地下鉄のホームの端には観音開きのドアがあり、さらに地下の映画館に続いている。古い時代には小劇場であったらしく、今は喫煙所になっているあたりにはかつて営業していた食堂の名残が認められる。観劇の前にそこで .... 見えているのに見えないふりをしている。うっすらと埃の積もった本棚、弱っていく観葉植物の鉢、皮膚の下の小さなしこり。生活が生活でなくなり、わたしが人間でなくなるのはどの冬の真夜中なのか。水道から流れる水 .... 曇り空にいくつもの首が浮いているだろう。固く目を閉じて口元には微かに笑みを浮かべて。風向き、あるいは地球の磁場に従って一様に同じ方角を向いて。どの首もかつて生きた記憶を持ち、中にはまだ地上に暮らしてい .... 枕に頭をのせて考える。今この床下の暗闇のさらに下、地中に太古の塩水の溜まりがあって、そこでは数え切れないホヤの群れが生きている。無数のホヤがぶよぶよと積み重なり、水を吸入しながら性交に励んで際限なくそ .... もう一年になる。トラックが子供をはねて今もそこに白い花が供えてある。途切れずに誰かが、たぶん遺族だと思うが替えていて、そこだけいつも瑞々しい気配が漂っている。夜暗くても甘い香りがして花が供えられている .... いつからか歩道橋の上に車椅子が放置されている。まるで車椅子だけ残して誰かがそこから飛び降りたようでもあるが、幸いなことにそんな話はないようだ。車椅子は見るごとに位置を変え、ある日は歩道橋の中心に、また .... 夜、自分で自分の髪を切ってお湯で流したところ。外では台風が吹き荒れ、窓に重い空気の塊が当たる気配がする。奇妙に空腹ではあるけど食べないほうがいいだろう。そっと自分で自分の頬に触れると、顔がある。幸福で .... 死んだ人ばかりの町で悪口を言いながら酒を飲む。その後は近くのダムから流れてくるせせらぎに沿って歩き、誰もいない土産物屋を覗いて、峠にへばりついている古い駅に辿り着く。そこまでは一言も喋らなかった。駅舎 .... ある者は言う。魂は半円であると。またある者は言う。魂は円の端と端を切り落とした二片を繋ぎ合わせた、ちょうどハンバーガーのようにひしゃげた歪な形であって、別の巨大な真円によって、その内側に生えた桃色の柔 .... 鬼の瞳を拾う。それはとても貴重なものなので大急ぎで懐にしまいこみ、何食わぬ顔で日陰に移動してまじまじと眺めてみる。灰色と薄紫色の中間の色彩はよく磨かれつつ深海を思わせる深みがあって、世界の真実がここに .... 数ヶ月前から歩道橋の上に車椅子が放置されている。まるで車椅子だけ残して誰かがそこから飛び降りたようでもあるが、幸いなことにそんな話はないようだ。車椅子は見るごとに位置を変え、ある日は歩道橋の中心に、ま .... 死にかけている気がして電車から降りる。何が、といっても明言はできないけれど、自分か他人か、その両方か。膝の裏に氷をつけられたような心地で駅の階段を上って改札を出ると、廃ビルの上に青褪めた月が貼りつき、 .... マコガレイのような夜だな、と言うので、適当に相槌を打っていると、まったくそのような夜が坂下から這い上がってきて、一帯はみるみるうちに水浸しになり、頭の上では海星が暗い血の色をして、あるいはそれが死神の .... たまに夢に出てくる居酒屋があって、さっきもそこに行ってきたところ。大勢の手品師が町外れのソーラーパネル建設について話す中、自分はうつむきながら卓子を拭いている。あそこには昔からきれいな花畑があって、う .... いい大きさの箱の中にかぶと虫を詰める仕事をしている。それは静かな夜明けから始まり、広い屋敷の片隅の部屋でたんたんと続けられる。まれに庭から吹き通る風にあおられて、箱が倒れて中身がこぼれてしまうが、また .... 浴衣を着て歩いていたのだ
電柱を何本かやり過ごして
花も歌もないままに通っていくと
いたるところに空き地がひらけ
荒地野菊の群生や
廃屋を匿している竹藪が現れ
わけもなくただただ悲しいだけ ....
縁日で掬った金魚をどこにやっただろうか
庭の片隅、物置の陰のあたりに
古い水槽が転がっていて
水と水草を適当に入れて
そこに放り込んでおいた気がする

