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批評しましょ (創作系)スレッドオペレーター:管理人預かり
 えっと、ひとの批評に対して、別の読みを書きたくても、スレッドタイプで書きこめる場所、あまりねーなー、感想スレで議論しづらいなー、と思ったのでスレッド立てました。議論OK。よっぽどの誹謗中傷でない限り、削除はしません。晒しもんにしますので注意してください。「未詩・独白」および他のスレッド会議室の発言で、作者が批評を期待していない発言への批評はなるべくご遠慮ください。
 一つの読みに対して、他の多くの異論が交わされることを願って。。。。。。
 評を書く際は、該当発言(または作品)のURLを明記してください。

[66]一番絞り[08/09 22:02]
以下の文章は「山田せばすちゃんの大根斬り」スレッド[78]あをの過程[08/08 23:32]
さんのものです。
これはわたしが谷川俊太郎のことを「エセ詩人」といったことにボルカさんが反論され、
それを「あをの過程」さんがわかりやすく書き直したものです。

  ごく簡単なことなんですが、谷川も寺山もやなせたかしも中島みゆきも
  松任谷由美も、僕やあなたの個人的意思にかかわらず、詩人だと僕は思
  います。なぜなら、彼らは<世間>に詩人として受け入れられているか
  ら。あなたが彼を詩人と思わなくても別にいいけど、それとは関係なく、
  詩人であるかどうかは結局<世間>がきめることであって、あなたとか
  僕とか誰か個人が決めることではありません。

これ、ぼくにはちょっと面白いので、にんしき論的に考えてみたいと思います。
私的な視点からの断定は唯我的であり、客観性がなく無効だということですが、
では客観的な世界を記述するとはどういうことでしょう。
私を離れて、私が正確な客観性を記述できるものといえば〈数〉のみでしょうか。
みかんの数、帯の長さ、ビルの高さ。などなど。
客観的にある事柄を事実として発言するには、定量的関係を複数の私的意識の主体の間で確認する手続きが
与えられている必要がある。
谷川を「詩人」と決めるのは、私ではなく〈世間〉というのならば、「谷川は詩人である」という認定が
〈世間〉の間で数量的に確定していなければならない。
さて、こうなると疑問が残る。
〈世間〉とはグローバルな世界のことではないだろうことはすぐにわかる。
世界規模で谷川俊太郎といってもだれも知らないに等しい。
また日本的な世界でもない。
日本人の全人口のなかで「谷川俊太郎は詩人である」と、ほんとうに心の中で認定する人
はどれくらい居るのものだろうか。
詩というものに親しみが無い人が多い今日の傾向性からみれば、詩に親しむ人は人口比的に
かなり少い詩ファンに限られる。
また極少数の詩ファンのなかにもわたしのように「あんなのは詩人とは認められないよ。人気はあるみたいだけど」
という人もいるには違いない。
とすると、私を離れて、谷川を詩人と決定する〈世間〉とは、案外とても狭い世界ではないか。

たとえば、わたしが私的に「谷川は詩人ではない」と考えているとする。しかし、それはわたしの勝手な想念であり
〈世間〉の評価の外にあるものであるというのならば
では、わたしと同じように考えている人とわたしが意気投合して互いに同じ認識を共有しあった場合、
そこには最小単位の〈世間〉が発生していることはどう説明するのだろう。
翻って、
谷川が詩人であることは〈世間〉が認めていることだ、というのはじつは谷川は詩人だと思い込んでいる人の
強固な手前勝手ではないだろうか?
蛍は科学的、客観的には昆虫の一種だが、ある人が墓参の帰りに見れば死者の魂の移りかわりと
見ることもある。
この場合、「おまえが蛍をいくら死者の魂の移りかわりだ」と主張しても、〈世間〉は蛍としか見ないぜと
〈世間〉論者は言うのだろうか。
そうならば、詩人とはいったいなんなのだろう?
そういう世間論者が詩を書いているということが、わたしには不思議でしょうがないのだ。
 

[65]石川和広[08/09 21:56]
>>64
誰の、何について、言われたものなのか、わかりませんが、、、??
 

[64]山田せばすちゃん[08/09 20:11]
だから痴話喧嘩だって言ってるじゃん、あ、ここは嘘専用スレッドではなかったか(笑)
 

[63]佐々宝砂[08/09 20:05]
―なぜ、有るものがあって、無ではないのか?
という言葉が確かハイデガーのものだったと思います。
一番絞りさんが書きたかった本は、んーと「存在と時間」でしょうか?
 

[62]一番絞り[08/09 20:03]
>あと、わざとかもしれないけど、「存在と無」ってサルトルの本ですよね。

そうなんですか、それは知りませんでした。
ほんとうに。
即興のおもしろさをねらって今日のお昼にぱっぱと書いてしまったので
隠し味を入れるのを忘れたりいろいろ悔いが残ります。
かといって推敲していると即興のテンポが
台無しになると思いました。
さて、ハィデッガーの著書はなんなのでしょうかね。
 

[61]石川和広[08/09 18:56]
>>60

そうだね。やっぱり、落ちの表現の工夫が、ないのが、惜しいね。

逆にかっこつけるならつけまくって、歌手で言うと、ガクトくらいまでいくとか。
ああなると、楽しめるね。
 

[60]ボッコ[08/09 18:43]たかぼ
>>57
批評詩ってよくわからないけれど、パロディ?

たまたま目に入ったので読んだ感想を書いてみます。
なんか色々語呂が良くて好きです。マンドリンのスネカジリってちょっと語呂的に楽しい。
でも硬い文章並んでる中で見るから面白いのかなぁ。単品で読んでどう思うのかはわからない。
ラストはかなりイマイチな気がするなぁ。やっぱり最後は自分がコケて終わるのが王道じゃないだろうか。それか、最後止めないで勢いだけで突っ走っちゃうか、そんな感じで。

あと、わざとかもしれないけど、「存在と無」ってサルトルの本ですよね。
 

[59]石川和広[08/09 18:27]たかぼ佐々宝砂
>>54 ご意見拝聴。

一番絞りさん、あなたの状況把握は、ある程度、妥当なものに思われる。

ボルカさんとのことも、私が見ても、そう思う。

ただ、私がわからないのは、<予定調和 という言葉の意味です。

私は、言い方は、混乱していたけれども、同じ穴の狢、といった。
私が気になったのは、彼らの、天皇制議論や、(それに端をほっした)批評論争が、見事なまでに、五十五年体制式の、懐かしの二項対立にしか、見えなかったことだ。
まさに、それが、予定調和的なのだ。
 私は、彼らが、これから、関係修復するかどうか、あまり関心は無い。
 異質な意見を持ったものが、本質的に対立することが、ちがいを確かめ合うことが、議論だと私は考える。

 ひとつ言いたいのは、悪い部分を、指摘しあうだけでなく、いいところは、ちゃんと褒めることも、批評の力だと思う。
 日本の映画批評を確立した淀川長治は、どんな悪い映画でも、いい所は、ひとつあるから、そこから批評を始めるといっていた。
 その点から、あなたの愛という言葉には、理があると思う。感情や印象も、深いところで、何らかの論理、その人なりのものの掴み方があるからね。

 あと、ひとつ、谷川は、あまり本質的な批判者をもたないから、あなたの詩には、理があると感じるが、谷川がある種の権威から、デビューしたのは、事実だとしても、谷川が
あの当時、独力で、書いたことは間違いないし、その孤独の深さは、やはり心打つものだったと思う。
 
 世間知ラズは、ぼくの買った初めての詩集だった。あれが、朔太郎賞を取ったことを、
あなたは、書いているのかもしれないが、谷川の、孤独は、お坊ちゃんならではの、孤独は、朔太郎に匹敵すると思う。しかし、ぼくだって谷川の嫌いな詩だって、たくさんあるからな。
 ただ、あの詩集の始まりが、父の死の影から逃れられない谷川の、裸の情けなさと、不安だったことはいっておきたい。まさしく見苦しさをまた、文にしてしまうかっこ悪さ。
これも文学だと私は感じる。

 
 

[58]佐々宝砂[08/09 17:09]石川和広たかぼ
>>57
社交辞令抜きで言います。あんまり面白い詩ではないと思います。この詩が自由詩として投稿されていたら、私はポイントを入れません。強いて言うなら、谷川シュン太郎(あえてこう表記しておきます)の台詞部分は面白いです。ええ、「おもしろい」と叫んでいるところは気に入りました。でも「ミツバチもどきどもの運ぶ養分を食らって」という部分はつまんないです。なぜここでまた「もどき」が出てくるのでしょうか。一人の印税生活者としての谷川シュン太郎は、本を買った読者やらテレビ出演を依頼したテレビ局やらからお金(養分)を頂いて暮らしてるのであって、ほっといても養分を運んでくるようなミツバチに養われているわけではありません。ミツバチまたはミツバチもどきという比喩は的確な比喩ではないと思います。谷川シュン太郎最後の台詞は、面白いと言えば面白いけど、この台詞、一番絞りさんの自己弁護だなと気付いてしまうと面白く感じられません。

私憤として書かれたにしては、誰に憤っているのかこれまでのレスを読んでも不明です。ま、実言えば名前が出てる部分はわかりますけど、私憤を抱くほどの被害を一番絞りさんが受けているかどうか? いえ、こういう詩に登場させられた面々の方こそ憤ってしかるべきなのでは? しかし私憤を抱くかどうかは個人の性格によりますので、私はどうこう言う立場にありません。「マンドリンのスネカジリ」という言葉から私が連想するのは「谷川俊太郎」ではなく、また谷川を擁護している掲示板の常連でもなく、むしろ「萩原朔太郎」だったりします。詩人は数おりますけれども、萩原朔太郎ほど「マンドリンのスネカジリ」という言葉が似合う人はおりますまい。

