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詩ヌマデアイ詩テ (雑談系)スレッドオペレーター:たこすけ
ここは詩の公園
大きな池があってひとつの川、たくさんの大きな木。
滑り台、砂場、ぶらんこもご用意しました。
みんなで鬼ごっこやかくれんぼができます。
野球やスケボーもできる大きな公園。
朗読している少女がみえます。
夏にはカラオケ大会だって演説や選挙もあるかもしれません。
ひとり川をながめてため息つくのも公園

もし詩や詞を構成する成分表があるとしたら人ひとり、もしくは大勢の人が絡んでいる無限の成分表なのかもしれません。
詩の多様性は人の生き方やり方の多様性を映しているのでしょう。


君が書きたいと思ったことはなに?
Twitterみたいにぼやくこと?
昨日見た映画のブログみたいに感動を分かち合いたい?
詩のことで別の人間の視点がほしかったのかい
もしかして、それは行き場のない言葉かしら

答えはなくたっていい。
ただ、聞いてほしかったのならそういってね。
もう少しそばにいるからね。

書きたいことを書いてみて
描けないことを描いてもいいんだよ。

ルールは公園らしく後からみんなで増やしていこう。
これ以上書けません。

[799]るるりら[2016 06/23 09:04]
みなさん おはようございます。
夏目漱石の草枕で思い出したのですが、そういえば 私も 草枕を真似したことがあります。


http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=283203&from=listbytitle.php%3Fenctt%3D%25E7%2582%25B9%25E5%25AD%2590

「点子が、行く。」という作品です。読んでいただくと どなたでも 「吾輩ハ猫デアル」だと お考えだとは思うのですが、詩の中にある明治男のセリフが 草枕の模倣です。わたしが真似させていただいたときに 草枕って、随所に読者の 目を開かせる箇所があるのだなあと ちらと感じたのですが、まさか まるでそのまま作品としておられる方がいたとは!おどろきです。
 

[795]るるりら[2016 06/21 09:43]
詩と唄の違いって何なのでしょうね。わたしは音楽的素養は詩よりもさらに なにもしらないのですが、ユーミンが自身のことを語る番組で、フランスの詩人の影響もあり唄よりもむしろ絵に興味があった彼女が開花したみたいな話をしていました。その詩人の名はジャック・プレヴェールです。

その番組の中で、ユーミンが朗読してたジャック・プレヴェールの詩「夜のパリ / PARIS AT NIGHT」


*****

夜のパリ



三本のマッチ 一本ずつ擦る 夜のなかで

はじめのはきみの顔を隈なく見るため

つぎのはきみの目をみるため

最後のはきみのくちびるを見るため

残りのくらやみは今のすべてを思い出すため

きみを抱きしめながら。



*****
ユーミンは 番組中にこの詩の背景についてすこし語ってました。
戦争のさなかにあって 一つの燈火に心を寄せ合う二人に感動した話だったと思います。
「シャンソン」という曲が、この詩に良く似ています。ユーミンもまた他の人の作品をパスティーシュしているという言い方もできそうです。調べていただくとわかることですが、ユーミンの曲のほうが多くの言葉を使って語っています。

詩には行間というものがあり 読者は読者の時間を自由に使って、作品を堪能するのですが
音楽は 時間の芸術です。音楽を鑑賞するものは作者の計算した時間を つかって作品を堪能する。 石村利勝さん作『雲のちぎり絵』も それを証明しているなあと 思います。
全曲聞いてから 詩を堪能しようとしたら そこそこ時間がかかりました。すごいなあ。
こんなのを お書きになるなんて!

詩と唄の違いって何なのでしょうね
詩は一行で はてしない時間を読者に与えることもある。
唄は音だから聞き手は時間を 作曲者から受け取る。リスナーは歌い手と同じ時間を楽しもうとする。

どうやら詩には唄とはちがう自由が あるようです。
 

[792]るるりら[2016 06/20 16:07]
渚鳥さん ぽえ会のことは あなたの当時のハンドルが何とおっしゃっていたかすら おぼえないです。

あれ? でも 読んだ気がする。
黄金虫。あれ? あれ あれ?

