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【petit企画の館】/蝶としゃぼん玉 (創作系)スレッドオペレーター:ハァモニィベル
***

【petit企画の館】

当館へようこそ!いらっしゃいました。
お気軽に中へどうぞ。

この館の【趣旨・目的】は、あくまでも「創作を促進すること」です。

 --------------*--------------
ここでは、次のことを、お愉しみいただけます。
 --------------*--------------


◆Menu◆

【1】:プチ企画をつくり、この場に投げる。(テーマだけでもよい)
【2】:企画について検討し合うのもアリ。
【3】:企画者と参加者は、それに沿った作品をこの場/その他に投稿/報告する。
【4】:前のプチ企画が終了したら、次の企画を提案する。
【5】:自由に関連した話題を提供/談義しながら、創作意欲を刺激し合えればgood!

(注意書き)
********************************
詩に限らず、文芸全般・漫画原作・映画(ドラマ・舞台)シナリオ
など、和洋、古典・現代 を問わずに、俎上にのせてかまいません。
********************************

オカシナ記事が書かれた場合などには、スレ主の判断で、いきなり、又は注意忠告をした上で、
削除する場合もありますので、事前にご了承ください。

基本的には企画提案者が仕切ってくださる方がいいので、自由円滑に書いてもらえたら
うれしいです。読んでいる人が愉しいと思う場所にぜひしてください。

(尚、本スレッドは、下記スレッドを引き継いでいます。
 http://po-m.com/forum/threadshow.php?did=316267 )

それでは、開幕です。

********************************

[228]ハァモニィベル[2016 10/11 15:48]
  
 ※ ※ ※

SELF-PITY   D.H.Lawrence 

I never saw a wild thing
sorry for itself.
A small bird will drop frozen dead from a bough
without ever having felt sorry for itself.


 ※ ※ ※

 己憐   (D.H.ロレンス/ベルの訳 )

野生の死は 
自らを憐れまない。
小さな鳥の死でさえも
木の枝を凍え落ちるその時に
感じたことはないんだ
自分自身への憐れみなど。


 ※ ※ ※

  
 

[227]ハァモニィベル[2016 10/11 15:33]
石村さん 

>「普通の意味での翻訳ではオリジナルのよさを伝えられない」フラストレーション

熱々のピザを、わざわざ冷まして出すような・・・、出す方も出される方も味気ないという(笑)。
訳す人がいかに元の表現や、作者の意図について考慮を巡らすか(それがエラーのもとにもなるでしょうが)
は、ご紹介のリンク記事を読むと興味深いですね。

石村さんの『青い鳥』は、ディキンソンの(希望という鳥)を、「のんき」で「健気なやつ」
とリテイストしたところに、訳者の視点の面白さを感じました。
人生=嵐の海という(昭和以前の)感覚に抗して、人生=日常という(平成以降へ)リステージした味付けの変更により、現代詩化されている印象です。

わたしなら、たぶん、

 【強烈な嵐が吹き荒ぶほど、美しく声を響かせる鳥】

として、ラストは

 【そのお前は一声すら嘆いたことが無い。だから僅かな私もすり減ってなくなったりはしない】

という感じにしちゃうでしょうね。(余談)

さて、
>唐詩選を全部読めたら愉しかろう、と

『唐詩選』は、128人の代表作465編あるそうなので、128本としても
なかなかですが、12,3本くらい書けないものか、ちょっと視野にいれてみたいような気も・・・。

ご紹介があった、二葉亭の「標準」を読んだので、
莊子を訳してみる気にふとなりました。ご提案のプチ企画の功徳です感謝。

蛾兆さん、

 『知魚楽』への読後感、(示唆もふくめ)ありがとうございました。

柳多留からは、引き伸ばせば、粋なショート・ショートが一本書けそうでもあるし、
小品のまま連作にしたらなかなかのシリーズものが出来上がりそうな気配もしました。



さらに、いろいろ
挑戦してみたいと思います。
 

[224]ハァモニィベル[2016 10/10 13:22]

もう一度、漢文に挑戦してみます。
まずは、原文と書き下し文を示します。

※ ※ ※

 知 魚 樂  (『荘子』外篇 秋水第十七より)

(原文)
莊子與惠子遊於濠梁之上莊子曰魚出遊從容是魚樂也惠子曰子非魚安知魚之樂莊子曰子非我安知我不知魚之樂惠子曰我非子固不知子矣子固非魚也子之不知魚之樂全矣莊子曰請循其本子曰女安知魚樂云者既已知吾知之而問我我知之濠上也

----------------------------
(見やすく整理すると、)
荘子与恵子游於濠梁之上。
荘子曰 「魚出游従容、是魚之楽也。」
恵子曰 「子非魚、知魚之楽。」
荘子曰 「子非我、安知我不知魚之楽。」
恵子曰 「我非子、固不知子矣。子固非魚也。子之不知魚之楽全矣。」
荘子曰 「請循其本。子曰女安知魚楽云者、既已知吾知之而問我。我知之濠上也。」
----------------------------
〔書き下し文〕

