鳥獣虫魚
「鳥獣虫魚」は生き物の名前を冠したソネット集で、そのこと意外になんの主張もありはしない、という作品集です。
周知のように「鳥獣虫魚」というタイトルは、吉行淳之介に小説で在り、前 登志夫の歌集に在りますが、特にこのタイトル以外思い浮かばないので、ご容赦願います。
これらはすべて、現代詩フォーラムに投稿したものの採録です。
わたしは「現代詩フォーラム」を自分の作品の置き場のように使わせていただけたら、と考えております。
まだまだ「文書グループ」を作りたいのですが、しばらくの採録をお許しください。
湿気と暑熱が凝り固まるジャングルの奥
そのはば広の葉の重なりを覗きたまえ
黒く蠢くものこそ無数の毛虫
黙々と食べ累々たる糞を垂れる
糞は山となりジャングルとなる
すなわちジャングルとは彼 ....
隠さなければいけない過去
隠されてしまう過去
脂汗が流れるときだ
見付かってしまうポートレート
今朝わたしは一匹の蛾を発見した
それは見事な蛾だ
たれもみつけられない たれもくれやしな ....
歳経てその泥亀が石となったのは三世紀の事であった
アレクサンドロス大王がしばし馬を休めてチグリス川に憩うた時
その亀は大王の右足の傷を認めたのであった
亀はたちどころに卜し、大王の死の近い事を知 ....
机から滴り落ちる水
机には陶器の水差し
水差しの中に一匹の金魚
ブロンズのように沈む
誰も覗かない部屋の誰も触らない机
その上の誰が置いたのか分からない水差し
金魚は目を閉じて永遠にひ ....
荷を負う人々の足
裸足の足裏に小石のむごく食い込む
しかし頓着はない
人々が見上げているのは一羽の鷹
苦役に口を開き
前後の者を探す目は黄色い
荷の重さは刻一刻と変わり
頭上に日はな ....
わたしが蝶であるなら
世界が剥き出す筋肉の紫の静脈の盛り上がりを
ペロリと舐める
その時の世界の激しい快感を 想像出来る
わたしが蝶であるなら
世界が秘めている恥部 その柔らかく熱い粘膜 ....
湿気と暑熱が凝り固まるジャングルの奥
そのはば広の葉の重なりを覗きたまえ
黒く蠢くものこそ無数の毛虫
黙々と食べ累々たる糞を垂れる
糞は山となりジャングルとなる
すなわちジャングルとは彼 ....
合歓(ねむ)の木の上で眠りをむさぼる不らちな内臓
不透明な猫が目覚めたところだ
今そこにいた所に白っぽい魂を残して
静かにとなりの木に移る
走り去る猫
睾丸は膨らみ過ぎて目玉と区別がつか ....
転がる空き缶を追う犬
犬は追う生き物だ
しかし犬は追わない
目前の暗闇を
餌の残りを掘った穴に隠す犬
犬は穴を掘る生き物だ
しかし犬は掘らない
飼い主の墓穴を
わたしはそれを不 ....
焼けた石の上を滑らかにすべる水銀
光ったかと見えてそこにはない
それは一匹のとかげ
生き物であることを頑なに拒否する
草むらに放られたまま忘れられたナイフ
発見からまぬがれる殺人事件の凶 ....
白兎は視界から消える
羞恥にまみれ、しかも無防備に
何も見ていない兎の目
盲目の充血が痛ましく雪原に消える
去った後に残されたもの
汚された雪
汚らしい食い残し
おびただしい丸い糞
....
紅鶴をご存知だろうか
災厄という災厄を一気に引き受け
苦笑いをしている
あの嫌な鳥である
この鳥はしかしなかなかに美しい
羽など一枚も生えていないし
尾もない
何よりこの鳥には頭部が ....
小さい蓑でも欲しそうな猿がいる
バスで山道をたどって行くと
樹木の陰にちらりと見えた
芭蕉なら喜びそうな猿だ
猿は群れから離れたのだ
猿は群れを憎んだのだ
群れには暗黙の了解があるから ....
かわうそは水をくぐる
水は瑠璃色に光り、水音は鈴だ
そう言うかわうそは嘘つきなのだ
かわうその棲家は荒れて、臭気すらただよう
かわうそは魚を獲る
餌はあふれるばかり手当たり次第だ
嘘つ ....
なめくじの聞こえない歌声が家の下から聞こえる
なめくじの湿った心がぬるぬるの木屑から立ちのぼる
なめくじがゆっくりと顔をめぐらして食い物を探している
大食いなのだ この楽観論者は
金属質の ....
カマドウマは笑う バスルームに人はいない
カマドウマは糞をする バスルームに水音が響く
カマドウマは眠り、目を覚まし呟く
わたしは哲学者だ と
キッチンの片隅のカマドウマは妊娠している
....
テーマ詩集一般 作成編集:
非在の虹 16/1/18
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