たぶん、文字に本当に重さがあって、わたしのなかにあるのだ。
文字が体のなかにないとき、軽くて、食べる必要がある。
あんまり文字が多すぎるとき、ものを食べられない。
人参を刻んで、夜な ....
つぶれるような思いで
たどりつくと
あなたはすでに
水になってしまっていた
流れていくので
じきに川になり
いつかは海にもなるだろう
ここはまだ高いのだ
流れていく先がある ....
音楽のせせらぎ
跳ねまろぶ輝き
クスクス笑いを隠すように
去っていった
あの永い一瞬
瞼の裏にホチキスで留めたまま
耳をふさぐ風
風のふところ
雲のにおい
クジャクチョウは目を覚まし ....
耳をすませたことがある
遠い宇宙のささやきだった気がして
ふと星々が混雑した夜空は
まるでにぎやかな物の怪のいない屋台村のようで
深々と夜はふけ
いたずらに星々はふるえていた
家の傍に ....
わーい春のさかさま
黄色い花を摘む
卵を買いに行って
転んで帰ってくる
いつかまたここに来ようねって
言ったそばから消えて行った
ちいさく、ずるい人たち
どんな歌も届かないよ ....
友達が海辺だった。ぼんやりと暗い真昼の部屋で、どこから迷い込んできたのだろう、蟹が蠢いていた。冷たく静かなベッドの上で、蟹の群れが、友達の中へ滑り落ちていく。少しだけ話をすると、友達は用事を思い出して ....
欠けたようなよろこびが
胸におちるたび
あなたのかたちになってへこみました
愛だと言い切ればよかったね
宙にうかべたまま
少しずつすりへって
もう見えないのにここにある気持でい ....
時間屋という屋台が最近この街にも見られるようになった
もう少し生きたいという人や
あの時間に戻してくれというような人
未来の時を希望する人
今をもっと濃い時間にして欲しい人
二十四時間を三十 ....
たしかな春の日差しを得ました。土曜日、風は必要以上につめたく、でもそれよりも空気のなかに溶けている季節がしきりに春を叫びます。わたしたちは指先をひんやりに染めながら、ねえねえ来たよね、これだよね、と笑 ....
発せられた愛が受容されるまでに変質するってことだろうか
降る雪がしだいに霙になるように
ふつうの家に住みたかった
屋根があって壁があって少しあたたかくて
窓があって扉があって好きなときに出 ....
むかし、むかし
いました
あるところでした
そんなものでした
流れていました
よく見てください
あれは桃です
大きさを見てください
あれは大きいです
味が想像できますか
ジ ....
メレンゲの夜
それはそうだ、
固まってしまう
色の無い刺繍糸で
編みこんでいく
君の体は
気持を置いて
でていってしまった
ここにあったのは
変色した果物
片方しかない手袋 ....
ただの一言も発することがない
二月の青空はとても孤独だ
ひとみを綴じた兎が
木の袂でうたた寝をしている
冬は自我をうしない
薄く目を開けて、この青い空を
くちびるをかすかに動かして
....
また体の向こうがわで文字が跳ねている。戻っておいで、戻っておいでって思いながら見つめていると溶けて行ってしまう。さきに起きた娘が炭酸水をのみながら、まだ眠ってていーんだよ、と言う。やさしい。朝から ....
きみに死んだ弟をあげるよ。
もうじき死ぬんだ。
そしたら{ルビ暴=ほたえ}たりしないからね。
もう駄々をこねたりなんかしないからね。
手間のかかんない
とってもいい子になるんだ。
....
明日になれば休みだから、汚れた布を洗うこともできるし、床を磨くこともできるし、冷蔵庫で賞味期限を切らせつつあるあれあそれをいっぺんに捨てることもできる。捨てることができる…って思うのは確実な希望。ここ ....
歯ミガキ、
センメンダイのカガミをとおして、
ハッケンされた、
すこしだけフクザツなキモチ、
歯ブラシを、
口腔にサシいれて、
なんとなくナマナマしい、
キミのセイカツの音、
じゃぐち ....
身体のなかを季節が流れていくように
庭に春がおとずれようとしている
赤い花は生きたまま供物として捧げられ
緑の血液は地に滴り落ちている
土の中にも季節が流れている
人には見えないだけで
歓 ....
その人の
ぶ厚い唇から飛び出した一言は
熱っぽかった
「あなた、でしたかっ!」
(は?…。)
パリッとしたスーツ姿で
母の仏前に座る中年男性とは
全くの初対面
....
ところで
説明のつく恋などないのだと
言ったところで理解しない
あなたのかわいい肌から放たれる熱をまにうけながら
生まれ変わったら 工場になろう
と思う
頑健な 灰色の
工場にな ....
生活に狂え
と一言いただき
巨大な師の生首が
浮かぶ町で暮らすことになる
朝夕を過ごし
飯を食い糞をひり
普請して窓から師の顔を
眺めて暮らす
空は磨いたようで
風は穏やかに ....
(内臓はからっぽ)死んだ馬の胸の中に、
{ルビ紙縒=こより}で拵えた聖家族が暮らしている。
1:12 a.m. 雨が降りはじめた。
聖家族の家は茸のように雨に濡れる。
小鳥は頭蓋骨に雨を入 ....
すこんと抜ければよかったものを、しぶといかさぶたみたいにしがみついてきたない。そういう蓋、風向きでいくらでも変わる。わあわあ言いながら、生活していかなければならないとおもったから。自分の足で立って、立 ....
やわらかい、
手でひきながら、
にぎわいへとみちびく、
そのひとみに、
よく跳びはねる、
活発な、
ちいさなウサギ、
が、二ひき棲みついて、
だから、きみはよくまばたきをする、
その ....
桃の実の、そのなめらかな白い{ルビ果皮=はだ}は
――{ルビ赤児=あかご}の{ルビ頬辺=ほつぺた}さながら、すべすべした肌触り、
桃の実の、その果面の毛羽立ちは
――{ルビ嬰児=みどりご ....
朝、いつものようにキッチンに向かう
痛っ、イタタ
キッチンの入り口にぶら下がっているのれんに頭をぶつけた
昨日まで柔らかい麻布だったはずだったのれんが
硬い板状の物体と化していた
一体こ ....
少しばかりの軽い眩暈は、暗闇とうっすらとした雪明かりのせいなのか
それとも、未明に降り出した重い湿雪が足にまとわりつくためなのか
たぶん、それは眩暈とかではなくて
朝のうちに歩いておこうとする、 ....
風、そして風の鼓動
空の欠片を集めると
それはいつも爪に似ていた
窓だけが知っているわたしの形
初雪が観測された朝
静かに紙で指を切って
独り言のように
痛いと思った
....
絶対届かない詩がある
死者への詩だ
私はまだ生きている
そんなにじろじろ見ないでくれ
独り言は遠い
柳がゆれていた
小さな氷の粒が
各々太陽を抱いて踊っていた
卵をひとつ割るように
今日という日は生まれた
宇宙がそうだったように
ヒヨドリの声で問う
己とは
欠片ばかりで像を結 ....
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