私憤でブンガクを書くタイプというのは日本のブンガク史上まれではない、と思います。たとえば佐藤春夫など私憤のカタマリのような人だし、こないだ亡くなった中島らもが某作家をめちゃくちゃ嫌っていたのも有名な話。要は、私憤であろうと義憤であろうと悪口雑言罵詈誹謗であろうと、面白ければいいのではないかと私には思われます。しかし悪口雑言罵詈誹謗でひとさまを喜ばせるのは非常に困難ですし、一番絞りさんの詩作>>57を読む限りでは、ひとさまを喜ばせる精神を拒んでいるようにも思えます。なにしろ「世間に媚びる快楽」を批判なさっていますから。では一番絞りさんは、こうして私憤を詩にすることによっていったい何をしたいのでしょうか。ご自分を表現したいのでしょうか。私憤をあからさまにしてすっきりしたいのでしょうか。この掲示板の読者を不快な気分にさせることで、溜飲を下げようというのでしょうか。そのあたりが私にはわかりかねます。あるいは私の読解力が足りないのかもしれません。

どうでもいい話をつけくわえておきます。あまりにどうでもいいことですけど。私は田舎の公立高校の出で、それも出席日数がやばかったので、センセーに頭を下げ学期末にレポートを提出し追試をいくつか受けた上で、どーにかこーにか卒業したのです。小学校高学年〜中学校二年までは不登校でほとんど学校に行ってません。さらに無関係なことを言えば私の夫は中卒です。谷川俊太郎は確か高卒でした。学歴や知識に関するコンプレックスは、私も充分にもちあわせております。かつては私もそうしたコンプレックスをさらけ出していたものです。あとで自分でみても格好いいものではないと気付いたので、そうしたものを出さぬよう気をつけることにしたのですが、今も気を抜くと劣等感丸出しになります。ああ気を付けねばと自戒するワタクシです。
 

[57]一番絞り[08/09 16:37]ボッコ
さて、詩による批評というものを試みてみよう。それも私憤にもとづく批評詩というものを。(笑)
そうだな...表題は「マンドリンのスネカジリ」。(爆笑

   マンドリンのスネカジリ

 舞台裏からマンドリンのスネカジリ登場
ぽろん〜と楽器を爪弾く

 ご大! ご大さま! どこにおいでですか、ご大さま!
 ああ、昏くてよくみえませぬ
 昏くてよくみえませぬ
 蛍光灯もこれだけ暗ければ世も末
 いや、もはや法滅
 何も見えませぬ 何も感じられませぬ
 そうだ! ...テツガクせねば!
 マンドリンのスネカジリ、ポケットからハイデガーの
 『存在と無』を取り出し、膝の上において
 マンドリンを
 「ぽろ〜ん」
 
 谷川シュン太郎 天幕の上より 
  (顔面神経痛に耐えながら)
  親のスネカジリ、いや七光りでこの壇上に出現したおれは
  おまえらミツバチもどきどもの運ぶ養分を食らって 
  もはや単純に詩人なんかぁーじゃないのだ
  だれにも届かぬところへ押し上げられ変容してしまった
  このおれを それでもけなすものがこの世ににいるとは
  おもしろい!
  おもしろいことだ!

 マンドリンのスネカジリのマンドリン、舞台の板張りに落ち
 マンドリンのスネカジリの頭が天に向かって仰がれるや
 ぼるカ、四輪車のオモチャに乗って横手より現れる

  「ぶー」
  黙らせたいんだ
  夜もおちおち眠れんのよ
  許せないなんだ
  あんな愚劣な詩論の持ち主がぬけぬけとあなた様の悪口をいい
  ぬけぬけと詩の批評なんかするなんて
  どうしても許せないんだ
  これは
  詩への冒涜です
  だからつきまとってやるんだ
  消してやる きっと
  ぼくのディスプレイの液晶画面上から
  あいつを

  ぼるカ 「ぶー」と去る

   一番絞りを捕まえた〜♪
   一番絞りを捕まえた〜♪

 お初、舞台右手より登場。
 《シュン太郎さま、詩に神さま、ついにこのアホを捕まえました》
 マンドリンのスネカジリ、瞠目する さっそくマンドリンを構えて
 「ぽろ〜ん」
 《ハイデッガーも理解できぬ無学なアホが〜 
  ご大さまの悪口をいいふらすなんて〜
  気の利いた返事のひとつも〜
  返せぬ間ぬけが!

   一番絞りにやにやしている

 お初、にじりより、にじりより、一番絞りのほおをハッシと打ち

 《世間様に歯向かって 世間様に背を向けて 世間様を嘲笑って
  それでおまえはまだ詩を書こうってのかい!
  このトウヘンボク!
  この成り上がり!
  この世間知らず!
  この大甘ちゃん!
  詩はおまえのような
  詩はおまえのような
  ノータリンのアホがやるもんじゃーないのよっ!
  さあ世間様にお詫びしな
  さあ世間様に頭を垂れな
  世間様がみとめるご大さまにひれ伏しな

   一番絞りにやにやしている

  谷川シュン太郎突如顔面神経痛激しく、天井より顔しかめて
  あいたいたいたー あいたたたたー
  おれは詩人だ あいたたたたー
  おれは詩人に間違いないのだー あいたたたー
  どうしておまえはそれを認めぬ
  世間が怖くないのか
  世間に媚びる甘味な快楽をしらぬか
  権威だぞ
  権力だぞ
  あー、なんだその目は なんだその目は
  おまえ、ゆるせぬ 殺す たたき出すぞっ!
  この世から!
  マンドリンのスネカジリ! 
  こやつにスネをカジる愉悦を説いてやれ!
  親のありがたさを説いてやれ!
  権威のすごさを説いてやれ!
  その上でまだわからねば

  「まだわからねば?」

  追放だ

  一番絞り
 「あー、つまんねー。出演者がつまらなさすぎる」
 「おれはこの舞台、途中で降りるぜ」
 
 谷川シュン太郎
 「や〜んぺだと? おいおい、けなすお前がいなければおれはどうなる」
                 


  
 

[56]一番絞り[08/09 15:04]佐々宝砂
>でも、わざわざ喧嘩腰になる必要もないのでは、と思います。[55]ミント

ミントさん、このご発言、よく承りました。
たしか羊羹なんか作るときにも、少し塩を入れますよね。
でも、塩が多すぎると不味い。
隠し味は、ほんの少しがいいのですよね。
ハンセイ。
 

[54]一番絞り[08/09 14:42]佐々宝砂たかぼ
石川和広さん
>同じ穴の狢なので、平行線をたどるの当たり前だよ。対話不成立!

ぼくはこういう断定がよくわからんのですよ。
あなたとだれとの間の対話が不成立なんですか?
他人のあいだに対話が成立しているかどうか、そんなことを第三者が断定するのは
余計なことじゃないでしょうか。
というのは、じつはわたしは※さんと山田さんの間には、なごやかな対話はそりゃ無いけど
底流には関係修復を求めて対話を交わしているのだなと思えるところがあるのです。
確かに、山田さんは「つばをかけてやる」と※さんに発言し、※さんはそれに対して当然の
感情的反応を返した。
しかし、もしもほんとうに山田さんが※さんを相手にしたくないのなら、詩の批評をしたりしない。
それも※さんにとって一番程度の悪い詩をわざわざ選んで批評するというのは、逆に言えば
相手の感情を逆撫でして関心を向けさせる所業でしょう。関心があるのですよ。
また※さんも、もう山田さんに関心がないのならいちはやくその批評に反応はしたりしない。
そこには底流になんらかの修復を求める動きがあったのだと思う。
だから、なんだかんだといいながら、わたしは両者のやりとりを微笑ましく眺めていた。
対話というのはなあなあムードで、予定調和的になごやかに進むものばかりが対話とは限らない。
現にわたしは山田の大根斬りでしつこくボルカさんらに、からまれている。
わたしもそれなりに、からみ返している。
傍目から見ればなんて低劣なやり取りをしているんだろう、と見えるだろう。
しかし、わたしは内心、考えている。
ボルカさんはわたしをクソみそに言いながら、どうしてこうもしつこく関わってくるのだろうか? と。
そこで、じつはかれがわたしにとても関心をもっていることがわかる。
おそらくかれは憎しみと同じくらいにわたしに一種の愛情を抱いているのだろう。
それがわかるから、わたしもそれなりに対応している。これは決して「対話不成立」ではないと思っているからですよ。
対話なんてのはそんな奇麗事ばかりでは済まない事もある。
もしも、和やかムードの対話ばかりが要求されるのだとすれば、そこにはうそが混じることになるだろうと
思う。

話は変わるが、私憤としての批評があるのなら、私憤としての詩作ってのもあるだろう。
一度、そういう詩を書いてみようと思っている。
 

[53]佐々宝砂[08/09 03:58]
対話を拒否されたら、ほとんど何も言うことができない。多くの場合、相手が求めるものつまりは賞賛か慰めか共感だけを聴いてもらえる。そのほかには、何を言っても聴いてはもらえまい。それでも、黙ったまま相手の話を聞いていることはできる。なので私は黙ろうと思うのだが、私は黙っているのが得意ではない。

私は口を半分ふさがれたお喋り機械だ。
 

[51]一番絞り[08/09 01:47]
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=3878
「LOVE SONG」あをの過程

世の中には「詩みたいなもの」というのがある。
「詩みたいなもの」というのは何だろう?
たぶん、それは歌と未分化なものだとわたしは思う。
いや、歌そのものといってよい。
多少の世界との違和があるからといってなにがなんでも現代詩などに
手をそめることもないのだ。
このように、マンドリンを鳴らし、歌を口ずさむのもよいではないか。

 おいおい、マンドリンを抱えた親の脛かじりさんよ。
 おれだって真面目に議論したいのはやまやまだよ。
 しかしねえ、発端がいいがかりにもとづくものだったものに、
 途中でまともな議論をせよと強要するのは、ちんぺらの所業だぜ。
 わだかまりの残ったまま肩に手をまわして、ま、いいから話を聞けよと、
 そんなわけにいくか、ぼけ。
 てめえのように、てめえでメシを食ったこともねえ〈世間〉知らずが
 おれに一端のクチをきくのは100年早いんだよ。
 てめえのこの詩をみてみろ。
 そんなことだから、抽象的な箸にも棒にもひっかからねえ
 生活実感のないものしかけねえんだ、ぼけ!

