歩んでゆくよ。亡霊祭、おごそかな憾み。
[218]おぼろん[2024 06/11 06:17]★2
忘れない青空の下咲くアカザ
[217]おぼろん[2024 06/11 06:16]
涙目の訳は聞かないツクバネよ
*季語:ツクバネ=朝鮮朝顔(毒あるよ)
[216]おぼろん[2024 06/11 06:13]★1
お久しぶりあれよあれよと迷い草
*季語なし
[214]おぼろん[2024 06/02 13:00]★1
海の果て飛べよと叫ぶ梅雨の魚(=いお)
[183]おぼろん[2024 05/27 19:54]★1
そうですね、不注意でした。
ですが、詩の言葉というのは(どうあがいても)不正確になるもので、
ごめんなさい、足立氏。足立氏の言う水疱瘡=帯状疱疹というのも、正確ではないと思うのです。
わたしの病名をここでは書きませんが、帯状疱疹のなかでも繰り返し再発する病気です。
水疱瘡というと、どうしても子供のときに一度だけかかる病気という認識が強く、
原因となるウィルスはたしかに帯状疱疹と同じですが、水疱瘡にかかった子供が、
成長して帯状疱疹にならないとも限りません。
ただ、医者ですら知識はあいまいで、未だに帯状疱疹は再発しないと思っている医師もいます。
そうした世代のなかにあって、足立氏の言う、
「水ぼうそう元服したら名前変え」という詩句をありのままに捉えたく
(わたし自身はそれを詩句と解釈しました)、
その流れのなかで綴った言葉になります。
元より、誤解は覚悟の上でした。以後気を付けます。
[181]おぼろん[2024 05/27 16:14]
そういう意味で書いたのではなく、
人々がそう考えるようになってしまった、
ということを書いたものです。
学術的な定義、辞書的な定義について書いたのではないのです。
そして、詩というのは本来そういう(学術的でもなく、辞書的でもない)言葉によって作られる、と。
だから今、再び(このサイトにおいて)そういう考え方をすることが必要だと思うのです。
足立さんの姿勢は正しいと思います。
[179]おぼろん[2024 05/26 07:35]
アレルギーがアナフィラキシーと名前を変えたことで救われた人もいるでしょうし、
悲しみが鬱病と名前を変えたことで逆に救われなくなった人もいるでしょうし、
……そういうことは再び真面目に考えてみないといけないのでしょうね。
[175]おぼろん[2024 05/26 04:57]
体調のことでは?
と、また久しぶりのアクセスで。
帯状疱疹で全身激痛だよ。
[93]おぼろん[2024 05/18 01:20]
「悪心もて善なすもまた善なり」
──宮城谷昌光
[157]おぼろん[2024 05/10 19:57]
アラガイs様
これもざっと読んで。向上とは、まあ、生命の息吹なんですよ。退廃なんて、人間のようななまけ者にしか許されていない特権なんですから。
足立様
>一度きりの人生をボウにしてしまい
これはやっぱり、そこで負けたら、「書く資格」がないのです。「強くなければ生きていけない。優しくなければ生きていく資格がない」──レイモンド・チャンドラーの逆の意味で。とにかく、生き抜くしか生きる術はないのですから。書き抜くしか、書く術もないのです。
ネットの時間……今になると、それもまた一つの現実の時間だったなあ、と思う。主観的な時間は長くも短くもなるのだから……
[156]おぼろん[2024 05/10 19:40]★1
久しぶりのアクセスなので、ざっと読んで……
このごろ寝込んでいたので(血便が出たりして、結構しんどかったり)、TSUBURAYA IMAGINATIONに登録して、ウルトラシリーズの作品を聴いていたのですよね(画面は見ず、音だけ聴いていました)。そのなかで、とくにウルトラマンブレーザーが面白かったです、頑張って起き出して全話視聴したほど。……去年の作品ですね。
アニメ業界と同じく、特撮業界もまた、子供向け・受けるということが重視されている業界です。そこでの技法は、もちろん「いかにして話題を呼ぶか」ということなのです。それ以上は、資本主義として成り立たないという理由もあり、基本的に歓迎されるもの...
[146]おぼろん[2024 04/11 11:33]
>足立らどみさん
おはようございます。……妙に寒いと思ったら、遠くの山には雪が積もっていました。この気候、早くなんとかならないかな。昨日は案の定熱を出してしまい、幸いなことに煮付けは作りおいていたものがまだ残っていたので、魚だけ焼いて、父には「適当に温めて食べてくれる?」と。ご飯もありましたし……
「中立性の面影」についてですが、やはりそこは「公正」でも「公平」でも「客観的」でもなくて「中立」で、「感じ」でも「印象」でもなくて「面影」で、なければならなかったんですよね。……多分、足立さんの書き込みが真剣だったので、それに素で答えないとと思ったんでしょうね。このところは避けていた態度なんです...
