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参照先不明 参照先不明 参照先不明 参照先不明 参照先不明 参照先不明 参照先不明 仲良しだったリイくんを皆が「くさい くさい 朝鮮 くさい」と囃し立てたとき、皆に混じって口パクで「くさい くさい 朝鮮 くさい」と言ってしまった、そんな苦い記憶を紛らすために餃子を口に詰め込む。「住所とギョウザ」はそんな詩です。朝鮮の食文化として、ニンニクが多くの料理に取り入れられています。私もナムルだとかスペアリブのコチュジャン煮込みなどをたまに作る程度の体験ですがそれを実感します。ただ食後のニンニクの臭いは嫌われます。それがニンニクを欠かせない食文化をもつ一民族をからかう根拠になっていいわけではないのですが。 何故こうもニンニクは嫌われるのか。みんな美味しい美味しいと食べているのに。パスタも焼肉もギョウザも。嫌なのは人の臭いをかぐこと、そしてそれ以上に、人に臭いをかがれることとそれを隠しようがないこと、かもしれません。宗教上の禁忌というのもありますが、真面目な修行僧以外関係ないはずなので、まあ「恥」でしょう。その恥で自分も、他人も罰してしまう。 しかしその恥あってこそニンニク料理をたらふく食べるときのテンションは上昇するのでしょう。破るには手頃なタブーで、破る代わりに美味を得るという。ニンニク入りのギョウザが日本でこれだけ定着したのは、日本人がニンニク大好きだからに決まっています。「住所とギョウザ」だって、ギョウザがニンニク入りだという共通認識なしには成り立たないのですから。 #遅くなりましたが、私の持ちネタは全て書き終わりました。怪獣や古代生物など、未知の食べ物の想像の話もでて、楽しめました。私もダイオウイカの味を幾度も空想したクチで、それを思い出しました。映画や歌詞は知らないものが多かったので、機会があればチェックしてみます。 by 深水遊脚 参照先不明 参照先不明 参照先不明 参照先不明 中川さん、はじめまして、アトリエ屋でございます(^^ゞ Perfume「ポリリズム」…元YMOファンとしては、気になる音楽でした。「不思議なガール」では踊りマジックに魅せられ…「ねぇ」では、ねぇねぇねぇ←と活字にしたら胸くそ悪い詞を、みごとにユニット作品にしてくれて…気にいっております! ことばだけでは、気恥ずかしいことが、リズムや音やパフォーマンスと合体すると、生き生きしてきていいなあと思う次第 ★で…Kate Bush(ケイト・ブッシュ)の歌 「 BabooshKa」←意味のわかる人いたら教えてください! 「♪ねぇねぇねぇ」リフレインしてたら、急に「♪ぱぶしゅかぱぶしゅか…」になってしまい…はて?お恥ずかしい話、昔は輸入版でLP買うのがかっこいいと思っていて、歌詞の内容わからないままのものの代表が、 この「BabooshKa」携帯から検索して調べてもわかりませんでした(;_;) by 阿ト理恵 参照先不明 参照先不明 参照先不明 参照先不明 #まったく話の流れをみていなかった…ちょっとオフ会ですって!? #しかも馴染みの面子が多いじゃないの #28日行けないよ! 年内にまた設定してくださいよー… by 田代深子 やるとしたら合評会ですかね… もちろんこのスレッドに合った方法でやりたいですね 元ネタや書いた手順を明らかにしながら 勉強会もいいかも ひさびさにレジュメきってみるのも悪くない 有名な詩人の作品をとりあつかって ちゃんと調べて検証する とかね 年明けに何かやりましょうか もちろんそのあと呑む! by 田代深子 ●中川さん!ドラムやるんですね!わたしは昔、ピアノ弾き語りやバンドやってました(30年くらい前ですみません(^^ゞ) ポストロック!よいねぇ〜アイルランド音楽みたいで好きです! 是非、また新しい音楽紹介してください! ●奥主さあ〜ん!あたしゃ、元YMOファンだけではない。1stアルバムから現在まで矢野顕子の大ファンだあ! はっぴいえんども好きだ!ちなみに好きなアーティストを並べておく。坂本龍一、フライングキッズ、オリジナルラヴ、シーナ&ロケッツ、山下達郎、竹内まりあ、荒井由美、細野晴臣、小曽根真、小山田圭吾、奥田民夫、ジャニスジョプリン、ケイトブッシュ、チャー、レッドホットチリペッパーズ、U2、ジャクソンブラウン、ボビーコールドウェル、オアシス、マリアンヌフェイスフル、デビットボウイ、コステロ、クイーン、ローリングストーンズ、ジミヘン、ジュフベック、サディスティックミカバンド、エンケン、リッキー・リージョーンズ、ポリス、スティング、ブラー、井上揚水、大貫妙子、谷山浩子、NSP、風、原田真二、東京スカパラ、暗黒大陸じゃがたら、キースジャレット、シベリウス、シューマン、バッハ、ショパン、ドビュッシー、サティ、コダーイ、バルトーク、ジョージウィンストン、グレングールド、バルトーク、湯山昭、ごちゃまぜにあげてしまった。基本、演歌以外、OKなのである。マニアックなMusicianはいつか〜m(._.)mあっ:-)の《ルケーチ》はいいぞ! 音楽&映画の話にはテンションあがってしまう〜! by 阿ト理恵 参照先不明 実際に会ってみないとわからないこともある by 花形新次 >>509 大人目では解りずらいですが、奥主さんのごろんで、娘の緊張がほどけて膝枕してきました。 大人目発言で娘を泣かせましたが、雅樹ちゃんが優しくてS先生とお姉さんは大好きになったようです。(笑) 二次会も行きたかったですね。(一番無理な人がよく言う。) この度はありがとうございました。<(_ _)> また、飲みましょう! by 鵜飼千代子 昨日のオフ会に参加させて頂きどうもありがとうございました。 とても楽しいひとときを過ごさせて貰って感謝致します。やはり、実際にお会いするといろいろ勉強になることや文章では分からないそれぞれの方の印象があると思います。少しおしゃべりをしすぎたかと反省しております。ご迷惑おかけ致しました。また、機会がありましたら是非参加したいと思います。その折りはよろしく御願い致します。 by ……とある蛙 参照先不明 はじめまして、アトリエ汁に召喚され、わらわ丼あらわれました。 少しだけお邪魔します。 ・八戸せんべい汁の補足など 青森県八戸の郷土料理。八戸せんべい汁オフィシャル応援ソングがあります。 トリオ・ザ・ポンチョス/【八戸Ver.】好きだDear!八戸せんべい汁 http://www.youtube.com/watch?v=bdhNQoCGN_k さらに振り付けを覚えたい方は。。。 http://www.youtube.com/watch?v=l9y_cdZbRRw ・ちなみにヒカシューは、巻上公一のソロアルバム「民族の祭典」の「イヨマンテの夜」が好きです。 http://www.youtube.com/watch?v=vE4xLkLkBkw by 殿上 童 参照先不明 >>522 >この「炭鉱町ブルース」(内容は深刻なものであった)の替え歌を作った高校生がいて、それを既に売れっ子の「フォークシンガー」になった歌い手が上手に作り変えたのが、高石友也の「受験生ブルース」という歌でした。 この高校生に某かの入りがあったのかなと、思いを馳せました。 ニフティーの友達で、現在大河ドラマで活躍している俳優が過去に歌った楽曲によく似た元歌を、作詞家の「作詞道場」のようなところに投稿して、その作詞家の作品として若干手を加えられて作詞家自身の作と発表され皆があっけにとられながら、売れに売れ、「ありがとうございます」なのかな。と、作詞家志願魂が砕け散る思いを共有したことがあります。 詩の世界でも、弟子にあたる人の詩をほぼそのまま自作として発表し、「盗作」として断罪されながらも、その後も詩を書いて評価されている方もいます。 歌詞と違い詩の世界は、収入がそれほど絡まないので、醜さもほどほどなのかもしれませ んが、いただくために書くのではなく、人生なり、金銭なり、自分のもちものを差し出して 向かい合っているのが詩なので、「地雷」はあるのかもしれません。 by 鵜飼千代子 参照先不明 >>525 前半部分は、山本太郎です。こちらで少し触れられていますが、お耳にされたことはありませんか? http://homepage2.nifty.com/masaoka/yama.htm http://pesyanko.itigo.jp/wiki/index.php?%B2%E6%A4%E2%B9%D4%BF%CD%BD%A9%A4%CE%A4%AF%A4%EC http://www.h3.dion.ne.jp/~kuikui/6.htm 数年前、俳句の世界でもありましたが、つい先日、同人詩誌の「山脈第二次」でも、同人が同人の作品を若干書き換えて他の詩誌に投稿したというのがあり、そのことについて頁を割いていました。厳格な筧さんが生きていらしたらどれほど苦しまれたことか。それを重々承知の上で、「ダメなものはダメ」と、隠さなかった後継の皆様の気持ちに「筧槇二魂」はまだ灯っていると、淋しい気持ち1/3、「負けるな」という気持ち2/3を持ちました。 商業歌詞については、そうでもそうでなくても営業妨害だと裁判になりかねないので、こうして詩をみんなに見える形で発表している人は、全て被害者になる可能性があるから気をつけてと言うメッセージに留めたいと思いますが、よろしいでしょうか。 「夜は暗い路地は歩かない」のように、出来るだけ明るい通り、人が沢山読んでいる場所に発表する、現代詩フォーラムのようにですね、それは、読んでもらわなければ話にならないのであれば、自分を護るひとつの手段だと思っています。 追記 本文冒頭部分、「前半部分」ではなく、「後半部分」です。レスがついているので本文の修正ではなく、追記により訂正致します。 by 鵜飼千代子 殿上わらわ丼さん!アトリエ汁より お呼び立てして申し訳なかったです(^^ゞ わたしの携帯からは、なぜか、このスレ内容を確認するのに10時間くらい差があることが判明し、レスが遅くなりました…ごめんなさい…m(._.)m つまり今、殿上わらわさんのコメントを読んだ次第。 ありがとう! ●:-)さん、スレ主旨がやはり理解できず、…変なコメント許してくれ〜(^^ゞ では、しばらく傍観しています故。わらわら… by 阿ト理恵 参照先不明 参照先不明 参照先不明 参照先不明 現実を詩にどの程度書くのか について mixiの日記に以前書いた物なのですが、ピカソについての本の感想文です。