父や母 子や孫 兄や弟 姉や妹
と書いて もう私にはわからなくなった
これから一生かけて 目の前の壁だけをみていたい
しろい苔がいつまでも魂の表皮から剥がれそうにないから ....
私の意識とほぼ相似形の蚯蚓が
かれの提げる鞄に引っついて離れない
粘着質の視線が伸び縮みをくりかえし
そうしてもとの場所に跳ねかえってこない
がらんどうの真昼時 ....
理由もわからないまま
わたしたちは青くなって
それからゆっくり時間をかけて
夕焼けの色に染まっていった
名前はひとつも知らない
けれど鮮やかな 冬の木立
....
瞼のなかの海で
灯りをつらね 夜船がとおくなる
汐風がしろい帆を滑らかに膨らませ
幼子のような波音をしまいこんで微笑う
わたしたちは魂の此方側に立っている
....
仔犬の映像が 午後になると
卓上に置いた梨のまわりを駆け始めた
おもてでは雪がもそもそ愚かさのように降って
わたしの居る部屋に面白味のない光を積もらせる
次第に岩石 ....
悲しい鍋は 空間のなかで軽く
あまりに軽く 見つめているのも辛い
ザラメじみた虚しさがいっぱい光に揺れて
私は考え・手離し・ひろい集め・擲ち、
気狂いになった… ....
カーテンは 夜、
ゴムに似た苦笑に変わって
弧状の痺れに変わって……私たち、
ポットから熱いお茶を注いで飲んだ
点けていたテレビと電灯を消し
歓びのような虚し ....
歌をたたむ。{ルビ耳輪=じりん}がひとつ、
骨いろの水面をもがいて、
ひしゃげた三日月になりそうな夜
まだ多すぎた言葉を忙しく折りたたむ
明日の晩 静けさのおもてに ....
丸い部屋に緑色の女が立っている
四角い部屋には紫の女が座っている
どちらの口の中にもセメント状の闇が
うんざりするほどぎっしり詰まっている
まるで 言葉の代わりだと ....
対岸の河辺で
鈍色に翳った立体に{ルビ燈=あかり}が実る
ふるくからの草木が影をつかまえ
水面へうつくしい銀の光を{ルビ濯=そそ}いでいる
玉模様の白さら ....
ずっと雨がふっている
私たちは 灰色になって
果物のようにすわっている
かたい音をたてて郵便が届く
この場所に生活があるから
バイクがぬるい水を撥ねて ....
朝靄の しんとした公園で
ゆりかごが一頻り揺さぶられ
あかるい 幾つものさびしさが
同じ数のむかでに変わるまでの間
わたしたちは決して変わらないだろう
....
角を曲がると
コバルトの窓だった
猫のいっぴきも通らない
どの突き当たりもどぶくさい
町はずれ 焦れったい郷愁
観念の{ルビ和毛=にこげ}に
赤茶けた歯がからまり
ベンジーの六弦が息をすう
焼け落ちた橋 夏の昼時
あなたの胸の中の海で
丸い椅子が倒れた
それで、流れた血は
西瓜のいろに丸まった
パジャマを着たまま私はしゃがみ
馬鹿みたいなバイクにきみが跨り
どちらかが 何かを ほざき
虚ろな針 ....
長い時間がきえて
振り子はやわらかに
悩める町の悩める光線
私たちはみんな、
波のはざまにのまれ
いつかどこかの壁にくだける
いつもおん ....
ことばを
きみから聞けなかったから
ぼくには できなかった
歌をうたうことも
祈りをいのることも
思い出を忘れないことも
光と影が
....
朝 林檎をかじる
椅子に掛かった駱駝色の
ストールから君の匂いがする
笑いと寂しさが 僕の気持へ
記憶よりやさしく注がれていく
……何故? 魔法のよう ....
誰もいない
中ぐらいの部屋で
音楽が静かになっていく
というような気持ちで
貴方を抱きたい
小癪な 爪の光が
凄い桃色へはじける
先刻 ....
{引用= ふたたび、小沢健二に。}
さよならは言わない、を
忘れちゃいないがさよならを言った
大好きな黄色い花 まだあんなにも咲いてた
馬鹿イチの公園デート
....
瞼の裏に映る沢山の図形
それがわたしたちの暮らす町
暗がりに潜む毛むくじゃらの歪み
へし折れ・砕けながら結びあう雑踏
港の船が夕暮れの光に燃えあがるとき
....
影が、
薬缶からのびて
傷んだ壁にのびて
夕暮れとつながった
懐かしさや情けなさや怒りや
いつまでも尽きそうにない悲しみと……
そしてわ ....
栗色のながい弧が
私たちの耳にふれてから
鱗雲の向うへ塗れていった
秋の街をならんで歩く
ふたり 着古した服を着
透明な壁の群をすりぬけていく
....
比喩され 茄子は
やわらかな澱を孕み
あなたの血管に似せられていく
わたしは決然とわたしのままでいる
密やかなオーガンジーの管弦楽が
静かな髪を通りぬけていく ....
薔薇の花をおくるよ
ふかく悲しませたあとに
気にしないでときみは言うけど
鋭いナイフをおくるよ
歓びをわけあったあとに
面倒な人、ときみは言うけど
....
舗道に落ち
私はあなたを暗示したい
トランプの女王、睫毛が捲れる
陶製の仔犬、言語の荒地に割れる
硬くそれでいて柔らかな
焦げくさい夕立ち
埠頭の昏さに
沈んでいく今日までのかがやき
海のうえの透きとおる膜の向うで
世界の光の震えは蝶のように美しい
あなたに、
もう泣かないでほしいのに
....
どこかの駅で
列車や言葉や人影など
待っていた
観念的な雪を肩に
積もっていくにまかせ
けれど沈む日の悲しさだけは
わたしたちを灼いてい ....
水子たちの
うつろな口から
明日が よだれのようにこぼれた
舗装された道をわたしたちがあるく
霧もないが月もない夜
大声で笑いながらあるく
午後の壁で
冷たい粉を拭う
わたしではなく、
あなただけが白い
子供になっていく海
無色透明な硬いさそりのようだ
一回きりの
嚏
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