莊子、惠子と濠梁(ごうりょう)の上(ほとり)に遊ぶ。
莊子曰く、「魚の出でて遊ぶこと從容(しょうよう)たり。是(こ)れ魚の樂しむなり」と。
惠子曰く、「子は魚に非ず。いずくんぞ魚の樂しむを知らん」と。
莊子曰く、「子は我に非ず。安んぞ我の魚の樂しむを知らざるを知らん」と。
惠子曰く、「我は子に非ず。固(もと)より子を知らず。
      子は固より魚に非ざるなり。
      子の、魚の樂しむを知らざるは全(まった)し」と。
莊子曰く、「請ふ、其の本(もと)に循(したが)はん。
      子曰ふ、『女(なんじ)いずくんぞ魚の樂しむを知らん』と云ふは、
      既已(すで)に吾の之(これ)を知れるを知りて、我に問ひしなり。
      我、之(これ)を濠(ごう)の上に知るなり」と。 

----------------------------

それでは、以下(私の訳)です。

  ※   ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※


 知 魚 樂  (荘子, ベル訳)

荘子と(名家という論理学派の思想家)恵子(けいし)が、ある日、
川のほとりを散歩しながら、ふたりで橋を渡ったときのこと。
荘子が言った。

  「ゆうゆうと泳いでいる魚を見たまえ。じつに楽しんでいるじゃないか」

すると恵子が、
  「魚ではない君に、魚のことがわかるわけがないじゃないか。何処からそんなことが言えるんだい」
すると荘子も、
  「ならば、私ではない君に、私のことはわかるわけがないじゃないか。そうだろ」

すると、恵子はさらに、言う。
 「勿論、私は君ではない。だから、私に君のことはわからない。
 君も勿論 魚ではない。だから、君に魚のことは解らない。これは間違いないことだよ。そうだろ」

対して、荘子は次のようにこたえた。・・・(つづく)

  *

 さて、ここは、ややこしい所で、様々な(訳と解釈)がある。たとえば……、

根源にたちもどろうではないか。君は「おまえにどうして魚の楽しみがわかるものか」といったが、そのときすでに、僕がわかっていることを、君は十分知っていて僕にたずねたのだ。僕はこの川のほとりで、その道理がわかった。(大濱皓『荘子の哲学』)

 *

 根本のところに立ち返ってみよう。君が私に、君はどこから魚が楽しんでいると分かるのかね、と言ったのは、すでに私には魚が楽しんでいることが分かっていることが分かって質問したわけだ。で、いま答えようじゃないか、私はつまり濠川のほとりでわかったわけさ。(蜂谷邦夫『荘子』 講談社選書メチエ)


 十冊以上の訳を比較してみたけれど、忠実に訳そうとしているせいなのか(?)、魚の心より不可解な訳文がじつに多くて(ごく普通の読者として)閉口したのだが、なかで納得できそうなものを紹介してみると――

 「貴様は魚の心がわかるはずがない」といった瞬間に、貴様は私が魚の心を知り得るということを是認しておる。(そのときの荘子の考えでは、もし恵施が荘子に向かって、「貴様は魚の心を知り得ないぞ」と、 こういうならば、その瞬間に恵施みずからは、自分が荘子の心の中を忖度するということを許しておる。もし甲の者が乙の者の心を忖度するという前提を許すならば、今度荘子が、荘子に非ざる魚の心を忖度するということも、許さなければならぬというのであります。)〔諸橋轍次 『荘子物語』 〕

 *

そんな言葉の遊戯は止めにして、根本に立ち返って議論しよう。きみはいま僕に魚でないのに魚の楽しみなどわかりっこないといったが、それはきみが僕に魚の楽しみの分かっていることを知っていて質問したのである。すべて真実なるものは人間の分別知や言論では捉えることはできず、議論を超えた境地で体得されるほかない。きみが議論の上で肯定するにせよ否定するにせよ、きみ自身は議論を超えたところで僕の知っていることをすでに理解しているのであるから、それと同じく、僕はまた魚の楽しみをこの濠水の橋上にいて議論を超えた境地で理解するだけである。(福永光司 『莊子』)


さて、この部分。
 私のかってな訳(私的意訳)は
 こんな感じになった。

 (さきほどの莊子のこたえのつづき)

 ※

「いいかい、よく考えてみようじゃないか。
 そもそも、君は、私に 『魚のことがわかるわけがない』と言った時、私が分かってないくせに分かったつもりでいるのだと、そう決めつけたんじゃないのかね。少なくとも、私が分かったつもりでいるのだ、と君はどこかで直観したわけだ。私のほうは橋の上で、魚のゆうゆうとした楽しみを直観したということだよ。
 それにあのとき、私が魚になったわけではなく、ゆうゆうと泳ぐあの魚が私だったということ、それは言ってもわからないことだろうし、またそれは言うまでもないことだ、とわかってほしいね」



  ※   ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※


#莊子の有名な話を(私風に)訳してみました。

 
 

[222]ハァモニィベル[2016 10/09 18:07]
石村さん 作品(>>220 )ありがとうございました。



まだ手探りですが、
わたしは、李白の漢詩を取り上げて書いてみます。
忠実な翻訳でも個性差が出る例として、
日夏耿之介と井伏鱒二の訳を参考に付記してみます。

最後が、私の作品です。

 ※

■(原典:漢文)