詩になぜか 詩人のイメージが残ってるのかあ。まったく、どなたのことやら
さっぱりわかりません。三夜が おもわせぶりですね。うふ
 

[789]るるりら[2016 06/20 09:38]
>>786石村 利勝さんへ

おはようございます。返信が遅れて 申し訳ありません。
「春と修羅」っていう龍みたいな詩魂に飛び乗って縦横無尽に飛び回っているさまだなんて、
それこそ 踊るくらいに嬉しい言葉をいただきました。関係あるかないか解りませんが、わたしは辰年うまれなのです。思い込みからか 蛇だの竜だのといった生き物は こどものころにずいぶん夢にでてきました。

この詩をアップしようとしていた頃に、渚鳥さんが 突然、

渚鳥さんも竜のようなものを感じておられる気がしないでもないのです。>>771 渚鳥さんは まだわたしの詩を御覧になってないのに わたしの詩が読めたのかと思いました。ケーリュケイオンの杖のデザインって、蛇のような竜のような生き物が くんずほぐれつ登っている図なのですが、わたしは 竜みたいなのに つきうごかされて書いただけだったのかもしれないです。
ああ びっくりしあぁ!

どういったらよいかわかりませんが、なんだか すごいです。←わたしがというより、なにかが来てる気がします。
もっと書かねば!




>>745 渚鳥さんへ 今は朝なんだけど こんばんわ(←作品に あわせたよ)
「夢一夜~第三夜」拝読しました。
以前拝見したパーションのもののは、たしか 一夜が三つではなく一夜、二夜、三夜という表記だったように記憶しています。

夏目漱石の『夢十夜』は この機会に再読してみました。
夏目漱石の『夢十夜』の場合は、全然違うお話の十個で作られていたと思うのですが、
渚鳥さんのこの作品は、別々のお話ではないような気がしました。同じ日におきたことが別の角度で描かれているととってもおかしくはないつくりになっていると 感じました。
たとえるなら以前お話しの出たケーリュケイオンの杖は 二匹の生き物がからまっているのですが、この三つの作品は 三つ編みのように 三様の詩魂(石村さんの言い方の真似ですぅ)が からまっていると読んでもおかしくないように おもいました。

へんな発言になるかもしれないのですが、物事を把握するのには三つの目が必要だと聴いたことがあるのを思い出しました。
 それは、【鳥の目】【虫の目】【魚の目】の三つで、鳥というのは鳥のように広く全体を眺める。虫というのは足元の細部を見る。魚の目は、微妙な変化の流れを見るというものなのですが、渚鳥さんの本作品の構造と符合すると、個人的には思いました。



●蛾兆ボルカさんへ 「作品『漢字の練習』」、について(贋作)」
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=319538&filter=date&from=menu_d.php%3Fstart%3D150
に、ついて。

わたしは、この作品について「おもしろいです」とだけ書いてます。あとで、ちゃんと書きたいとおもっていたので、超短文感想としました。
まず、自分の作品をパスティーシュする。もうこの時点を おもしろいです。

蛾兆さんが蛾兆さんという未知の詩人の作品をパスティーシュし、
未知の詩人蛾兆とかいう詩人の息子さんの漢字練習帳をパスティーシュ(とも言えると思います)
している。

鶏が先か卵が先かじゃないですけど、
卵が詩を書いたのか!
卵の親が詩が書いたのか。卵の教師が詩を書いたのかもしれない。

卵が詩を書いた!のか
卵の親が詩が書いた!のか。
はたまた教師的ななにものかが詩を書いたのか!
むむむ むむむ!これって 「啐啄同時」なのじゃあないかしらん。卵の中のヒナドリが内側から殻を破ろうとしていて、それを保護する親鳥も外側からつついている。
この詩には複数の愛が からみあっていて、ああ 人が成長するのは、ひとりじゃあないんだなあ。と思いました。

正直もうしまして 作品そのものより
自作の作品をパスティーシュする おわりなき詩作への情熱こそが、私としては とても勉強になりました。ありがとうございます。
 

[784]るるりら[2016 06/18 10:36]
蛾兆さん ファーブルは凄いです。ふんこがらし君は あんな大きなものをどうして運ぼうと思ったのか、気になったら 止まらないかも。そういえば、ふんころがし君て、不浄な名前の昆虫ですよね。

無人島で夜をすごしたことがあるのですが、排泄が人間とほかの生き物を分断してるんじゃないかという思いになった経験が、私にはあります。そのときのリーダー役の人が虫に詳しい方でして、糞尿にあつまる昆虫について教えてもらったのです。(そのときは蜂でした)
人間にとって不浄なことも自然の中では 循環の輪の中にある事柄で 隔てがないな。と、感心したのです。たぶんそんなかんだが理由だと思うんです。嫌な感じのする不浄の言葉をあえて入れようとしてしまう傾向のある私がいるんです。 むむむ。と、うなってしまいます。
祖父は生前、雪隠とかいう 美しい言葉も教えてくれたのに、フンコロガシはフンコロガシと言いたい。 スカラベとは言いたくないみたいな。そんなところがあるのです。