[144]おぼろん[2024 04/10 10:14]
足立氏には中立性の面影を見ています。
寝る(死ぬ)。
[142]おぼろん[2024 04/10 05:40]
追記。
アジテーションの爆弾は気を付けなあかんよ。
詩のサイトの皆は軽々しく「詩は……」とか言うけどさ、
そういうので(詩に限らず)破滅してきた人何人も見ているし。
と……眠れず、十数年ぶりくらいのネット・スラングを使うわたし。
(皆が関西弁を使うというスラングも、まあ、数年前の話ではある)
[141]おぼろん[2024 04/10 04:51]
>足立らどみさん。
そう、必死なのよ、わたしも。
長く書くことがしんどいのかと言うと、そうではなくって、
長く書くことでやっと生きていられるって。
(仕事で長く書くのは慣れているから。一日一万字が標準……広告だと、文学よりもっと時間がかかる。2倍か3倍くらい)
あまり弱者ぶりたくはないんだけれど、ご容赦いただけたらサンクス。
[139]おぼろん[2024 04/09 23:11]
リハビリ(笑)。
追記。
それと、アジテイターにはなりたくないのです。わたしの書いたことが雑多な印象になったようで、ほっとしています。
[137]おぼろん[2024 04/09 19:17]
頭がぐらぐらして吐き気がします。この後少し寝るかも。
>足立らどみさん
褒められても何もでませんよ。「後輩たちに伝えている」は過分で、わたしがそう思ったらおこがましいかな。何せ、今のわたしは公平さとか公正さとかは全て捨ててしまおうと思っているものですから。
詩の「日常生活環境との繋がり」ということなのですが、その前に──わたしの詩の定義は至ってシンプルです。「詩とは、詩的であると歴史的にみなされてきた事どもを文章として表現する、その歴史そのものによって保証される文化」となります。
なんだ、これじゃいつから詩が始まったのかが全然分からないし、これから未来のことも書かれていない、詩の定...
[207]おぼろん[2024 04/09 04:12]★2
鶯の雨に泣いて鳴きたどたどし
起きてなお目醒めは遠く春日や
捨て去った思い出を拾う木の芽時
無くなった涙を流し春の山
影を踏み踏みながら遊ぶ燕の子
※眠れず投稿。
[134]おぼろん[2024 04/07 19:16]
ハァモニィベルさんらとの会話を通して……。
例えば、孤高にすごした偉人らにとっても、「(その心が)救われた瞬間はあったのだ」と、考えることは、わたしたちが豊かに生きることにもつながってくるのでは、と感じ。
あくまでも、このスレッドは「詩とは何か」について考察する場ですが、孤独というのは詩に含まれる重要な要素であり、ある時にはその詩人における唯一の要素でもあり……
そうしたことを鑑みても、「救われた瞬間はあったのだ」という思いを持つことは重要なのではないか、と。いろいろと記憶を探ってみましたが、こうした感覚はV.E.フランクルの主張に近いかもしれません。
要するに、「それでも人生にイエスと言う」という(書名にも現れている)スタンスです。個人的な感慨を言えば、ここ(現代詩フォーラム)は、芸術論のみを謂いする場であってはいけないような気がします。また、それだけの歴史ももっているサイトだと思っております。
[133]おぼろん[2024 04/07 01:07]
ひだかたけしさん。
>要は融合、
>批判差別優劣化の理性ロゴス論理
まず、上記の件について、わたしとひだかさんとのメールのやり取りにおいて取り交わした言葉でもある「融合」ということについて、この掲示板(会議室)を目にした人にとっては、馴染みのない、唐突な言葉に感じられるだろうと思うのです(メールでも数度、意見を交わしましたね)。
ひだかさんの人としてのあり様をわたしなりに目にし、追究して、わたしなりの、ひだかさんにおける「融合」という表現にたいする理解や意見もないことはないです。ですが、この現代詩フォーラムの「会議室」という場の性質上、もう少し詳しく「融合」という言葉について述べて...
[129]おぼろん[2024 04/05 23:06]
「孤独」に関するわたしの認識について、わたしの考えていることを追記させてください。まず、「孤独」という言葉は文字通り「独りにしてある」ということを意味しているものと思います。
ここで、ひだかたけしさんの言葉を借りますが、「孤独」と「孤立」とは、やはり異なるものです。
日本における文章表現の課題として、現在使われている言葉の多くが、主に漢字による言葉のことを言っているのですが、明治維新以降(もちろん、それ以前の文化人たちによる「言葉の翻訳・翻案」も含まれます)に作られた、「やっつけ感」のある言葉であることは、文学に携わる者は深く認識しておかなければいけないことであると思っています。
例として、...
[128]おぼろん[2024 04/05 21:58]★1
ハァモニィベルさん。
反論でも反証でもなく、読み手のための注釈といった気もちで書いたものになります。ハァモニィベルさん自身の投稿作も読ませていただいておりますし、そこに深い「孤独」についての認識があることは尊重いたします。また、今回の書き込みによってより深く理解できたと思います。
まず、誰かの孤独について(彼/彼女が孤独だったのか、どうかという点について)、本人の言葉や思いを尊重することは大切だとわたしも思います。ですが、客観的に見て、「彼/彼女が孤独だったのか」ということを、他者として考え、判断する、ということも大切だと思うのです。
今回、ハァモニィベルさんはアインシュタイン自身の言葉...
