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【petit企画の館】/蝶としゃぼん玉 (創作系)スレッドオペレーター:ハァモニィベル
***

【petit企画の館】

当館へようこそ!いらっしゃいました。
お気軽に中へどうぞ。

この館の【趣旨・目的】は、あくまでも「創作を促進すること」です。

 --------------*--------------
ここでは、次のことを、お愉しみいただけます。
 --------------*--------------


◆Menu◆

【1】:プチ企画をつくり、この場に投げる。(テーマだけでもよい)
【2】:企画について検討し合うのもアリ。
【3】:企画者と参加者は、それに沿った作品をこの場/その他に投稿/報告する。
【4】:前のプチ企画が終了したら、次の企画を提案する。
【5】:自由に関連した話題を提供/談義しながら、創作意欲を刺激し合えればgood!

(注意書き)
********************************
詩に限らず、文芸全般・漫画原作・映画(ドラマ・舞台)シナリオ
など、和洋、古典・現代 を問わずに、俎上にのせてかまいません。
********************************

オカシナ記事が書かれた場合などには、スレ主の判断で、いきなり、又は注意忠告をした上で、
削除する場合もありますので、事前にご了承ください。

基本的には企画提案者が仕切ってくださる方がいいので、自由円滑に書いてもらえたら
うれしいです。読んでいる人が愉しいと思う場所にぜひしてください。

(尚、本スレッドは、下記スレッドを引き継いでいます。
 http://po-m.com/forum/threadshow.php?did=316267 )

それでは、開幕です。

********************************

[767]たこすけ[2019 10/02 20:34]
ちなみにAは
最近よく一緒に仕事を組むおじいさんがポツリといったんだ。
仕事場に近い方がいいか
遠い方がいいかという何気ない話題だったんだ、

高校も職場も近いところばっかり選んでる自分としては
遠いと何がいいのか、メリットなんかあるのか不思議だったんだ。

ただ、そのおじいさんいわく

「仕事場から小一時間ほどかかると、なんか家に帰ってきたぁーってなる。近いと会社から帰った気がしない。」


ふふふ。
へんてこな話なんだけど、
なんか気持ちが分かる気がした。


望遠鏡というタイトルで
まぁ、相変わらずウィットをかましてくるなと思ったよ。

ふぅむ。
コウモリの使い方が面白いなぁー。俺が工夫が足りないというのはよくわかったな。あっはは。

暗闇で飛んでいるコウモリの
目で追えぬ飛び方は
計画をひつようとしないようで

明確な感覚で飛ぶ方向を決めてる。

その感覚。
その感覚がちっとも理解されないとおもうけど
おじいさんの感覚に似てるような気がした。

帰巣は奇想天外なりな。

確かにもしかしたら
望郷が隠れていたのかもしれない。はっはっは
 

[766]ハァモニィベル[2019 10/01 23:50]

下は、タッコングの(A)を使っているから
純粋に私の作品ではないし、私に家族がいるわけでもないからね
注意深く読んでくれれば、

「わたし」ではなく「そのひと」という文言で描いていることや
そのひとの眼に映ったものを隣で観ている私の心象詩なんだってことが
わかると思う。


 

[765]ハァモニィベル[2019 10/01 23:26]


《望遠鏡》

帰路は必要な電車に乗るそのひとの眼に、
小一時間ほどの車窓の景色が映っていた。
ながめながら 薄れてゆく その風景は、
新しく建設中の高層の建物の群れ。
時折、トンネルが、
今日いち日働いたことごとを思い出させる。

電車を降り
どこへいくのだろう

感覚もない蝙蝠がたどる様な
複雑な軌道を通って

巣に帰るつばめのように
クツを鳴らして飛んでゆく

そのひとの感覚がだんだんと濃くなってゆく

しゅんとひゅんと飛んでゆく
「我が家」を思い描いて

変わらない今日の彼方に

あったのか
思い出せない
そこに

何が
以前のままでいる、
のだろう



 