 静夜思 
      李白
―→
牀 前 看 月 光
疑 是 地 上 霜
挙 頭 望 山 月
低 頭 思 故 郷

(書き下し文)

牀前、月光を看る。
疑ふらくはこれ地上の霜かと。
頭を挙げて山月を望み。
頭をたれて故郷を思ふ。

[語注]

牀 ……ベッド(寝床)

○解釈上、月光は室外なのか室内なのか
意見が別れるが、あえて「地上の」と
あるのだから室内に射したものと私は解す。

----------------------------
 静夜思 
(日夏耿之介の訳)

牀のへに月かげけざやかだ、
地に霜が降りたかとも感ぜられる、
頭をあげてみ山の月をみる、
頭をたれてふる里をおもふ。

    ※

(井伏鱒二の訳)

ネマノウチカラ フト気ガツケバ
霜カトオモフ イイ月アカリ
ノキバノ月ヲミルニツケ
ザイショノコトガ気ニカカル

---------------------------- 


■(ハァモニィベルのマリアージュ)


 白い月の落葉 (静夜思)


白い 月の落葉が
いく時も
降り散る
夜.

果てしもなく
埋もれてゆく
光の
孤独.

故郷であの日 掌に吐いた息のように
寒く、慄えて

深い底に さだめないまま
沈み埋もれた
哀しみの
凍る裸体.






五言絶句(5文字4行構成の詩)をソネット(十四行詩)にしましたが、
この作品の場合は、忠実に訳さない方向になんとなく誘われてしまい
パスティーシュも超えたマリアージュ(超リプロデュース)になりました。
(因みに、この言葉は文芸用語でなくグルメ用語を私が転用して使っているだけです)


 

[221]ハァモニィベル[2016 10/09 17:09]
石村さん (本記事は投稿前後しています)

何となく作業内容についてイメージできましたので、
とりあえず、何かやってみて、やりながら考えてみよう
といった感じに至りました。


アプローチのグラデーションは、取り組む際の参考ということで。
実例や、作例を出しながら、進めていきましょう。




私の希望として、課題作品を此処に投じていただくと、
わたしの創作反応が起きやすい、ということがあります。なので、

【この作品はいかがでしょう」

と投げて下さる方がいると、助かります。

無くても、
私自身が何点か探して、取り組んでみるつもりですが。




質疑がないようでしたら、
参加して頂ける方は、作品を投じてください。

はじめは、肩慣らしていどから、徐々にギアを上げていくか、
いきなり、決めに出るか、

また、質問や、談義しつつ創作していくか、

ご自由な参加のしかたで、愉しくやれたら、と思います。


よろしくお願いします。




<取敢えず、作品例として、以下を参考にしてください>

・石村さん 
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=322802&filter=date&from=menu_d.php%3Fstart%3D0

・蛾兆さん
>>218(井伏鱒二の作品)

・ベル
>>215


(ご質問等ありましたら、お願いします。)


------+----------+------------+----------+--------
では、石村さん、
ご提案の企画について、宜しくお願いします。

(この記事は投稿前後しました。早速スタート感謝)
 

[215]ハァモニィベル[2016 10/08 14:58]
*


石村さんの出された
 ディキンソンでの例 >>204 (英語―→日本語での例)

これは、元作品とほぼ並行に走る感じですね。

積極的に意訳を入れていく翻訳として、私は、シャーリー・バッシーの歌と映画007で有名な曲「ゴールドフィンガー」を私訳しましたが、それはけっこう愉しかったです。私にしては、かなり忠実訳ですこの方向は。(参考 http://p.booklog.jp/book/110281/page/2994119

さらに意訳を強めた方向で、
野口雨情の『ぬばたま』を、私の言う意味での「翻訳」と 一般的にいう意味での「翻訳」と の中間にあるような「私訳=窯変訳」(大胆な意訳)をしたことがあります。このときは、内容の解釈について議論されていたので、わたしの解釈を示したのでした。
(参考 http://p.booklog.jp/book/110281/page/2994124

ただ、上記のふたつの方向は、元作品の心に忠実に書きました。(外れないように縛られる)
この意味では、原作者に沿う方向ですね。



短歌―→自由詩 というリステージは、わたしが、詩を書き始めて二作目に書いた作品がそうでした。ネットの親切な先輩から頂いたアイデアにしたがって、試しに書いてみたのでした。

追いつめられし獣の目と夫の目としばし記憶の中に重なる   中条ふみ子

へのオマージュとして、以下を書きました。
  「瞳」 http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=286697

詩情を汲み取って書いたので、
この方向も、原作に沿っていると言えるでしょう。



 わたしは、自身の詩情で書きたいタイプなので、忠実は苦痛ですが、だからこそ、そのストレスがやがてかなりのマグマになります。その意味で、忠実訳をする期間もわるくない。田村隆一など翻訳と詩作で精神的循環のバランスが理想的だったんじゃないかと思ったりします。
 又わたしは、マグマの抑えられないタイプではないので、放っとくと休火山のようなところがあって、自分を噴火させるのに、触媒が要ります。プチ企画もそうですし、たまに出逢う佳品が触媒になるというのが通常ですね。(ほんとは旅ができたら理想です)
 本来はあまり原作に引っ張られたくない。それでも沿って書こうと思えば沿う方向でも書ける。その辺を調整して、最初に方向性を決めることになります。が、その場合も、
 原作が良いものなら、沿って書くのも苦にならず、原作がいまいちだと、「書き直」したい感覚が生じ、大抵の作品はただ触媒になるにしてもべつの構想や詩情を誘発するていど、全く無いものも少なくない。という感じです。