[123]おぼろん[2024 04/05 18:03]
アインシュタインは孤独ではなかったと思いますよ。当初大学での教鞭を執るといった職につかず、特許庁の事務職員として勤務することになったのは、諸事情あってのことで(大学に適当な空きがなかったからだったと記憶しています)彼の研究そのものは早くから評価されていました。「一般人が物理学に革命を与えた」というのは後に作られた伝説ですね。アメリカへ移住してからも、数学者のクルト・ゲーデルらと親しい交流を持っています。Wikipediaには記載がありませんが、適当な科学の解説書などには、そうした逸話も載っているはずですから、ご確認ください。一方のゲーデルは晩年強迫性障害に悩まされたこともあり、孤独だったと思います。夫人も元踊り子で浪費癖や喫煙癖があり、ゲーデル自身はそのことについては無頓着だったものの、必ずしも恵まれた環境で研究を行っていたとは言い難いものがあります。ニュートンは変人でもあり、錬金術に凝ってもいましたから、ある意味では孤独だったと言えますが、これには自業自得な面もあると思います。
[204]おぼろん[2024 04/05 17:52]★2
春を取り戻すためにも風邪薬
赤き花に匂いを求める春の宵
折に触れ思えば思う桜しぐれ
見つからぬ春のたよりを形見にと
来(=きた)る日も暮れる日もなく蒲公英(=ほこうえい)
[762]おぼろん[2024 04/02 22:41]★2
先は長そうです。
時間が経って追記しています。
Wikipediaのユーザーの方から、わたしの作成した「現代詩フォーラム」という記事は出典が不明確であるとのご指摘をいただきました。Wikipediaにおける出典には、「一次資料」「二次資料」「三次資料」といった区分があり、当該のウェブサイト内における記述などは「一次資料」、雑誌や書籍・ニュースサイトなどに掲載された記述は「二次資料」または「三次資料」であるとのこと、把握しました。
わたしが作成した記事は一次資料のみに基づいており、二次資料や三次資料による出典が足りていない、ということのようです。
Wikipediaの当該ページでも、...
[761]おぼろん[2024 04/02 18:51]★1
インターネットにおける詩の文化について知らしめたい、あるいは守りたいと思っているなら、「B-REVIEW」やかつて存在した「詩極」といった他の投稿サイトの記事なども必要なのでしょうね。わたしは、どちらにも参加していない・いなかったので、記事作成は出来ません。Wikipediaというメディアの性質上、今後編集合戦が起きたり、記事自体が削除される可能性もあると思うのです(とくに、このサイトが片野さん個人によって設立された、ということを問題視する人もいるかもしれません)。わたしはたまたま「誰も書かないから書いた」に過ぎないのですが、20数年というこのサイトの歴史と利用者数、また潜在的な利用者(こうしたウェブサイトを求めている方々。ウェブサイトではなく、SNSと片野さんはおっしゃるかもしれませんが)のことを思えば、十分に公共性(公益性)はあるものと考えております。このサイト(現代詩フォーラム)の利用者の方々も、お手すきの時間があれば当該の記事を確認し、随時修正または加筆をし、といった形でご助力いただければと思っております。
[760]おぼろん[2024 04/02 16:51]
公共性がある記事と思い作成しましたが、今後どうなるかは分かりません。たぶんWikipediaに詳しい方が随時修正していくだろうとは思っているのですが。とりあえず記事作成とは別に、日ごろよりの感謝を。体調が悪く片言ですみません。
[758]おぼろん[2024 04/02 01:52]★2
うげー。疲れたー。あちこち検索し、なんとかWikipediaの「現代詩フォーラム」のページを編集してきました。もしこの後「複数の問題があります」という表記が出てきたら、すみません。わたしはすでに果てております。ですが、「文学極道」のページはあっても「現代詩フォーラム」のページがWikipediaにないというのは、絶対おかしい! と思うので。記事を立てたのがわたしですから、今後ともその記事について着目し場合によっては修正するだろうとは思います。ですが、片野さん、あなたはネット詩という文化における功労者なのです。今後も、わたしはそのことを言い続けると思います。
[757]おぼろん[2024 04/01 23:59]
Wikipediaで「複数の問題があります」と言われてしまったよ。
いや、どこなんだよ? どこだよ?
過去には「このページに関するノート」というリンクもあったのに……
片野さん、すみません。片野さん。
自分で蹴上げたことに関する、責任は引き受けます。
今後も自分が立ち上げた記事に対する対処は引き受けます。
ですが、「現代詩フォーラム」という項目がWikipediaから排除されてしまったら、
それは本当に申し訳なく思います。
今後も、自分がしたことに対する責任は引き受けますが……
「複数の問題があります」──いや、それどこなんだよ?
「現代詩フォーラム」はすでに個人サイトの領域ではないだろ?
[756]おぼろん[2024 04/01 21:26]★1
Wikipediaに「現代詩フォーラム」の項目を作成してきました。
主に、片野さん個人にたいして、この項目作成は適切なことだったでしょうか? 本文内に不適切な表現があれば、再びログインして訂正してきます、と思っています。デリケートな問題ですので、「一般」に知らしめたとは言え、わたし個人で修正可能なことがあれば、修正させていただきます。
※サイトの宣伝にならないようにリンクは削除しました。
[115]おぼろん[2024 04/01 17:57]★1
昔考えたことで、こういうことがあるのですが、「人間はむしろ互いに似すぎているので、誰かを自分より高く見たり、低く見たりするのではないか?」と。そのほうが容易なのではないか、と。──ちょっと見突飛な意見だと、わたしも思いますし、強く推すものではないのですが、「対等に接するのは難しい」と、最近このサイトの意見でも目にしたように記憶しています。
わたしがそう考えたことは、実は日本的な文化なのかもしれず、高校生だったときの古典の先生は、「日本語には主語がない。『敬語』という文法によって、主格の表現をしている」と言うのを聞いて、はっとしました。そのことでわたしは言葉の奥深さに刺激され、理系から文系に転換す...