[764]ハァモニィベル[2019 10/01 23:19]
こんばんわ、タッコング。
書いてくれてありがとう。

きみの(A)をつかって、
(B)を書いてみたよ。上。
 

[763]たこすけ[2019 10/01 21:10]
森の石松みたいにぃー三度笠ぽぽぽんぽん。

Bをぽややんと考えていたんだけど
ちょっと気になったことがある
ちなみにべるたんならAはどうやってすすめるのか
気になった。まぁ、書いてみたまえ。仙人よ。

ではBか。
先手必想
うむうむ。ぽややーん。




『花火~subtitle~』


「よかったね。」

「また、こようね。」

もくもく、煙

夜空いっぱいのエンドロール

どこかへ風と波に流れてゆく

まるでぞろぞろとお家に帰る

私達のようでした


どどんと打ち上げ音で酔っ払った耳

喉を炭酸水が通りすぎて

すこし、醒める。

ふらり、あるく。

エンドロールに私の姿、あなたの姿

またね。また来年。
 

[762]ハァモニィベル[2019 09/26 01:16]


3連目までは、特に違和感はない。

5連目で最後は、SF浦島太郎 だね。

4連目が「写実」と絡むところだけど、工夫が足りない。
工夫が無いという意味ではない。した工夫の「工夫が足りない」。

全体としては、この作品ならば
 《家族の姿を思い描いてる、帰路にある人物の心》
を掘り下げる必要があるね。

 自由は無いけれど、自分には家族がいる。

というのが、この作品のテーマだろうから。



タッコングには三度笠も似合うよ。
書いてくれて有難う。
 

[761]たこすけ[2019 09/25 18:50]
(A)

「帰巣」

そのひとは仕事の帰路は
小一時間ほど電車に乗ることが
どうしても必要なのだという

車窓の景色をながめながら
トンネルを越える度に
家に帰ることを思い出し、
働いたことが薄れてゆく

電車を降り、見知った道をたどるにつれ
そのひとは「我が家」という感覚が濃くなる

つばめがしゅんと飛んでゆく
巣に帰るのだろう
蝙蝠がひゅんと飛んでゆく
どこへいくのだろう


新しく建設された建物の以前はそこに何があったのか
思い出せないままでいる、
感覚もない。



ーーーーーーーー

あれー
AとBの違いが分かんなくなってきたな

もうちょっとしたらB書くよ
 

[760]ハァモニィベル[2019 06/15 19:13]
では、少し実践的に考えてみようか。

以下のテーマで1本ずつ計二本書いてみてよ。

(A)写実的な詩
(B)心象的な詩


【ヒント】

次の引用文を参考にしてくれ給え。
(いずれも古い文なのは気軽に引用できるというだけで他意はない)。


●――――――――――――〔引用開始〕(※便宜上番号を振った。筆者は異同がある)

【1】 現実の輪廓を模してその真を失ふのが凡庸な芸術家のつねである。これに反して一見現実の形を無視したかのやうに見えながら或は現実を全く変貌してしまひながらもよく現実の精神を捕捉する者こそ真の芸術家である。


【2】 すべての一流の芸術は本質的に皆、若さを持っている。その精神に「若さ」を持たない芸術は、決して真の芸術ではない。特に詩においてそうである。
            〔但し、 本質的な「若さ」を秘めながら 芭蕉は「老」の境地に身を置いてその芸術を創り出した秋・冬の詩人であった。と、春・夏の詩人蕪村を論じる中で対比しながら、しかし蕪村もまた冬の詩人でもあったと続く箇所から引いた文。〕


【3】 〔中国の山河を直に見た日本画家によれば〕支那の南画の山水が決して現実を歪めたものではなく、あれがそのまま正確な写実であることが分るという話であつた。日本の画家が南画に写実を見ず、象徴的な筆法や形のみを学ぶのは誤りだという意味なのである。

【4】 天文学の発達が、月を疱瘡面あばたヅラ醜男ぶおとこにし、天女の住む月宮殿の連想を、荒涼たる没詩情のものに化したことなども、僕等の時代の詩人が、月への思慕エロスを失つたことの一理由であるかも知れない。しかしもつと本質的な原因は、近代に於ける照明科学の進歩が、地上をあまりに明るくしすぎた為である。