 出直して来い!

なんてことを言ってはダメだ。
この[詩みたいなもの]を読んで、深く反省するのだよ、ぼくは。
 

[48]石川和広[08/08 23:59]たかぼ
※さん、山田さん、あんたがた、いい加減になさい。

批評が、私憤から始まってるか、どうかなぞ、議論の体裁めいたものを言うておるが、
単なる意地の張り合いにしか見えませんぞ。

※さんも、山田さんも、硬直した自分の正義をぶつけあって、

単なる言いがかりの付け合い!

こういう不毛な議論は、つらい。そんなしてても、昔の与党と野党の関係みたいで、なんか堂々巡り。

 山田さんの「唾」云々もそう。皇后に、代理母を使ったらと提案した※さんもそう。
ふたりとも、他人事だと思って、酷いことばかりいってる。

 同じ穴の狢なので、平行線をたどるの当たり前だよ。対話不成立!
 

[47][08/08 23:05]
追記。
 山田さん、私は貴方の批評を私憤まみれなどとは思っていない。ただ、発端にそれがあったのではないかと睨んでいる。勿論これは想像の域を出ない。発端は批評に根ざすところにあるべきだと思っている。が、これは「終わりよければ〜」の考え方を否定し兼ねないので、絶対悪とは言えない。・・・結局グレーの話だな。これも。
 

[46][08/08 22:58]
 部分、訂正すべき個所があったので、ここに記す。
 以前「批評とは私憤を含むものであってはならない」と書いたが、これを「批評とは私憤が主であってはならない」に訂正する。
 勿論、実際にそれを主として書かれておりながらも高い評価を得るものがあるのも承知の上。それは何故か。読みへの偏りが出る怖れがあるからである。これに関してへの反論に何が出るのかは想像に難くないが、敢えて申し上げておく。
 フォーラムが山田さん特有の罵声や切り捨ての批評に対して開かれた場であることは承知しているが、ともすれば余計な「いさかい」の一因ともなりかねないのであれば、本末転倒だと思っている。それは過去に私自身が批評を行ってきた上で身を以って体験していることだし、これによる圧轢に苦心された方も大勢いると思う。こんなこと書いたところで、彼からしてみれば「発表することへの覚悟の無さ」で片付けられるような問題なのだろう。が、皆、今一度「批評することに無駄な傲慢さが出てはいないだろうか」を問いただす必要はあると思う。たとえ強く自覚しているつもりであっても、だ。
 (私は以前、自分のサイトで批評を行っていた経緯がある。批評の〆に、親しみを持たせた言葉(それでは、を、ほいたら、と記したように認識している)で締め括ったところ、それを「不真面目で不謹慎な行為」だと激怒されたことがあった。言葉とは、かように難しいものなのである。また、添削又はそれに順ずる行為も、同程度かそれ以上の危険性を有している。)

 最後に繰り返すが、これはグレーの話である。彼は黒ではないので、この話をすればするほど、私が損をするだけである。自分がどんどん落下しているのが分かる。それでも敢えて言っている、この意図について考えて戴けたら、と思う次第である。(以上で、これに関する話は終わりにする。勝手に終わって申し訳無いが、これ以上は反芻にしかならない為である。)

 安藤さんへ。彼の意見の中にも、私のイメージを下げるものは含まれております。それに対して、私も反論しない。この問題は彼にとっちゃ解決してるようなもの(論じること自体がどうでもいいレベルなもの)ですから、それ以外の方々に対して発信したいのです。
 

[45]一番絞り[08/08 22:22]
>43
>一方的な主張ならよそでやってください。

どうもこういう言い方ってのはカチンとくるな、他人事ながら。
一方的な主張というけれど、読み手が必ずいるんだろう?
読むということは、つまりは交流だ。返答を返す人がいるかもしれないし
いないかもしれない。それはだれにもわからない。
しかし、何事かが、一方的であろうと書かれたということは一方的ではない。

かならずだれかの反論なり、反証なりに返答することを義務付けるべきでないし
一方的だとかどうだとか、それこそ一方的な価値判断だ。
じゃあ、いままでわたしがここに書いた批評は一方的なものだけど、メールでやれと
いうのか?
こんな意見に同意するひとちたも含めてちょっとおかいしんじゃないか?
どうして場というものを、そう息苦しく息苦しくしてゆくんだい?
まったく、気がしれないよ。
 

[44]山田せばすちゃん[08/08 02:44]
どうしても俺の評論を私憤まみれのものだと決め付けたいのね、少なくとも疑惑は拭い去れないってその線だけは死守したいのね?
んじゃ、俺は最初に取り上げたミントさんにどういう私憤があるの?君の詩の批評もミントさんの詩の批評も同じスタイル、同じ手法だぜ?
どうして君の詩にだけ私憤をこめてる、と君は確信できるの?こめられてなくちゃならないという哀しい負の自覚があるの?
つか、私憤をこめるも何も俺は最初っからそんなめんどくさいことしなくったって君のこと差別者め!って糾弾して唾はきかけてるんだからさ(笑)私憤は私憤で健全に吐き出させてもらってますよ。なのに今更なんでそんな巧妙な技をつかわなくちゃならないのよ(笑)
別にもういいよ、君の非論理的な返答は。
天皇制擁護のときと一緒じゃん、どうしてもそうでなくちゃいけないものなのだって、それで終わりなんでしょ?それで押し通すんでしょ?
こっちはフォーラムの中での君の立場まで考慮して、忠告してるのに、どう受け止めるかだけの問題だって、↓安藤君みたいに受け止められてますよーそれでいいんですかー?
 

[41]石川和広[08/07 23:08]
ボルカさん、僕は、実際かつて有井さん見たこともしゃべったこともあるけど、作品に対する姿勢はきびしかったー! 一番搾りさんのいうように、かっこいいかった。でもガハハしたりもして不思議な人だった。 ここは、批評をするところだから、これぐらいにして。 一見肉感的にみえて、タッチは繊細で淡い。抽象と具体の微妙なあわいを描いてるけど、実は、一貫して、分裂よりは、葛藤や対象への戸惑いを痛みを描く、関係性の詩ではないだろうか?彼の生を賭けた…
 

[39][08/07 22:04]
>36
 いかに挑発されようと、そこに印象操作までされようと、貴方と重箱の隅の突っつき合いをする気など、更々ありませんので。ましてや、これは黒ではなくグレーの話なのですから、尚のことでしょう。

 貴方が公的な問題だと理解している部分は、そのスタイルに依存することで私憤をぼやかしているのではないのか。私には、そう思えてならないのだが。ま、それは受け取る側の見方に任せよう。

 繰り返し言うが、貴方からの回答など要らない。このような出来事があった、それを提示したいだけであり、あとは読んだ方々がどう受け止めるかの問題だと思っている。
sage
 

[38]片野晃司[08/07 17:10]
作品の一番下にあるカメラのアイコンをクリックすると作品そのもののURLがわかりますよ〜>一番絞りさん
sage
 

[37]一番絞り[08/07 15:52]
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=9786「ひとふさの乳房を」
苦情、苦笑、罵倒、怒号の嵐のなか、[22]のつづき。

大阪にある、その詩の学校に入ってすぐのことだった。
有井いずみさんの作品の合評があった。作品はここにも掲載されている
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=9245「水母市」だった。
これまた難解な詩です。
わたしはそれまで現代詩を読んだことがないし、書いたことも無かった。
読み込めるわけがないのだ。
しかし、偉そうに振舞っていた手前、そうそうたるメンバーを前に、いかにもそれらしいことを
言わねばならなかった。
発言の順番が巡ってきて、内心汗をかいているわたしは突如、この作品の助詞に注目した。
それは天啓のひらめき? ともいえる苦肉の策だった。
そして、無知が幸いして口からでまかせを滔滔と並べ立てた。
いまでは何を喋ったかよく覚えてないが、よくもまあ、まるっきりの素人がプロを前にあれだけ
出鱈目をぺらぺら喋れたものだと自分で感心している。
助詞というのはもちろん、「てにをは」(「てにはを」?か)のことだが、この助詞がかれの詩表現を
固く縛っており、ふわふわとした表現が勝手にどこかへとんでいかないように
強引に方向性をもたせようとしている(多分)
ことに注目した。
で、わたしは大勢の前で宣言したのだった。
「かれは、何かわからないけれども、どっちつかずの意識にふたつに引き裂かれており、非常に不安定な
股裂きの精神状態の中にいる」と。
まったくのあてずっぽうだったが、これは詩の批評を離れてある意味的を射ており、少
なからず有井いずみさんの表情を青ざめさせるものがあった。
当時、有井いずみさんは豊川悦司そっくりで、スマートで男らしく、頭はよく、歌は上手いし
踊りはうまいしで
女にモテモテだった。
わたしは大阪の「トヨエツ」にあやかりたいと、かれのあとを金魚の糞のように付いて歩き、
ときどき、といっても二、三回だが酒席を同伴させてもらう栄与にあずかった。
しかし、多分わたしの批評の一撃によって、かれは自らのなかにある女性性にはっきりと目覚めたのである。
この合評のあとから数年してかれはジェンダーであることを表明し、厳しい逆風に耐えて女性になってしまった。
男のなかの男として畏敬し、また、現代最高の詩人として尊敬していた方が、あれまあ、妙齢の女性に
孵ってしまったのだ。
これは、まったく何も気がつかなかったわたしにとっては衝撃だった。
詩からはたしかにそういう分離を感じてはいたが、まさか、だった。
翻って思うと彼女のかつての詩にはそういう個的な肉体と精神の相克という主題がいつも
精神の破綻の瀬戸際に危うく存在していたのだ。
そういう位置からあらためて「ひとふさの乳房を」を読むと、やはり「生理」と「ことば」の綱引きが
相変わらず行われており、しかし、とうとう彼女の詩のコトバは書き手から離れてゆくのだなと
感慨深いものがある。
つまりこの詩は、書き手の、かの詩のコトバとのお別れの歌ではないかと思われる。
(続く)

                               
 

[36]山田せばすちゃん[08/07 15:41]
>貴方に逐一の反論など求めていない。
出たよ(笑)
自サイトでは削除すれば済むけれどもさすがにここではそうもいかなかったが故の「お前のいうことなんか聞く気はない、一方的に書き込むだけだ」攻撃ってやつですか?