 よって、対象がどういう作品になるか、によってアプローチの方向が(わたしは)変わってくるので、その辺が気になりました。李賀なら、『ぬばたま』的方向で書く対象ですね。


ハァモニィベル的に、元作品と創作物との関係を整理すると、

 忠実意訳
 オマージュ
 リステージ・リテイスト・パロディ
 窯変私訳
 パスティーシュ
 触媒・インスパイア


という感じでしょうか。


最後の、触媒ということでは、
名画から詩想を得て、勝手な詩をつける画家とのコラボを書いたことがあります。
(参考 http://p.booklog.jp/book/100699/page/2760611#none

これは、名画とハァモニィベルとのマリアージュです。






というわけで、
今回どのチューニングでいったらいいか、
(私としては、どういう対象選択にするか―作品特定でなく、選択範囲―が決まれば自然に決まる気がする)

その辺をご検討よろしくおねがいします。



詩人の本棚に、対象詩を投げてもらい、それを「意訳」なり「マリアージュ」
する、という設定でも取り組みやすいかも知れません。
(書きにくいと思ったひとは、別の作品を投げればよく、投げられた中から
各人選んで、取り組んでみる。といった感じです)

というのは、例えばの一案です。




 引き続きよろしくおねがいします。
 

[212]ハァモニィベル[2016 10/07 11:43]
>>208 >>209
(リメイクについて)

蛾兆さん

>原作を改変した作品
>方向性としては、原作にとって代わって流通させようとするような指向性をもつ作品
>もしオリジナルだと潜称したら、盗作になるような作品
>例として「ゴジラ」、「ザ・フライ」(蠅男の恐怖) など。

以上の感覚は、私もほぼ同様に持っています。
そうすると、ちょっと抵抗感も混じってくる。

石村さん

>「オリジナル作品を日本語の現代詩に新たにかき直す」
>という概念で、いまのところ私は意図しています。

これは、「現代詩」と、「オリジナル作品」と、「かき直す」について摺合せ論議したいわけですが、
「かき直す」の感覚についてはわかりました。

石村さんが挙げられた

  ☆ チャールズ・ラムの「シェークスピア物語」

これはわかりやすいですね。石村さんの意図する感覚が伝わりました。
この方向だと、
  ☆ 近藤ようこ 『小栗判官』 
なんかが好例ですね。

「リライト」という感じ。(我々は映像系じゃないので)

たとえば、 ペンギンやオックスフォード、の
グレイデッド・リーダーズなんかも当てはまるでしょう。
たんに簡易化してるだけでなく、文学的な芳香はちゃんと保持しているので。

ただし、「超訳」的で可、原作忠実主義でなくてもよく、そこに足をとられなくてもいい、と。

  ※

「リメイク」というと、私に浮かぶのは、
まず、ドラマや映画の、かつての名作を、駄作化して作り直してるイメージ。

リメイクした作品が、完成度が高いほど、リメイク感は薄れていくものです。

二世タレントと同じで、本人がタレントとして魅力的なら、二世感は薄れ、本人が平凡なほど
二世感が強く鼻につく、というのに似ていますね。

なので、「リメイク」という言葉を積極的に掲げにくい所が「リメイク」という語にはあります。


リフォームとでも呼ぶべきものを最近、二本、メビウスの「書換リレー」で書いたのですが、
あの企画設定は、物凄く残虐なスレなんだけどなあ、と感じます。

私の、〈自分の詩に翻訳〉スレの場合(こちらもメビウス)は、
リメイクやリフォームというよりは、言ってみれば、
「カニバル」

つまり、咀嚼して、消化してしまい、自分の表現にして排出する

という(じつに高度な)ゲーム設定ですがー笑ー。

今回の石村さんの意図の面白さについては、
わたしは、次のようにイメージしています。

例えば、川端康成『伊豆の踊子』を、大藪春彦がその文体とテイストで「かき直したら」
面白いだろーな。

そこで、今回の企画について、考えてみた結果、「リライト」とすると、
参加者が取り組むのに、もうひとつ方向性が足りない感じがするのと、
安易なものを書くおそれがあります。

よって、
そのプロディース感覚を活かすような、企画として、今回、

  ** マリアージュ **

という設定にしてみたらどうでしょう。(オースティンも出たので)

ある書き手(参加者)と―→ある作品との 、マリアージュ
それが産みだす作品を、まさに生み出してみよう。

という感じ。

わたしからは、そんな感じで、対象作品をどう決めるのか問題をつぎに話し合いたいと思いますが。
へたすると、作品を探して来年になってしまう恐れもあるので、うまく絞りをいれたいです。
(蛾兆さんの、ジャズの名曲に歌詞をつけるという企画がありましたが、あれはジャズ縛りのおかげ
で選び出しやすい利点がありました。)


 