【5】 しかし、私は数年前京都の嵐山に住み、雨の日、雲の低く垂れた嵐山や小倉山、保津川の風景に、日本の山水のふるさとを見て呆気にとられたことがあつた。日本画の山水の風景が実在することを納得させられたのであつた。

【6】  「埋火うずみびの/ほかに心はなけれども/向へば見ゆる白鳥の山」
 香川景樹の歌である。日本の昔の文人詩人画家、自然を愛した人達の山を見る心は、概ね、この歌の心のやうなものではなかつたかと思ふ。登る山とは違つてゐた。心象の中の景物であり、見る山であつた。


――――――――――――●〔引用終了〕


(註―― 香川景樹 は、江戸後期の歌人。斬新な歌論を展開したが、保守派に憎まれて「大天狗」と罵倒され排斥された人である。 上記【6】の文章は坂口安吾のもので、その歌には 見られる山 でなく、その人が「見る山」がある、と洞察しているが、香川景樹の背景を踏まえてその歌を味わえば、更にそこには普通の人の「見る山」以上の作者の心象が籠められて映し出されているのがわかる。)


----------------------------
さて、

では、タッコングよろしく頼むよ。
きみの低い鼻を多少は伸ばして頑張ってくれ。

ゆっくりでいいよ。待ってないから。


 

[759]ハァモニィベル[2019 06/15 17:13]たこすけ
意味不明に近い憤激を味合わせるのも、きみの理想なのかい?

などと言うときみのコンプライアンスに引っかかる可能性があるから

アイロニー抜きでシンプルに言うと

「じゃない」っていうのは、何も言ってないに等しいな、と感じるよ。

特に、理想を述べる場合はね。

リンゴじゃないんだ。柿じゃないんだ。キウイじゃないんだ。
と期待させておいて、その実、ドリアンなんだ。

なーんだ。 

という場合もあるからね。だったらリンゴのがましだよ、とね。


ただ、理想が極めて明確だ、ということも通常はないものだからね。

凝り固まったシソ―めいたものなんか窮屈だしね。

孔子にしても、釈迦にしても、誰かとの会話のなかに、または、個々の状況に出会って
その行動の中におのずと現れてくるものだ。

ソクラテスは「貴方達は知っているつもりで何も知らない」と正論を言って処刑された。
いくら無知の知でも、そうなることは承知していた筈だが、それでも、言うべきだ、
という良心・良識を取ったのだろう。
ところが良心・良識的な良薬ほど苦いものはないからね。

一方で、イエスは、「どんなあなた達でも神は愛してくれる」と説いてはりつけになった。

理想というのは現実を前にすると儚いものだ。

その苦しさに屈するのがフツーの人だから、
理想を持つ、と一言でいっても、鼻息だけですむほど簡単ではない。

石ころだらけの中で独り宝石でいる覚悟がなくては務まらないよ。


 

[758]たこすけ[2019 06/15 01:25]
ひとつ確信できたことは
心も経済的にも貧乏のような詩を書いて、
それを同じような人間にみせてはやれ自分の詩をどうだかんだよなんてくだらねぇ。
さらに哀れなのが貧相で脆弱な企てのもと、
詩で金を稼ごうとなんて死んでも思ってやるもんか

詩を金儲けの手段として考えることは
いかに非効率的で、効率的にやろうとしたって
くそくだねぇ杯をどれほど飲まなきゃいけないんだろう

うんざりだぜ。ってことは俺の理想じゃないhてのは分かったな。
 

[757]たこすけ[2019 06/12 13:02]
細かいことの陥穽を人一倍見つけてしまう仙人に対して
細かいことを気にすんなというのもなかなか大変なんだからな。あっはっは‼️