参考になるかどうか分かりませんが、以下のとおりです。 「ピカソ」という岩波現代文庫の本を突然読んでしまいました。 何気なく立ち読みしていたのですが、キュビズムのことが以前から根本的には理解できていなかったので、思わず買って読んでしまいました。 もちろんピカソの作品は写真などでたくさん見ています。「ゲルニカ」や「泣く女」、ちょっと変わったところでは「ガートルード・スタインの肖像」(ピカソのパトロンだったユダヤ系アメリカ人パリ在住)など考えてみればたくさん知っております。 教科書ではキュビズム(立体派)のこと墓いてありますが、ただ漫然と代表的な作家にピカソやブラックがいるという程度しか書いてありません。 なぜ、印象派ではなくキュビズムなのか ということは全く理解していませんでした。 この本で初めてあーそうなんだと言うことが理解できました。 著者は飯田善國さんという彫刻家で詩人の方です。詳しくは本書を読んで頂きたいのですが、一言で言うと絵画は平面に現実を表現する物だと言うことです。写真もそうです。 しかし、どう頑張ったって、平面は平面で、立体的な現実を平面化することは出来ない。ここが出発点です。つまり、絵画は想像力という意識の運動とあいまって初めて現実を平面に表現できるということなのです。絵画という二次元的な一定の空間に意識の運動が最大となるような表現を行うことが絵画芸術の究極の目標ではないかとします。 そのためにはまず一あるいは二点透視による遠近法を捨て新しい詩法に従った絵画表現をする必要があると考えられるそうです。 つまり、?一つのイメージの最も遠いイメージに結びつけることに成功したとき?誰も予想しない新規奇抜なイメージを創造したとき?古いイメージの思い切った破壊?慣習的用法の破壊?前代の世界観の破壊?日常的なものの破壊?慣習化された修辞の新しい使い方などこれはなにか詩の世界に近いものがありますね。そうダダイズムやシュールレアリスムスです。 結局、多視点になるということはイメージの多義性にも通じ記号化に突き進むこととなります。 ところが、ピカソはクレーなどと異なり現実を本質と切り離しはしなかった。形相に人間性がある。つまり、本質と現実を区別するようなことはなく芸術作品が非人間的にはならず、古代人の芸術に近づいたのです(彼らに遠近法はなく、興味の対象は大きくまた、雑多な興味の対象がランダムに置かれたりします)。 ちょっと詩の書き方のヒントになりそうな部分がたくさん出てきますね。 大変興味深い本ですので、簡単に紹介させていただきました。 ※この本もっといろんなことがたくさん書いていあり、著者は全く意識していないと思いますが詩作に関してもすごく参考になる本です。暇なとき手に取ってみてください。 by ……とある蛙 >>550 >絵画は想像力という意識の運動で初めて現実を平面に表現できる この部分は「平面」でいいのでしょうか。「立体」の誤植かなと思ったのですが。 年頭の批評祭の時にコメントにも書いたのですが、同じメンバーでは同じ方向の発想しか 湧かず、ちょっと外に出た人間の発言がお土産になったりします。 世界はそれだけではないので、もっと欲しい。わたしにも、みんなにも。 面倒くさがらず(そもそもわたしが面倒くさがって卓袱台をひっくり返す寸前ですが) コメしてくださって嬉しいです。 夫々の方にコメする度に言っていて煩いのですが、ご自分を護りながら、共有出来る情報を 沢山書いていただけると、みんなの栄養になります。よろしくお願い致します、 by 鵜飼千代子 参照先不明 参照先不明 参照先不明 参照先不明 参照先不明 参照先不明 評価は適切すぎると人の心に波風を立てます。なにかムカつく批評があったとき、私はそこに本質をつくような何かがないかをさがすようにしています。酷評をやり過ごすコツは、着想に注目し、論理展開と結論を無視することです。極端ですが、感情を鎮めるには有効です。挑発に乗らなくて済むし。うまく活かせば自分でやる100の推敲より力を発揮するかもしれません。 と、新規投稿をここに2年近くしていない私がこんな話をしても何の説得力もないのですが。 #『詩のこころを読み』と最初に誤記したのは私です。自分の投稿だけ直して知らん顔してしまいました。申し訳ありません。この本がとても愛されているのがよく分かりました。嬉しいです。こうした人の愛着を大事にできない私はまだまだ推敲が甘いです。 by 深水遊脚 参照先不明 参照先不明 本田さん、みなさん、どもどもです(^^ゞ 「詩を書くときに、どういうことに気をつけているか?」について、考えて書いたら…やはりネットは早い…終わってたネタ で、質問、「2Ch」って、なにか教えてくださいませ。 YouTubeに半年前にゆけるようになりmixiはまだ2カ月というネット初心者でございますm(._.)mちなみに12年間、現代詩手帖もユリイカも手にもしておらん。詩学がなくなったことも最近知る。池袋ぱろうるもなくなったと推測しておる。 とほほ、みなさんの話しが、わからん… by 阿ト理恵 本田さん、ありがとうございますm(._.)m レスに調子に乗り、乗り(^^ゞ遅れた文章をアップシマス… ●本田さん提案「詩を書くときに、どういうことに気をつけているか?」について、考えてみた…。↓ 《きちがいにならないように注意してる》 それは、 昔の考えが載ってる雑誌をみてしまったから→「詩はたましいのたのしい仕事です。ことばを、いぢってつねってはぢいてぐりぐりしてつまんでころがして殺してしまいそうになることもあり、心中事件にもなりかけ、しかしながら、ことばが大好きで、呼吸も忘れるくらい格闘していたら、もう、やめるわけにゆかず、誰もわたしをとめることができず、気がついたら、わたしのなかのことばが、ひらがなひらひら愉快に踊っていました。スピード感の違いでしょうか、中略…バカボンのパパなのです。…後略」毛穴からも、ことばが溢れて、とどのつまり、きちがいになり精神病院ゆき。ラストに12万文字にも及ぶ長編詩を書いて、きっぱり詩壇から足を洗った。 それから12年。 mixi日記をはじめたのをきっかけで、なんとなく、また詩を書きはじめてしまった。 今、詩を書くときに、わたしは、きちがいにならないよう、詩を書くことでたのしい日々になるよう気をつけている。 (今は精神は病んではいないので、あしからず) 最近は写真(絵など)+ことば=詩にはまっている。どこまで、ことばを削って、伝わるのかと…。骨のような詩、木のような…短い童話のような詩…を書きたいなあと思っている。 以上です ●ちなみにアニメの実写版について…宇宙戦艦ヤマトはゆるせん!キムタクを出したとしても、いかんのであるm(._.)m by 阿ト理恵 参照先不明 参照先不明 参照先不明 突然 詩歌の押韻に関して思っていることを少し(笑)。 私は以前は分かりやすく音数律で詩の愛誦性が高まると単純に考えていたときもありましたが、現在はそれだけではないと考えています。 飯島耕一の「定型論争」という往復書簡集でもふれられていましたが、音数律以外にも日本の詩における押韻の可能性は探るべきではないでしょうか。 ご存じのとおりに七五調も五七調も休符を含んだ四拍子だと分析されています。 音楽的には四拍子以外にもいろいろな拍子があります。日本の詩歌の場合、弱拍、強拍の問題も除外しています。 しかし、ヒップホップを日本語で行っている歌手も非常に多い(必ずしもうまくいっているとは思いませんが)現状からは弱拍 強拍それも加味できるような気もします(独自の見解ですが)。日本語の場合、アクセントにはある程度の押韻が必要です。そのまま行っても三三七拍子の眼鏡屋のえせヒッピホップのようになってしまいます。 すでに口語自由詩は自由律ということで獲得してきた多岐にわたる芸術性が行き詰まっている現状から、詩の韻律の再確認が必要だと思います。 しかし、安易に方向付けは出来ないのが現状だとは思います。きちんとした検証と実践(実作)が必要だと思いますが いかかでしょうか?それを試行錯誤することも必要だとは思います。どうでしょうか。 by ……とある蛙 詩の発表ということで… 小池房枝さんや鵜飼さんが「茨木のりこ」さんについて書いていたような記憶が で《櫂》わたしの憧れだった 茨木のりこ・川崎洋・谷川俊太郎・岸田衿子・吉野弘・田村隆一…。 同人誌やネットでの詩人の交流を全く知らないので…。 みなさんは、このフォーラム以外で、どこに作品発表してるんですか? by 阿ト理恵 詩の朗読に関しての思いつきなのですが(つまり、何の検討もしていないことなのですが)、ひとつ述べます。 詩は黙読するものであるとしか頭の働かない人(THATS IS GENDAI-SHI) つまり、ある種の特殊な人たちを除き、詩に朗読はつきものです。 詩の朗読について すべて、読み手の感性に委ねて当然よいのですが、そこには自ずと拍子も速度もあり、かつ、言葉の重さによる強弱もあると思います。よく内在的リズムと言いますが、もっと意識的にリズムを考えれば、言葉の外に何らかのアクセント記号をつけてはまずいのでしょうか? 特に朗読することを前提とした詩を書くのであれば、テーマによってはAccelerando (アッチェレランド)するような詩や、Ritardando (リタルダント) するような詩を書くこともあろうから、本文の外に、速度記号をつけなければならないとも考えられます。 そうでなければ作者の考えている本来の詩の朗読の味わいがでないかも知れません。 欧米などでは言葉自体に弱拍強拍があって、また脚韻など数を含めて決まりがあるためあまり問題にならないようですが、日本の口語自由詩では読み方の指定がむしろ必要ではないかとも考えられます。 こういう考え方は目一杯音楽的なのでおかしいのでしょうか? by ……とある蛙 参照先不明 >>644 オペラ、アリアなどの前振りというより、ウッディガスリーやボブディランが歌っていたワンコードブルースの方のイメージが強いですが。私の頭の中では(笑)。 現代詩フォーラムにアップしたものではあまりポイントは付きませんでしたが、「独り遊び」なんかはその線です。読み方指定の記号をつけたら、もう少しポイントはいったかなぁ(笑)。 by ……とある蛙 「宮算賢治ジャズに出会う」という本のメモです。 