[105]おぼろん[2024 03/28 02:35]
追記です。(ああ、ずるい)
詩論を読んで書けるようになるのは、詩論論者です。あるいは批評家です。
わたしは「何か感じたこと」というこのスレッドの定義に甘えさせていただき、書いております。
[104]おぼろん[2024 03/28 02:30]
たまたまこちらにアクセスしていたので。
>アラガイさん。
詩論を語ることの愚をわたしも承知しています。
ですが、そこへたどり着くことの過程は重要なのです。百人いれば百人の詩論があるでしょうし、なくてはならないものです。アラガイさんに、詩論は難しいと書いたことにご不快な思いをなさったのでしょうか。(それを書いた際)わたしも迷いましたが、それは「お前って詩論も書けない馬鹿だね」と言っているのではなくて、詩論という理性よりの供述書のような物を書くことと、詩という感性や感受性の表現を書くこととを見比べた場合、当然のようにそこに優位はない、ただし烈々な違いがそこにはある、ということを思ってなの...
[102]おぼろん[2024 03/27 22:59]
羊飼いさん。
ニフティでの詩の活動については、文字通り「フォーラム」という名称だったようですね。「詩のフォーラム」と「現代詩フォーラム」という二つのフォーラム、すなわちコミュニケーションの場がありました。ご存じの通り、片野さんが「現代詩フォーラム」の提言者であり、管理者だったわけです。かつての現代詩フォーラムと今の現代詩フォーラム、どちらが上なのか(あるいは真面目なのか)という議論はつまらないものであり、ここではしません。わたしも周辺サイトの過去ログを見て知っているのみです。ただ、芸術主義の人が多かったのだろうなあ、ということは感じています。当時のログなどは、多分検索すれば少しは出てくるものと思いますよ。あるいは、そうしたネット初期の文学の匂いを嗅ぐことも、必要なのかもしれませんね。
[101]おぼろん[2024 03/27 22:48]
アラガイsさん。
現代の書き手が「これは受け入れられるだろうか?」ということにおどおどしている、ということも問題なのですね。わたしは野生児でしたから、年上の人たちの意見や発言にも喧嘩を売ってきましたが、老若の逆転がなされた現代でなければ、それは本質的には許されないことです。「老いては子に従え」。その対偶になる箴言は何かあったでしょうか。今は思い付きません。「Boys be ambitious」などでしょうか。出来れば、「理屈じゃあないんだよ」と言って蹴飛ばしてしまう前に、詩論について読者がうんざりするほど語ってほしいと思います。本質的に詩人であるアラガイsさんにとっては難しいことなのかもしれ...
[95]おぼろん[2024 03/25 22:43]
羊飼いさん。
少なくともこのスレッドは、あなたのように自分の意見を呟くスレッドなのだと思いますよ。ディベートではなく、セミナーのように、各自が考えたことを書き、それぞれにまた考える。なので、わたしも書き込みをしている次第です。ハーモニーベルさんやひだかさんに返信したり、足立さんに質問したりしているのは、単に流れのうえでそうなっていることなので、どうぞ悲観せずに。このサイトがますますSNSになっていくこと、わたしも好ましく思っております。コメントについては、わたしの性質上そうせざるを得ない(わたしにとってはそれがコミュニケーションである)、ということなのですが。わたしは芸術については語っていないつもりでおります。
[92]おぼろん[2024 03/23 19:24]
>88
を読み直しましたが、よく詩をとらえて詩論として表現されているなと思われて……なぜ詩を書かないのですか? 三流ヘボ有名詩人よりもよっぽどよく詩を詩想している。詩を書かない詩人も詩人だ、とは思っていますが、竹林の七賢が評価される時代でもないでしょう。孔子は、人に教えを説かない賢者を「君子ではあるがまだまだだ」といなしましたが……。足立さんの理性、実は感性との相克の結果なのではないですか? AIにはそのパロディーを見ているのではないか、と。
[91]おぼろん[2024 03/23 19:13]
ん?
セルアニメよりもCGのほうが好きだという人もいて、微妙な気もちになります。もともとディズニーのアニメなどはぬるぬるした動きが特徴だったので、CGになっても違和感がないのでしょうけれど。日本の場合、セル画に近づけるためにCGを再度加工する処理が施されていますね。CGよりもセル画のほうが本物っぽいというのは不思議です。
AIが非人間的であるのは、個性がないからなのでしょう。最近は高齢者とばかり接しているせいで、病気や怪我などでうまく動けない人も多く、そのような人たちを見ていると、どこかロボットのような動きになっているのです。個性という野生が失われるからなのかもしれません。元々人の知覚とい...