まぁいいや。
先ほどつかった一流は何となく伝わる便宜的になものとして
細かいことは気にしないでもらいたい。
ふふふ。
だって、一流の詩人ねぇ。
そんなの精査したことないし、どんな基準で一流とよべばいいのか知らないが、詩を知らない人にも、世間に通用する詩人として名をあげてみた。ま、知名度が高いってやつだね。
知名度がたかけりゃ一流なのかという陥穽は承知の助だな。あっはっは。

もっと単純に吉増剛三なんてのをあげてもいいし、
谷川のオジイヤンでもいいんだろうな。
あはは。でも吉増ごーぞーみたいに自分の詩集を美術書並の値段で売りつける苦しみってのは多分本人しか分からないと思うけど
俺からすりゃ、どうしてそんな浮世離れした値段設定なんだよ。金がねーならバイトしろってのが正直な気持ちだ。分かり合えるはずがないな。
谷川のオジイヤンに一目おいているのは

どうもこの詩界隈に疑問を感じてる言葉があったような気がするからだね。
タコの言葉で言えば
ろくでもなさすぎるな。って感じ?

さて、理想か。
確かにないな。

いっちょ、ここらで理想というものを
追い求めてみるにしようかね。
じゃ、昼休み終わったから
またね
 

[756]ハァモニィベル[2019 06/12 02:10]
あまり説得力が感じられなかったぞ。
自信が持てないので、代わりに芸名を自暴自棄太郎にしてる人のようだ。印象はね。

これは推測だけど、
君自身がこうでありたいというその理想(あるいは願望)からは、自身の現実が遠いと(きみ自身が)感じるから、
心の底の方で自信を喪失してるのかも知れないな(そうだと決めつけてないよ)
仮に、だとしても、私にはふしぎなのは、現実を自分のイメージするものに発展させていく自信が薄いようだな。
上昇というか向上の意欲はあるだろうが自信が薄いな、という印象を受ける。

けれども、私の批評眼(一流じゃないかもしれないが)で言わせてもらえば、
きみの価値は、きみの理想(or願望)に達しないと存在しない、あるいは、だから三流というわけじゃないんだぜ。


この「蝶とシャボン玉」で、魅力的なタッコングをやれるのは君だけだろ。それは大した君の器量だよ。
他の人たちは、もっとずっと、ガラスのプライドの持ち主ばかりだからね。るるりらさんにしても、なかなか立派だと(わたしは内心)思っているよ。

しかし、君自身に、君の理想がなくて、ただ、名利通達したいだけの欲望の怪獣なのだとしたら何の魅力もないよ。

きみには《きみの詩》がないわけだからな。


さて、


>売れてるし、社会的にも認められているからね。

フーン。それだけの理由でそう思えるんだとしたら、きみは
タッコングではなく、タコやんというところだな。

>で、彼女たちを一流にしたときに、
>我らがタッコングは三流になるのは自他ともに認めるべきやな。

ヤレヤレ。誰かが一流だと自分が三流になるわけじゃないぜ。
三流は、三流だから三流なんだと思うけどな。
また、公認があるから一流とも思わないよ。公認論はまた別に考えてみよう。機会があればね。

実力というものについて、あくまで相対的なのさとタッコングが思いたいなら思ってもいいけど
そうすると、タッコングは、もしかして実は5流なのに繰り上げ当選で三流に上がってるんじゃないのと思われることにもなるよな。