感想文を書くゆとりがない(笑)。 いわゆる通常の詩の音韻とは違うアプローチの仕方の参考になればっと。 宮沢賢治の詩的リズムの推移 ?57577短歌 ?734短歌的終止 ?3443俗謡系 ?337わらべうた系 ?447仏教歌系 ?十五音=律 77の俗謡 当時のジャズの特徴 ?シンコペーション(ラグタイム) ?インプロビゼーション(アドリブ) スコットジョプリン ラグタイムピアノの王様 ずれたシンコペーションがジャズの特徴 宮沢賢治の言葉にもパノラマ的 ラグタイムが感じられる。 ダダイストの辻潤や 中原中也が絶賛 二人共賢治と違い過ぎる 辻潤はアルプスに行くなら「ツアラトウストラ」を持ってゆかず「春と修羅」を持ってゆくとしている。 中也と賢治の奇妙な関係。 二人とも名辞(概念)以前の現識 言葉など概念以前の心象を言葉によって表現しようとしている矛盾。 草野心平 同人誌銅鑼当時からの賢治の理解者 死んだ後も賢治を絶賛 しかも将来性があるとかそのような半端なほめ方ではない 天才と呼ばれる者としている。 岩手軽便鉄道七月(ジャズ)において 賢治はソロでインプロヴィゼーションをしていて、 岩手軽便鉄道はリズムセクション イーハト−ヴの風景や風、北上山地は伴奏者だ。 とする。 東京の浅草や銀座でモボ、モガが盛んに歌うジャズは 歌詞ではジャズジャズと叫びながらジャズでは決してないようだ。 詩の中でジャズという言葉を使用しないが、 賢治の詩はジャズ的なものである。 アフタービートのラグタイム→ざらついた質感の言葉 インプロヴィゼーションの言葉のパノラマ まとまらない(笑)。 by ……とある蛙 知らない間に当番??ちょっと気づかなかった(笑)。迂闊でした。 ところで、オノマトペの話など オノマトペについて少し オノマトペは擬声語擬態語などですが、いわゆる伝達手段としての言葉としては原初的なもので直接心に響く可能性の在るものです。 詩の中でうまく使えればこんなに強烈な手段は在りません。 日本語の音韻を考える際、重要な表現方法と言えるのではないでしょうか(音数律、強拍弱拍の問題との関わり双方)。 宮沢憲治はもちろんもちろんオノマトペの使い方が巧みです。 中原中也もサーカスの詩などで使っています。 造語も可能な領域なのでかなり詩において有用性が高いと思われます。しかし、オノマトペに関する理解は 現状、個々人の感覚に委ね過ぎではないでしょうか。何かよい本が在れば紹介してほしいと思います。 吃音と撥音についてのランダムワーズ 吃音的思考の中で 促音が音叉のように 響き渡る 長音と撥音の区別の無い思考の中で 一音節が何を語るのか テンションとリラックスの繰り返しが微妙にずれる 吃音的身体運動 かくかくとした動きの中に 撥音が音叉のように鳴り響く ※吃音と撥音、長音についても何かわかりやすい本ないかなぁ等と思っています。 by ……とある蛙 参照先不明 参照先不明 「音楽が聞こえる」MEMO れいによって、メモです。ごめんなさい。 賢治 メンタルスケッチの構造 音楽・風景→メンタルを開く メンタル→言葉を生む とすればオノマトペは重要な要素である。 賢治は音楽こそメンタルを開くもので そこで始めて心象をスケッチする言葉が生まれるとする。 メンタルをモディファイして言葉に定着する。 朔太郎 反復→変化して反復 変化して→反復 脚韻と異なる。変奏曲的なもの 白秋 作曲と作詩の関係 作曲し易い詩とは 必ずしも押韻の問題ではない。 中也 サーカス ゆあーん ゆよーん ゆやゆよーん このオノマトペはブランコ おそらく音楽を常に意識していることは朔太郎と一緒だと考えられる。 よく初対面の人間にサーカスを朗読していたようだ。 そして、オノマトぺ部分はかなり思い入れたっぷりに朗読したそうな(大岡昇平談)。谷川俊太郎は詩の朗読に思い入れは絶対ないそうです。 ※この本 エッセイなので理論的ではなくあくまで印象でしか書いていませんが、詩と音楽との関係でうなずける部分はあります。 by ……とある蛙 参照先不明 参照先不明 >>665 ゆらーんとぶらーんを併せてできたのではないかと思っていました(笑)。 法則とはきちんと合っていませんが。 以前書いた「生活の孔」ではリズムばかりを考えて書いております。参考までに。 http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=198990&from=listbytitle.php%3Fenctt%3D%25C0%25B8%25B3%25E8%25A4%25CE%25B9%25A6 by ……とある蛙 参照先不明 参照先不明 あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。 ところで、書くこと当番はもうあけましたでしょうか。少し不安です(笑い)。 アメリカ現代詩を読む 金関寿夫著 1997年 思潮社刊 の中からインディアン詩を中心に参考になりそうなところのMEMO めちゃくちゃ難解だが、ひどく洒落た詩を書くジョンアッシュベリー クールでウィットに富み、ときにシニカルな都会的なもの 飯島耕一 詩人は都会の風俗より「蛇の健康をもっと気にすべきではないか。そして、あとは自由にやるがよい。」 ルネ・シャールのアフォリズム「蛇の健康のために」 密室遊戯としての下劣なスノッブの言葉遊び 1 赤い手押し車 漁師の家の情景 俳句や短歌のような「眼前体」の詩の可能性 ポピュリストと日本の批評家から無理に解釈されたウイリアムズ 2 エリオットとパウンズの評価 3 ビート詩とディランの歌詞 風に吹かれて ミスタータンブリンマンなど優れたバラッドの系譜 (アメリカインディアンの口誦詩) 「ブラックエルクは語る」スー族の語部 何層にも重なった意味を讃えるバラッド ?社会史的意味興味 ?宗教心理学民俗学的興味 ?文学的詩的興味 滅びの美学 「あの血に染まった泥のなかで、確かに何か別の物が死んで吹雪の下に埋まっていった。‥‥私たちの同胞の夢もあのときに死んだのである」 ヴィジョンの中の6人の祖父など 詩ではなく老人の語りではあるが、詩的要素が強い。 近代詩のような個人の叫び・言語美の表現は無い。 一つ一つの言葉の持つ霊力、言霊があるため詩的なのだ。 すべての行動は丸いという円に関する叙述など すべての形は丸い。空も大地も太陽も月も ケネスレクロスの研究、ゲーリースナイダーなどの指摘があるにもかかわらず、米文学史のアカディミズムは文学として容認していない。 口誦詩自体に対する理不尽な軽視あるいは無理解 ※いわゆる近代文明の文学が有り体に言えば本質的には知的娯楽に過ぎないという側面を持っている。インディアンの口誦文学は生活に密着した実用性機能性を持っている。この実用性というのは宗教ないしは神話の裏付けある物で、近代人の言う魂の叫び、言語美の表現の詩作以前つまり文学以前の行為です。 歌の発生に儀式が伴う。 古代への回帰とは言わないが、口誦文学を軽視していることは知的傲慢と言うかほぼ間抜けな態度であろう。古事記を無視して日本の文学史は語れないことを思い起こすべきである。 by ……とある蛙 参照先不明 :-)スレオペさんや皆みな様! あけましておめでとうございます! 今年もたまにPetit参加させていただきます(^^)vどうぞ、よろしくお願い致します! オフ会を愉しみにしてるズラ(しぞーか弁…本田さん…ずら…使用してたけど静岡の人?) ●二重生活かあ…わたしはそのまんまかなあ…今後、仕事してゆくとなると…どうなるんだろう?。…教えてエライ人〜…←大村スレにあったような(^^ゞ by 阿ト理恵 こんばんは! 大村浩一氏宅で奥様のおいしい料理をばくばく食いながら…子供と遊びながら…大村夫人と親しくなりながら…大村浩一氏と詩について、しっかり語り合い(^^ゞ やっぱりアナログなわたしは、生で逢って、語るの好きだなあ…と思った次第!故にオフ会希望じゃ!29日30日あたりが暇じゃが奥主さんが謎。んで、思った…平日夜なんかでもよいのかと。ここで発言してる人みんなに逢いたい!で、今一番自分の詩の題材となる資料(本やCD音など)持ち合って、語り合い、即興詩作って、連詩なんかもいいなあ…んで池袋駅近くの公園で夜の寒空に叫ぶ!吠える!ゲリラだ! デジタルにも中継する!(昼なら井の頭公園だな) ♪中川さんギターよろしく! ♪花形さんは例のエロいパロディを叫ぶ(わたしもハモるぞ) んで、あとで合評(感想だな)する みんな個性があるから…はじけなくっちゃ!外へ♪ んちゃ:-)スレどう? by 阿ト理恵 参照先不明 参照先不明 参照先不明 参照先不明 参照先不明 参照先不明 詩に実用性が無くなったのは何時頃からだろうか? 宗教的意味も含めて、何も求めなければ、無意味なものになりかねない。 貧弱だといっても反論が無いの何故だろうか。酔っ払いの戯言だとしても。 by ……とある蛙 おじゃまします。 知性について話しているようなので、僕も少し考えてみることにしました。 「覚える」「考える」「ひらめく」このあたりが、たぶん「知性」に関わる部分だと思うんです。 僕の持っている辞書では 「知性 :知的作用(認識、理解)」 「知 :1知能。2理知、知性。3知識。」 「理知 :1理性と知恵。2ものの道理を判断、理解する能力。」 「作用 :1ほかのものに影響をおよぼす、はたらき。2生物が生きていくために、必要な、はたらき。」 「認識 :ものごとをはっきりととらえ、見分け、判断すること。またそのようにして得られた知識。」 「理解 :1(ものごとの筋道やわけを)考えて正しく知ること。わかること。2(相手の気持ちなどを)正しくくみ取ること。」 このあたりをとっかかりとして、ひいてみました。 知性は、知的作用(たぶん、作用、がポイント。)で、内容としては認識と理解である。 認識と理解は、上を見てもらうと、判断とそれに伴う知識、考えて正しく知る、正しくくみ取る、ということになる。 知的作用、作用は、はたらき、らしい。活動していることが、どうやら知性には必要なようです。 つまり、意味もなくただ知っていることは、知性ではなく 知っていることを、利用することによって、知性という感覚が生まれるようです。 で、最初に戻ります。 「覚える」「考える」「ひらめく」このあたりが「知性」に関わっているのではないか、という、予想です。 