[89]おぼろん[2024 03/22 23:58]
不気味の谷を好きな人は多分多くはないだろうけれど、不気味の谷が好きだという人は初めて目にした(会話した)かなあ……例えば、3DCGを駆使したアニメ(例として「アップルシード」。何年のものかは忘れた)などを好きな人などは、不気味の谷も受け入れられるのだろうけれど、例えばゲームの世界では、この10年で不気味の谷を一気に克服した表現がなされていますよ。数学者などが、「人間の髪の表現」などを研究し、いかに自然に見えるのかといった論文を提示し、それが反映されているのです。足立らどみさんが愛好しているAIは、すでに不気味の谷は越えつつあるんじゃないかな。
[86]おぼろん[2024 03/22 19:16]
もう一つ追記です。
「狭い世界」で、と書いたのは嫌みではありません。
「狭い世界」で書くこと、「広い世界」で書くこと、どちらも有意義だと思うからなのです。
[85]おぼろん[2024 03/22 19:15]
ハァモニィベルさん、ポイントをありがとうございます。
わたしはちっとも怒ってはおらず、話しかけていただけることは貴重だと思っております。
最近とみに体調が悪く、何か物を考えていないと、気絶しそうになるのです。
このサイトの作品からは、上手いものであれ、下手なものであれ、元気も勇気ももらっております。
一つ、読者の方が誤解されないように、補足させてください。
わたしがAIを「創作」といったのは、「AIが創作をするようになる」と言っているのではなくて、AIというものが「一個の作品」である、ということを伝えたかったものなのです。
プログラマーにとって、「AI」を作るとは、手塩にかけて子供を育...
[84]おぼろん[2024 03/22 12:27]★1
どうぞ狭い世界で物を考えていてください。
AI将棋というガジェットに焦点を絞ることで、そうした表現に魅力を感じる人もいるでしょう。
わたしはAI全般のことを考えていて、例としてゲームのキャラクターであれば、ということを書いたのです。
読解力がどうということではありません。
あなたとはまったく別の話をしているのです。
[82]おぼろん[2024 03/22 01:15]
AIですか。わたしはFacebookでのAI至上主義の人を見てうんざりしました。AIとは「創作」である。その通りでしょう。むしろ当たり前です。例えば、こんな例を考えてください。ゲーム、例えばRPGにおいて、人間さながらの応対をしてくれるAI(キャラクター)を開発する。そしてそれをリリースする。あるいは、MODとしてそれを公開する。今までとは違う、「あっ!」という経験を、プレイヤーはするでしょう。「このキャラクター、本当に生きているみたい!」と。わたしはそれに同意します。それに近い表現をしたいとも思ってきました。Facebookにおいて、AIのみをプッシュしてくる人にうんざりしたのみです。AIとは何...
[80]おぼろん[2024 03/21 00:12]
足立らどみ様。
ありがとうございます。
年より同志の慰めあい、苦笑でしょうね。
若者は反抗を、年よりは抑制を、ということで社会は進歩していくのかもしれません。
[78]おぼろん[2024 03/20 23:41]
「お金」はヴァーチャルになるんでしょうね。
未だに現金主義を保持している日本は時代遅れだとか……
何年か前のニュース記事の受け売りですが。
本当にそうかな? そうなのかな?
何度も反復して考えました。
「お金」のヴァーチャル化など、文筆が「紙とペン」から「ワードプロセッサ」に変化したことと、何ら変わりない。
ワープロやタイプライターの登場で文筆が楽になったかと言えば、逆に大変になったとしか、わたしには思えず。
それと同様に「お金」のヴァーチャル化は、より複雑な経済認識を人々に強いるものでしかないように、わたしは思うのです。
今現在でも、「ポイント」という疑似通貨に人々は右往左往して...
[72]おぼろん[2024 03/19 15:54]
>足立らどみさん。
示唆になれていますでしょうか……。わたしがここに書いていることは落語の枕のようなもので、それを読んでも全然詩を書けるものではないし、ガジェットとして以外役に立たないものだと認識しております。ただ、あえてそうするものでもあるのです。詩は詩を読むことでしか書けないものですが、詩を読むだけでは書けないものでもあると思っているためです。
>ハァモニィベルさん。
お考えは尊重します。ただ、なぜ「幸せ」を「シアワセ」と書くのですか? あなたがもしご自身は詩人であると認識されているのであれば、そこには「幸せ」ではない別の意味があるのですよね? 嫉妬ですか? 軽蔑ですか? 「平凡に生きられる人」を軽く見るのは止めましょうよ。そうした立場で書かれる詩は読者を持たない詩になるのではありませんか? 近代以前ならともかく、今の詩がそうあるべきでしょうか。
[69]おぼろん[2024 03/18 03:34]
足立らどみさん。
返信ありがとうございます。
寝ぼけていますが……広告業界で仕事をしてみると、「真剣さ」って、ある種の逃げなのではないのか、と思ってしまうんですよね……。「どう生きるべきか?」「人生とは何か?」という問いが大切なのは分かるのです。ただ、「現実の社会」とはアニメ作家の押井守氏が言っているような代理戦争なのであって、「弱肉強食」という「事実」からは逃れ得ないものだとも思っているのです。
詩や小説とは、そうした「現実」に直面した人たちをいかに宥め、いかに現実を隠し、いかに現実に馴染ませるか、ということが本質だとも思うのです。これもメタ的な言及で、「詩の本質」には迫っていない言及ですね。詩は詩として、「職人芸」でなければならない。あるいは、「真の芸術」でなければならない。そういうことに疲れてしまった自分もいて、この現代においても「詩を目指す」という人たちの果敢さに、わたしとしては圧倒されてしまうのです。
[67]おぼろん[2024 03/17 20:41]
足立らどみさん。
>朧月夜さん、良いとこついているなぁと意見というか、感想です。
ありがとうございます。わたしは「結論を言わない」ということを今の方針にしていて、詩人のように一つの言葉に多義的な意味を込めたり、詩想という高みを目指したりするのではなく、だらだらと長く綴られた文章の流れから、一つの雰囲気のようなものを感じ取ってほしいと思って、今は執筆をしています(広告の仕事を始めて以降、それは顕著です)。
また、クワインやクリプキなど、現代アメリカの哲学者の思想に触れて以降、文章(というよりそれ以前に会話)に、本質的な意味などないのでは? それは、「総体」として感覚的に、歴史...
