青毛の馬が 風にまかせ
わたしたちを連れてきた
潰れかけの酒場はまだ 開くには早い
空き瓶が入っていない 汚れたビールケース
うるんだ眼がわたしたちを睨む
わ ....
天使は窓の縁に座り
少しずつ透き通り 外の闇と
見分けがつかなくなってしまった……
バッハの遺した鮮やかなコラールが
床の木目に 僅かな痕をのこした{ルビ後=のち} ....
小さな島に移り住み
満たされたひとたちは
くだらない寓話を書いた
虫を殺した
テレビを観た
風邪をひいた
支払いを渋った
過ちを悔いた
....
壁に穿たれた
美しい釘のそばで
うしなった言葉を私たちは捜す
古臭い絵には茂みが描かれている
垂れ耳の犬のながす 白く長いよだれ
腫れた足で
あなたは泥をふむ
愛するように静かに 憎むように永く
やがて わたしは 夜を吸うだろう
あなたの持つ幾つものふくらみに
こっそりと歯をたてて
....
青い葉が何枚か
あなたの肩に貼り付いている
後れ毛に似た愛おしい季節
小石たちが燻らすモノクロームの薫り
雨が降りそうなことは 少し前から
私にだって ....
狭い横丁の
ひしゃげた道路標識が
ともすれば我々だったかもしれない
食道の内壁を滑るような時間を生きて
人目を避けながら 遠い未来を思っていた
今日も、枯れ草の
帰り道につれていく
柔らかいあなたよ
プレリュードを贈るよ
まもなくはじまる
長いリボンのような夜に
かれらが、一体なにを
言いたいのかちっともわからず
ことばのなかにひらめく暗闇をさがした
目を凝らして 耳を澄ませて 鼻をとがらせ
けれども本当はかれら ....
驚くに値しない
あなたの指のなかに
古い町がひとつ埋まっていようが
青い部屋でわたしは 静かなチーズを齧る
散らばっていた 丸い 悲しみの粒を
一列に ....
硬い建物は
不躾な質問に似ている
夏の朝、
青い樹がそよぎ
世界から こぼれ落ちそうになると
わたしは動けなくなるのだ
かつては二つ並んでいたが ....
父さん、母さん
くさむらで鹿が跳ねています
団栗がそこらじゅうで黙っています
西陽に つらぬかれた 海馬の影が
フィドルの調べにさそわれて
妖しくはしります… ....
赤い皿に
老夫婦が座っている
男の穿くすててこは膝が破け
女の手に握られた琥珀色の数珠には
結び直したあとがみえる
うつむいて目を閉じ、かれらは
眠って ....
緋色の籠は いつも
夜がくるまで あなたの
六畳の寝室に置かれていた
房をなした影をひとつひとつ掻き分け
大なり小なりの
扉がついたところでしか
きくこ ....
冷えた三角形がピアノ線で
夜に吊るされ 波打っている
白いチョークで昼のうちに引かれた
いびつな線路をたどり その女は
むかつくほどきらいな男に会いに行くところだ
....
あの後、わたしたちは
ふたりで 雨の骨をひろった
萎れたすみれの花に似せて
造られたかのような
蒼い 夕暮れ
果樹園の頭上を滑る鳶の影
廃材が積まれた惨めな河辺
男がトラックの荷台に腰掛け
たばこを吸いながら私のほうをみている
私の人生から消えていったあらゆる者たちが
....
昨日の小さな咳が
その椅子の陰で
私たちを見上げている
物欲しそうに 実を言えば
見知らぬ女の口の中には
汚い野犬の歯が並ぶ
白い歌をうたう
わたしは悲しくない
わたしはあなたを愛していない
疲れた笑みのような夕暮れの町
静かな木板に穿たれる曲がった釘
汚されたシャツのために
....
{引用=−−フレデリック・ショパン「夜想曲第十番」に}
石膏の雨は
落ちてきて 割れた
さっき みじかい嵐は
苔いろの器を引っ掻いていた
渦のような部屋の 何 ....
きみに
話しかけることができない
脈をうつこめかみに手をふれて
ひとつめの言葉をさがしているのに
どうしても話しかけることができない
うまれて初めての夜がきた ....
左脳のなかに
右脳が休んでいる
縁石に腰かけ、私たちは
玉砂利をつかった遊びに耽る
あとほんの少し風向きが変われば
瞼の暗闇にともされた炎のかたちがわ ....
{ルビ雷=いかずち}が 遠くの空に
かなしい光をふるわせた
あなたの膝に置かれていた
羊の彫刻は床に落ちた
眠りに似た川の聲は
月明かりとともに ....
青年は日暮れに
読みさしの新聞をとじた まもなく一日が終わる
{ルビ先刻=さっき}まで心地よかった空調がいまは窮屈でしかない
握り固めた紙切れに似た 心のなかには何年も前 ....
夕立のなかを
わたしたちはとおり過ぎる
云うことがなくなって
胸のなかをおよいでいた
魚たちはさっきいなくなって
あなたの透明な顔がかなしい
あなたの息 ....
聲の、
円い包みを
わたしの手がひらく。
はいいろの舞踏会に 金いろの砂がこぼれる
老いたフェルトのような 音楽のまわりに
めぐらされた 軟らかな襞 ……
....
なめくじは あなたの頸に似ていた
固い紙袋から ぶどうパンをかじって
わたしは こっそり あなたの頸をみつめた
どこにも ふってはいない 雨の音
どこにも たどり着 ....
柄杓の水は
揺れていた 一つの言葉のように
だが青い空の深みに俯き
だが石たちの慎ましい薫りに愕き
私たちは 黙っていた 私たちは
小さな山羊たちが
ぬれた坂をおりていく
夕暮れ時は、浜からの風が
舞いあがる砂と 金いろに踊っていた
こんなことも すぐに わすれていくのだろうが
私たちは ....
春のうえに あなたは
静かな芝生を残していった
私は眠りたい
私はもう、何も歌いたくない
建物の影が私たちを押し潰す
月の光が埃のように降って落ちる
あ ....
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