もちろん、僕の都合の良いように、引用してしまっている部分も多々あるのかもしれませんが、そんなに外れていないような気がします。 結論は出ませんが、知性は、内であれ、外であれ、はたらきかけている、事が大事なようです。 by クローバー 参照先不明 こんばんは、終わりどころがわからなくなっていきます。 前々の投稿で、僕が考えたのは、最低限の知性、というものについて、でした。 物体に知性、感じる?ということと、自動的(オート)に行われること以外が知性なんじゃないかな?という空想です。知という性質が無いとは言えないんじゃないか、という部類のものでした。 では、知性の最も高い所は、何かを考えてみます。上記で、知性以外のものとして挙げた条件から離れたところにあるものを、あげてみれば少しは近づけるのかもしれません。 生きるために自動的に行われること、の逆。生きるのに必要のないことで意識的に行われること。それって何だろう。うーん。 はじめに戻ると「覚える」「考える」「ひらめく」です。僕の基本の知性に対するイメージ。この三つが行われていて、かつ、はたらきかけている事、も重要です。そして、必要のないことを意識的に行っている、そういう事柄。 こうした条件を満たせば「最も高い知性の形」がわかりそうです。まぁ「僕の思う」って言葉が、先に付いてしまうけれど。 言葉から厳密に考えようとすると、戯れ言とか言葉遊びのようになってしまうみたいです。言葉が、実際に感じている質感を、完璧に捉えきれないから、新たな言葉を継ぎ足すのだけれど、結局、はじめの言葉しか、それを表現しているものがないから、ぐるぐると巡ってしまって、もどかしい。知性ってペパーミントの香りがしそう、ひんやりとしてシャープな形をしている気がする。これで通じれば、いいのに。大雑把に。 なんだかめんどくさいこと言っているなぁ、と自分でも思い始めたので、このあたりで、終わります。おじゃまいたしました。 by クローバー 参照先不明 参照先不明 参照先不明 参照先不明 >>781 削りだしの方がよいですか?人によると思いますが。 詩の書き方をもう詳しく書けばこんな感じになります。 修辞学の考え方に沿って説明します(おっと 鼻持ちならない)。 つまり、?発想?配置?修辞(表現)狭義のレトリックです。あと?記憶?発表と続きますが、??はこの際あまり関係ない。 まず、?発想です。発想がつまらなければ内容がつまらないのは当然です。ココは実は一番苦しむところで、「詩が下りてくる」とかオカルト的なことをいう人たちはみなこのあたりを言っているのかもしれません。結局描こうとする対象は全人格的なものなので、あまり外界に対して感性の低い人は自分のことしか書けなくなると思います(笑)。 どうしても発想が貧弱な私としてはテレビだの、読んでいる本だの、旅行なんか行った時のことや突然思い出した子供の時のことだの をメモにして、ぎゃっぎゃぐちゃぐちゃLINUXZAURUSとか手帳とかにため込んでいます。それをネタにいよいよ気が向いたら詩もどきを書こうとします。 その際、配置は少し考えます。あまりストレートに書こうとするといつもの癖で問題提起→結論→理由づけの順番の繰り返しになってしまうからです。 書くにあたって言い回しや?のレトリックもたまには頭使いますが、なるべく不要な隠喩やつまらない言い回しは避けるようにしています。 出来上がった後しばらく放っておきます。直後だと客観視できないためとんでもない駄作がよく見えてしまうからです。最もとんでもない駄作が多いですが(笑)。 by ……とある蛙 #おはこんばんにちは〜 通りすがりです〜 #よっし、このスキマ期間に過去レスにおもったことパチパチ打つぞん。 >>664 >ゆあーん ゆよーん ゆやゆよーん >このオノマトペはブランコ >>665 >下のルールでいくと中也のはぶらーんの変換でしょうね >>668 >ゆらーんとぶらーんを併せてできたのではないかと思っていました(笑)。 えっと、当方は なんで ゆやーん じゃなきゃいけなかったかについて思いつくままパチパチ打つです。 まず、ゆやーん に意味が近そうだと↑のレスで選ばれている語について ぶらーん:下のほうに重心がある感じ。ゆれ、そのものより ゆれているものの下方、ブランコならすわったりする板みたいな部分に視線がいくイメージ ゆらーん:ゆれそのもの。ブランコなら、鎖部分を糸みたいなイメージでとらえている感じ。ぶらーんとは逆で重さは全く感じられない。 で、ゆやーん ですが、ここで注目する音は 「や」 です。 や という音の軽さとはりつめたかんじ、なんか弦みたいな材質。 ブランコをぎいこぎいこしてるときの、上にうごいてるときが ゆやーん、 で、ゆよーん のときは下にうごいてるとき。 ゆやゆよん は ゆやーんゆよーん よりブランコの振り幅がちっさい感じですよね、うん。 この ゆやーんゆよーん ってオノマトペは多分、 ブランコこいでる人を重要視してないで作ってるんじゃないかと思うのですが、もしこいでる人のイメージをこの音のつらなりから予想するなら、こぎ手はちっさいひと、もしくは子供、そうでなければものすごくちっさい振り幅でブランコを揺らしてる大人かなあと思うです。 えっと、よくまとまらなかったけど、中也んは多分そんな雰囲気がほしかったんだと思います! #んじゃばい! またまたROMるです♪ by (1+1)/4 参照先不明 参照先不明 今、ことばへの情熱がない。 プライベートで親しい人を亡くして、その親しい人の家族がわたしに重くのしかかっている。亡くなった人も家族も重度の精神的疾患を持っている。わたしが入院していた精神病院で知り合ってからのつきあいだ。わたしは、治ったとはいえ、久しぶりに閉鎖病棟へ行ったら、気持ちが折れた。今はオムツなのだ。 ことばは無力だ。 で、折れたわたしはたくさん眠っている。 とろとろしていたいんだと思う。 詩を書く情熱がなんだったか…わからなくなりました。 すみません。テーマと反対のことを書いてしまいました。 by 阿ト理恵 古事記です。日本書紀ではありません。本当は散文で書くべきなのでしょうけど、そこまで時間はないし、能力もない。 古事記ってすごく感覚的な内容が多くて(もちろん歌謡もふんだんにあります)、Hな話も盛りだくさん。とても好きです。おそらく日本書紀のような国が公認したものではなく怪しげなものだったのだと思います(多氏ー太安万侶などのでっち上げかも知れません)。話のなかに恨み辛みもたくさんあり好きです。そんな話の中に詩になりそうなエピソードがたくさんあります。自分自身のことかくのは限界があり、たいしたこと書けないので古事記を素材にしたものを書いて行きたいとは思います(どうせ大したこと書けるわけはないのですから)。 by ……とある蛙 キャロル・キングが歌う『君の友達』を聴いて。この歌の歌詞のように、名前を呼んでさえくれれば、たとえその時私がどこにいようとも、貴方のもとへ駆けて行く、そんな風におそらく自分を思ってくれていた人を最近亡くした。厳しい人だったし、正直煙たかった。非情な部分もあった。でもおそらく私を一番よく理解してくれていた。私はそれにうまく応えられなかった。 誰かへの共感を言葉にするとき、その詩のなかの悩める誰かは言葉を発したその人自身だったりするのかもしれない。その言葉がわかるためには、書いた人の心をみつめようとする必要があるのだと思う。 #続きは散文にて。むっちゃ久しぶりに書きます。 by 深水遊脚 遠くの会えない友人よりネット仲間のフォローのおかげで、親しい人を亡くし、落ち込んで、爆睡してばかりいて、詩を書けずにいた状況を乗り越えられそうです! いろんな会議室での発言に笑いあり涙ありで、なんだか会ったこともない人たちなのに、ほぼ毎日読ませてもらっていたら、勝手に親近感が湧いてきて。 これは、たぶん共感なんだと 詩へかきたてるものは、まだ、わかりませんが。今日は静岡では春一番がふき、わたしは目覚めた気がします 春一番が、今日のわたしの詩を書きたくなるSwitchです。 感謝とご報告も兼ねて、みなさん、ありがとうございました。 ところで:-)スレ〜!スパニッシュ! by 阿ト理恵 参照先不明 市場についてなにか書けないかな、と漠然と考えています。「しじょう」と読む場合と「いちば」を読む場合についてそれぞれ。 映画ウォールストリートは「しじょう」の本来の姿に抗う人達の物語にみえた。風説の流布、インサイダー取引などなど。リスクを引き受けてその代価としてリターンを受け取るのが本来だが、自分に有利な状況を作り、その状況で実はリスクはそれほどないのにリターンだけはそのまま不当に高いものを得る。報酬の源泉は人にある。必要だから、嬉しいから、そんな理由で支払われたお金が人を潤す。だとすれば金融で儲けた人の報酬の源泉は何か?簡単には言えない。私はそこにも人対人の営みをみてみたい。いまはゲームにしか見えないけれど。「いちば」とは全然違う世界だけれど、似たところもある気がする。 by 深水遊脚 ネット上で、書いて、すぐアップすると、文章が、わけわかんなくなって、だめだとわかったので、。再度アップし直ししました。 奥主さん、Thanksです 恥ずかし限りです わたしは、今は、身体も心も弱っちまっているので、うさぎとかめの一休みうさぎ状態。 が、走れうさぎ!と、自分の尻を叩いている パンクとロックとユーモアがかれてゆく… とほほ 前文、消しますm(._.)m by 阿ト理恵 参照先不明 参照先不明 参照先不明 >>837 >つってもこれ、勝手にまるまる転用、転売するとか、そういうことっすよね。 そんなことないですよ。つまり著作物の転用、盗用、改ざん、違法な引用など著作権の侵害行為なら当て嵌まります。但し程度あるいは事情によって量刑の軽重がありますから、上限一杯と言うことはほとんどありません。 by ……とある蛙 参照先不明 著作権のはっきりしないところは結局著作財産権的な要素だと思っています。極端な考え方としておよそ文化的な成果は人類共通の財産とする考え方もなりたちます。死んでから50年ってのも正確にはよく判らない。 >>839 出所を明示しない引用や著者名を偽って公表したような場合は非親告罪になっています。 死んだ人の著作権の侵害行為の場合も同様です。 