薄桃色の
柔らかなパジャマ越しに
君の左胸に
そっと僕の手を置く
温かくないけれど
正しくもないし
なんの役にも立たないけれど
君にあ ....
灰色の老人が
灰色の部屋に
冬晴れの空より蒼い
バケツを忘れていった
その、つるりとした底面に
透明な昆虫がうじゃうじゃ蠢き
透明な手首を噛 ....
ベッドに
開かれたままで
一冊の絵本が載っている
水と絵の具で描かれた
くすんだ楡の木の下
涙を拭っている女の子の頁
その上に犬が寝そべっていて
....
いいですか
コンクリートの塊を
右脳の隅に沈めておくから
ちゃんと見ていてくださいね
そう言われたのは
日曜日のことだったので
ひょっとする ....
空き缶がある
中に一匹の蝿がいて
ぶんぶんと旋回している
わたしの耳に聞こえている
耳にだけ聞こえている
蝿は蝿を欠いている
蝿は蝿を欠いている
....
事が終わると君は
床に落ちた下着を拾い
なまぬるい脚をとおした
ブラジャーをつける前に時計を巻き
白いシャツを着る前に
メンソの煙草に火をつけて
事が終 ....
最後だから笑った
夏の日のあなた
帽子をとって
強すぎる陽差しと
埃を纏う風を浴びて
長い髪をそっと押さえ
頬をそめて笑った
誰よりも ....
真夜中
あなたは赤い花弁に
最後の口づけを済ませ
ぼくの背中に取り付けられた
古い扉を抜けてゆく
そこから先が
本物の冬
煙草を吸 ....
赤茶けた数艘の漁船が
死んだように泊まっている
コンクリートでできた堅い半島は
港と呼ばれる寂しい場所だ
秋の空の蒼い果てで
透明な名も無き巨人が
白雲 ....
正午ぐらいに
この公園の上空に
赤い飛行機がやってきて
幾つかの小石を落としてゆくのを
その妊婦はじっと待っている
背板にコカコーラのロゴが
描かれたベ ....
永い夜の後に
束の間の朝が来て
君はシャワーを浴びている
水の弾けるその音だけを僕は
窓辺に立って、じっと聞いている
冬の朝陽に目を細め
少 ....
橋の下の叢に
ひっそりと落ちていた
真珠色の受話器と
捩れてしまった一本のコード
その先は川に入っていて
その更に先は
わからない
暮れ時、水面に ....
白い雪が
透明に変わるころ
蛇口を静かにまわして
飲みかけのビールを捨てる
部屋を照らしている
つけっぱなしのテレビ番組と
灰皿に残った、ただ一本の吸殻 ....
私があなたを好きになった日、
私の心は赤かった
闇夜に灯った明るい火の輪
一頭のライオンが駆けてきて
ひと跳びにくぐり抜けていった
その先は草原になっていて
....
寒い日は
煙草を一本吸うことも
悲しみに沈むことも
完璧すぎるほど完璧なのです
だから、なるべく
傷を負わないように
躓いたりしないように
....
暗い夜には
一羽の鳥がやってきて
私の口に潜り込むと
枝を使って舌根の辺りに巣を作り
数個の卵を産みつけ飛び去ってゆく
朝、私の舌で
殻を破 ....
彼女は桜色の服を着ていた
胸はどちらかというと小さく
前髪は幼く整えられていて
なにかの花の香りがした
彼女はただ、
ある朝、部屋に入ってきた
....
そう、
昨日は
冷たい雨がふったけれど
今日は穏やかな太陽が出て
きみの背中を温めている
そこにだけ、ぼくは手を載せている
取るに足らない日曜日の
....
その町は無口なので
バナナという言葉がひとつ
朝の庭で凍りついている
曇った窓の向こうでは
魚一匹棲んでいない
汚い川に沿って伸びる土手を
雪をかぶった ....
籐椅子に体を沈めて
女が自分の手首を切っている
カッターナイフで
夢心地な眼で
なにか、神聖な
儀式の準備をするように
女が自分の手首を切っている
....
テーブルにのっていた
紙きれを払いのけ
かわりに君は小石をのせた
それから僕たちは
慎重に言葉をえらび
他愛ない話をし
ベッドのうえで抱きあ ....
くろい猿が
しろい脱臼をする
夜
きみの寝室で
アメーバが鳴いている
君は唇を震わせる
火を点けたばかりの
赤い輪郭をした石炭を
心の何処かに抱えるように
愛することは愛を傷つけ
悲しむと悲しみは消えてしまう
....
古い五線譜からきみは
しゅるしゅると一本を抜き取り
四角い枠を作ると
そのなかに月面の色を塗った
それは正しいことだ
それは、正しいことだ
ぼくたちの耳 ....
西日でぬるくなった床に
灰色のハンチング帽を落とす
埃の膜がふんわりと散って
光の白い模様を描く
リュックサックをベッドに抛って
窮屈なコートをハンガーにかけ ....
もう一人の男が
頭上にぶらさがった紐を引く
紐は暗闇に続いているから
暗闇が落ちてくる
どさりと一斉に
砂袋から砂が溢れるように
完璧に渇い ....
卵の殻に
ネオンの光は
必要ない
ゾンビが枯れ枝を振っている
世界は、
雨降りの日の
アスファルトのことです。
女の
....
ねえ、見て
直方体が焼けているわ
彼女は楽しそうにそう言い
赤々と輝くオフィス・ビルを
親指と小指に挟み
水槽に
落とす
....
あなたの腿に
手を置く
その
柔らかさの奥に
生きていることの
鋭いさびしさがひしめいていて
ぼくの心に
さっと
一 ....
九月の市民球場を
木枯らしがさらってゆく
土埃を巻き込んで
ピッチャーのいないマウンドと
帰る者のないホームベース
永遠のような
0対0
僕は欠け ....
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