[211]ハァモニィベル[2016 10/07 10:16]
>>207
蛾兆さん

>『高慢と偏見』は、僕の好きなツンデレ・ヒロインのベストリストを更新しました。

そうですね、作品に描かれた人物像というテーマは、丸々一ヶ月以上語り合える
しかもかなり有益な話題ですね。

マンガとか、シナリオなどでは、キャラクター設定として最近は語られるのが定番ですが、
頭で考えた人物像というのは、なんとなく浮いていて、空々しく、ツマラナイ
と思います。

『無法松の一生』をベースにしているとおぼしき、山田洋次 『男はつらいよ』 の寅さん なんか、
荒唐無稽な人物ではないなと判るのは、たまたま、流しの新聞拡張員で、よく似たひとを
私が知っているからで、姿形は全く違うけれど、話の内容やスタイル、感情や行動の生態、
家族との交流のしかた、はそっくりそのままでしたね。

さて、

ヒロイン(あるいは、女性登場人物)に関してですが
わたしは、理想の女性ベストは持っています。

ペリーメイスン・シリーズに出てくる デラ・ストリートがNo.1です。
同立一位に近いのが、
『アラビアンナイト』ー「アリババと四十人の盗賊」ーに出てくる、モルギアナですね。

癖のあるヒロインとして、性格に実在感があるのは、
『風と共に去りぬ』の、スカーレット・オハラ
『赤と黒』の、マチルド
なんかどうでしょう。


あと、

『源氏物語』に出てくる、末摘花なんか、
ツンデレとして、どうなんでしょう。


 

[206]ハァモニィベル[2016 10/06 18:57]
>>204

石村さんご提案の、「リメイク」


わたしは、なんでも挑戦するタイプなので、興味深々ですが、

「リメイク」

という感覚がいまひとつ掴めていません。


かなり、原作に食い込むというか、
原作を前面に出す感じになりそうなので、その辺の距離感が・・・。


対象が決まれば、取り組みの角度も自ずと決まってきそうですが、
ターゲットをどう決めるか・・・。


今、パッと思いつくのは(リメイクの余地がありそうだと感じるのは)


 1.ルナールの「博物誌」の、私風リメイク。

 2.『星の王子様」のリメイク


とか、ですかね。

その辺り、談論でちょっと話し合いたいです。(何となくイメージできるまで)



宜しくお願いします。


 

[205]ハァモニィベル[2016 10/06 18:18]
>>202 >>203


蛾兆さん 【作家の本棚】に第一冊め

 ☆ ジェーン・オースティン 『高慢と偏見』(あるいは、『プライドと偏見』)

の御寄贈、感謝いたします。


  ※ ※ ※

石村さんの対応コメントにも感謝いたします。
ご寄贈者が、その作品を照らしている角度もまた、興味深く、そこからまた作品を読みなおしたり、何かをふと新たに考えたりする契機が得られます。また、そこから派生する談論からも。



さて、

200年も前の、しかも英国の階級社会の、しかも日常を描いた小説の、
何を今さら読むのだろうか?そんな、「高慢と偏見」が200年滅びないからこそ、
この作品と作者の200年滅びない魅力を知らねばならない、とも言えるのでしょうし、
じつは、心ある人たちは、みなその魅力にずっと気付いて来たとも、言えるでしょう。


Jane Austen は写実の泰斗なり。平凡 に して 活躍せる文字を草して技神に入るの点に於て 、優に鬚眉の大家を凌ぐ。余云ふ 。 Austen を賞翫する能はざるものは遂に写実の妙味を解し能はざるものなりと。〔・・・〕這裏の消息に通ずるものはAusten の深さを知るべし。Austen の深さを知るものは平淡なる写実中に潜伏し得る深さを知るべし。 (夏目漱石 『文学論』)

*

〔漱石の前任者であった小泉八雲の、東京帝大の英文学史の講義で曰く〕文学的教養が十分でないと彼女の小説の並はずれた長所を理解することはできない。ありふれた品のない人たちには理解が届かないのである。表面的にはともかく、その内面の意味の理解は。 ( 『ラ フ カ デ ィ オ ・ハ ーン著作集』 (第12巻)野中涼 ・野中恵子訳/恒文社 )



オースティンの時代には、ゴシックノベル(お城が出てくる怪奇もの)と、センチメンタルノベルが人気があったらしいのですが、オースティン自身はそれを揶揄する風刺的パロディ作品 『ノーサンガー・アビー』を書いており、当時、良識あるヒト達から、詩や随想・シェイクスピアなどよりも見下されていた小説にたいして、積極的な擁護の見解を書いているそうです。そこにも又、ユーモアと風刺に富んだオースティンの精神が感じられます。

ただのエンターテインメントではない、深く豊かな、人間模様の描かれた経験の宝庫であり、
そうありたいもの。

そんな小説の魅力の原点について、想いました。



#(関連事項)
#『ブリジット・ジョーンズの日記』
#英国ドラマ 「ダウントン・アビー」



 

[200]ハァモニィベル[2016 10/05 08:07]


【詩人の本棚】に並べて

 **【作家の本棚】**

を追加いたします。

------+----------+------------+----------+--------

小説、ひろく、純文学の名作にとどまらず、ミステリーやSFなどまで、
日本、世界、を問わず、古典、現代まで、ひろく、御寄贈ください。
漫画・映画・ドラマ・舞台まで含みます。

但し、何でもアリではないのでご注意ください。あくまでも
【作家の本棚】に入れておきたい作品という観点で選んで頂ければと思います。

・じつに人間が描かれている
・世の中(社会)が描かれている
・ストーリーが面白い
・奇妙な味がある
・ともかく感動した
・ etc...