by ……とある蛙 参照先不明 論戦スレでは盗作問題がいろいろ議論されているようですが、それぞれの作品の狙いとか内容とかあまり興味のないものなので、論戦などどうでも良いのですが、盗作か否かの道筋だけ大雑把に書きます(これも絶対ではないですが、それほど単純ではないとは思っています)。 ◎第三者が判断するって言っても、専門家でもないし適当な気分の判断しかできないと思います。 引用の適法要件である著作権法32条48条を充たしているとは到底考えられず、引用は問題となりません。且つ日本の著作権法にはパロディ条項やフェアユース条項もないのでもっぱら著作物の盗用と言えるかだけを問題とします。 著作物とは同法第2条1項1号に記載されている定義付けが法的には一般的です。つまり、思想感情を表現したもの。また創作性がなければ著作物とは言えない。 この創作性がくせ者で、独創性まで要求されていない。ありふれた表現であっても著者の個性が反映されているものと考えられるものは創作性があると考えられます。 つまり、ありふれた単語の使用であっても組み合わせ如何によっては、当該表現の目的、個性が窺われ、その表現には創作性がありと判断される可能性があります。 原著作物の表現の目的あるいは著作者の個性、感情を理解した上で、問題となっているテキストがどう読めるかで初めて盗作か否かの判断が可能です。 ただし、著作権法は思想感情自体を保護の対象としていないことに留意すべきです。 同法27条で翻訳権や翻案権※1などが著作権者にあることを考えれば容易に導かれる結論です。つまり、表現方法が異なっていても明らかに原著作物を下敷きにした表現でほぼ同一の思想感情の表現であれば盗作の畏れは多分にあります。 ※1翻案とは、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維 持しつつ、具体的な表現形式を変更して新たな著作物を創作する行為であると解され ている[1]。翻案の例としては、小説を映画化やゲーム化する行為、一話完結形式の 漫画の連載において同一のキャラクターを用いて新たな続編を創作する行為[2]など が挙げられる。翻案権は独占排他権であるから、翻案権者に無断で著作物を翻案する 行為は、原則として翻案権の侵害となる。つまり、2次創作と称するもののほとんど が日本の著作権法では違法と言うことなのですが、事実上黙殺されているケースが多 いので何とかなっています。ディズニーなんぞ大騒ぎしますよ(笑)。 [1] 最高裁判所 2001年(平成13年)6月28日 第一小法廷判決。判決情報判決全文(P DF) [2] 最高裁判所第一小法廷判決 1997年(平成9年)7月17日 民集51巻6号2714頁。判 決情報、判決全文(PDF) 翻案権などは著作から派生した権利で財産権的側面の強い権利と考えられています。 私など読解力がないので何とも判断のしようがありませんから(あまり興味のない内容の歌詞ですし)、どなたかの解説を待ちます。 by ……とある蛙 論戦スレで話されたこと、私にとっては勉強になりました。違法とはいえないもので、他者の作品に触発された創作、他者の作品を構成する言葉を組み合わせて別の世界観を作り出すような創作に対して、どのように接すればよいのかということについて、まだ整理ができていなかったところにこの論戦が起きて、なおかつよく整理されたかたちでまとまったので。ここの、……とある蛙さんの書き込みと合わせて大きな収穫でした。 著作権の管理団体として有名なのはJASRACで、いちネットユーザーとしては気軽に歌の歌詞について何かを書けない煩わしさをもたらす元凶みたいに思ってしまうのですが、ああいう著作権管理団体がちゃんと活動することで守られるものはありますね。詩の受賞作品の審査である詩を丸ごとコピーしたものが選ばれてしまうことがなくなるかもしれない。審査員や雑誌の編集者の仕事として盗作の見極めというのは重すぎるでしょう。利害調整するには1作家あるいは1作品について今回の論戦スレ、あるいはそれ以上の論争が必要になる。著作権管理団体のひとつくらいはあっていいと思います。すでにあるのか、仮に作ったとして成功するのかは分かりませんが。 この問題は容易に倫理の問題にスライドして、どうしても他者の作品に触発された創作は倫理的にマイナス評価をされやすい。今回の論戦で谷森さんが自身の創作のスタイルを守ることを貫き、戦ったのはよかったと考えています。論戦での口調には賛否あるでしょうが。 一つの作品、一つの言葉が一人の人間を変えてしまうことがある。それら影響を受けた作品によって成り立つ作家の表現がその人の名のもとにどれだけ公平に評価できるのか。批評のひとつの役割かもしれません。盗作かそうでないかの判断は事務的なもの。事務的なものであれば公平に評価しなければならない。一方的な倫理の押し付けは中傷になってしまう。事務的なもの以上に(別の次元で)何かを語るなら、やはり先入観は一度撤廃して見なければならない。そのうえで、元作品を取り払うことで残るもの、消えるものを見極める。あとは残るものについて語ることも出来るし、消えるもの、すなわち元作品より受け継がれた何物かについて語ることも出来る。 ……のかな??書いていてよく分からなくなって来た。このあたりで投降。 >>849 誤解があります。同意は求めていません。 by 深水遊脚 参照先不明 東スポでも「壮快」でも 「これが詩でなくて何を詩というか」と思う一文に出会ったら ぜひそれで 総武線沿線だと御茶ノ水〜市ヶ谷あたりかな〜 たぶんルノアールの貸し会議室になると思うんで じゃー5月7日の午後でいいですかね by 田代深子 じゃあ関西では全く方向性の違うやつを とか むりなんだろうか ex)ふわふわオフ ・作品とかなんか自分のもの持って行ってぺちゃくちゃ ・詩、散文じゃなくても本でも手帳でも ゆ る い by 榊 慧 場所予約とりました〜 【日時】5月7日(土)14:00〜17:00 【場所】喫茶室ルノアール 市ヶ谷外堀通り店 マイスペース1号室 http://www.ginza-renoir.co.jp/myspace/mys022.htm (一応定員7名となっています) スペースレンタル料金3,300円+1品飲食必須 ということになっています レンタル料は参加人数で頭割りします いまとりあえず3名参加確定でよろしいでしょうか? :-)くん/……とある蛙さん/田代 参加ご希望の方はここで表明か私信くださいませー by 田代深子 或いはもっと先ででも。 by 榊 慧 このスレを読んでいる方で関西の方がいればこの機会に書き込みだけでもしてみて欲しいな、なんて勝手に思っています。左膳さんの書き込みで、私以外にも関西の方がいたんだな、と嬉しかったから。ゆるりオフの企画にあった愛読書の話など軽くしてみて、オフでこんなことしてみたいと書いてみたりして。いろいろ宣伝してみようかなと思ったけれど、このスレを読んでいる関西の方のことをまず知りたいです。まずはそこからかな、って思います。 #実のところ、私は参加できる見込みが薄いです。そのうえここでの発言がキツめだし、人集めには邪魔かな、なんて勝手に思ってしまってつい発言に慎重でした。 by 深水遊脚 なんか色々すいません 5月8日ですね(日) タイトル「会って話すだけ」 ・5月8日(日) ・京都駅集合 ・読んでる、読み終わってる本を持ってくる ・清潔にしてくる(清潔感はなくてもいい) が、俺が考えたプランです。 如何ですか by 榊 慧 「詩にかかわる」入沢康夫 MEMO 「詩の言葉の美しさ」について 藤原定家→適切に選ばれ、適切に置かれた語句の美しさ 判断基準は作者の美意識 詩→事件事象感懐の再現 美とは一種の幻惑感、郷愁と憧れ、嫌悪と畏怖、畏敬と冒涜への衝動 を同時に感ずるもの。原本としての美などない複本 知力、構築力と幻惑感との堪えざる拮抗→詩作品の鍵 内容と形式は絶えず役割を交代する?作品のテーマ、モチーフの思想性のみの議論は低次な段階ではないか、足踏み 韻律や音数論は議論されるべき課題 表言技巧に矮小化されるべきでない。 入沢は詩の即興性/即時性を見失っている。 これらの検討を経て適切に選ばれ、適切に置かれた語句の選択ができるか ということ。 「言葉の重層性ということ」 篠田一士→言葉の多義性は一つの過渡的段階でその後「存在するもの」と貸す。 試作品は意味をもたない瞬間に果てしなく憧れるがついにはなりきれないもの(入沢) 詩を書くことはたしかに高度に意識的行為であるが、その意識性はそれと釣り合う深みをもった無意識に支えられる。意味不明 言葉の多層性のかなたに求めるものは「世界への愛」世界との合一性だと 結局この人(入沢さん)詩の目指すべきかなたについて→胸に生ずるなにか、言い方を変えると感動だと言っています。 ※少し情けない感想も入ってますが。 by ……とある蛙 こんばんは。 午前中だけでもよければ八日、 お邪魔させていただきたいです。 (午後からは先約があるもので勝手言ってすいません!。) by PULL. そうだ すみません 5月7日の合評会で発表する予定の方は 以下のハンドアウトをコピーして一応9人分ご用意くださいませ ・元になった作品 ・作品と作者を調べたレジュメ ・自分が書いた作品 全員が発表するわけではないかも知れませんが :-)くんのいうとおりだいたい1人20分くらいとなりそうですね イケヤマくんがコメントしてくれると面白いから ご本人がのり気なら来てほしいけど そうでもないなら飲みだけでも(^_^; イスは頼めば何とかなるんじゃないかな〜 #会場のほうに確認しました #予備イスも貸していただけるそうです by 田代深子 参照先不明 京都オフが開催されるそうで、8日だったらもしかしたら参加したいかも(してもいいのかな…)なんて考えています。 だって大好きな植物園だし!薔薇だし! もし時間が空いたら大羽さんに連絡すればいいのかな… いきなりの書き込みですみません。。 