>事実を示す必要性があると実感したので
事実誤認を指摘しているんだが、確認してくれたかね?確認してくれたら訂正を入れてくれたまえ。いや別に謝罪をしろとまでは言わないよ、俺は寛容だから(笑)

で結局なんだね?
みんな誤解のないように気をつけて評論書こうよ、とその程度の公的問題だったのかよ、疲れるなあ、まったく(苦笑)
そんなことは多分みんなわかってるよ、俺だってわかってるもん。
俺はわかった上でスタイルの問題としてこういう書き方を選択してるの。もちろんこのスタイルに伴うリスクだって覚悟の上で、の話だけどね。このスタイルが気に入らない人も、面白がってくれる人も両方いるであろうことも認識してます。で、このスタイルが気にいらねえという意見にはいちいち個別で対応していくんだよ、今回みたいに。だから君にご納得いただくまで説明はやめねーぞ(笑)見ないのはそっちの勝手だが、書くのもこっちの勝手ってもんさ。
俺としてはこのあと批評に私憤が含まれているとどうしていけないのか?という話についてもやりたいのだが、どうやらそっちは君の言う「公的」な問題ではなかったみたいなのね、残念だわ。

それでもって※くん。
>何よりも、状況ってのは刻々と変わるんだから、昔のプロフを持ち出してきて今を論じるなよ。
と賜った君だから、最新の発言に基づいて提案するんだけどさ、だったら正しい異議の述べ方は、「山田さん、あなたが意識的にやってるそのスタイルで、私は傷ついたから、今後は私の作品を扱わないでくれ。」なんじゃねえの?
全然公的じゃねえじゃん(笑)下手すりゃ私信で済む問題だぜ?

私はこんな目にあった、あんな目にあったって、そんなことでピーピーピーピー騒ぐなよ、みっともない。そんなこと言っても誰も同情してくれねえぞ?つかもしかしたら同情されたくってここで書いてるのか?山田にこんな目にあった、こんなにも言われたとか書いといて、俺からの直接の回答はいらない、ってことはどういう了見なんだかねえ。
 

[35]田代深子[08/07 13:34]一番絞り
有井いずみ「ひとふさの乳房を」について


 自分の身体の一部に、違和を感じる場合がある。たとえば痺れ
きった足や切ったばかりの髪など、いくども指で触って確かめる。
それが自分の輪郭の一部だということは承知のうえで、むしろその
違和感を確認する。
 乳房の重さとはいかなるものであろうか。それを持たなければ手
に余る大きな存在であろう。が、湯に浸かり、自分のそれを両手で
持ち上げるとき、むしろ軽さ、それから掌に乗るほどの小ささに、
すなわち自分の身体に収まる程度の存在であることに驚く。指は身
体の輪郭をいくどもなぞるだろう。エロティシズムが、この違和感
にともなって生まれてくる。
 指が触れていると思っている乳房は、愛撫する女のそれではない
が、自分のものであるとも確信できない。確信できない身体は、で
は何者なのか。「自意識の器」か、最初の性愛対象か。いずれで
あったとしても、違和感を確認したのち同一化を図るためには、エ
ロティシズムは経由せざるをえない。


  ぼくの/は/女の/息子に/抱きしめたい。
  その毛髪にしたたる精をしたたか吸っただろうに、掬いあげただろうに
  てのひらを合わせ、接吻をくりかえすので、母のようでした
  最中には、やわらかな指が
  指もまた唇の、わたしの行方でした


しかしここには倒錯、もしくは錯誤がある。乳房を持つ母として息
子を抱き、違和を感じる息子として母の身体を指でなぞり続ける。
観念は女=母、男=息子という近代の構造にいまだ深々と囚われて
いることを露呈しながら、すでにしてその身体はとうに男女の性、
そして自己の同一性の混迷の場と化しているのだ。(だからこそエ
ロティシズムは過剰に存在する。)違和へ同一性をもたらすため
に、たとえば夢に描くような美しい乳房を導入しもしよう。だが、


  傷みをともなうけれども、破かれる終章など
  ありはしなかった


のである。カタストロフィはなく、むしろ乳房は違和感のかたまり
として「ぽっかりと浮か」び続ける。
 「コトバ」「モノガタリ」と片仮名で表象されるところの言語が、
この乳房に似ているようだ。それらは「やわらかい」、「雲のよう
に」「浮かべられ」るものであって、「わたしをはなれ」てしまう。
異物をなぞって「これはこれこれです」と形=言葉にしてみれば、
とたんにやってくる違和感。言語とはそのようなものだ、と言い放
つこともできる。言語は、おのずから発したのちは、他者との間隙
に立ち、他者の言語としても共有されるはずのものであるのだから、
同一性にくみするものではありえない、と。
 だがこの作者は逃れがたく希求している。その違和する身体が、
そして言語が、やわらかくしっかりとした重みと熱を持ち、「自己」
を確たる存在たらしめることをである。あるいは、初めて発見され
ることをか。しかし希求が悲哀を帯びるのも事実だ(それこそが有
井作品に美と品格を与えるところのものでもあるのだが)。現にな
いもの、ありえないかもしれないものを求める、その欠如のなかで
こそ想念は分岐し、さまざまに言語が変容し、ときに詩となる。
 詩を欠如の表象だなどと言ってしまったら、有井いずみは怒るだ
ろうか、笑うだろうか。

                          2004.8.7




(有井作品評なんて...びびるって...)
 

[34][08/07 13:29]
 ということで、どうぞ、有井いずみさんを続けて下さい。お目汚し失礼しました。
 

[33][08/07 13:26]
>32
 貴方に逐一の反論など求めていない。
 貴方も理解している通り、これは自衛手段の宣言である。
 それを宣言すると共に、非常にグレーな批評が起きていた事実を示す必要性があると実感したので、掲載に至ったまでのことだ。
 貴方は繰り返し黒じゃないことを主張するが、今までの一連の出来事がある以上、貴方の批評姿勢から、それを演出と見るか私憤と見るかは難しい判断となる。(繰り返しになるが、だからこそ構造さんの「これは、どうしようもない」旨の発言が出ていた。)

 で、結局のところ何が言いたいのかと言えば、もうちょっと考えて批評すべきでは、と。安易に疑われるような文章(部分)の書き出し方は控えるべきなんじゃないのか、と。勿論これは山田さん個人に向けた言葉ではなく、この出来事を見知った皆様方に自覚して貰いたい言葉(批評姿勢)である。(・・・これ、私が書けば要らぬ誤解を招くだろうから、書きたくなかった部分なんだけどね。)
 

[32]山田せばすちゃん[08/07 10:32]
有井いずみ進行中だが、すまん!
白糸氏がこっち使ってもかまわん、といってくれた上に※君もここを離れたくなさそうなので雑談スレッドの発言をこっちに移動する。

やれやれ、まず発言19のほうの
>しかし、ただ一人、山田さんだけが、彼を援護し続けていた。非難や難色、嫌悪等は一切表していない。
についてはニューススレッドの俺の発言[371][373][547][567][568][571]を参照していただきたいのだが、俺は一貫して作家論そのものを規制するような真似に反対しているだけであって一番絞り氏を擁護した覚えは一切ない。非難や難色を一切示してないというのも事実誤認である。

>己ずから関係を絶っておきながら、何故、私の詩を批評し始めたのか。そこに私憤が一切無かったと、誰が言い切れるだろうか。(ちなみに山田さん、唾吐き行為に対する謝罪が無いので、私のサイトへの書き込みが禁止されていることも、付け加えておく。)

己ずから、はいうまでもなく、自ら、の誤用だと思われる。一切なかった、とは誰にも言い切れないだろうけれど、じゃあ、あった、と言い切っているのは誰なのか、君だけだよ(笑)俺は目の前に突っ込みどころ満載の詩があったのでつい飛びついてしまいました、といってるじゃないか、ついでに言うと俺は君に評価されてもうれしくはないのでやめてくれ、とは言ってるが君の詩を批評しないとは言ってないけどね。ああ君の作家論をやるつもりはないと明言してるか、でも俺は君の詩を単品で取り上げて、しかも批評に当たっては君の幼稚な思想等になるべく言及しない、と「自ら」ルールを設けているんだが、「赦す」の解釈に天皇を持ち出したのがそんなに気に入らなかったか?俺は字義を明らかにしただけで、君の天皇制擁護の思想の是非には一切触れてない、批評中に君を差別者と糾弾してもいないし、それどころかわざわざ天皇という言葉を権力と言う言葉に読み替えた上で、字義からしても作中の「赦す」の定義には違和感を覚える、その違和感の内容はたとえ話をすればこれこれだ、と述べているに過ぎない。作品の機能分析においては、触れるべきではないことには触れないのだ。なんかこの「赦す」の字義解釈については白糸女史が辞書引いて、ついでにてぐすね引いて何か言うべくスタンバってるようなので俺としてはそちらにちょっと期待もしてるんだが。で、「ちなみに」以降の括弧書きを俺の批評が私憤に満ちているという傍証にしようというのだろうが、俺が君のサイトで書き込みを禁止されていることが、なぜ、俺の批評が私憤に満ちていることの論理的証拠となるのかわかりやすく説明してはくれないか?君のサイトに書き込めないことを俺がそんなに憤っているとでも言うのか?だから、意趣返しに君の書き込みを制限できる自身がスレッドオペレーターを務めるスレッドで君の悪口を書いているのだ、とでも?ゲスのかんぐりはやめてもらいたいものだ。大根斬りスレッドは、印象批評ではなくて、詩の作品における言葉の機能について論評することを目的としている、俺自身にとっても非常に重要なスレッドであり、重要であるからこそ、サイト管理者を含めた議論を重ねた上で創設したのだ。いちいち君の悪口を書くためにあるスレッドではないので、そこのところをよく承知してくれ。

