星月夜廊下は長くのびており
百万の蛙と同じ数だけの忍者がいると思えば楽しい
この夜の全ての書肆の灯りをも狂って吹き消す風のいじわる
大輪のひまわり折れているばかりこの世の息をあの世でも吸え
舞殿で無心におどる鬼 ....
梨の始末をどうしよう
この梨を線路に設置して
レールと車輪の間でひき潰すなど
してみたいが
どこか目立つところに
置き去りにしてやりたいが
梨がきゅうきゅう鳴くので
ずっと持っている
....
彼女は残念な人
塩と砂糖を取り違えるとか
それならまだいいが
今日はイオと間違えた
イオとは木星の衛星であり
今この部屋を
星の軌道がゆくりなく通る
地下界の延長として彼岸花
おそくきて勇魚死ぬる浜寒し
血を吐きたる祖父の楽器冷ゆる夏
方形の月訪れたる窓辺かな
廃屋の畳の裏でにぎやかに繁栄していく福祉国家
豆球に妖精一匹閉じこめて九蓮宝燈夜は更けゆく
虫けらになりたい虫になれなければ活版刷りの旧字でもいい
子供らはぱ・い・な・つ・ぷ・ると唱 ....
縄が切れた首吊り月のころんころん転がってゆく先の湖
黒猫を振り回している友達と目を合わせないように歩く
容疑者は「月がきれいですね」などと供述しており
日記には月齢を書く欄がある そ ....
目を瞑り月の女の名を呼ばう 指に安らう蛾のやわらかさ
梟の灯りを頼りに船は進む 翼は煙 心は砂糖
銀の盆 兎が行き来するたびに紫色の林檎が落ちる
不死の父を時計の中に閉じこめて蠢く鍵 ....
梨を剥く間にバスは図書館へ 風の果てには悪魔が待つ
司書の目を盗んで書架を渡り歩く 本は野菜のように選ぶ
ノートにはただ星屑が並ぶだけ 孤独を星の言語で記す
錆びついた巨大な鋏が待ち ....
いたるところで
青い火が燃えている
人を探しにきたのに
こんな悪所に迷いこんで
やっぱり座敷を
出なければよかった
険しい山道を足さぐりで進み
骨の橋を渡って
廃寺を通り過ぎる
火は ....
竹藪は真夜中
地面を這うようにして
皿の破片や
古銭を拾い集めていると
突如として
立派な竹に行き当たる
触ると不思議に温かく
内からはほのかに光が漏れている
これは伐らねばなるまい
....
川で冷やしていた西瓜が
ぱっくりと割れて
下流は血まみれになる
子供らは群れ集って
それを飲む
庭で武将が跳ねまわっている
敵が来るから加勢しろという
大慌てで縁から出て
どうすればいいのかと聞くと
とりあえず今日のところはこれで
火を消すのだ、とお玉を渡される
見れば裏の家が燃えて ....
押入れに入れられて
もうずいぶん長くなる
ときどき遊びに来るねずみに
爪をかじらせてやったり
みかんを潰したりしているうちに
骨の浮いた老婆になってしまった
これではいけないと思う
これ ....
林から叫び声が聞こえる
木を割いたような声である
お客は驚いて
あれは何だ
何が叫んでいるんだ
と尋ねてくる
いいえ
鶏を潰して
いるだけです
控えめに答えると
お客は安心した様子 ....
奥に進めばいいと
席を立ったのはいいが
どこまで行けばいいのか
聞くのを忘れた
暗い明かりの下
行き交う人は
あなたの目的は全部
端から端まで知っているんだ
とでもいうように
意味あ ....
次から次へと
運ばれてくるお膳に
手をこまねいていたら
古いものから順に
下げられていくので
あれはあとで
女中が手をつけるのだろう
などと静観している
ところが顔役によると
あなた ....
ゲリラ豪雨
突如として大量に降る雨を
奇襲を行う
ゲリラにたとえている
曇り空とともに雷鳴
合戦の予感に
鬼瓦は
武者震いに震える
久方の中なる川の鵜飼舟いかに契りて闇を待つらむ 藤原定家
新古今和歌集・夏歌・254番
技巧が前に出すぎるきらいのある定家の作品において特に難解な歌。
「久方の」は空や光などにかかる枕詞 ....
四つ辻の老人ホーム日が暮れて色とりどりの折紙の森
泣き濡れた同級生の美容師に長靴一杯の画鋲をもらう
「亡くなった人に救いはありますか?」色白の男に呼び止められる
鮮魚店から出た水が焼 ....
1
彼女が死んで数世紀。その影響は長く後世におよび、もはや彼女を知らない人は皆無といえる。しかし具体的に何をやったかは知られていない。忘れられた偉大なる事績を記念するために伝記を書きたいがどうか、と ....
眠れない夜は羊人間の数を数えて眠るとよい
ゲバ棒を構えた少女一斉に海に向かって雪崩こむ夜
ひき割りの納豆の雨さめざめと夏の夜更けに卒塔婆を濡らす
子供たち川を流れてゆく途中賽の河原で ....
暑い
湾が茹だって
タコが浮いている
タコ料理ばかりで
何もする気が起きない
みんな葬式も出さずに
タコを食べている
髪が伸びてしまった
そばを食べるときに
邪魔で仕方ない
切ろうかと思う
髪さえ切れば
髪とそばを
一緒に啜る
こともないだろう
幸せになれるだろう
壁の向こうで
誰かが話している
税金のことらしい
難しい単語が飛び交う
やや興味があるので
耳を寄せて聞くと
どすん!と
包丁が生えてくる
身につまされる話だ
先祖が帰ってきて
タクシー代が払えない
というので
立て替えておく
水にふやけた
うどんのように
お盆が過ぎていく
あなたは指で狐を作る
狐の唇が
狐の唇に触れる
百年が過ぎて
そっと離れる
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