by 高梁サトル >>912 すみません 勘違いしていたのかもしれない 奥主さんがおっしゃりたいのは 「東京オフ参加しにくい」というのは やることがめんどくさい ではなくて 現代詩フォーラム以外の人とか ネットの古い面子とか呼んで権威づけされてる みたいなことなのかな だとしたら それは申し訳ないけど たんにわたしの付き合いが古く狭いだけなんです ご容赦ください ところで奥主さんは「ネット詩人」という言葉を使われましたが ずいぶん以前から公言しているとおり わたしは自分も含め 「詩人」の「自称」には抵抗があります 「詩人」というのが現れるのは 他の人がその人の作品を読んで 「詩人」と呼んで 初めて登場できるだけだと思うので 「どこそこの詩人」ということは 別にいいんじゃないかなと思います 詩を愛好し書く場が 市販誌であれ ネットであれ 仲好しサークルであれ 何か敷居があるとも思えないわたしです (詩そのものの質の高さや 詩に対する意気込みに 敷居はあると思いますが) たまたま フォーラムだけでは面子足りないかなーと思ったので なけなしの知り合いに声をかけた たまには勉強したいとか たまには直接人に詩の感想を言われたいとか 自分ではあまり書いたことのない方法で書いてみたいとか ついでだから最近あまり会ってない詩の仲間と飲みたいとか まーそういう目的のために人を集めました 早い話が「やったもん勝ち」ということでして わたしは自分のやりやすい形で合評会を準備させていただいているわけです 「何だよ そのやりかた」と思われた方は やはりご自分のやりたい形式で合評会なり朗読会なり企画すると 努力もできるし楽しめるわけですよね そこらへんは奥主さんもよくご承知のとおり by 田代深子 参照先不明 なんだか一人大変あわあわしてます。 京都、晴れればいいんですけど あと連絡くだしゃい。 俺はここのところ忙しくて体調悪くてあわあわしてまして ちょっとこんがらがってます by 榊 慧 参照先不明 参照先不明 参照先不明 参照先不明 参照先不明 参照先不明 参照先不明 参照先不明 参照先不明 参照先不明 愛しの文具〜!(*^o^*)銀座伊東屋の紙を触りまくり、買いまくり、時を忘れたことがあった。詩が入選したお祝いにとある万年筆とこだわりのインクを、むか〜し、やはり伊東屋で買ってもらったのだった。絵の具も色鉛筆もその他もろもろデザインを仕事にしてたこと(若い頃)あり…今はすっかり、なんでもよくなりつつあり…とほほ。かのっぴさんの万年筆はどんなのですか? 鉛筆は7Bということだけは、わからないのでR(花形さんが詩に使ってたですね、嵐山こうざぶろうであ〜る) :-)さん、中川さんになっても、いなくならないよね…いてくれ〜(笑) とりとめない話題が得意な阿トでした(頭の中が雑居ビルのようだと言われ続けて半世紀) ♪ぶちぷち しじみはうたう。なんのこっちゃ…仕事多忙なのでR 中川さんの詩、最後のジャムはいちごジャム?…ジャムセッション…ジャム…ポールウェラー♪連想しまくってしまいましたとさ お阿トがよろしうようで…アトが用無しにならないよう洋梨食って頑張るぞ! by 阿ト理恵 参照先不明 そういえば90年代後半、HP200LXに携帯用のモデムカードつなげて飲み屋でガラガラNIFTYのパソコン通信のサイトみたいのぞいていました(全く書き込みしていないし、もちろん詩は興味の無い時代で)。 ただぼーっと無目的でパソコンいじったり、200LXいじっていた時代ですね(笑)。 by ……とある蛙 >>974 ニフティーの「詩のフォーラム」出身の片野さんたちが現代詩フォーラムを作ったのですが、古い方の詩のフォーラムは、関西淡路大震災の時に心ない参加者の、被災者であるスタッフへの突き上げが原因で滞り、閉鎖されたと聞いています。閉鎖される直前に少しだけ参加しました。 豆腐さんがシスオペの、新 詩のフォーラムの時に、奥主が選者になり土曜美術社の「詩と思想」に、ニフティーの詩関係フォーラムの紹介をするという話で、会議室はざわついたのですが、奥主に話を持ってきた、一色真理さんが会議室に書き込んで下さり、わたしが対応しました。 ひとまず様子見という雰囲気になったのですが、一色さん、人選ミスかもしれないです。 「夢の解放区」からの、面倒を見てあげたいという優しい気持ちだとおもうのですが、そこには生活者がいるので、「詩のフォーラム」を好きな人を選者にして欲しかったです。 一色さんは、H氏賞受賞詩人で、「日本現代詩人会」のHPは最近独自ドメインも取り、HPをリニューアルして、ネットから入って来る詩人に対しての体制も万全ですが、「人のいい詩人が気をつけなければいけないこと」についても、WEBに掲載されています。 ニフティーの詩関係フォーラムについての記事を持ちかけるにあたり、どちらも、親切であったり、報いたいという気持ちで、無理をしたのであれば、そのことを印籠に揺さぶられた人もこの10年以上いたのでしょうから、喜ぶ人が誰もいなくて、残念なことだったと思います。 土曜美術社はよく考えていただきたい。 日本現代詩人会 http://www.japan-poets-association.com/ by 鵜飼千代子 参照先不明 参照先不明 参照先不明 未来への参照 未来への参照
5月7日 合評会やります http://po-m.com/forum/hami.php?did=7518 関西でもオフ希望の方が、詳しくはこちら http://po-m.com/forum/thres.php?did=217908&did2=868 このスレッドのテーマは詩と散文を作る手段全般についての情報と意見交換です。 詳しい説明はこちら http://po-m.com/forum/threadshow.php?did=223637&start=511 考え中の追加仕様 http://po-m.com/forum/threadshow.php?did=223637&start=242 (書く事当番については http://po-m.com/forum/threadshow.php?did=223637&start=426 ツール類はここに引っ越し http://po-m.com/forum/threadshow.php?did=223637&start=416 http://po-m.com/forum/thres.php?did=217908&did2=666 いろいろあってバックアップ http://po-m.com/forum/threadshow.php?did=223637 スレッドのたなおろし始めました 概要 http://po-m.com/forum/thres.php?did=217908&did2=615 入門編 http://po-m.com/forum/thres.php?did=217908&did2=624 11月28日 オフ会やりましたヨ http://po-m.com/forum/thres.php?did=217908&did2=512 ここ暫くのテーマ:引用について (書く事当番については http://po-m.com/forum/thres.php?did=217908&did2=103 を参照) 書く事当番:…… http://po-m.com/forum/threadshow.php?did=217908 前の当番: 書いてはいけない、と思ってる事 奥主(なんだか、無性に気持ちを駆り立てて、何か書かずにはいられなくさせるもの。):-) (あなたの詩の書き方をステップをおって説明してください) sadame3さん(知性)とある蛙さん(リズム)本田憲嵩さん(リアリティ 推敲)中川達矢さん(音楽),かのっぴさん(食べ物),花形サン(酩酊とエロ),sadame2さん,蛾兆ボルカさん,かのっぴさん,sadame2さん,奥主さん 古事記です。日本書紀ではありません。本当は散文で書くべきなのでしょうけど、そこまで時間はないし、能力もない。 古事記ってすごく感覚的な内容が多くて(もちろん歌謡もふんだんにあります)、Hな話も盛りだくさん。とても好きです。おそらく日本書紀のような国が公認したものではなく怪しげなものだったのだと思います(多氏ー太安万侶などのでっち上げかも知れません)。話のなかに恨み辛みもたくさんあり好きです。そんな話の中に詩になりそうなエピソードがたくさんあります。自分自身のことかくのは限界があり、たいしたこと書けないので古事記を素材にしたものを書いて行きたいとは思います(どうせ大したこと書けるわけはないのですから)。 今、ことばへの情熱がない。 プライベートで親しい人を亡くして、その親しい人の家族がわたしに重くのしかかっている。亡くなった人も家族も重度の精神的疾患を持っている。わたしが入院していた精神病院で知り合ってからのつきあいだ。わたしは、治ったとはいえ、久しぶりに閉鎖病棟へ行ったら、気持ちが折れた。今はオムツなのだ。 ことばは無力だ。 で、折れたわたしはたくさん眠っている。 とろとろしていたいんだと思う。 詩を書く情熱がなんだったか…わからなくなりました。 すみません。テーマと反対のことを書いてしまいました。 詩を読んでいる自分が不思議に思えて、また地図をみるのが子供の頃から好きだった自分と重ねて、こんな詩を書いたことがあります。あるリーディングのイベントに気まぐれで足を運んだこともきっかけだったかもしれません。詩を好むという行為自体の不思議さがこの作品を書かせたナニモノか、なのでしょう。 「詩集を買うくらいなら地図を買うさ」 そう言って彼は、僕の買った一冊の詩 集と、同じ値段の一枚の地図を買い、 僕が詩を読むのと、同じだけの時間を かけて、その地図の端から端までを、 丹念に眺めていた。 7杯目のコーヒーを飲みながら、僕ら はお互いを認め合った。 >>790 貸本屋、ぎりぎり知っています。影っていう雑誌とも単行本ともどっち付かずのもの。後に劇画家といわれる辰巳よしひろ、さいとうたかを、影丸嬢也、小嶋剛夕、そういえば川崎のぼるも書いていた。もちろん水木しげるや白土三平(敬称略)なんかもありました。 結局消えていってしまったけれど。 東北沢の駅裏にあった貸本屋に学校がえり行ったのを思い出しました。雑多な記憶ですみません。詩??を書き出したきっかけはまた後日(笑)。 テーマは散文と詩の違いか、あるいは野良犬さんに踰の話でもして貰ったら(笑)どうでしょう。 >>787 空中ブランコなので、まず「子ども」ってことはないと思いますが、振り幅もイメージ的にはかなりゆったりとしていると思います。中也はこの詩を朗読するときかなりこの部分を思い入れたっぷりに朗読したそうです。 #おはこんばんにちは〜 通りすがりです〜 #よっし、このスキマ期間に過去レスにおもったことパチパチ打つぞん。 >>664 >ゆあーん ゆよーん ゆやゆよーん >このオノマトペはブランコ >>665 >下のルールでいくと中也のはぶらーんの変換でしょうね >>668 >ゆらーんとぶらーんを併せてできたのではないかと思っていました(笑)。 えっと、当方は なんで ゆやーん じゃなきゃいけなかったかについて思いつくままパチパチ打つです。 まず、ゆやーん に意味が近そうだと↑のレスで選ばれている語について ぶらーん:下のほうに重心がある感じ。ゆれ、そのものより ゆれているものの下方、ブランコならすわったりする板みたいな部分に視線がいくイメージ ゆらーん:ゆれそのもの。ブランコなら、鎖部分を糸みたいなイメージでとらえている感じ。ぶらーんとは逆で重さは全く感じられない。 で、ゆやーん ですが、ここで注目する音は 「や」 です。 や という音の軽さとはりつめたかんじ、なんか弦みたいな材質。 ブランコをぎいこぎいこしてるときの、上にうごいてるときが ゆやーん、 で、ゆよーん のときは下にうごいてるとき。 ゆやゆよん は ゆやーんゆよーん よりブランコの振り幅がちっさい感じですよね、うん。 この ゆやーんゆよーん ってオノマトペは多分、 ブランコこいでる人を重要視してないで作ってるんじゃないかと思うのですが、もしこいでる人のイメージをこの音のつらなりから予想するなら、こぎ手はちっさいひと、もしくは子供、そうでなければものすごくちっさい振り幅でブランコを揺らしてる大人かなあと思うです。 えっと、よくまとまらなかったけど、中也んは多分そんな雰囲気がほしかったんだと思います! #んじゃばい! またまたROMるです♪ >>781 削りだしの方がよいですか?人によると思いますが。 詩の書き方をもう詳しく書けばこんな感じになります。 修辞学の考え方に沿って説明します(おっと 鼻持ちならない)。 つまり、?発想?配置?修辞(表現)狭義のレトリックです。あと?記憶?発表と続きますが、??はこの際あまり関係ない。 まず、?発想です。発想がつまらなければ内容がつまらないのは当然です。ココは実は一番苦しむところで、「詩が下りてくる」とかオカルト的なことをいう人たちはみなこのあたりを言っているのかもしれません。結局描こうとする対象は全人格的なものなので、あまり外界に対して感性の低い人は自分のことしか書けなくなると思います(笑)。 どうしても発想が貧弱な私としてはテレビだの、読んでいる本だの、旅行なんか行った時のことや突然思い出した子供の時のことだの をメモにして、ぎゃっぎゃぐちゃぐちゃLINUXZAURUSとか手帳とかにため込んでいます。それをネタにいよいよ気が向いたら詩もどきを書こうとします。 その際、配置は少し考えます。あまりストレートに書こうとするといつもの癖で問題提起→結論→理由づけの順番の繰り返しになってしまうからです。 書くにあたって言い回しや?のレトリックもたまには頭使いますが、なるべく不要な隠喩やつまらない言い回しは避けるようにしています。 出来上がった後しばらく放っておきます。直後だと客観視できないためとんでもない駄作がよく見えてしまうからです。最もとんでもない駄作が多いですが(笑)。 なにか感じた時、短い文を書く。→詩らしきものを書く→しばらくほって置く→そんなものを溜め込んでおく→たまに眺める→も少し手を加えたくなったものに手を加える。 :-)どの、うぃっス…ご指名Thanks…だが…アトはこの寒さにヘナチョコへなへな頭中故無理っス(-_-)zzz 小池さんはどう?小池さあ〜ん!どでしょうか? クローバーさん、ありがとうございます。 ラジオの比喩にちょっと危険なにおいがします。それと失うはオフかな?理性に繋げる場合の、失うの反義語は?といったことをずっと考えていました。 理性が電流、あるいは電波のように、それがなければ音(=知性に対応)が存在し得ないことにしてしまうのは危険な気がします。知性が高い、という言葉のニュアンスを考えると理性と密接に関わっているので、知性が理性をコントロールするボリュームのつまみだとするのは間違ってはいない気もしますが(ただ、理性がすべてではありませんが)。もう一つは、「失う」は確かに高低ではありませんが、この場合は有無でもないと思うのです。理性を失うの反対は、理性を得るではなく、理性を保つです。ということは何らかのメインテナンス系統に相当するかもしれません。 ただ、ラジオの比喩のおかげで、ある懐かしい記憶がよみがえりました。私が中学生の頃に技術・家庭という授業があり、ラジオの自作キットをもとに部品をハンダ付けして作ったのを思い出しました。理性は電気回路そのものかもしれません。 知恵のほうは、人とやりとりする粘土のようなもの、との考え方が面白かったです。理性なんかもその粘土のひとつかもしれません。理性の整形に失敗してヘンテコリンなものができても、ひとつの知恵とみてそれを使いこなす術もある。 知恵には、人がどんな状態になっても受け止めてくれるし、何をしたいと言ってもとりあえず背中を押してくれるような、そんな大らかなイメージも持っています。先に言った「処世術」となると急に小さくなってしまいますが、そこは臨機応変、変幻自在と考えることもできます。 >761 かのっぴさん、こんばんは。 なるほど、数学ですかぁ。確かに条件にぴったりですね。納得。 個人的には哲学とか天文学とかもそうかなぁ、とちょっと思います。 #理知については、僕もどちらかと言えば、そんなイメージです。理性と知恵。そこから思いついたのですが、理性を失う、という表現はよく使われますよね。でも、知性を失う、は、あまり聞きません。同様に、知性が高い、はあっても、理性が高い、とは言いません。知性は高低で、理性は有無なんです。そう考えると、どうやら、知性は変化するもので、理性は、オン、オフ、切り替わるものであるようです。ラジオのような関係なのでしょうか。理性(電源あるいは電波そのもの)が、入ってなければ、知性(音量あるいは受信の精度)は、高くも低くもできないのではないか、と思いました。まぁ、言葉遊びって言われてしまえばそれまでなんですけれどね(汗) #理性と知恵、の「知恵」で考えると、合わせる、出す、回す、つける、練る、などいろいろな言葉が後に続きます。なんだか粘土のようなイメージで面白い。(人から人へ渡されている)物のような印象が理性や知性より強いように思います。 >>760 「覚える」「考える」「ひらめく」の三つが行われていて、かつ、はたらきかけている事。そして、必要のないことを意識的に行っている、そういう事柄。 これに数学がとても近いことに気付いたので書き込みます。取り急ぎこれにて。 #>>751 #理知 :1理性と知恵#という定義のなかで、理性と知恵が知の活用形態のうえで性質が異なるような気がします。理性は数学のようなもの、知恵は処世術のようなものかもしれません。理性は論理的ですが、知恵は非論理も含みます。理性はモノと、知恵はヒトと親和性がありそうです。 こんばんは、終わりどころがわからなくなっていきます。 前々の投稿で、僕が考えたのは、最低限の知性、というものについて、でした。 物体に知性、感じる?ということと、自動的(オート)に行われること以外が知性なんじゃないかな?という空想です。知という性質が無いとは言えないんじゃないか、という部類のものでした。 では、知性の最も高い所は、何かを考えてみます。上記で、知性以外のものとして挙げた条件から離れたところにあるものを、あげてみれば少しは近づけるのかもしれません。 生きるために自動的に行われること、の逆。生きるのに必要のないことで意識的に行われること。それって何だろう。うーん。 はじめに戻ると「覚える」「考える」「ひらめく」です。僕の基本の知性に対するイメージ。この三つが行われていて、かつ、はたらきかけている事、も重要です。そして、必要のないことを意識的に行っている、そういう事柄。 こうした条件を満たせば「最も高い知性の形」がわかりそうです。まぁ「僕の思う」って言葉が、先に付いてしまうけれど。 言葉から厳密に考えようとすると、戯れ言とか言葉遊びのようになってしまうみたいです。言葉が、実際に感じている質感を、完璧に捉えきれないから、新たな言葉を継ぎ足すのだけれど、結局、はじめの言葉しか、それを表現しているものがないから、ぐるぐると巡ってしまって、もどかしい。知性ってペパーミントの香りがしそう、ひんやりとしてシャープな形をしている気がする。これで通じれば、いいのに。大雑把に。 なんだかめんどくさいこと言っているなぁ、と自分でも思い始めたので、このあたりで、終わります。おじゃまいたしました。 こんばんは、えーと、難しいですね。 >sadame3さん 僕は、人間の思考なんて、順繰りに授かったものでしかないと、思っているのです。 極論ですが、僕達が思考するにあたり用いているのが、日本語ですよね。 これは両親や周囲の人々から、習い覚えたものです。 思考の方法、これも同じように幼い頃周囲にいた人々を見て、習い覚えたものでしかないと思うんです。 これを(意識せずとも)用いている以上、思考、知性なんてものは、授かり物でしかない。 自分を形成する知識、知性、あるいは行動パターンにいたるまで、貰ってきたものではないか、僕は、そう思うのです。 そう思ってしまう、僕は、まぁ、その貰い物の思考パターンで、借り物の言葉を使い、自分の考えだと思いこんでいることを、書くしかないんですけれど、ね。 もし、詩を書くことが、知性の最も高い所だとお思いになられていて、自らの中から溢れた物を書き留めていくことが、至高であり知性のあるところだ、とお考えでしたら、その通りだと思います。 しかし、その場合は、上のように授かった物、と考えているため、僕が信じている「知性」の言葉の意味とは若干ニュアンスが異なります。 僕は(書き文字の会話で)曖昧な言葉が出てくると、辞書を引きます。 辞書を用いるのは、その言葉の一般的に通用する意味を、把握しないといけないと思うからです。 僕の頭の中にある言葉、そして、誰か他の方の頭の中にある言葉、それらが同じニュアンスで使われているかどうか、甚だ疑問で、そこのズレが大きすぎると、(特に書き文字では)誤解が発生してしまう事になりかねません。 僕が辞書を引くのは、ほとんどの場合、それを恐れているからです。 (今回は「知性」の意味が漠然としていたので、とっかかり、として書きました。とりあえず、そこから考える、ということです。) 