[64]おぼろん[2024 03/17 17:18]
アラガイsさん。
>ベーシックインカムは大賛成だが、目指す社会のビジョンがなければこれも幻想に押しつぶされてしまう。
その通りで、わたしがひとことダイアリーで(カルチャーおよびサブカルチャーが)再び理想の表現を目指しても良い、あるいは目指すべきなのではという趣旨のことを書いたのも、それに関係しているのです。
興味深い発言として、例えばアニメ監督の富野由悠季氏が、インタビューで言っていた、「自分は総論は表現できたけれど、各論が表現できなかった」という言葉があり。わたしはそれを聞いて意外だと思いました。富野由悠季氏こそ、各論の描写に心血を注いでいたと考えていたからです。総論と各論がど...
[62]おぼろん[2024 03/17 00:39]
mo s61
[61]おぼろん[2024 03/17 00:35]
いろいろ考えて、書きもしたのですが、削除してしまいました。
なぜかと言うと、今の若い世代の人たちは、そうしたディアレクティックを越えたところで表現している、と思うからなのです。
2ちゃんねる、5ちゃんねる、ブログが全盛だった時代は「バトル」で成長しえた、とも思っているのですが、それは今の時代にも当てはまるものなのでしょうか……
メタ的な解答で申し訳ありません。
ただ、わたし自身の認識ではわたしは単なる広告ライターであるので、文学的な「そこへ至れば解決」「そこへ至れば幸福」といった手法は危険だと感じるのです。
「全ての表現において嘘がある」という、現実的な認識が、今一度必要とされているので...
[59]おぼろん[2024 03/17 00:06]
ひだかたけし様。
そうですよね。今のわたしは詩表現を貫けなかったわたしを寂しいとも思っていますが(広告業者であるということには納得しています)、それゆえに、詩人であると認識している方は、今以上に詩人であるということを貫いてほしいと思うのです。
詩人を卒業してしまった人間からの、一言です(わたし自身は今はビジネスにしか興味はありません)。
[57]おぼろん[2024 03/16 19:41]
秋葉竹さんが復帰して……個人的にはyatukaさんなどにも復帰してほしいのですが。
詩は……それは、軽く見られるものでしょうさ。欧米では、詩は小説の見本市のようなもので、一生続けるようなものではないのです。
ですが、日本の伝統は違う。
(欧米では、本とは個人が買うものではなく、図書館が購入するもので、庶民は図書館から本を借りて読む、という慣習が根付いています)
わたし自身は、その伝統に反したいとは思いつつ、昨今の動静を見ると、詩が一生ものであっても良いのではないかと思ったりもしていて(売れたいなら、面白い小説を書くべきです。日本は資本主義社会なのですから)。
詩を書き続ける……ということ...
[90]おぼろん[2024 03/15 17:31]
「迷えば広くなる、悩めば深くなる」
オリジナルです。伝えたい、わたしのいつも思っていることの一つです。
[66]おぼろん[2024 03/14 04:29]★3
愛情を捨て去った時に現れて、なじる君を、愛しいと思った。
[65]おぼろん[2024 03/14 04:29]★1
紡がれて、続くのであれば希望を持てよ。愛らしき君、わたしの眼(=まなこ)に。
[64]おぼろん[2024 03/14 04:28]★1
アジサイに願掛けをする六月を、夢に見るまま、眠る早春の朝。
[62]おぼろん[2024 03/11 18:53]★2
紅の暮れに切なさを噛みしめて、わたしは振り向く。振り返らずに。
[624]おぼろん[2024 03/11 18:10]
もう少しいろいろな方と批評的な言辞を交わしたいとは思っているのですが、体調が悪くて無理っぽいです。
[484]おぼろん[2024 02/25 18:19]★2
昨日スーパーに行ったら、鍋にしようと思っていたのに春菊が売っていなかった。今日は遠出して春菊を買ってきたのだけれど、帰りはすっかり吹雪で冷え切ってしまった。これから牡蠣鍋を作ります。
[623]おぼろん[2024 01/08 17:42]
現代における軽井沢微熱派、あっても良いと思うよ。世の中はすっかり双方向性で、パルナシアンじみていますが。
[622]おぼろん[2024 01/08 17:31]
すみません。雑談スレあったのですが、見逃しておりましたので、わたしが立てたスレッドは削除しました。不注意で本当に申しわけないです。
[55]おぼろん[2024 01/05 16:54]★1
生きがいとかやりがいなんて嫌いなの。気ままに静かに生きていたいだけ。
[481]おぼろん[2023 12/19 17:10]★2
近場でつみれとか売っていると良いんだけれどねえ。鍋にできるし。
[206]おぼろん[2023 11/19 00:13]★1
配信中に片野さんがおっしゃっていましたが、視聴する側で再生速度を1.5倍とかにすると、かなりタイムラグが軽減しますね。
再生速度を1.5倍にしても、遅れた部分が加速されるだけのようで、音声などは変化ありません。
[205]おぼろん[2023 11/18 23:52]★1
配信お疲れさまでした。
[201]おぼろん[2023 10/25 16:13]★1
>200
チャットの時間はチャットの時間の流れで、連詩を継続する、
一巡したところで、片野さんが時間をおいて総括する、