誰も世話をしないまま
ただ、気まぐ ....
天狗の一人がやってきて
おまえの家の姿見を貸せと言ってくる
家に姿見など持ってはいないので
そんなものはないよ、と告げると
天狗は怪訝な顔をしている
家に姿見がないなんて嘘だろう
おれが天 ....
悪左衛門の誕生を待つこと
それは誰も避けられぬ責務である

部屋の四方は障子で堅く閉ざされている
芋之助もそれを強いて開けようとはしない
薄ぼんやりした光が室内に差し込み
時折、障子に異形 ....
思い違いをしているのではないか

君は寝床に身を横たえているのではなく
もういつの時代に作られたのかも
さだかではない古い古い風呂桶の中に
身ぐるみ剥がされたままの素裸で
(しかも生温い蒟 ....
                    昨日の雨は
                    東の街に冷たい胞子を降らせた



夜の公園の砂場
無数の傘が突き刺さっていて
引き抜こうとし ....
わたしがわたしのことを考えていると
障子がすーっと開いて誰かが入ってくる
いつか夢で会った人のような気がする
上から下まで赤い服を着ているので
目も眩むような思いで
何も言えないでいると消え ....
踊りを踊るには
こうするんだよ
といって
知らない男が窓から入ってくる
ひょろ長い腕が床にまで垂れ下がって
体がやけに白くすべっこい
黒い薄衣のようなものを羽織っていて
その下はまったく ....
木の高いところに骨がかかっていて
鳥が面白くなさそうについばんでいる
手にしたほうきでつついて落とすと
地面に落ちたそれは乾いて白い

夜中に夢から覚めて
台所で水を飲んで寝に戻る
さっ ....
一夜に十ばかりの夢を見続けよ


坂下り真っ直ぐ一つの夢に入る

満月や蓋を開けたる箱一個

破船一つ夏至の最中を過ぎ行けり

からす瓜繁茂しており十の首

紫陽花や十児を抱く物 ....
廃屋になっているのに
ばらの蔓が家中を取り巻いて
賑やかに花を咲かせているのでしょう

公園では透明な子どもたちが
鎖の浮き出たぶらんこで遊びながら
漂う香りをぱくぱく食べています

 ....
朝から部屋で臥せっていると
唐突に金剛力士がやってきて
口元を引き締めた形相で見下ろしている
それがあまりに突然の出現だったので
なんの心構えも用意もできておらず
ただただ驚愕して畏まるばか ....
長いこと逆さまに埋められていたので
いまだに上下感覚がおかしいのです
と笑いながら帰っていった人のあとで
ぼうっと灯る明かりのようなものを吹き消して
庭に出て晴れた空を眺める
空が地面で地面 ....
魚臭い家を出て用事を済まし
いくつか由緒のある品々を眺めて帰った
金泥で書いた文字を
猪の牙でこすって輝かせるなどという
今は滅びた技法で書かれた経典を懐に入れて
額に皺寄せて家に戻ると
 ....
懐で古銭をじゃりじゃりさせながら
暗い大通りを歩いていく
多くの脇道が横に伸びていて
かつてここを一緒に歩いた人が
上から見ると「馬」の字になっている
と教えてくれた町
何百年も前に大火の ....
春日線香(330)
タイトル カテゴリ Point 日付
劇場にて自由詩018/9/16 17:08
見えているのに自由詩218/9/14 10:50
自由詩118/9/13 20:42
王国自由詩018/9/11 18:30
供花自由詩118/9/10 4:41
海上へ 2018・7-8自由詩318/9/9 0:46
触れる自由詩218/8/9 4:11
高原にて自由詩318/8/8 16:07
魂の形自由詩218/7/30 8:32
鬼の瞳自由詩318/7/9 21:25
車椅子自由詩118/7/9 9:21
devil自由詩118/7/7 10:24
マコガレイ自由詩018/7/6 21:33
蓮華草自由詩118/7/6 7:02
かぶと虫自由詩018/7/5 19:00
荒野へ自由詩218/6/28 23:30
水槽自由詩1618/3/28 22:40
姿見自由詩418/1/27 18:57
悪左衛門自由詩217/12/28 21:21
思い違い自由詩1217/12/28 21:20
街に降る自由詩3*17/9/23 23:25
赤い服自由詩217/7/16 1:29
踊りを踊るには自由詩317/6/2 2:46
水鳥の夢自由詩917/5/27 23:47
一十百千俳句117/5/26 17:02
スケッチ(五月)自由詩417/5/1 4:15
かまぼこ自由詩417/4/27 17:14
流線自由詩217/4/25 18:42
猫屋敷自由詩317/3/26 0:16
狂馬自由詩817/1/29 10:17

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