塾の講師になって二年
はじめから
教えられることなど
何一つなかったのかもしれない
今日も一人の生徒が
僕のもとを去ってゆく
「高校へ行ったら、此処へは戻ってくるな ....
道路に似た人がいたので
間違えて歩いてしまった
慌てて謝ると
よくあることですから
道路のように笑ってくれた
よくあることですから
そう言って
許したことや諦めたことが
かつて自分 ....
朝起きると武士だった
(拙者、もうしばらく眠るでござる
と、布団を被ったが
あっさり古女房に引き剥がされた
長葱を{ルビ購=あがな}ってこいという
女房殿はいつからあんなに強くなったのだろう ....
真綿で体中を縛られて
それで私たちは生きている
あえいで あえいで
そう酸素だって 私たちにとって毒になりうるのだ
それが無ければ無いで
私たちは絶えてしまう
世界と私たちの境界は常に ....
夜行列車の車窓。
夜明け前の雪国。
宙に舞う風雪。
山々の裏に潜む朝陽に
うっすらと浮かび上がる
ましろい雪原。
( {ルビ転寝=うたたね}の合間
( 車窓の外に離れて浮 ....
しんかんせんが はっしゃする
ぐんぐんとはなれゆくきみのすむまちへ
ことばにならぬおもい
かそくするしんこうほうこうにさからって
きゅっ とくちをつぐんだまま
きみのことを すき ....
序章
薄くけむる霧のほさきが、揺れている。
墨を散らかしながら、配列されて褐色の顔をした、
巨木の群を潜ると、
わたしは、使い古された貨幣のような森が、度々、空に向か ....
山より落ちる一粒の
わずかばかりの水なれど
一つ一つとまた一つ
上から押され下へゆく
岩から岩へ結ばれて
わずかばかりの道なれど
下へ下へとまた下へ
道はつくられ道はある
落ち ....
くちびるの
置き場所を間違えた、夜明け
あなたへと無音で震える春が
無音で体温する春が
祈りを湿らせるので
耐え切れずに申し上げた春が
ぬくく、痛く、ここに
滲み始めるの ....
どんな夜にも月は鎮座して
炎と水とがこぼれ合うから
欠けても
ゆるし
て、
けものは静かに
帰属する
荒涼の異国を踏むようにして
夢見の鮮度に奪われて
....
幼子が堅く握った手を
僅かにゆるませるように
朝の光を浴びた梅の木が
真白い花を孵化させている
豪華さはないが
身の丈に咲く、その慎ましき花に
頬を寄せれば
まだ淡い春が香る
....
オレンジ色に染まる公園で
僕はひとりかくれんぼうをする
ぞうさんのすべり台の上で
数を百までかぞえても
僕を探しに来る子はだあれもいない
風が気まぐれに揺らすぶらんこの
長くのびた ....
キャッチボールする
子供のときのように
幼馴染と
キャッチボールする
幼馴染の大ちゃんの球は速い
少年野球やってたから
川島イーグルス
俺は 嫌いだった
疲 ....
静かな森に
命の眠っていく音が響いて
今日、一日の心音の数を
手のひら一杯に数えて
それを大きく
飲み込むように
明日へ繰り越すための挨拶をすると
その分だけ誰かが、ほどけていく
....
カップ酒飲みながら描かれる似顔絵を横目に
不忍池にむかって階段を下りる
もう大阪焼きの屋台はなくて
飛べなくなったオオワシが
うずくまって水面を見つめている
上野には
飛ぶ空がないのだ ....
雪が
裏側の碧を見せぬまま
降りつづけ
積もりつづけている
光が夜を昇る声
水を斜めに振り向かせる声
器のかたちに流れ去り
ふたたび器に満ちてゆく声
世界を ....
春の花を見つける
忘れないように匂いを嗅ぐ
きっとこの花が
私を飾る
だから忘れないように
匂いを嗅ぐ
夏の果実をかじる
熟す時期を覚えておく
きっと私が最期に食す ....
ぼくらは たがいに
記号に すぎないと
了解しあった あの場所で
待っています なんどでも
そこから はじめましょう
家に帰ると門が壊れていた
妻と娘が代わりに立っていた
家の中では妻の短大時代の
同級生だった山本さんがいて
食事の準備をしていた
十年ぶりですね、と言って笑った
煮物の味見をしてあげた
....
花の咲いた間だけ
とげに触れぬように
見張るように透明なコップに
移し変えたのは
空の下で枯れるすべての事から
逃げるためですか
守るためですか
とげよりもおそろしい指で
....
わたしの妻は冷たい。
どれぐらい冷たいのかというと、
夜中に妻の躯の冷たさで、
飛び起きてしまうほどである。
そんなとき妻に触れていたわたしの部分は、
軽い凍 ....
それはかなしいことだけれど
わたしたちは
ひとつになんかなれません
べつべつのからだのなかに
べつべつのかなしみがあるの
それはかなしいことだけれど
わたしたちは
いたみをわかちあえ ....
ぐらりと揺れたのは
景色じゃなくて私だった
見知らぬ若者に少し体重を預けバランスをとる
助けてはくれないが積極的に拒みもしない
そんな時代だ
電車を降りて足早に地下道を歩く
私の前には ....
美術の時間に先生が言った
「自由に空を描きましょう」
周りのみんなは水色を選んだけど
僕はオレンジで塗りつぶした
捻くれているわけじゃなくて
夕方の空が一番好きだから
....
青い月の下で
唇が切れると
錆びた味は生温く
舌先に現実とゆめとの
境目をおしえて
わたしが誰であったか
あなたが誰であったかを
思い出させる
青い月の下で
繰り返されるくち ....
たった一言の失言のせいで
創りあげたい美しい国の
議会はまた空転を続けている
かつての集団就職の金の卵たちが
機械化の波に押され
三高神話に駆逐され
猫もしゃくしも
大学と言 ....
ひとりの人間の哀しみに
わたしは立ち入ることができない
十日前に夫を亡くした同僚の
目の前を覆う暗闇に
指一本たりとも
わたしはふれることができない
( 背後から追い立て ....
今、発車前の夜行列車のなかで
この手紙を書いています。上野駅
は昔から無数の人々が様々な想い
を抱いて上京する駅なので、昔と
変わらぬ空気が今も残っている気
がします。
先程、少 ....
ドル箱という箱を見たことがないのですが、
それは米国製の米櫃でしょうか。
「おとといきやがれ!。」
ということは、
先日お伺いした時には、
もう了 ....
血、が、
腹の上にこぼれてとどまる
暗い おまえの血 月がこぼした おまえの血
おまえは笑っている
自分からこぼれ出た色の美しさに
おまえは目を見張る
血、は、
....
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