御寄贈いただくときは、

( 【作家の本棚】に寄贈 )と記事の頭にコピペしてください。


隠れた名作(自分にとっての)を発掘・紹介して頂けると
ここを読むひとが、その作品だけでなくご紹介者にも出合えると思います。

ささやかながら有益な場所として
機能することに、スレ主はもう意欲喪失気味ですが・・・


以上、追加の告知まで



 

[199]ハァモニィベル[2016 10/05 07:49]
>>198
石村さん ご寄贈感謝します。

 山本沖子は、「朝のいのり」など、主体の持ち方が魅力的な詩人ですね。


「おとぎばなしの中の王子さまのよう」だったと、
山本に、会ったときの印象を書かれることになる伊東静雄は、彼女がまだ、「山本沖子といふ無名の一少女」だった頃、その詩に、
「戦後始めて、詩らしい詩だと刺激をうけ」たと書いています。


詩人の感想というのは、本来鋭いものの筈。
このふたりの感想の交差からも、そんなことを想います。


 

[197]ハァモニィベル[2016 10/03 13:31]
 ***

 〈テーマで書こう〉はここで終了いたします。

 ***

【秋のプチ企画】
 
     募集中です


 

[195]ハァモニィベル[2016 09/30 11:41]
現在進行中のプチ企画は、

● <テーマ>で書こう。(>>165を参照)

● 【詩人の本棚】に寄贈

です。


これは並行企画なので、別の企画と同時進行でOKです。


尚、<テーマ>は、自由に追加設定して
かまいません。




 

[194]ハァモニィベル[2016 09/30 11:34]
無題でも大丈夫です


ただ、テーマは題名ではない点、ちょっとご注意を。

でも、そういう題名でもべつだん 構いませんよ。

ちなみに
わたしの>>192のタイトル
 『藍摺』は、
日本画の「藍摺絵」から。
雨と涙 をプルシアンブルーの濃淡一色で
イメージしてもらえれば、という
微かな願いを込めたところから、
「あいずり」→愛摺りといった連想までを含みます。


 

[193]田中修子[2016 09/30 09:47]ハァモニィベル
ああそうか、テーマの中で自分で題名を決めて作る?
なんだか、すみません!! ぺこり~
 

[192]ハァモニィベル[2016 09/29 20:58]田中修子


〈子どものための幻想詩〉


 「藍摺」

大人びたシリコンのふくらみにため息をついているような
何度焼いても膨らまないシフォンケーキに手を焼いている様な
輝いた目の少女の足元に、(ポツリ…、ポツリ…)
     雨 雨 雨 雨 が降る
歌わない鏡の前で
時計の針は三時を指していたのだけれど
淋しいテーブルクロスの向こう側からは
望遠鏡にも映らない
小さな心だけ
   ・・・ぽつり






 ※ ※ ※ ※

>>191
テーマへのご投稿感謝。

 ※ ※ ※ ※

秋のプチ企画募集中です。
   
  
 

[191]田中修子[2016 09/29 19:18]ハァモニィベル
「子どものための幻想詩」

子どもらしい子どもにしたがる
大人のためかもしれない

大人になりきれない子どもがえがく
むなしい まぼろしかも

けれど中にはよいものが

目を磨くんだよ
まだ澄んだ水晶とゼリーのなか
いいものいれてく
疲れないよに
たくさんまばたき

耳をぴくぴくさせてごらん
すきとおった音、わらいごえが
やわらかい貝殻のなか響いていくように耳腹筋

手をひろげてごらん
葉脈みたいな血管
やわらかい爪
わるいことできない指紋
たくさんのものをつくり、さわっていくんだよ

ねがわくば よいものを

すべてのことばが
大人になりきれないこどもがえがいた

恋してかきならす虫のうたごえ
頬を撫でる気持ちのいい風
喉にしみるはちみつの甘さ
ひとたらしのバターのようにごちそう
ねむる前の牛乳みたいにあったか

そんな
むなしくない
まぼろしでありますように
 

[190]ハァモニィベル[2016 09/28 01:59]田中修子
>>189
Syuuko Tanakaさん ご寄贈感謝します。

オカルトがただのオカルトにしか見えないヒトは、
イエスもブッダもただの奇人にしか見えないでしょう。
聞こえない音を聴きわける者は、
オカルトの中にも真理を学び取り、一方で、教科書や聖典の中の虚偽は見抜くでしょう。

食欲の秋は読書の秋

《音のテイスティング》のできる方は、ぜひ
【詩人の本棚】にご寄贈ください。

※ ※ ※

【詩人の本棚】に、
関連図書を追加寄贈します。

 ↓  ↓

◇ 『禅とオートバイ修理技術』 ロバート・パーシグ/五十嵐美克訳(早川文庫)
----------------------------
人間には、記憶喪失によってはじめて思い出せるものがある。