以降は俺が「有罪」(苦笑)であることの確証がないことを自ら認めた上で、自衛のためにこういう手段をとる、と宣言しているようだが、そんなもんなぜわざわざ白糸スレッドまで出張して宣言しなくちゃならないのか、その必然性はなんなんだ?もともとの土俵である大根斬りスレッドでさえ、俺は未詩には手を出さない旨明言しているのだし、実際に当該作品の批評を公けにすることは中断している。
これが公的な問題であるというのならば君は「思想糾弾を目的とした詩の批評には承服できないので、以降、批評を制限される未詩カテゴリーにおくことにする」と宣言すればいいだけではなかったのか?俺がどうしたこうした、だの、一番絞り氏がどうしたこうしただのと書き出した時点ですでにそれは君の私的な問題でしかなくなっているし、むしろ、そういうことを書くこと自体が君の私憤の現れである、ということになぜ気がつかないのか、俺には不思議でしょうがないんだが。

> 詩への批評がどのような形態にあっても構わないが、個人的な私憤を含むものであってはならないと思っている。

ってじゃあ全然どのような形態であっても構わない、とは思ってないんじゃん(笑)
ついでに言うと「個人的な私憤」というのも表現が重複してるよ。
批評が私憤を含んでいいのかいけないのか、という問題に関する俺の見解は先ほどの発言[547]ならびに[567]を参照されたい。などと書くと、それが今回の批評に私憤が入ってることの間接的証拠だ!なんて鬼の首とったみたいにはしゃがれても困るのだが、俺は批評の動機はいかなるものも等価であるから認めねばなるまいよ、という一般論を申し上げているだけなのでそこのところ誤解ないようにね。

あー忘れてた。
>あと、人様のサイト運営を揶揄するのは止めて貰いたい。貴方が自身の唾吐き行為を謝罪すれば、書き込み削除は解除される。それだけのことだ。

って、君自分自身のこと「人様」って書くんだ?やーね(笑)尊大にして、権力的だわ(笑って感じで、俺が揶揄したい点といえばそれだけだね。ところで俺のその前の発言のどこがサイト運営を「揶揄」してる部分になるのかな?俺は「禁止されています」といういかにも客観性を装ってるような物言いに「反発」してるだけで別段そのことを「揶揄」してるつもりは全然ないんだけど・・・ところで君、「揶揄」ってどんな意味だか本当にわかってる?

やゆ 1 【▼揶▼揄】


(名)スル
からかうこと。なぶること。
「政治を―した戯評」



三省堂提供「大辞林 第二版」より

だよ?
ちゃんと辞書引いてねって、何回目だろうね、君にこれ言うの。
それからね、別に書き込み削除されてても俺はなんら痛痒を感じてはいないし、はなっから謝罪しないよって言ってるじゃん、そんなに俺が君のサイトに書き込みたがってるとでも思ってるの?本当はね、いやだけど、一回一回それぞれの必要性に駆られて口出ししてただけのことなので、別に削除措置を解除してもらおうなんて思ってません、したがって繰り返しになるけれど、俺が君のサイトで書き込み制限をされているという事実は、俺が君の詩の批評に私憤をこめたことの傍証とはなりえませんので、念のため。
 
 

[30][08/07 08:51]
>28
 一方的な非難ではなく、ニューススレでの一連の出来事を拾いあげただけですよ。

>25
 批評の在り方への議論であり、発端も批評なのだから、決して場違いでは無いと思われますが。
 

[29]片野晃司[08/07 08:04]石川和広
うーん、長々と例え話を書いてるけど、弱音を吐いて逃げを打ってるようにしか見えないなぁ。>>27一番絞りさん
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=9786「ひとふさの乳房を」
もともと、詩は詩人のみが読むためにあるものではないので、読者としてもっと気楽に批評すればよいのではないかな。といっても、知り合いだとか友達だとか、いろいろしがらみもあるので書きにくいこともあるとは思うけど。
 

[28]一番絞り[08/07 07:53]
[21]※さん
>いかなる批評であれ、私憤・思想糾弾等を含むものであってはならないと考えている。

とのことですが、わたしの感じでは批評というのは私憤や思想糾弾を本来含むものですよ。
含まれてもいいし、含まれているほうが面白い。
たとえばあなたのここでの発言、「批評しましょ」に書いているからには一種の批評ととれますが
私憤が混じってませんか? 思想糾弾、ありませんか?
ま、そんなことはどうでもいいんだけど、おれがあなたの考え方の根本にちぐはぐなものを感じて
より詳しく知りたいからあなたの詩を読んでその辺りを読み解きたいと発言したのを
一方的に、非難するのはどうかと思うよ。
また、山田さんがわたしの味方をした!? ようなことを言っているがそれはおかしいよ。
おれは終始山田さんには批判的だし、山田さんもおれなんかを相手にしておらんだろう。
 

[27]一番絞り[08/07 07:39]
>23
>ここから具体的な作品分析に入るにしてもこの前振りだけで読む
>気がなくなっちゃいますよ。

いや、それはそうでしょう。あなたのご指摘のとおりです。
わたしも昨夜はビールを相当数飲んでいてちょっとつまらないことを書いたと
反省している。
でも、
べつに弁解するわけじゃなくてね、わたしのようなズブの素人が現代詩の最先端と渡り合える可能性を
しこしこ試みるってのが、他のズブの素人のひとにとっても大事なんであって、
現代詩が一握りの言語ゲームに達者な人たちのものである限り
現代詩はますます狭い場所に嵌ってゆくんじゃないかという思いがあるわけだ。
だから、ズブの素人であるわたしがこのような最先端の作品を批評する場合、数学で言えば
高等数学を微分積分みたいなレベルに解体し、
さらにそれを連立方程式に変換してから、いわゆる掛け算足し算のレベルに広げて語る
ということが大事だし、それによってズブの素人であるわたしには得るものもあるわけだ。
わたしにとっては批評とは、どこぞのえらい人がやるような高等数学的なやり方がすべてではなくて
ズブの素人にもできるさまざまな可能性を試してみたいと思ってやっている。
高等数学の公式で、さっと解ける問題を、
足し算引き算レベルで長々とやられると見苦しい点もあるかもしれない。
それは申し訳ないが、ま、ここはスレッドオペさんもいうように様々な試みを許してくれているので
長い目でなんとかよろしく頼みます。
 

[26]白糸雅樹[08/07 04:09]
>>20
>>25

 批評ってしんどいんだよね。時間かかるし、難しいし。スレッド立てといてこういうこと言うのもなんだけどさ。だから、人がどんどん書いてくれるのを読んで、喜んで読んでます。

 というわけで私はあまり書きこまない(爆)が、この部屋を使えることなら利用しちくりぃ。

 信用失うのも恥をさらすのも、発言者の自己責任だと私は思ってる。(私自身だって、発言するたびに怖いわさ。)※さんとのやりとり、雑談スレで話進めたいならそれもいいけれど、このスレッドの主旨に反するやりとりとは私は思わないので、おおいにやれやれ、と思ってますでし。(雑談スレに場を移しての発言も読んだ。)

 あたしゃ、全ての発言に対して、全て思ったことを書くことはできないので、放置プレイになるかもしれんが。(「放置プレイ」って語を使うのは大村さんからのパクリ)

 んでは。「赦」「許」についての発言はちょと待ってね。運悪くめちゃ忙しい時期に同人誌の批評の順番(名簿のアイウエオ順で回している)がめぐってきてしまって、そっち先に書いて入稿しなくてはならないので。

 基本的に私は亀カメの人なので、コメントリンク使えないこの会議室で、話題が読みづらくなることに関してはごめんなさい>おおる  なるべく参照先は明記するようにしますので。
 

[25]山田せばすちゃん[08/06 23:43]
※くんへ
いい加減にしないと本当に信用失うぞ、俺のスレッドだと書き込み削除されるからいやだ、というんなら、雑談スレッド来いよ。このスレッドは実際批評が行われるべき現場であって批評そのものの総論をやるべき場ではないんだから。
 

[24]石川和広[08/06 22:47]
私は、有井さんから、4年ほど前に、何度か、作品の批評を受けたことがあります。 しかし、その当時から、ご本人も様々変化があったと思います。 一番搾りさんの紹介した作。語の用法にはとても厳密な考えを持っているように、それは以前と変わらず、感じられます。とはいえ、それが現代詩的と云ってしまうと、有井さんは、どう思うのか、いささか危惧します。有井さんは、私の実感では、ひりひりとした痛みを感じるという事が、他者との接触のきっかけであり、それへの恐れと、合一へのあこがれが切なさを作るむしろ古典的な感じかな。
 

[22]一番絞り[08/06 20:10]木葉 揺
http://po-m.com/forum/myframe.php?hid=732&from=menu_u.htm
『ひとふさの乳房を』有井いずみ

>批評するんなら大向こうを相手にしなきゃ
というご発言を受けて、大村さんの知り合いであるらしい会津の和合亮一さんと親しいとかいう
有井いずみさんの詩をちょっと、おさわり批評。
ま、これぐらいのひとの詩になると、正直言って歯が立たない。
ま、だれも歯が立つ人はいないだろう。
それは当然であって、「現代という高度に複雑、かつ困難な状況が
その時代にふさわしい呼吸法に向けて現代詩の書き手を圧し出している」のだとすれば
この書き手は、まさしくその最先端にいるのだから、
その表現は、だれもにも届かないコトバにならざるをえないのだ。
大昔、どこかの高山の単独登頂に成功した登山家の航空写真をみたことがあったが
尖った頂上にしがみついた登山家は背に酸素ボンベを背負い、酸素マスクをしていて、
顔もみえなかった。
「現代」詩の表現の最先端によじ登って、しがみついている詩人の姿も、それにふさわしく、孤独で厳しいものだ。

さて、歯が立たない詩をどうやって批評するか。
まず、断っておくがわたしは、最終学歴は中卒である。
また、四十の声を聞くまで詩には縁がなかった。読んだことも無い。詩誌にいたっては今日までいっさい読んでない。
読んでもわからん。
そんなわたしが急に詩に目覚め、詩を学びたいと思って大阪にある某文学学校詩クラスの門を叩いた。
詩について何事かを教えてくれるかと思ったら、いきなり、あたまから合評である。
何も知らないわたしは、だからこそ徹頭徹尾、知ったかぶりで通した。
意外に、これは功を奏したかもしれない。
結局、この学校に三年ほどいて詩の研究科にまで進めた。研究科は日高てるさんが先生をしているクラスだった。
生徒はといえば、今から思うと、そうそうたる面々だった。
鮎川信夫の最後の弟子といわれる、あの川上明日夫までが生徒の中にいた!
川上明日夫はわざわざ電車で北陸から授業に通っていた。
まったくの素人、出鱈目なてんぷら学生はわたしひとり。
ま、その中に今回取り上げた詩の作者、有井いずみさんもいたわけだ。
正直言って、日高てる先生も有井さんの詩にはお手上げだった。
皆目、読解できない。
さて、ど素人、中卒、ど無知のわたしは徒手空拳で現代詩の最先端の詩編を、どうやって
読み解けただろうか?
読み解けなくとも、どうやって、それらしく振舞えたのだろうか?
 