どうしたもんかなあと、思っていたら。花が咲きました。
昨日、ともだちの畑から 貰ってきたバターカップの花だったのです。
なんだか偉大すぎる方の真似なんかして、どうかいのと自問自答していた私でしたので、
賢治さんの愛した花を見ていると 「べつにいいよ」って笑って許してくれている気がしました。
 

[782]るるりら[2016 06/17 08:50]
わたしも、蛾兆ボルカさんの漢字の練習>>748について書かせていただきます。

>>780石村 利勝さんの文章を拝読できてよかったな。良い出会いをさせていただいたな。ありがたいな。と、思っているところです。この詩に私は、「とうの横を通る」ってところで躓きましたという どうでも良いレスしかつけてなかったのですが、ドリル好きの私としては 上手く言葉にはできずにいたものの惹かれてもいました。

漢字ドリルって 個人的な趣味として好きなのです。
あたえられた文言のみで追想に耽ることがあります。
それが詩情になりえるなんて この詩を読むまでは 思いもよりませんでした。
みたこともない物を カテゴライズするとき人は とまどうものだと思います。

正直言って、わたしも 戸惑いました。けれど、これは詩です。
この詩が詩である理由のひとつは結語にあると思います。

>大昔
ほかのどの行にも 一度だされた語はないのに、大昔だけが反復されている。
少年が 「大昔」という語だけを二度 くりかえしたのです。この詩には遥かな視座があることに きずかされます。
 

[779]るるりら[2016 06/16 09:16]
ぜんぜん余談になるほど、たった今、★の意味を理解しました。
過去にしてくださった方々、わたし 理解してなかった。ごめんなさい。
 

[777]るるりら[2016 06/15 18:38]
●石村 利勝さま そうでした。詩の研鑚のために集っているのでございました。
作品を投稿させていただきます。

初夏の刹那
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=319554&filter=date&from=menu_d.php%3Fstart%3D0
 

[776]るるりら[2016 06/15 18:38]
●渚鳥さま
ケーリュケイオンの杖のことを教えてくれてありがとう。あなたは あのとき秘密だと
いっておられたので、わたしは あなたのことを商業高校卒業生かと 思いました。
理由は、その杖のマークは よく商業関係の学校の校章に使用されるのですわ。をっほほ
ねこあつめゲームの景品になったのは、たぶん まねきねこが商売と関係するからのような
そんな気がしますわん。ではまた
 

[769]るるりら[2016 06/15 12:34]
»766石村 利勝さんへ

贋作文太兄ぃの場合が最高です。文章を読んだあと声を出して笑ったのは、ひさしぶりです。
何年か前に 日本では「カバチタレ」というドラマが放映されたのですが、
個人的には、(カバチタレいうても意味は わかるんかいの)と、思っていたのですが
だからといって 翻訳できずにいたのですが、そーそーそういうニュアンスだなあ。
と、おもいあたり なんだか 心が 軽くなりましした。


バーチャル達川君は、ずいぶん昔からあるようです。ですが、達川さんは どうしておられるんでしようね。最近は、テレビでは おみかけしませんよ。でも、カープは 大昔のカープ全盛期を上回る人気ですよ。試合がある日の広島駅には 他県から カープの赤い服をきた大群が降りてこられます。なぜだか 全国的にカープファンが増えているようです。その調子だと広島弁がこの国の公用語になると思いますので、達川君は 伝説のサイトになると思います。
 

[767]るるりら[2016 06/15 10:58]
>>757渚鳥さんへ

「すべてのネットサイトは、使用上の注意をよくお読みになってご利用くださいませ♪」って いったことに対して、もうすこしだけ 話をさせてください。


>>755を読んで思ったのですが、
文学極道さんは、小学生には 向かないです。小学生にとっては、はっきり言って 間違いなく【悪】です。とは言いましても、文学極道さんに 投稿しておられる数多くの作品の中には、小学生のみなさんにとっても きっと とても美しいと思える詩編も存在しています。。
 にもかかわらず、小学生には【悪】だという私が断言できる理由は、文学極道さんというサイトが目指しておわれる方針が、小学生向きではないからです。

小学生のみなさんには あのサイトに訪問して 欲しくないです。
しかしながらネットの特性は だれでもアクセスできるという特性があるので、小学生のみなさんでも文学極道を訪問してしまうこともあると思いますが、それは お勧めできません。

もしも 渚鳥さんが小学生の身だったら、文学極道という場所の複雑さを理解しきれずに、きっと悪く解釈するだろうし、悪く解釈して当然です。小学生の身の人は、即刻 文学極道を退散すべきです。