◇ 『『かみそりの刃』 S・モーム/中野好夫訳 (ちくま文庫)
----------------------------
>剃刀の刃の上を渡るのは至難なり、求道もまたかくの如し(カタ=ウパニシャッド)

サンスクリットで書かれた〈ウパニシャッド〉は、一般に「奥義書」と訳されるが、紀元前800~前200以降にわたる二百冊以上の書物の総称である。
その初期のものによれば、

「我」(アートマン)とは、

見えない視覚の主体、聴こえない聴覚の主体、思考されない思考の主体、認識されない認識の主体

である。

アートマンは、「―非ず、―非ず、」としか表現できないものだ、という。

音読に棒読みがあるように、黙読にも棒読みがある。
棒読みする者は、交通の取締まりに向いているかも知れないが、
詩の心を汲むことはできるであろうか。

「―さに非ず、―さに非ず、・・・」でも、〈さにも非ず〉 ・・・〈なのである〉。

これは、肯定でも否定でもない。と、同時に、その両方なのである。


 

[189]田中修子[2016 09/27 23:46]ハァモニィベル
【詩人の本棚へ寄贈します】
聖魔女術 スパイラル・ダンス 国書刊行会
p64.
【エクササイズ2】
目を閉じて、あなたの周りの音に耳を傾けてください。それが何の音であるかは考えずに。それらの音が作り出す様々なリズムにのみ意識を集中するのです。街で聞こえる音-シューシュー、ドンドン、バタバタ、チッチッ、ゴロゴロ、バンバン-これらが車の通りすぎる音、ハンマーで叩く音、足音、雀の鳴き声、トラックの音、ドアを閉める音であることなどを忘れて、この様々な音が重層した複雑なリズム構成だけを聞くのです。

---

「これは何の音」と決めつけないで聞いてみて
あらためて言葉に起こすと
なかなか不思議な単語がでてくるように思いまする。

お題にも挑戦したいでざます!!
 

[188]ハァモニィベル[2016 09/27 06:57]
石村さん お久しぶりです。


御馳走に囲まれる食欲の秋だといいのですが。




渚鳥さん 

歌シリーズありがとう御座います。

御寄贈のさいに、一言みじかくても添えて頂けると幸いです。よろしく。




感謝。
 

[185]ハァモニィベル[2016 09/26 10:39]
>>184
詩人の本棚へ、竹中郁作品のご紹介ありがとうございました。

竹中郁の詩を、
>夢と現実とが混合しているのではなく化合している
と褒めたのは確か西脇順三郎でした。


 挽歌  (竹中 郁)

果物舗の娘が
桃色の息をはきかけては
せつせと鏡をみがいてゐる

澄んだ鏡の中からは
秋が静かに生まれてくる


以下、引用で
関連するものを【詩人の本棚】に追加寄贈します。


詩や芸術の鑑賞というのはグルメに似ている、と
私は最近思うのですが、詩人には確かな舌が似合います。


夕方、私たちは下町のユウハイムという古びた独逸菓子屋の、奥まった、大きなストーブに体を温めながら、ほっと一息ついていた(堀辰雄 「旅の絵」)

とある「私たち」とは、堀辰雄と竹中郁のことで、神戸の人だった竹中郁は、このあとも、訪れた吉田健一に神戸のグルメを案内したりしていたようです。


中山手通りのフロインドリーブといふパン屋に行つた。何しろここのパンは旨くて〔…〕バタを付ける必要もない。それで付ければバタまでいい匂いがして一層旨くなり〔…〕
ハムはハムで厚目に切つて置いて、それをおかずにこのパンを齧つたら、大概の御馳走には引けを取らない昼の食事になる。
(吉田健一 「世界の味を持つ神戸」)



パンは一日おきにフロインドリーブへ出かけねばならない〔…〕わたくしの愛好品はフランス流の棒状のパン〔…〕
パンとコーヒーをそろえただけでも、朝の王者のような気になれる
(竹中郁「行きつけの店」)


嗜好もあるでしょうが、鋭い味覚の持ち主どうしは、
どこか一致した「味わい」を堪能できるようです。

私は以下の作品が好きです。

  ピアノの少女

 少女はピアノを弾く。少女はピアノになる。少女はなくなる。
 少女の友達が訪ねてきて。
 「あら、この部屋は籬子さんの匂ひがぷんぷんしてゐるわ」と云ふ。
 友達の少女はピアノの鍵に触れてみる。
 突然、ピアノのうへの花が生きてゐるやうに落ちてきて、友達の少女の裾のあたりを泣いたやうに濡らした。



虚しさが一層深くなる秋になりました。


  詩の行方

詩よ。おまへはおまへを僕の中へ閉ぢ込めたなり、何処かへ去つてしまつた。僕が苦しまねばならぬのはそのためだ。僕の血管にはおまへが脈を打つてゐる。僕はありありとおまへを間近に感じ乍ら、しかも其処におまへは居ない。
時どき、僕は耐へ切れなくなると、自分で自分の皮膚を引き裂いて、おまへを開放しようとする。
そしてその度ごとに、おまへは〔・・・〕