[21][08/06 18:15]
>20
 貴方にとっては私的なゴタゴタ程度の取るに足りない出来事なのかもしれないが、私からすれば、これは詩において公的な意味合いをも含むものでもあると判断、ここに掲載するに至った。削除対象となるかも、と書いたのは、そちらのスレの趣旨に反するだろうと考えた故でもある。
 あと、人様のサイト運営を揶揄するのは止めて貰いたい。貴方が自身の唾吐き行為を謝罪すれば、書き込み削除は解除される。それだけのことだ。

 さて。繰り返しになるが、>19の書き込みは、批評全体にも関わりのあることだと考えている。それ故、こちらが最適であると判断した。いかなる批評であれ、私憤・思想糾弾等を含むものであってはならないと考えている。
 

[20]山田せばすちゃん[08/06 14:42]
>※くん
・・・ったく、俺が自スレで「白糸スレッド行け」って連呼してるのなんて誰が見たって冗談に決まってるだろうが(苦笑)
そんなもん真に受けて俺のスレッドのごたごたを人様の立てたスレッドまで持ち込むんじゃないよ、公私の区別のつかないやつだな、まったく。みっともないからやめなさいよ、こういうの。
俺は、大根斬りスレッド上で、「この手の書き込み」=「論理的に回答する気がない書き逃げ」に関しては適宜削除すること「も」ありますと書いただけで、お前さんみたいに人の発言徹頭徹尾削除=排除するつもりはないんだ、なにが「禁止されています」だ、禁止してるのは君自身なのに、まるで公平な第三者がそうしているかのような書き方だよな。
俺は逃げも隠れもしないから文句があるなら大根斬りスレッドに来い。二度とこの手の書き込みで人様に迷惑かけるような真似はするな。

>白糸様、ならびに当スレッドにお立ち寄りの皆様
俺の不徳のいたすところとはいえ、スレッド趣旨になんら関わりのない書き込みでお目を汚しましたこと、深く深くお詫び申し上げます。まことに申し訳ありませんでした。
 

[19][08/06 14:06]
山田さんによる批評への拒否について。

 数日前、山田さんは大根切りスレにて私の詩を批評し、それを私が未詩だからという理由で拒んだ。この「拒み」にはそれなりの理由があって、本来なら拒むべくも無かったろうが、そうするに至った経緯をここに記載する。今更ですが、御容赦のほどを。

 以前ニューススレにおいて、一番搾りさんが私の詩を私憤から糾弾批評してやると宣言した。これに対しては複数の方々が非難や難色、嫌悪を表明した。しかし、ただ一人、山田さんだけが、彼を援護し続けていた。非難や難色、嫌悪等は一切表していない。
 そんな山田さんは、ニューススレにて私に「詩人としては絶交だから俺の詩は評価してくれるな」とまで言ってきていた。己ずから関係を絶っておきながら、何故、私の詩を批評し始めたのか。そこに私憤が一切無かったと、誰が言い切れるだろうか。(ちなみに山田さん、唾吐き行為に対する謝罪が無いので、私のサイトへの書き込みが禁止されていることも、付け加えておく。)
 彼は、ニューススレとは無関係だ、それは被害妄想だろうと連呼する。しかし批評の中には、しっかりと「天皇→権力」という読みが出て来ていて、それをニューススレと関連付けて考えることは非常に容易である。勿論、彼は、これを批評に絡めて行っているが故、それは証拠にはならない。「批評を利用しての合法的な思想糾弾」だと判断するか否かは、まさに人それぞれ。非常に微妙で曖昧な問題となる。まさに、一番搾りさんが「やるぞ!やるぞ!」と連呼しておきながら実行に移せなかったことを、彼は見事に実行して見せた、と言えなくもない。(ここ、重要。だからこそ、構造さんも「どうしようもない」旨の発言をしていた。)

 これを回避する為に、私は「未詩」という言葉を持ち出した。
 今、彼が私の詩を批評する中で、そこに思想を絡めた発言をしようものなら、それが私憤によるものなのか、演出によるものなのか、の違いは誰にも分からない。
 ということで当分の間、思想に繋がりそうな詩はフォーラムにおいては「未詩」として発表することにする。
 合法的な私憤・糾弾行為に見えなくもない批評を、回避するが為に。(場違いかもしれませんが、大根切スレでは削除対象となるかもしれない故、こちらにて記します。御理解戴きたい。)

 詩への批評がどのような形態にあっても構わないが、個人的な私憤を含むものであってはならないと思っている。その可能性が顕著な場合において、これを回避することでその行為が防がれるのであれば、これは為されるべき事なのだと思っている。(ちなみに、過去に私個人の日記において「最初は批評を認める気でいた」と記していた。一転して、そうじゃなくなったのは、最初のレス以降の彼の発言を読むにつけ、より私憤等である疑念が深まった為である。)
 

[17]一番絞り[08/06 09:10]
>この詩の書かれた日付けを見ると、去年のお盆になっています.[14]ミント

http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=1568

あ〜、お盆か。
なるほど! 
ミントさんの指摘とボッコさんの解釈で、
少しづつこの詩の情景と、それに重ね合わせた書き手の心象風景が見えてきたような気がしますね。
お盆で閑散とした朝のバーキングに一人の年老いた受付係がしょぼくれて突っ立っている。
それを車から垣間見た書き手は、そのしょぼくれた「みにくい」受付係に自分を重ね合わせて、共感し、
こころのなかで「朝礼」を交わすのだな。
「撤退までの持久」だ、がんばれと。
しかし「みにくい」のはもちろん、その受付係ではなく書き手の自己内省であるし
「力尽きるまで ひとりで立っていよ」というのもどこかの現場で同じような孤軍奮闘をつづける
自身への檄なんだろう。
しかし、これだけじゃやっぱり短歌や俳句やコピーもどきだな。
短い詩ってむずかしいな。
 

[16]ボッコ[08/06 03:24]
批評というよりは、解釈になってしまいますが。

http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=1568

読んでみてぱっと思ったのは、石原吉郎みたい!ということ。命令形、断定、君という呼びかけ。カッコいい、って思った。

「位置」とかと何となく似てる気がした。「しずかな肩には/声だけがならぶのではない/声よりも近く/敵がならぶのだ/・・・/無防備の空がついに撓み/正午の弓となる位置で/君は呼吸し/かつ挨拶せよ/・・・」

内容的には自分への呼びかけに見える。駐車場の切符切りっていうのか、そんな仕事をしている。

駐車場とか働いたことないからわからないけど、単純労働、暇、ずっと外にいなくちゃならない、だるい、どうせ誰も見てない、等々、割と自分との闘いのいる仕事のような感じがする。

ああいうところにいるおじさんとか、何かイメージ的に大体もそっとしてだれている。客が来ても愛想悪かったり、役立たなかったり、怠けてたり、横柄だったり。だれてこうと思えばどんどんだれていくような仕事な訳で。そうならないように、自分に呼びかけてる、自分を戒めてる、って感じなのかな。心との闘い、っていうか。

>撤退までの持久

「撤退」は、とりあえず、「仕事が終わるまで」と取った。あるいはもっと、「この仕事をやめるまで」というような感じかもしれない。下手すると一生かも。だけどそこまで深読みできる根拠はあんまりないような気がする。やっぱり「仕事が終わる/この仕事をやめる」というようなことだと思う。
「持久」は、さっき言ったような、だれないように持ちこたえるというか、ピシッとし続けるというか。

>その黒ずんだ石塀より
>実は君のほうが長く生きている

「石塀」って相当長く外にいるはず。それこそ風雨にさらされ続けて変色したり黴生えたり、それでもずっと外でさらされたままで耐えている。厳しい状況にさらされて、それでも忍耐し続けてきてる、それが「石塀」。
人は見てないかもしれないけど、「石塀」が私を見ている。石塀は凄い、ずっと外に立ったままで居る。
でも、あんな奴らよりも、私の方がずっと長生きなんだ。生きている年月の実際の長さは分からないけど(というより実際のところは大して関係ないと思う)、私はこんな駐車場ができるより、多分ずっと前に生まれてる。そんな若造に負けてたまるか。石塀が凄いって、そんな、そんな石ころなんかに、負けてたまるか。私の方がずっと長い年月さらされて生きてきたんだ。もっとずっと立派に立って(仕事して)てやる。
こんな感じで、「石塀」との比較というか、その架空のまなざしを意識することで、(下手すればだれてしまいそうな、つまらないと自分で思ってしまいそうな)自分を奮い立たせているように見える。