といった流れでも良いかと思います。
片野さんがコメントなりを寄せたところで、投稿者はそれまでの詩を吟味する、
といった感じで統制することはできるかと思います。
もし、チャットと片野さんの配信画面でのタイムラグが解消されれば一番なのですが、
ある程度参加者がその場の空気に合わせて投稿する、
といったことで問題は解決できるかと存じます。
[199]おぼろん[2023 10/24 23:40]★1
ただ、片野さんが見ている画面で、チャットとのタイムラグがある、
というのが問題かもしれませんね。
片野さん自身は後追いをして、チャットのログのみで継続する、
という形なら良いのかもしれませんが、
片野さんの画面は2,3分ほど遅れているように見受けられますので、
そのへんをどう調整するかですね。
[198]おぼろん[2023 10/24 23:36]
>197
連詩も良いですね。
ログインした順で書いていく、という形ですと、すんなり行くかと思います。
[55]おぼろん[2023 10/24 14:58]
批評をするにはあまりにも体調が悪すぎるので。リリーさんの詩について。リリーさんの詩にはどこかオカルト的な戦慄が含まれているような気がします。何気ない生活の描写であっても、そこには生な戦慄がある。まさに詩人としての魂の震えだと思います。出来れば、それで生活を台無しにしてもらわないようにと願っているのですが、この高揚感は読者に対して大きな歓喜や感動をもたらすものだと思います。透徹した詩の本質がここにあり、という。
[196]おぼろん[2023 10/23 18:23]
単なる要望や提案がクレーマー体質と見られるのであれば、
そのサイトは終わっているのではないですか?
前回のわたしは合評ということでコメントしただけです。
[194]おぼろん[2023 10/22 20:42]★1
>193
レスポンスありがとうございます。
いろはカルタのようにいろはにほ……で川柳を募集するとか。
そうすると複数回持ちますし、って長大なイベントになりそうですね。
あとは、上の句を作っておいて下の句を作る短歌イベントとか。
このスレで事前投稿(お題)を募集しておくのも良いかと思います。
[192]おぼろん[2023 10/22 09:50]★1
多分、Youtubeのアドレスに到達できていない方もいらっしゃると思うので、
出来れば都度Youtubeのアドレスを提示していただければと思いました。
(チャンネル登録まではしていない方が多数だと思われますので)。
それと、鑑賞会以外では参加型のコンテンツにしたほうが良いかもしれませんね。
後でチャットの内容を見ながら配信を視聴するというのもありかと思うのですが。
[188]おぼろん[2023 10/21 21:53]★2
配信お疲れさまでした。
[53]おぼろん[2023 10/08 17:51]★1
立川談志はかつて落語を「伝統芸能」ではなく「郷土芸能」と言った。その気持ちも今は分かるような気がするのです。文学とは畢竟郷土芸能である。その枷からは逃れられないし、逃れられないという極点において誕生するのが、文学であると。
[52]おぼろん[2023 10/08 16:54]
FACEBOOKではその人のアティチュードに対していいねをするのです。ですが、このサイトでは違う。このサイトに投稿されているものは「作品」である。ですが、そのことに違和感を感じつつあるのが今のわたしで、「作品」とは本来「コミュニケーション」であったものが純化したものではないのか? という疑問も湧くのですね。日本ならではの問いなのかもしれませんが。
[51]おぼろん[2023 10/08 16:31]
ひだかたけしさんも言っていたのですが、リリーさんの詩がこのごろうまくなっているような気がします。ひだか氏が求めているような直観的なたたずまいもあり、でも、今までのような泥臭い世情の描写も突き詰めていってほしい。そんな感じのぼうっとした感想です。
[42]おぼろん[2023 10/05 02:01]★2
眠れぬ夜を、眠れなくても良いものと、宥める誰かを、今だに探して。
[47]おぼろん[2023 10/02 18:59]
自費出版は今はPDFを自作して、印刷だけ任せるというタイプがあるようです。原稿用紙やWORDのファイルなどからPDFを起こしてくれるサービスを行っているところもありますが、かなりの暴利です。
>自費出版本だけ売ってる書店とか作ったら、良さそう。
これについては、わたしが調べた限りではなさそうですね。オンデマンド出版の会社で、ランキングなどを公開している会社ならばあります。
[43]おぼろん[2023 10/02 16:13]
残念なことに詩の世界は自費出版商法に乗っ取られてしまいましたね。30年くらい前からそうですが、ネット詩やオデマンド出版、電子書籍などが普及した今でも、詐欺まがいの商法を展開している会社がある。詩人はそうしたことに対しては自衛しなければならない。自らの積極性、他者を受け入れる寛容さ、二つがなければならないのです。
[37]おぼろん[2023 10/02 09:01]
ルルカ new様。詩が個人のものであるか、他人の物であるのか、という問題ですね。わたしの意見はあいまいです。他人のものであるか、自己のものであるのか。そこで、言い方は悪いですが、詩とは一個の商品、あるいは一個の造形物である、という考え方が生まれてきても良いと思うのです。自己のものであるとともに、他者のものでもある。いずれにせよ、研鑚は必要だと思うのですが。