もしも渚鳥さんが 大人ばかりではなく 小学生のみなさんにも ご自身の作品を読んでほしいと願うなら小学生のみなさんが 読むだろうと予測できる他の媒体を おさがしになったほうが良いと思います。

私は、「すべてのネットサイトは、使用上の注意をよくお読みになってご利用くださいませ♪」と、いいましたが、特に文学極道というサイトの場合は、そのサイトの特徴をよく読んでから参加する必要があると思います。 あそこには他のサイトには無い特徴があるからです。
 
 

[755]るるりら[2016 06/14 15:31]
渚鳥さん

え?渚鳥さんの意見は、
一、「 小学生が見ていると思うと なぜだか罪悪感にかれらるけど、
その反面、小学生の意見を ちゃんと聞いてみたい気がする。」

何を、渚鳥さんが 小学生に 見せたいたいような 見せたくないような気持ちかは、ソレは 蛾兆さんの作品かもしれないし
文学極道かもしれない。

わたしの意見は、
「すべてのネットサイトは、使用上の注意をよくお読みになってご利用くださいませ♪」って いいました。
 

[753]るるりら[2016 06/14 14:31]
文学極道に限らず、すべてのネットサイトは、使用上の注意をよくお読みになってご利用くださいませ♪
蛾兆さんへの酷評コメントを小学生に見せたいと思っておられる レスの書き手はいないと 思います。
それより、漢字ドリルが作品になるなら、ほかの活字媒体のなにかが 新聞記事も 作品に成りえると、私は おもったのでした。それで、おもいついたのはバーチャル達川君。https://tats.jp/vtatsu.html
バーチャル達川君というのは、様々な文章を 広島弁に翻訳するという翻訳ソフト搭載サイトです。
そして、それを利用して書いたのが下記のものです。

*******
尻を振って 腰をくねらせる。
中米ジャマイカじゃぁ レゲェに合わせて、踊るんが習わしらしぃんじゃ。
先ごろ訪れた安部信三首相も、誘いに乗ってダンスしたんじゃ。
ぎこちのぉても 笑顔を忘れず、波長を合わせる腰つきゃぁ「努力賞」もんじゃったんじゃ。

********
元ネタは、中国新聞2015.10.5の天風禄の記事を、バーチャル達川君という広島弁翻訳ソフトにかけました。この記事をセレクトしたのは、ジャマイカという国名が良いと 思っただけです。このスレッドで子供の話がでたので、よほど 児童憲章とかを翻訳させようかしらと おもったけど、
どうにも躍動感が なくて残念なので、こちらにしてみました。
 

[750]るるりら[2016 06/14 08:47]
ちなみに、文学極道の過去ログは、749を読んだあとで、検索して読みました。このスレッドでは、詩を 真似するだけが 脳ではないですね。
 

[749]るるりら[2016 06/14 08:37]
みなさん、おかえりなさいませ。
蛾兆さんの作品を読みました。
まさか、全文引用とは 思わなかったので
「とうの横を通る」の意味が さっぱりわからなかったです。塔か。塔ね、
と、思いました。とうの君の横を 通るのかと 思ってしまいました。
 

[740]ハァモニィベル[2016 06/05 22:31]
蛾兆ボルカさん

パスティーシュを、ジャンルとして分類してしまうと、二次創作的なものに
なってしまい、書かれたものはどうしても、オリジナルの魅力に劣ることが多い(そこに
挑戦するのでしょうが)ような気がします。性質上、オリジナルの魅力を超えててもマズイわけですから。

私のように、パスティーシュを、作品ジャンルとしてではなく、
創作上の実践技法として実用的な立場で捉えた場合、

オリジナルはただのキッカケであるにすぎず、元の作品から飛躍したものが
いかに書けるか、むしろ、独創性と発想力が問われることになります。


原型を全く感知させないほどならば、もうそれは純創作と言ってよいでしょうが、
敢えてオリジナルの手がかりを(わざと)残すとすれば、その場合は、
多少オマージュの気持ちが込められているか、あるいは、間テクスト性で原典の意味を含
ませたいが為の、教養ある読者へのヒントのつもり、といったことがあるかな、と思いま
す。

また、別の意図として、

私がメビウスリングでスレ建てしている
「前の人の作品を、『自分の詩』に翻訳する」スレッド
における私が書いた実践例はみな、創作技法としてのパスティーシュという立場で書か
れていますが、
 其処では、前の作品と後の作品を対照することで、後作品を書いた人の発想力や独創性
が明らかに示されるという狙いがあります。



私の立場(発想力と独創性を重視する)だと、
たとえば、

デュシャンの『泉』―→ これは泉である

に対して、

マグリットの『これはパイプではない』

に至るほど捻ってこそパスティーシュと言えるわけです。



 

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