自分の中から溢れる物が知性 他人の言葉を詰め込んだ物は知識 には、なるほどなーと、思いました。ちょっと前に、他人のネットの作品を写して、賞を貰っちゃった人がいましたね。こういういい作品があるんですよ、って紹介だったら、こんなのよく知ってたね、って誉められたかもしれないのに。自分の物にしちゃ、ダメですね。この件に関しては、その人は、知識はあっても知性がない、って言われてしまいますね。 いたずらというのも相当高度に知的な行動ですね。いや、トムとジェリーを連想したから言うんではないですが。ジェリーはいたずらの天才、ていうかけっこう大胆でヒドイことしてますね。アメリカ的。 古典もいいところですが、意地悪ばあさんも相当に楽しめます。あとサザエさんのカツオは悪知恵だけでなく、時にすごくいい気配りをします。これらを生み出した長谷川町子さんの知性は奥深くて大らかで好きです。日本的。 :-)さん、こんにちは。 せっかくなので、もうしばらく考えてみることにしました。 僕はあえて、辞書で引かなかった、〜性、という言葉にもう一つ考えるところがあると思っています。 「(造語)〜性:1性質。2その程度までそうであるかという性質。」 知、を含む性質。 以前、めがね男子、が、流行りましたね。眼鏡という物に、知性を感じ、魅力的に見える。目を悪くするほどこの人は、勉学に励んだのだろう、という、無意識の想像に、知性を見たのだろうと思います。 それは、外見上であるので、「知」そのものではないようです。 実際には知性を感じられないような日常があったとしても、見た目の良い青年に、眼鏡をかけさせれば良いのですから。 では、知を含まない性質とは、どういうものか、と考えてみます。 例えば、料理をする、ナイフを使う、箸を使う、テーブルマナーを守る、ゆっくり味わう、は、知性が必要でしょう。 でも、租借し飲み込むことは、健康であれば、覚えなくても考えなくてもできるような気がします。 そういった自動的に行われることは、いくつかあって、食べる、寝る、排泄するなどの動物としての、欲求がわかりやすいんじゃないかと思います。生きていくためのしかたのない欲求には、知という性質は含まれないのではないか、と思うのです。 毎日繰り返すことによって、脳がパターンを作り、意識しないで行動できるようになってしまう自動的に行われること、:-)さんの書いておられた、改札の例えもそうですね、そういったことにも、知性はあまり含まれないように思います。 なにが言いたかったのか、自分でもわからなくなってきていますが、知性、は性質である以上、知、そのものじゃなくていい。そのため、眼鏡とか白衣とか、そういった物質(の背後に見える無意識の想像)にも宿るみたいだよ。 ということと、排泄することは知性が無くてもできるが、排泄を我慢することは、知性がないとできないんじゃないかな、ということのようです。もちろんこれには、健康、健常であることが前提としてありますが。 例えが、ちょっと下品だったかもしれませんね(苦笑) sadame3さん! みみずが身をくねらせて「いやーん。にがして」なにせ身見ず←に♪座布団一枚(@_@) ごめんなさい。ポイントいれられなかったのは天才についてのComment。わたしは天才アインシュタインに恋するから。 (何回も今日はしゃしゃり出てきてすみません。風邪ひいて家にひきこもり、はじめて全会議室をぶらぶらのぞいた。やはり馴染みの:-)スレに落ち着いたのだが…:-)がいないと思ったら、はじめてのぞいたリアル会議室にいた) 皆、某かの知性は持っているものと思われます。重要なのは知性を発揮する状況、目的、方法ではないでしょうか。ただ知性を論じることはほとんど私の能力あるいは知性では出来ません(笑)。 おじゃまします。 知性について話しているようなので、僕も少し考えてみることにしました。 「覚える」「考える」「ひらめく」このあたりが、たぶん「知性」に関わる部分だと思うんです。 僕の持っている辞書では 「知性 :知的作用(認識、理解)」 「知 :1知能。2理知、知性。3知識。」 「理知 :1理性と知恵。2ものの道理を判断、理解する能力。」 「作用 :1ほかのものに影響をおよぼす、はたらき。2生物が生きていくために、必要な、はたらき。」 「認識 :ものごとをはっきりととらえ、見分け、判断すること。またそのようにして得られた知識。」 「理解 :1(ものごとの筋道やわけを)考えて正しく知ること。わかること。2(相手の気持ちなどを)正しくくみ取ること。」 このあたりをとっかかりとして、ひいてみました。 知性は、知的作用(たぶん、作用、がポイント。)で、内容としては認識と理解である。 認識と理解は、上を見てもらうと、判断とそれに伴う知識、考えて正しく知る、正しくくみ取る、ということになる。 知的作用、作用は、はたらき、らしい。活動していることが、どうやら知性には必要なようです。 つまり、意味もなくただ知っていることは、知性ではなく 知っていることを、利用することによって、知性という感覚が生まれるようです。 で、最初に戻ります。 「覚える」「考える」「ひらめく」このあたりが「知性」に関わっているのではないか、という、予想です。 もちろん、僕の都合の良いように、引用してしまっている部分も多々あるのかもしれませんが、そんなに外れていないような気がします。 結論は出ませんが、知性は、内であれ、外であれ、はたらきかけている、事が大事なようです。 「知っている」について、言い出しっぺなので書いておきます。何かについてその人なりの把握の仕方があって、それに迷いがないときに、人は「知っている」と口にするのでしょう。その状態に至るまでのプロセス、あるいはそれを目指そうという意志が「知る」という動詞です。探求をやめた時、あるいは最初からそれ以上探求をする意志がない時、「知っている」という言葉が発せられる。 「知性=知っていること」という把握の仕方は時々、ひどい誤解を生みます。ある人を知的と形容することは、その人に「探求をやめた人」という印象を与えてしまう恐れがあります。なかには本当に探求をやめた人もいるでしょう。その場合はその形容は的確です。でも、探求をやめたかどうかの違いはとても微妙です。その人に迷いや不安が一切ないと断定することはできないのです。あっても敢えて口に出さない人もいます。不断の探求は、どの仕事をする上でも必要になる良心です。多くの人はそうしており、私の考えではそれが真摯さです。「知る」という動詞がその様子を現すと考えます。「知る」という行動が起こるには、「知らない」という状態から出発する必要があります。知らないことを潔く認めることもまた真摯さなのでしょう。 阿ト理恵さん。 反応ありがとうございます。話を聞くのは好きですが、得意かどうかはよくわかりません。薄情者と思われているせいか友達もそう多くはないですし。とめどなく話してくる人は好きですよ。 私も知に絡めるとします。読書が私にとって、聞くことの延長上にあります。詩を読むことも。そのようにして感じたことをすぐに言葉にするのが人一倍苦手です。阿トさんが羨ましい。そんなわけで、ネットで読んだものの感想をまとめるのは私のペースに合っています。本当のことをいえば、それを知性と関連付けたくはないです。私なりの不自由なお喋りのつもりなので。 追記 このように詩との出会いが私にとって、人の話を聞くことと等しいので、ある人からみえてそれが貧弱だということはどうでもいいのです。その詩と私との関係が、別の人からみた評価で変わることはないので。あと、私は変わり者が好きなので、常識からズレているものに対する世間の冷たい目には鈍感です。 かのっぴさん!なんて素晴らしい!人の話しを聴くのが得意なんて…わたしは機関銃のようにしゃべる故…ある程度落ち着かないと相手の話しは聞けない。基本好き嫌いがはっきりしていて、いたってわがままだ(^^ゞ現在は早口でしゃべると咳込む病故、結果、人の話しを聞けるようになった。ふふ(@_@) 「知」についてでしたね わたしは「知」に恋する。 映画観たり音楽を聴いたり、美術をみたりした感想で、その人の「知」を判断する…判断するとは、「わたしはそう思わない」から「ぼくは、わたしはこう思う」と論破からはじまる。 ネットでは基本やらない。不毛な論争になり不眠症になりそうでこわい…。 「舞姫」について三日論破した経験あり。(なんで、この作品だったか記憶なし) 今は単にこんな映画みたけど、オススメだよ〜とか、こんなかっこいい詩書く詩人いるから会ってみたら〜とか…こんな軽いのりの「知」 体力と脳力の持久力がなくなってきたからだと思っている。情熱はあるんだけどね(^^)v 現実的に芸術について情熱的にわたしととことんやり合ってくれる相手もいないこともある。 とほほ なるほど。sadameさんは自己の内側に知を探るのですね。ストイックなんですね。 私の場合、人の話を聞くのが好きです。好きなこと、得意なことを気持ち良く話しているのを聞くのが好きです。そこには自分にないものがあり、その奥には自分が経験して来なかった人生がある。理解しあえることはないかもしれない。嘘をつかれることもある。辛辣な言葉もある。こちらだって素直に聞けない気分のときもある。そういうやり取りには、いちいち質を求めません。それをすると、己の狭い了見で人を裁くことになりますから。 聞いた話の一部は忘れます。忘れずに残ったものが自分の核を形成します。日々その繰り返しです。 そんな私ですから、議論は好きです。その際、人格に言及すれば対話にならないので、極力言葉のみを信頼して、言葉をたよりに思考を読み取り、自分の思考をまとめます。 論戦や他者批判を避けて知性について語る。これが実現できれば素晴らしいです。しかし難しいですよ。他者への批判なしに知を語るという原則はまず自らに課さなければいけなくなるのですから。 それでも当番をやりたい意欲は今回のsadameさんが歴代一番でしょう。そこを買います。知性という抽象語の意味ではなく、「知っている」という言葉を人はどんなふうに使うかを考えれば、少しは見えやすくなるかもしれません。 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 スレッドを新規に作成したり、コメントを書き込むにはログインが必要です。
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