つまらない思いを抱えて
つまらないつまらないと日々を送るのが
これからも死ぬまで続くのだと
濡れた服を脱ぎながら真実に思えてくる
拾ってきた枯れ枝を瓶に挿し
部屋の中に小さな林を作ってやろう ....
包丁がなまってまったく切れず
庭に出て塀でごりごり研いできたところだ
落ち葉や新聞紙で試すとよく切れる
刃先をゆっくりと撫でてみたい気もして
それはぐっとこらえて
あらためて台所に戻ると
 ....
裸の男が消えたあと
庭の片隅に不思議な植物が生えてきた
ひとつひとつの葉がのっぺりと丸く
それが重なって層をなし
傍目には一個の大きな球体のように見える
つやのない葉は太陽の光を反射せず
 ....
もう少し眠っていてもいいと
誰かが低い声で囁くのが
薄暗い夢の中でもわかる
本当にもう少しここで
眠っていてもいいのですか
念を押して訊ねてみると
その人は猫を撫でるような声で
眠ってい ....
雲間から大首が降りてくるでしょう
まるで惑星ほどに巨大な首がゆっくりと地上に迫り
町は空が遮られたために暗くなります
道行く人々は自分の思いにふけり
あなたも目の前の地面をじっと見つめています ....
眠っている間にかきむしってしまって
起きると今日を過ごす顔がない
日が暮れるまでただ静かに
伏して新しい顔が生えるのを待つばかりだ
庭には幽霊のような花が咲き
うすい膜が生活全体を覆っている ....
手が火照って眠れない夜
庭に出ていくと
井戸端で太郎冠者がなにか思い悩む様子
わたしはここでは次郎冠者であるので
その気になって臨むのが定石である

やいやい、太郎冠者
なにやら思い悩む ....
一人足りなくなったと連絡がきた
行きたくはないけれど行かなければならない
あとからあとから湧いてくる霧雨を
かき分けて向かうとすでに皆揃っており
輪の中にいそいそと加わろうとすると
ぐいと首 ....
ふいに風が吹いて
窓がごおごおと揺れているのがわかった
中にいるわたしは本を読むのをやめて
少し水を飲んでから
また読めもしない本に顔を戻す
本の中では狂った男が
ひとりきりで清潔な納屋に ....
一度間違えてしまったのだから
何度間違えても同じことだろう
そう思って暮らしていると
次第にばったのような顔になってくる
顔がばったのようでは外にも出られないので
その部分を消しゴムでこすり ....
日に日に猿に似てくるようだった
それは気のせいではなくて
よく来る人もなんだかそう見えるというし
近所の犬にはうるさく吠えられるし
どうも本当のことであるようだ
逃れられない運命であるならば ....
流れの早い箇所を竹馬で渡ろうとして
どうしても流されてしまいそうになったから
前に倒れざまにひょいと渡りきってしまった
と思いきや、渡ることばかりに気を取られて
竹馬が水に流されてしまった
 ....
畑の畝を踏みつけて歩くような
大きな台風が過ぎていったあと
庭中にたくさんの青柿が落ちている
渋くてとても食べるどころではないやつだ
うちには昔から柿の木なんて生えてないのに
こういうことが ....
謀反をはたらいた廉で
切腹を命じられたことがある
と聞いたので
話の穂をついで
それはさぞかし痛かったでしょう
どんな様子でしたか
と訊ねると
氷のように冷たい刃が腸をかすめて
あまり ....
嘘か猫のようであろうとして
そのどちらにも失敗してしまった
こうなってしまってはもう
人さらいになるしかないと
人さらいの家に教えを請いに来たのだが
玄関から庭まですうすうと
透明な空気が ....
台風の日の晩い午後
閉めきった廃屋の一室で
男の首が宙に浮き
静かにゆっくりと回転している
目蓋はかたく閉じられて
堪えられないように
時に苦悶の表情を浮かべている
(ということは首だけ ....
幽霊になった幼なじみが働いているという
屋敷の廊下の先にしらじらと明るい一室があって
布団や卓が散らばる中で待っていると
いつのまにか差し向かいに座っているようだった

しばらく会わなかった ....
突き刺さりの星だ
海までの距離をはかりかねて
人間が足を踏み入れたことのない
地上の浜辺に行き着く
袖を垂らしている木々
鳥の見回り時
沖への呼び声が耳元で鳴るのも
呼び声と言えるのか
 ....
玄関に人が来た気配があって
急いで出ると誰もいない
そんなことが何度かあって
もう相手にしなくなった