[36]おぼろん[2023 10/02 08:57]
詩とは畢竟人生観の表明なのですが、己自身の人生観の表明であってはいけない。他者の人生にも共感し得るものでなくてはならないのです。それが、短歌や俳句との違いです。詩は長い(短いものもありますが)。その中で、如何に他者の生を生きるか、己を滅却するか、という課題もあると思うのです。
[34]おぼろん[2023 10/02 08:28]
ルルカ new様。詩は成長させていくもの。その通りだと思います。ですが、人間的な限界というものがあり、それが詩の限界点だとも思うのです。言い換えれば、詩の個性。詩はその叙述者にとって最高のものではなくても良い。人間的な弱さが詩の味わいでもある。詩とは人間的な限界に迫るものなのでしょうか。
[32]おぼろん[2023 10/02 08:23]
眠れぬ夜。うたた寝をはするのですが、短時間で目座覚めてしまいす。おかげで昼間はぼうっとしており、皆様の詩も茫洋としてしか判断できず、わたしは詩から離れてしか把握していないのか、詩の世界から離れてしまっていうのでは、という感慨。詩は世界の感好感であり、そしてそれを越えて行くものである。最近はリリー氏の詩に、抽象世界と実世界の混交、詩のなかに世界論を見出しています。一見して日常描写、しかし、そこに哲学的なテーゼもオリジナルなテーマも現れてくる。新しい詩の潮流、従来の詩のスタンダードとは違った可能性を見ます。
[31]おぼろん[2023 10/02 07:57]
ランボー以降、詩は成長したか。あくまでも砂漠をさまよっている気がする。
[30]おぼろん[2023 10/02 07:55]
哲学は数学について行けていない。数学と科学は哲学についていけていない。新しい秩序が必要である。
[34]おぼろん[2023 10/02 07:29]★2
夏を終え、それでも秋にはまだ遠し。育む時間、滞る時間。
[28]おぼろん[2023 10/01 23:32]
ひとことダイアリーに投稿できなかったので。
疲れ切って、詩を読む。詩とは人を救うものではなかったのか、という根本的な問題と直面する。総論と各論とはどのように対立し得るのか。そのことに興味を持つこのごろ。
[181]おぼろん[2023 09/25 16:13]★1
鵜飼千代子様。youtubeのチャットでもお話しましたが、連詩という性質上、レトリックが全体を率いて行かざるを得ない、という面があるように思います(あらかじめこのような詩想をもとにして書いていこうという合意があれば別ですが)その点で、少し現代詩以前の趣があると言いますか、悪く言えば古い、という感じがしました。戦後詩にはあまり詳しくないのですが、現代(とくにこのサイト)では、例えば秋葉竹さんのように心理が流転する詩が味わいを増しているように思えます。そういう点からすると、わたし自身も十分に古いのですが。いずれにしても、もっと多くの方が参加してほしいですね。
[177]おぼろん[2023 09/24 00:09]★2
配信お疲れ様でした。
[26]おぼろん[2023 09/22 08:30]
誤字・脱字がひどいので、散文のカテゴリーに再投稿しました。すみません。
[25]おぼろん[2023 09/22 08:12]
このスレでは誤字脱字は訂正できないのですね。すみません。
[24]おぼろん[2023 09/22 08:10]
ホロウ・シカエルボクさんの詩について。氏の詩は長いです。そして起承転結もはっきりしていない。そのことが氏の不人気につながっていると思うのですが、ここは忍耐力を身に着けて、氏の詩を最後まで読んでみるべきだと思います。氏の氏は叙景や叙事と抒情・叙事が一体となっており、なかなかストーリーを追うことができません。あるいは、著者自身がストーリーなどくそくらえと思っているのですが、それは好き嫌いの問題でもあります。氏の詩において特筆すべきは、叙事や叙景と抒情と叙志がシームレスにつながっていること。ある光景から心理に入り、そこから再び叙景へとつながっていくこと。そこには論理を越えた詩にしか表現できないことがある...
[22]おぼろん[2023 09/21 17:06]★1
アラガイs様。最近体調が悪いのでなかなかコメントをつけられないです。それと、完成された作品にはひだかさんの批評にも書いたように無言をもって対峙しますので、なかなか言葉が出てこないのです。
[18]おぼろん[2023 09/20 23:30]
作品そのものに関しての感想ではないのですが、近頃コメント欄でのやり取りが面白く、長文で、老舗サイトの面目躍如という気がしています。一時期に比べて投稿数も増えましたし、わたしはなかなかポイントをつけないのですが、目を見張るようなオリジナルな作品が増えている気がします。やはりここは現代詩人の登竜門なのだということに思いをいたしています。
[167]おぼろん[2023 09/03 14:41]★1
「それぞれの孤独」をお願いします。
https://po-m.com/forum/showdoc.php?did=378143
[18]おぼろん[2023 08/03 20:51]★2
夏の朝、雷の音で目が覚めて、遠くを見やる。今日は良き日か?