そーゆー粗雑な認識の世の中では、繰り上げ当選の一流が跋扈することになってしまうよ。
それにさ、

>三流のやつが偉そうに一流の風ふかすなって

という認識もさ、どうなのかね。それは裏を返せば、一流は威張っても許しますって考えだろ。
しかも繰り上げ当選の一流に威張られるんだもんな。俺は嫌だな。

威張ってなくても、威張ってると受け取る卑屈な土人も、M78星雲には居ないんだよ。

理解力のある人に叱られるのはいいけどね。

でも、理解力のない人間に威張られるのは、人類的レベルで辛いことだよ。

ウルトラマン的にはそう思うよ。

さて、

最後は、タコなのかイカなのかわからない事を宣ってたけど、

そもそも、きみは、「人」に一流の味なんて求めないよ、と言っていたろ。
それについて説明してくれたのが、


人っていうのは、人間で
俺と繋がりのある人を示すよ。
無関係なやつに向かって
いきなりてめぇの店の商品はくっそまじーんだよ。
なんてことはいわないってだけ。


と言ってる、この部分だと思うんだけど。
さて、この部分、
「くっそまじー」を遥かに越えた珍味なほど論理が捩じくれてるように思うのは
私だけだといいけどね。


まあ、説明ベタだと自認している、タッコングだからね。
包丁で手術するのはやめておこう。

が、きみが一貫してタッコングであることを祈るよ。

時折、タコやんになっても平気というのじゃ、信頼できないからね。

>あっはっは!!

細かいことにこだわらないこの鷹揚さも大事だ、と君は僕に自信をもって説けばいいのさ。それが一番のおそらく君が持つ魅力であり

だからこそ、ここでタッコングの称号を持っているんだから。


ではまた
 

[755]たこすけ[2019 06/11 21:30]
まぁ、料理には失敗が付き物だし、
腹を下す連中をみて
自分が悪かったのと連中の腹の弱さを同時に責めるべきだな。あっはっは‼️

おい、ウルトラマンは三分しか待てないんんじゃなくて
三分で本気で必ずやっつける意思の表れだって見たことがあるぞ。
きーー。ひどいやつ、


欠点は指摘しないというか
おいそれそのうちに、欠点は自分の前にたちあらわれてくるものだろ?

あんまり言葉でもって輪郭をはっきりさせない俺が悪いのかなー?でも無理に輪郭を作ると生焼よりひどい毒を垂れ流すのもなー。難しいところだ。
俺の説明下手とか具体的説明、道筋はおいといてだな。
っはっは‼️


一流の味を何故、人に求めないか、か。

そうだねー。
それじゃ、具体例をだせば
一流の詩人って、現代社会では誰よって感じだけど
ここでは、サイカタヒさんとフヅキユーコーさんってことにしようかな。売れてるし、社会的にも認められているからね。

で、彼女たちを一流にしたときに、
我らがタッコングは三流になるのは自他ともに認めるべきやな。

三流のやつが偉そうに一流の風ふかすなって言葉が一番的を得ているように思えるけどさ。

一流のやり方、店構え、サービス内容を真似すりゃ
一流に似せかけることはできるけど
続くことはできないんじゃないの?
だってつまんねーと思うもん。
方法序説(俺のやり方)は確かに面白いかもしれないけど
内容をすべて把握してる人なんてこれっぽちもいないよね。
我おもうー我ありーみたいな感じで念仏唱えたって
どうにもなりゃしないよって意味かな。
内容をすべて把握したところで、
取り入れるのと取り出すのは違うしね。
面白いことじゃないと、多少の苦痛は我慢できないし、
続きやしないだろーなってことだから
人に一流なんてすすめたところで、キャッチーな部分しかつかもうとしないでしょ。おもしろくなければ。




人っていうのは、人間で
俺と繋がりのある人を示すよ。
無関係なやつに向かって
いきなりてめぇの店の商品はくっそまじーんだよ。
なんてことはいわないってだけ。
食った、うーん、近くに店もないし
また来るよぐらいだな。あっはっは。

けっこうひでーことはいってるつもりなんだけどな。

あっはっは‼️
 

[754]ハァモニィベル[2019 06/09 17:34]
週末怪獣タッコングには悪いが、ウルトラマンは3分しか待てないんだよ。

まあ、タッコングの吐き出す「撰」ビームの感じはわかった。

「タッコング、きみのたこ焼きは、なま焼けだよ」とか言っちゃいけないわけだな。
撰には、正露丸が必要だな。

さて、


>一流の味(中庸)なんてものを、人には求めないよ。

というきみの、想定している「人」というのが興味深いな。それについては、もっと説明が必要だな。

>どうやってその味〔一流の味〕をだせばいいのかもしらないし

そーゆーのを、伊藤仁斎は「自暴自棄」と言ってるが。

俺の考えでは、それへの処方箋が「性善」説であったのが、古代・中世でね。
聖人君子は理想だった。
ところが近代以降は、現代もそうだけど、聖人君子の価値が暴落した、というより、聖人君子であるほど地面に咲く悪の華になりがちだ。