実際に駐車場の「石塀」を見ながら思いを固めているシーンととると、馬鹿馬鹿しいかもしれないけど、カッコいい。

でもそのカッコよさは端から見れば、単に塀を見つめているだけの惨めなおじさんかもしれなくて、

>みにくさのまま立っていよ

石塀はいかにもそれらしい、駐車場に似合ったものだけど、さえないおじさんの私が、いくら頑張って駐車場にいたって、しょうがないだろ。恥さらしだよ。こんなの適当にちょいちょいやって日銭稼ぎになればそれでいいんだよ。いい年してこんな仕事しかできないで、そんな自分が気張って仕事して、一体どうなるんだよ。手抜きしてしまえばいいんだよ。
そう湧いてくる弱気な/卑屈な/怠惰な思いに、いや、その醜さを受け入れろと。私は私でしか居られないんだ。さえない駐車場の切符切り、それだけでしかないんだ。醜くたって、心まで負けてしまってどうするのか。無様だって、ここで働き続けなきゃならないんだ。

つまらない職業だ、みっともない仕事だ、そう感じてしまう心を、引き締めようとしているというか。
それでも仕事なんだ、それをりっぱな仕事にするもしないも自分次第なんだ、というように、倫理的に自己を奮起している、そんな感じがする。

>朝一台も居ないパーキングは華やか

舞台は勿論同じ駐車場。「朝」だから仕事が始まる前。まだ誰も来ていない。
「華やか」って確かに違和感があったりなかったり。
でも、自分の仕事の場所、晴れ舞台だから、やっぱり「華やか」なんでしょう。
人っ子一人居ない、まだ誰も来てない、それでもここは私の仕事場だ。
客みんなが私を見てる。来る車みんなが、私を頼りにここに停まるんだ。
職場意識の高揚みたいな感じなんだと思う。
自分の晴れ舞台と感じればぱりっと気持ちも引き締まってくるところがあるはず。
本当に「朝」なのかは分からないけど、少なくとも気持ちを新たにするという意味では、「朝」なんでしょう。でも実際にも「朝」の方がしっくりくるような感じはする。仕事の意識高揚とか、大体朝にやるわけだし。自分ひとりの「朝礼」。他に誰も同じ職場の人とか上司とか居なくても、見てなくても、それでも私一人だけの、心の「朝礼」。

>力尽きるまで
>ひとりで立っていよ

だれも見てなくたって、最後まで、自分にまけずに、だれずにやりとおせ。
私だけの孤独なたたかい。負けようとおもったら、いつでもすぐ負けられる、自分だけの心のたたかい。
同僚とかいるのか居ないのか不明だけれど、居ても、その人はその人、私は私。その人がだれてたりするのなら、余計だと思う。私は私だけで、自分のピシッとした気持ちを保ち続けなきゃならない。誰にも頼れない。一度気を抜いてしまったら、すぐにだらけた、それこそその辺のイメージの悪い駐車場のおじさんのようになれる、そうした仕事。誰がなんだろうと、私は、私のために、決して気を緩めてはいけない。いつでもピシッとしていなければならないんだ。

自分への決意というか、これまで「石塀」とか「華やか」とかで徐々に高揚させてきた自分の心を、ここでまた確認する。よし、やるぞ!といった感じかもしれない。或いはそこまでいかなくて、何があったって、負けるな。という、静かな闘志かもしれない。

駐車場の仕事を馬鹿にする者がいたって、だらけた同僚ばかりだとしたって、そんなものに負けたり呑まれたりせずに、私の人生なんだから、私の仕事なんだから、私は私で、ピシッとしなければならない。そういう静かな決意を固めようとしているんだと思う。

「朝礼」というタイトルも、普通のある程度きちんとした会社の、人がわさわさいる騒がしい朝礼じゃなくて、誰も居ないがらんどうの駐車場での、しかもさえない自分だけの「朝礼」なわけで。
普通イメージされる「朝礼」と違う、「ひとりの朝礼」が実は描写されているという辺り、ちょっといい意味でタイトルの予想を裏切っていると思う。


若干難があるとすれば、どこの部分から「朝礼」が具体的に始まっているのか、分かり難い感じがする点。いくら心の「朝礼」でも、「石塀」を見つめたり、「一台も居ないパーキング」を見つめたり、やっぱり一定の「行為」を伴っているから、朝礼と言うか儀式といいうるわけで。儀式である以上どこかの時点にその始まりがあるはず。それが具体的にどこなのか分かり難い。

或いは別の言い方をすれば、「朝」という言葉の出方として、
内容的に、「朝」と言えば「決意」を固めたり固まったり、そういう場面で出てきている言葉だと思うので、タイトルにあるなら本文から削るか、或いは最初もしくは最後に「朝」という言葉が来る方が、理屈上の、決意との関係ではしっくりくるはず(これから決意を固めるぞ、あるいはここで決意は固まりました、というのを示すための語としての「朝」)。一番まんなからへんで「朝」という語が出てきているのは、語呂の関係とかあるにせよ、如何にも中途半端で、そこで一旦話が切れてしまっているような印象を与えかねないと思う。

でも、違う見方としては、「撤退までの持久」とか「石塀」とか、一瞬暗そうで後ろ向きっぽい語が頭に並んでいるせいで、途中の「朝」とか、最後の決意の凛とした感じが引き立っているようなころもあるような気がする。例えば冒頭から「朝」で最初から最後まで凛としてさわやかだったら、大して面白くなかったかもしれない。じゃあ最後に「朝」を入れればいいのかというと、例えば

朝が来た
力尽きるまで
ひとりで立っていよ

といわれても、何か合わない感じがする。決意は固まっても、実際に仕事をするのはこれからなのだから。朝が来たからで終わったしまったら、やっぱり中途半端になってしまうわけで。
決意と朝を、仕事が終わるまでの間ずっと続くように保たなければならない。そうした意味では、今の形も、暗い語→朝意識を新たに→決意定まる・仕事の終わりまで、と言った感じで、実は上手い具合に仕組まれているのかもしれない。


全体に張り詰めた空気を感じさせて、個人的には、結構好きかも。
 

[15]佐々宝砂[08/06 00:11]
どうでもいいような、そうでもないような、横レス。
大村さんの詩「朝礼」のURLは
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=1568

たいしたことでないのでsage
 

[13]一番絞り[08/05 22:21]
大村 浩一 「朝礼」
http://po-m.com/forum/myframe.php?hid=303&from=threadshow.php%3Fdid%3D16825

なかなか引き締まった詩だ。
そりゃそうだ、短いからな。下手の打ちようもないくらい。
しかし、短すぎる。
詩としてはもうこれだけで致命的といえる。だが、
商業コピーには使えるかも。
それにしても余計なものが頭にくっつきすぎるのは何故だ?

 撤退までの持久

 その黒ずんだ石塀より
 は君のほうが長く生きている
 みにくさのまま立っていよ

余計なお世話かもしれないが、

 黒ずんだ石塀より
 きみは長く生きている
 立っていよ

で、いいんじゃないの?

 朝一台も居ないパーキングは華やか

これも説明がすぎる。
朝であることの説明、一台も駐車がないことの説明、バーキングは、でも華やかであるという
押し付けがましい説明。説明だらけだ。
朝礼という題があるのだから朝の説明はいらないだろう。
で、一台も居ないパーキングはどうして華やかなのか、わからない。
ま、ここは苦労したのだろうけど
だいなしだな。

 力尽きるまで
 ひとりで立っていよ

どうして立っていなければならないのか、短すぎてわからないが、
なんらかの、凛とはりつめた気分は伝わってくるな。
覚悟といってもよいし、決意といってもよい。
案外、この詩、冒頭の一行と、この二行だけでよかったかも。
しかしそれではあまりに...か。
むずかしいな、詩は。
つくづく。

あ! そうだ、「みにくい」って語を添削で削ってしまったな。
あれが重大だったかも。しかし、もともと本人にとってしか意味はない自覚だから
ま、いいか。
あらら! さらにそうだ! 「パーキング」に意味をこめてたか!
ま、いいか。もともと本人にしか意味はない意味だから。
つまり短すぎて、もともと展開する気もないのだろうからさ。
 

[12]山田せばすちゃん[08/05 22:15]
斯界の最後の希望の星と敬愛するポエム王子こと大村兄。
兄が別段このスレッドのこれまでの展開のみを指して「ラクしてる」と賜っておられるのではないことを、敢えて承知の上で申し上げます。
これまでの展開ですが、言いだしっぺの俺としてはまさかここまで「豊かな」議論になろうとは、想像だにしてませんでしたぜ?少なくとも俺が顔出してる同人誌の合評会だって、ここまでこの詩に豊かな内実を吹き込んで見せる試みができたかどうかは疑問だし(いや、大体、俺が出入りしてる同人誌のレベルがどうだ、とか、こんな詩が同人誌に載ってるのだとしたらその同人間の見識がどうなんだとか、いろいろ突っ込みどころもあるでしょうがね)確かに「扱いやすい」詩であったことは認めるし、ここで今まさに展開されてるのが「大向こう」を唸らせたり「詩の世界の問題」を解決するにはそもそもの構造上から無理のある「印象批評」であることも承知の上で、それでも俺は兄に申し上げたい、俺たちは別段「大向こう」のためだとか、「詩の世界の問題」のためにここにいて、詩を書いたり読んだりしているのではないのです。そりゃあ確かにそういう問題が重大じゃないとは申し上げますまい。フォーラムに身を置かれながらもそれらの問題のために日夜心を砕かれている御仁もまったくいませんとも申し上げますまい。はたまた、正直に申し上げれば俺自身が投稿される一つ一つの詩に苛立つことも、フォーラム内で得票が集まる詩の傾向からそれが決して大向こうを唸らせるベクトルを持ちえていないことに舌打ちすることも、まま、あるのはまごうかたなき事実ではありますが、それでも、現象としてのネット詩、相対としてのネット詩に、かくあるべきだという箍をはめ込む気には、俺はどうしてもなれないのです。
 

[11]大村 浩一[08/05 20:41]山内緋呂子
大村です。いとうさんへ横レス。批評でもなんでも無いんですが。

#俺って結構まじめなんだよ

オレ、キャバクラでこのセリフ言った事あります。(悶)
説得力全くナシ。(悶々)
向こうにすりゃ「帰ってくれ」だったんだろーなー。(汗)
男が口にする以上に、女はいつだってマジメだと思う。相手に対しては。
だってしまいにゃ入れなきゃなんないんだから。(もろ)

