言葉しか、綴れないよと言っていた。その言葉すら、手のひらから逃れ。
この痛み、続くのは幾月か。病のなかに、ふと訪れる安らぎ。
階段を降りて、母と二言三言。犯すべくなき、領分があり。
....
「おい、何をしている、盗賊。行くぞ!」
アイソニアの騎士が、重い背嚢を取り上げた。
それに従って、エイミノアも重い腰を上げる。
オーマルは、まるで人間ではないかのように平然としていた。
( ....
その一方で、ヨランは別のことを考えていた。すなわち、魔法素子について。
(魔法素子が生き物であれば、いつまでも大人しくしているものだろうか。
{ルビ魔導士=ウィザム}は魔法素子を自由に使う。それ ....
アイソニアの騎士の憤りも、もっともだった。
彼は、アースランテの千人隊長なのである。それが今では、
ヨランという盗賊風情と契約した身である。いかに、
エインスベルを救うための旅とは言え、彼は支配 ....
再びの危機は去った。シーゲンサの群れはことごとく屠られた。
アイソニアの騎士、エイミノア、盗賊ヨラン。その思いは一つでも、
その思惑は、彼らそれぞれで異なっていた。あるいは、アイソニアの騎士は、
....
(予感は的中した)と、ヨランは思う。(もしや、エランドルは、
このヨースマルテで誰もが魔法を使える世界を目指しているのでは?)
いやいや──そうではないかもしれない。ヨランは逡巡する。
(しか ....
砂の下から現れたシーゲンサが、一行を円で取り囲む。
先ほどのエビ・グレイムほど、シーゲンサは強力な敵ではない。
しかし、屠っても屠っても、シーゲンサは砂の中から現れた。
「きりがないな。こんな時 ....
そして地面は、ざわざわと揺らいだ。
オーマルが言ったように、一行を次の魔物たちが狙ってきたのである。
「シーゲンサ!」オーマルが叫んだ。
「何! シーゲンサとは何だ?」
砂の中から、無数の ....
「ヨラン殿の言うとおりでございます」その時、オーマルが口を開いた。
それまで、彼女は一言も発さずに沈黙していたのである。
「その根拠とは?」アイソニアの騎士は、オーマルのほうを振り返った。
「そ ....
ヨランたち一行は、三日の間砂漠を旅していた。
オーマルに取りついたエランドルと話して以降である。
皆の喉が渇く、しかし、不思議に食欲は感じられなかった。
そして、三日という時間も彼らの体感時間で ....
「さっきの化け物を葬った魔法か? あれは、お前の手柄だった!」
アイソニアの騎士は呵呵と笑ったが、ヨランはすっかり怖気づいていた。
「笑いごとではございません。誰もが、あのような魔法を使えるように ....
「話せば長くなります。ですが、ヒントはエランドル様の言葉にあります」
「エランドル? さっきこの女に取りついた亡霊のことか?」
「俺は知っている。世界を滅ぼした男だな」と、エイミノア。
「それは ....
「しかし、クーラスはすでに虹の魔法石を持っているのであろう?」
「そうでございます。ですが、多分彼は使い方を知らないのです」
「虹の魔法石の……か? それはあり得ぬ。あの狡猾な男のことだ。
き ....
「そうでございます、騎士様。先ほどの魔物は、エビ・グレイムと言います」
ヨランは、アイソニアの騎士から言葉を引き継いで言った。
そして、説明をする。「この本、オスファハンの手書きのメモによれば、
....
「なぜ止める、ヨラン? そのエランドルという男がまことに
このハーレスケイドの支配者であるならば、この男を倒さねば、
虹の魔法石は手に入らないのではないのか?」アイソニアの騎士は訊いた。
「 ....
「あなたは本当にオーマル様なのですか?」ヨランは尋ねた。
「わたしたちの『導き手』の……」と、続ける。オーマルは、
「わたしはいかにもオーマルと申す者。始めにその名を告げたはずだが……」
「承っ ....
「やはり、これは罠だな?」アイソニアの騎士は、オーマルを睨(=ね)め付けるように言った。
「大方、俺たちのような厄介者を、ドラゴンに食わせようというのであろう?
その手は食わぬ。そもそも虹の魔法 ....
「それは、エインスベル様の命でございます」と、ヨランは言った。
「当たり前だ! 俺たちは、虹の魔法石を求めて、ここへ来たのだ!
それがエインスベルを救うと、この盗賊が言うからな!」と、アイソニア ....
「単純な話だ。生きとし生ける者には、霊魂が存在する。
そして、世界は一つの心を持っている……。
わたしは、このことを数十年の年月の末に確かめたのだ。
わたしを導いたのは、魔術という一種の道 ....
「そんなものが、この地に満ちているのですか?」ヨランが愕然とした。
目に見えぬ生命があるなどと、ヨランは理解できなかった。
しかし、科学が崩壊する以前の文明であれば、それは当然の話だった。
「こ ....
「あなたはなぜ、『言語崩壊』を引き起こしたのですか?
エランドル様。それによって、人間社会が滅びることなど、
分かっていたでしょうに?」──この時のヨランは、探求心を満たすというよりは、
世 ....
「そうだ。わたしは世界だ」──オーマルに憑依したエランドルの声が言った。
「エランドル様。あなたはいったい何をお求めですか……?」
ヨランは、その一言一言が、何を招くのか、といった恐れに苛まされな ....
「お待ちください、アイソニアの騎士様。そして……、
エランドル・エゴリス様」盗賊ヨランは、その時うやうやしく首を垂れた。
そのヨランの振る舞いに、アイソニアの騎士たちも疑念を抱く。
「おい、こ ....
「ふん。世界だとか何だとか、そんなことが世迷言であるのは、
俺の経験が教えている。お前は、女だ。男の声を発している女だ。
俺は、その影に隠れた事実があるなどと、信じはしない。
化けの皮をは ....
「わたしには、かつて愛している者があった」──その声の主は言った。
今、オーマルは単なる傀儡に過ぎなかったのだ。
その声は、世界の秘密を明かそうとしている。
「今、汝らの時と、我の時とは合一する ....
その時であった。一行の伴である、オーマルが言った。
「我に従え。戦士よ、騎士よ、魔導士よ。今から、お前たちはわたしの僕(=しもべ)となる……」
その声音は、女性のものではなく、男のものだった。
....
「話が分かりにくい? そうでしょうとも」と、ヨランは言う。
彼は、今アイソニアの騎士を始めとした一向の、質問攻めにあっていた。
「おい、ヨラン。さっきのあれは何だ?」
「おい、ヨラン。お前は魔導 ....
その者の名を、今は言おう。エランドル・エゴリス──
世界の「再創造者」の名前である。しかし、こう言ったところで、
この言を聞く者には何も伝わるまい。だから、言おう。
エランドル・エゴリスとは、神 ....
しかし、そんな憂いとは別に、アイソニアの騎士は、
ヨランの肩を軽く叩いて言った。「そんなに消沈するな、盗賊。
お前が活躍する機会は、これからいくらでもあるぞ?」と。
そして、呵々として笑う。
....
(もっと慎重を期しておくべきだった)と、ヨランは思う。
この世界ヨースマルテにおいては、魔術とは、それが秘匿されているがゆえにこそ、
一定の理解を得られているのである、と。
(もしも魔術が暴走し ....
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