低俗なデカダンスと 聖人君子の悪の華の 区別がつきにくい時代になっている。だから味覚が大事なのだよ。


>二流の味はそれはそれでいいさ。うん、楽しかったと笑う。

二流の味が楽しいか、疑問だけどね。B級グルメのことを言ってるなら納得できなくもないな。
もっとも、俺的には、B級グルメの中にも一流と二流があるような気がするけどね。

>三流の味のなかに、何かいい点を見つけたりして話し合う。

なるほどね。「一流の味は求めないよ」というタッコングなんだから、当然そうなるだろうね。欠点は指摘しない。
ただ、「見つけたりする」「何かいい点」がどんな点なのか興味深いね。二流の楽しさでないといいけどなぁ、と何となく不安だね。

そこで、心を開いてくれたなら
二流の味のために、公式めいた答えでなく、
その人にあった答えを一緒にさがせれ〔ママ〕たらと願うね。


「その人にあった答え」というのは、例えばどんなものなのか、事例を上げて説明できるかい?
(➡ 口先だけのキレイ事を言う人間を「郷原きょうげん」というのだから、
    きみは違うと示す意味で、そこは具体的に説明すべきだね。まあいいけど)

良薬は口に苦し、というだろう。オブラートにくるんで飲ませられる薬だけがクスリじゃないぜ。
飛び上がるほど痛い塗り薬もあれば、太っとい注射もある。

もっとも、私のように麻酔もかけずに手術するのは、異議もあるだろうけどね。どんなに手際が鮮やかでもね。


因みにさ、孟子でも荀子でもなく、ソクラテスの弟子プラトンでもないが、
『坊っちゃん』の作者:夏目漱石の弟子と言えなくもない、

内田百閒は、彼の有名な紀行の中で、用事もなくただ旅をするときには一等列車に乗りたい。用事のある時は、三等にも乗るだろう。
 「しかし、どっちつかずの曖昧な二等には乗りたくない。二等に乗っている人の顔つきは嫌いである」
と書いてるよ。

頑固オヤジの店がはやるのに似て、
内田百閒は愛された随筆家(小説もある)だったね。

それは、
性善なるものを愛する人間の、自然な反応があるからなんだと思うよ。


おわり。
 

[753]たこすけ[2019 06/08 12:06]
そうだ。仙人。週末デートみたいなもんだぞ。
平日中にやるのは仕事とさじごとだけでいい。
まぁ、わかってくれたならサンキュー。
わからない奴だったら、あの仙人は多分釣りが下手くそだ。
待つことが苦手な仙人なんてみたことねぇぞ❗️って思ったろうな。
まぁ、仙人なんてみたこともないけどね
あっはっは‼️


まぁ、なんかわかったようなわかんないようなまま進めるよ
善と悪についてのだいたいの理解はある。
車で俺はお巡りを見ると、敵だ。警戒しろと家族に注意を促してシートベルトの確認をするからね。


あんまり話すとこんがらがってくるから
いっこだけね。

性善説の先に中道だとか、中庸があって
狙い定めて、現実的な最適で最良な選択をおこなう
ベルたんはそんな行動にしようと努力しているって感じだろ
そんな風になれたらいいなと酔っぱらってなきゃいつも思うけど。(アルコールより憎しみ、怒り、嫉妬のほうが血中に溶けやすい)
なかなかにそんな風な対応でいきていくってのはねぇ
仙人をみりゃわかるぜ。あっはっは‼️じょーだんだ

孔子の意思をついだ孟子は性善説を展開してったわけだけど

孔子は中庸に徹するというのは、自分の激しい性格への戒めともとらえられる。きっと弟子の顔回を孔子が愛したのは
何事にも穏やかでいられる顔回がうらやましかったんだとおもうなぁ。