冷蔵庫にしまっておいた桃に
歯型がついていたこともあって
ぞっとしたものだが
見 ....
茶碗だとかライターだとか
触ってないでわたしの話を聞いてください
はい
少しは落ち着きましたか
もういい? そうですか
ところでわたしがここに来た理由は
あなたもすでに察しているかもしれま ....
家のまわりをうろついてるあの音
ざりっざりっと砂利を踏むあの音
あの音
二本の白い木のような足
指は全部ある
裸足で少し汗をかいてる
五月の夜
家のまわりをうろついてる
あの音

 ....
空気がしんと冷たくて
部屋の家具は然るべきところにある
住人はどこにも見当たらず
先程から大根をすりおろす音だけが
悲しいほど陰気に響いている
緑色の毛むくじゃらの腕が
五本の指で大根をむ ....
なにかの牙が落ちている
(もちろんわたしのものではない)
足先で蹴るところころ転がる
道に尖った白い牙が
矢印のようにあらぬ方向を指して
陽射しの中で輝いて見える
犬かなにかの牙だと思うが ....
こうして呼吸をしている間に
心臓の鼓動の間隔を計っている間に
花瓶に挿した花の首はぽろぽろと落ちて
次の花に替えられていくだろう
それもまたあっけなく落ちて
替え続けることでしか
花を記憶 ....
あんなに大事だった針を
谷底に落としてしまったせいで
かかとからほつれた赤い糸が
林間をくねくねと絡まっている
まるで血管を張り巡らせたかのごとくに
山の中をうろつき
あるいは全体を火事の ....
突然、まな板になってしまったらどうすればいいか
このことを知っている人は意外に少ない
まずはその職務につくことを神に報告するため
東に向かって三礼
簡単でもいいから供物を用意するとよい
そし ....
どんな歌がふさわしい?
草色に濁った水のまどろみ
悲鳴を含んだ鳥のおしゃべり
落ちた花の萎れる音
夜の姫君の言葉

どんな歌がふさわしい?
暗闇に響く鬼の足音
眠り続ける無数の心臓
 ....
本能寺から来た人がまんじゅうを食べている
わたしはお茶を出そうか迷っている
なぜといってあの本能寺から来たのだから
些細なことが失礼にあたるかもしれなくて
しかしお茶くらいは出そうかと
腰を ....
この町は空き家だらけ
厚いカーテンに覆われた部屋に
どんな悪霊が潜んでいるだろうか
鱗の生えたやつだろうか
歯は一本残らず抜け落ちて
豆腐のような歯茎で電気を吸う
(そして、夜になると
 ....
暗闇に漂う一本の手首のことを考える
指はすべて揃っていて
爪には土と苔がこびりついている
どこか山蜘蛛のようでもあり
それは実際に一匹の生きた蜘蛛である
春日線香(330)
タイトル カテゴリ Point 日付
窓の林自由詩216/11/30 21:46
なまくら自由詩516/11/17 22:56
おのころ草自由詩216/11/8 17:53
漬物自由詩716/10/25 12:11
後の雨自由詩216/10/19 21:27
無縁自由詩116/10/16 23:16
狂言自由詩016/10/5 3:58
黒子たち自由詩016/9/25 8:20
清潔な納屋自由詩316/9/21 21:24
ばった自由詩516/9/21 20:49
猿に似る自由詩216/9/18 4:15
竹馬自由詩216/9/18 3:27
青柿自由詩216/9/7 16:47
因縁自由詩316/9/3 6:20
鏡の中には誰もいない自由詩416/9/3 5:32
片隅自由詩116/9/3 2:30
おんぶる自由詩216/8/22 22:43
脳の浜自由詩216/8/3 22:04
誰か自由詩016/6/10 0:51
途方自由詩216/5/19 13:45
あの音自由詩316/5/18 21:51
おろし自由詩416/3/8 1:41
春の牙自由詩416/3/5 11:13
花々自由詩016/2/23 15:49
ほつれ自由詩416/2/22 20:14
まな板自由詩416/2/20 0:51
夜の歌自由詩116/2/16 12:40
本能寺自由詩116/2/15 22:52
悪霊自由詩116/2/12 23:33
蜘蛛自由詩416/2/10 23:45

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