ま、「冷める」ってな現場としては、こういうもんでしょう。
内田春菊がよくやるイヤ〜な描写を、連想してみたりして。(笑)

あと発言の流れを見ていて思ったのは、得点するにしろ批評するにしろ、
ネットでは扱い易い作品のほうにコメントが集まるものだという事。
なんだか皆んなラクしてるなァ、と思う。
でなきゃ「樽の中の魚を撃つようなもんね」みたいな。(<ルーシー・ヴァンペルト)
下向きに撃ってる奴ばっかって感じがする。
薄っぺらになるのは、作品の本質に沿った批評が出来てないからで、
それはむしろ批評する側の能力不足だと思うよ。

それに批評するなら大向こうを相手にしなきゃ。詩の世界の問題解決にゃなるまい。
それで説得力あるものが書けたなら、その人は大したもんだと思うけどね。
 

[10]一番絞り[08/05 17:06]
#なんとも興ざめな横ヤリ[11]が入ったから、削除。
 

[9]山田せばすちゃん[08/05 13:23]
わはははは。
みんなそれぞれがそれぞれに作品の空隙に充填したい内実を豊かに抱え込んでいるのね、何よりもそれが一番すごいことのような気がしちゃったよ。

というわけで、APAホテル片町VILAをチェックアウトして2分歩いてラブロ片町ビル1Fのスターバックスで女と朝食とって、駅方面に行く女がそのまま店の前のバス停から駅ゆきのバスに乗るのを見送ったあと、グランデで頼んでしまってもてあまし気味のタゾチャイ飲みながらぼおっと窓の外の通行人を眺めていました、女といるときもそれはそれで楽しいし、つかその女が好きでしょうがないので家族に嘘ついてでもそうやって一晩一緒に過したかったにもかかわらず、女と一緒のときよりも一人でぼおっとしてるときのほうがある意味解放された気分でした山田です(ほとんど金沢在住の人間めがけて限定して飛ばしてるネタだな)

いや壮観だ。
作品は読者によって作られるという文芸批評理論が実体化してる様をここで見たような気がするのは俺だけか?提示されたテキストに対して読者がそれぞれの個人的体験やら願望から培われた内実を、テキストの空隙に充填してそれぞれにとっての作品を作り上げていってますな、不倫だとか、過去につらい恋愛をしたんだとか、こういうところに図らずも析出しちゃうもんなんだなあ。とかね。どさくさにまぎれてバカ女口説きにかかっちゃってるのと、作者=バカ女ではないとあれほど俺が言ってるにもかかわらず、作者が実はまんざらでもなさそうなのには笑いましたが。

あと、ああそうか、と思ったのは男のバカさ加減についての解釈と分析がなされていた点でしたね、つか俺はこの作品の中のバカな男には全然まったく興味がなくって、つまんない男、って言っちゃったそれきりまるで眼中に無かった。これは多分俺がこの手のバカな男を見飽きているというか、この手のバカな男の話を女友達からいっぱい聞かされていたりするのですでに男のほうを改めてバカ、と言うことすら忘れていた、ということなのでしょうか、それとも俺は男が基本的に嫌いなのでバカでも何でもどうでもいいと思ってるってことなんでしょうか、発見でした。

それからいとうさんとはっきり女の好みが棲み分けてるのを改めて確認できたのも収穫です。これでいとうさんとは少なくとも女でバッティングすることはなさそうだ(笑)もし万が一この手のバカ女といとうさんと三人で酒飲んじゃうような羽目になっても、円満なまま俺は安心して一人でおうちに帰れそうです(笑)

いや、たとえばの話、この手のバカ女と二人っきりで酒なんか飲んじゃった日には、俺って内心葛藤しちゃう(爆)ような気がするのよ、ああ、やだなあ、こんなバカと寝たくないなあ、でも、女と二人で酒飲んでて何にもなしで帰しちゃったりするのは山田の名が廃るってもんだしなあ、どうしようかなあ、なんて考えてて、終電なくなり際に態度をはっきりさせねばならない俺としては、待てよ、そうだ、俺はこの女と寝るのがいやなんじゃなくってバカな女と寝るのがいやなんだから、この女がバカじゃなければ口説くのもやぶさかではないというもんだ、そうだそうだ、この女がバカじゃなくなればいいんだ、とおもむろに女に説教始めてしまいそうな気がするのよ。
 

[8]チアーヌ[08/05 12:49]
うわあ、びっくりした、批評されてる!しかも、「ドトールに行きたい」で・・・。うーん、どうせなら、他ので、と思ってみたりもしましたが、読んでくださった方の琴線に触れたということで、とりあえずみなさん、ありがとうございます。「批評しましょ」の栄えある第一弾がわたしの「ドトールに行きたい」で、なんだか、申し訳ないような。

>山田さん
読んでくださり、批評までしてくださり、ありがとうございます。山田さんの批評は、辛口ですが、違う見方をしめしてくださるようで、面白いです。
金沢には友達が住んでいるので、何回か遊びに行っております、町の名前までは覚えがないですが、いいところですよね、金沢。わたしも日本海側の生まれです。
そうですか、金沢のドトールで。
わたしが「ドトール」を選んだのは、全国にあって、イメージがしやすいかなと思ったからです。もちろん、経験も踏まえて、ですけれど。
何かを書くとき、それは、最初、「ぼやー」っと出てきます。そして、ぱちんと、情景やセリフが浮かんだりします。それは、いつか自分が聞いたセリフだったり、見た情景だったり、心の状態だったりします。
この「ドトールに行きたい」に関しては、わたしは、デッサン的な気持ちで書きました。ときどき、そういう詩を書きます。そうじゃないこともあります。
で、
>どんなつまんない男と寝たのかしらないけれど、白っ茶けた後朝の朝とはいえ、本気で>こんなこと考えてる女なんているのかしら?もしいるのだとしたら、なんでこんなこと>考えてしまうんだろう、とか言う内省がどうしてこの女にはないのかしら?

>つまんない男とでも寝てしまう女というのは確かにいるし、俺も何人かその手の女を知>らないわけでもないけれど、でも俺の知ってる彼女たちは「前提」としてつまんない男と>でも寝ちゃう女なんて一人もいなかった。彼女たちはみんな彼女たちなりの理由で「結>果」としてつまんない男とでも寝ちゃう女、だったりあるいは「とりあえずこの男の前>ではそういう女だってことにしておこう」女、だったりした。つまり、俺の知ってる限>りのこういう感じの女たちは、それぞれがそれぞれの事情なり理由なりを豊かに内包し>ていて、その事情や理由を考慮に入れてこそ、彼女たちが遠い目をしてため息つきなが>ら氷ばっかりのアイスコーヒーをすする様はそれなりに魅力的だったりするのだけれ >ど、悪いけどこの詩の中の女にはそういう過程が見えない。んでもってさらに言っちゃ>えば、結果として、ではなく、前提として、つまんない男と寝ちゃえる女であることを>是としていう節が見えなくもなかったりする。要は「あたしバカなことやってるなー」>と言う内省がなくって、自分がやってることがバカなことだということにすら気がつい>ていない、それどころかむしろそれがバカな振る舞いどころかなんかかっこいいとでも>思ってるんじゃないかしら、などと思わせてしまうバカな女が、この詩の中にはいるよ>うな気がする。もちろんこの詩に出てくる女=作者だなんて、俺は全然思ってないし、>むしろ、作者にこういう体験がなかったからこそ、平板な描写しかできなかったんじゃ>ないかな、などと、そんなことも思ったりする。
の部分に関しては、「なるほどー、そういう見方もあるなあ」と素直に思いました。
感覚の違いが大きいかも、とは思いましたが、わたしの表現が平板だったせいかなと、思うところもありました。ただ、この詩に関しては、そういう書き込みをしたいと思わなかったので、うーん、難しいですね。上手くいえない。
>たかぼさん
読んでいただき、ありがとうございます。
リアリティ感じてくださり、うれしいです。
はい、そういう心情もあったと思います。
>安藤そらさん
読んでくださり、ありがとうございます。
あ、これもありますね。なかなかスルドイです。
この詩は、(というか、わたしの詩に関しては)ひとつの状況からのことを書いたわけじゃなくて、経験の一部を取り出して、書いている、という部分があります。
もちろん、そのまんまひとつの状況だけを書くこともあるのですけれど・・・。
>ミントさん
読んでくださり、ありがとうございます。
そうですねえ、そういうこともあるかもしれませんね。こういうことに関しては、わりと複合的に考えちゃうのが女というもので。醒めてるけど、かなしい部分もどっかにあるという。
>一番絞りさん
ああ、ありがとうございます。なんだか素直にうれしい批評です。
わたしの書きたかったことがそのまま伝わっているような。
>いとうさん
はい、そうです。そういう思いを込めて、そういうことを含めたつもりで書いてます。
いずれにしても馬鹿なんです。
もちろん、内省のない(?)考えようとしない女も含めて馬鹿は一緒なのですが、
「考えると崩れる何か」がある、という読みは深いし、この詩の女性に関しては、当たってる、と思います。
そう、「わたしはぼんやりしたい」と二回繰り返したのは、そこを強調したかったからです。感じる人はそこで感じるんじゃないかと思ったから。
で、(笑)
>「自暴自棄で馬鹿と寝て内省もしない女はバカだ」と言われればそうだが(笑)、
>俺はそういうバカ、好きだな(笑)。
>そういう女性は、「バカが伝染る」と言って敬遠するのではなく、
>どうしてそんなバカをするのか、それを探り当てて、
>そしてふんわり抱きしめてあげたい。
そーいうことをするときは、あの、よほど、決意してかからないと(笑)。
中途半端にかまったりすると、後がたーいへんですよ。

なんだか、ちゃんとしたコメントになっていませんが、許してください。
読んでくださったみなさん、ありがとうございました。
 

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