※以上二つとも竹中作品から。
 

[183]ハァモニィベル[2016 09/21 12:34]
渚鳥さん、ありがとう。

>>180
サイモン&ガーファンクル『スカボロー・フェア』

は、渚鳥さんにしては、文化の厚みのある名品の寄贈に感激です。

>>181
ま、「子どものための幻想詩」という事で、蛾兆さんの作品がいわば《大人のための現実詩》という感じだったので、私もひとつ書いてみたわけですが、

私のその作品では、作者≠語り手≠俺 という所に、読む際のささやかな注意点がありますのでご注意を。




本棚に関連作品を、追加寄贈します。
----------------------------


◇ ボブ・ディラン 『Girl Of The North Country(北国の少女)』

◇ 『「Elfin Knight(妖精ノ騎士)』(英国伝統民謡)
    (F・J・チャイルド『 The English and Scottish Popular Ballads』所収)


 

[180]ハァモニィベル[2016 09/17 21:03]
《子どものための幻想詩》


 「ドーナツの中心だけを食べている男のはなし」



時折、じぶん自身が訊いてくる
なぜ、天使と契約してるのか、と

じぶんからの質問ほど、自分が答えられない問いはない

乱雑な部屋を探しても、
何処にも契約書らしいものは見つからず
そもそも、一度も天使には会ったことがない・・・

盲目の少女の手をひいて歩くのが、気づいたときには俺の役目だった

クーリングオフした連中の多くが次は悪魔と契約しはじめる歳にも
俺は、天使との契約を更新した

盲目の少女の手をひいて歩くのが、ずっと俺の役目らしい

風の日も 雨の日も・・・
晴れの日も・・・

愉しいひと時が、苦しい時間に包(くる)まれている

悪魔は俺を気の毒がって
たまに声をかけてくる

酒を酌み交わしながら 俺は言う
悪魔よ、お前が俺より もう少し腕相撲に強ければよかった
と。すると、
悔しそうに、悪魔は俺の肩をやさしく叩いて
「あなたは神だ」
と。その時、
真顔で言った






 

[179]ハァモニィベル[2016 09/17 17:26]
渚鳥さん ありがとうございました。


 

[176]ハァモニィベル[2016 09/16 09:55]
蛾兆さん、渚鳥さん

作品ありがとうございました。

又、応援感謝します。



テーマ追加します。

 ④〈 ドーナツの中心を食べたときの話 〉


 

[173]ハァモニィベル[2016 09/12 21:57]鵜飼千代子
>>171 蛾兆さん御寄贈感謝します。

トーマス・チヤタートンが失意のうちに自殺した17歳9ヶ月、この年齢の頃、代々木ゼミナールで模試を受けていた私は、突然の家庭の事情で、失意のうちに、病身の母親をかかえて路頭に迷ったあげく、なんとか自転車で新聞配達を始めた、ちょうどその頃です。その後、学資がたまるまで大学へ行くのに何年も無駄にしましたが、その間の地獄や、その後の学資と生活費に苦しむ新たな地獄の日々に耐えられたのは、未来を信じていられたからでしょうね。また、ゆっくりものを書くという念願をようやく着手できるようになったのがここ最近だからで、その意味では、いまこそ私は、17歳なのかも知れません。

「チャタートンの死」ヘンリー・ウォリス作(絵画)で検索すると、
 http://f.hatena.ne.jp/inmymemory/20090314155526

後世、英国詩の傑作といわれる作品を書いた人物のその時代の姿を見ることができるようです。



【詩人の本棚に寄贈します】
下記も本棚に追加します

◇ 『オシァン――ケルト民族の古歌』/中村 徳三郎訳 (岩波文庫)

こちらも贋作論争がありますが、裏には当時の政治情勢が与っている面もあるようです
(支配体制を誇示したいイングランドにとっては、野蛮で未開である筈のスコットランドに
 これほどの豊かな文学があったことを認めたくない、といった)

いずれにしても、虚心に作品だけを鑑賞するというのは難しいようですね。

(テクスト主義というものが生まれて来るのも、こんなところからよくわかります)




オシァンの耳に声がきこえ 歌人の心を胸に呼びさます それは、すべての人人とその行為を 過去から今に返す 過ぎた歳月の声である オシァンはその尊い物語をとらえ 美しい歌に書きとどめる 森のルーアの白い手の娘、淑(しと)やかな美しい姿のマルヴィーナにより 響きあう絃(げん)から国王の歌が高くあがるとき、それは暗い流れではない ・・・

盲目の自分の心に尾を曳いて昇る光よ ・・・ 静かな、おだやかな響きを聞き 過去の色褪せた歳月を 速やかに呼び返して貰いたい


 

[170]ハァモニィベル[2016 09/11 01:13]
しりとりスレで、「ビール」という語から発想して書いたものが、

こちらのテーマ②「あなたを飲み干してみたい」
に該当しなくもない事に気づいたので、
リンクしておきます。

http://po-m.com/forum/thres.php?did=321034&did2=33



私は、酒はほとんど飲みません(飲んでもグラス一杯ジャスト。ウィスキー一壜買うと一年は余裕でもちます)。でも酒が嫌いというわけでもなく、ウィスキーや焼酎の飲み比べをしたりするのはけっこう好きですね。私の飲酒は量も回数も健康的で理想的かもしれません。


 

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