でさー、孔子は中庸に徹する人間だけがいいとなんていってないわけ。次善として、狂者(ベンチャー精神溢れる人)と狷者(一刻者、頑固者)に選択の候補をみたわけだ。
友達にするなら、徳のきょうげん(文句だけは言う連中)たちよりそいつらのほうがまだいいとね。
でも、中庸の精神がいないよのなかだけど狂者と狷者だけを友達にするなんて、なんて視野の狭まる生き方だろうと思うけどね。その連中はだいたいとんでもねー連中じゃないか。

だから時にきょうげんになりさがり、徳を下げることもあるだろう。同時にそのひとが時に、痩せ我慢のすえに中庸に手をとどかせようとしている人間なんてたくさんいるじゃないか。
もっとそういう人間を味わっていこうぜってだけさ。
俺にとってはね。


ま、あくまでも「教え」だから、俺の考え方を含めての、
苦しいけれど、次善にそんなひとと交流しなさいよってのが孔子の現実的決断だとおもうけどね。

で、なんのはなしだっけ?
ベルたんのはなしはなんだか難しくて
最初に何をいえばいいのかわかんなくなるな。あっはっは‼️

一流の味(中庸)なんてものを、人には求めないよ。
どうやってその味をだせばいいのかもしらないし
二流の味はそれはそれでいいさ。うん、楽しかったと笑う。
三流の味のなかに、何かいい点を見つけたりして話し合う。
よぉ、俺もだいたいおんなじ味なんだけどさーって感じで

そこで、心を開いてくれたなら
二流の味のために、公式めいた答えでなく、
その人にあった答えを一緒にさがせれたらと願うね。

それが、「撰」へのとおいとーおい道だと思ってる。
 

[752]ハァモニィベル[2019 06/07 22:55]


まあ、君の「週末まで待ってろ」宣言はタッコングの言葉として、
若き仙人に届いたよ。(君の多忙を考慮して返って恐縮した。はっはっは)


では、参考までに補足して置くよ。

 善=正義 という風に頭を混乱させて平気な人がいると困るんでね。

 「正義」っていうのは、相対的なものだから、甲と乙が争えば、正義は主観としては二つある。
 これは、当たり前のことだ。
  判決は1つだから、それが妥当な正義と言えるかも知れないが、裁判官5人が全員一致とは限らないからね。それを考えても、正義は相対的だ。文化も背景も事情もそれぞれだからね。

 そのこと と 今話題にしている

<性善・性悪>という問題とを混同しては、大分あたまが粗雑だと言わなきゃならなくなる。

性善っていうのは、

私の言い方で説明するとね、悪に対する不快感がある、という感覚・センスだよ。


赤ちゃんは、赤ちゃんなのに、アンモラルな行為を見ると拒絶感を示す。そして、善良な行為に好意を示す。
何ら、理性の働きを経なくても、直感的に善良なものを好きになり愛するのが、多くの人間の自然なんだね。


 「悪に対する不快感」というのは(念の為書いておくけど)

 赤信号無視を取り締まる融通の一切きかない狭量なお巡りサンの正義とは全然違うものだ。事情を抱えた相手の
 声が全く聞こえない耳は、そもそも正義の耳とは言えないだろう。

 そして、今度は、事情があるフリをする者の擬態が見抜けないフシ穴を正義の眼とは言い難い。

表面的、カタチだけの「善/悪」というのに几帳面すぎると狭量だ、ということになるよね。
「狭量」なんてものじたい、教頭か校長先生くらい悪だからね。


だから、ここで話題にしているのはね。

ボンクラな定規で測った善悪とは、全然ちがう(センス)の問題なんだよ、タッコング。


それは、文学的センスの問題になるだろ、結局。

(こんな風に言うと「文学」という言葉を死語だと笑う流行に敏感な人もいるだろうけどね)


流行主義者というのは、一見、人一倍 理屈張っている感じなのに、実際は、論理的な説明を理解するのが苦手な人が多い(内容を勝手に飲み込むのが得意だからね。豚の串焼きを食べて、ああヤキトリね的な人が多い),そういう印象があるからね、だから

直感的にも分かるように書いておけば、こうなる。

味覚のマヨラーは、けっこう、善悪の感性センスのマヨラーでもあるんだ、ということだね。


それは、「文学」のセンスと繋がっているものだ。




だから、
そんな感じなので、ここで、ちょっとこの話題が揚がっている、それだけのことだよ。
 

[751]たこすけ[2019 06/07 13:58]
クヮン・アイ・ユウという詩人がいる。
旅のなかで出会った詩人だ。
よく善なる魂からゆえの嘆きを見る
うっかり話しかけると、俺がその魂を汚してしまいそうでね
俺はなかなかに話しかけられないでいる。
彼を見ているとね。
生き延びるなんて、危なっかしい言葉が
彼の人生においてはよくあることなんだろうな
常に生き延びるのが現実なんだね。

善が善であるために
時には悪を滅ぼすのでなく、悪の価値を認めねば
善なる魂は滅ぶか、
自らが選ぶ善に近づこうとするカケラを拾っていくうちに片寄った栄養になる気がする。
善のままでいたいという希望かワガママなのか知らないが
ただ、彼を見ていると生き延びてほしいと
思う気持ちは善なのだろうか

善で生き延びることは恐ろしい道のりだと分かっているのにね。

これは性善性悪の答えじゃない。
土曜日にポヤヤンと書くよ
ずっと考えて、仕事で
必死に息抜きして忙しかったのさ
そろそろ、明日は休憩できそうなんだ
あっはっは。
 

[750]たこすけ[2019 06/07 13:46]
ほんとうに土日待てない仙人だなー。
まぁ、仙人に土日なんて概念を期待する俺がいけないのかもしれないけど、あっはっは‼️
 

[749]ハァモニィベル[2019 06/06 22:11]
The End のあと、特に続ける必要もなかったな。
(タコの足音が一本もしないしな。)



因みに、赤ん坊の8割は性善で、2割が性悪だ、という研究があるよ。

パレートの法則によれば、2割のものが全体の8割を制するそうだからね

政治学では、性悪説が常識なのも頷けるだろう。



また、同じ人間でも、環境や年齢を重ねていくと、変わるのも確かだね。

私は、女子高生から中年の主婦、さらに老婆まで、大勢の多彩な悩み相談に応じる仕事をしていた時期があるけれど、おもしろい事にさ、

女子高生の8割は純粋な心を持っているのに、中年の主婦になると(かつて女子高生だった彼女たちの)その8割は、純粋とは言えない性格になっている。

40歳すぎても、純粋な心を失わずに、大人もやっている人はごく少数だ。

男の場合はどうか。例えば、弁護士を見てみると、若い頃は正義感にあふれていて良心的な人はけっこう多い。しかし、二十年くらい経つとどうなる人が多いかは、世間を見渡して見れば判るだろう。

それでも、青年の頃以上に交渉力がUPしていながら、青年の頃以上に誠実さに磨きがかかっている人も、ごく僅かながら存在する。

おそらく、一人の人間は、フツー、生まれた時には、善の割合が多くて、悪の割合が低いのだ。それが段々、人生のなかで風化して、悪の割合と善の割合が逆転するのだろう。
(生まれた当初から悪の割合が濃厚な奴らが混じっている影響だろうな)


だが、ごく稀に、どんなに風化しても、悪に染まらない、性善の純度が高いひとがいるのだ。(オセロの角のコマのようにね)

性悪の濃度が濃い人間が僅かに散らばっているのなら、

混じり気のない性善なる人たちも又、確かに、ごく僅かながら散らばっている。

そんな、哀しいミュータントのような人間のなかに、さらに僅かに詩人と呼べる人たちが埋もれているような気がする。




では

Thanks a lot. まだ見ぬ友人たち
 

[748]ハァモニィベル[2019 06/04 09:39]
いや、生まれた時点で、という決定論ではない。また、百人が百人全員同じという議論でもない。
自分はどうであり、他人はどうであるように見えるか、というきみの考えでOK。
(面白まじめに頼むよ)
 

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