非在の虹

歳経てその泥亀が石となったのは三世紀の事であった
アレクサンドロス大王がしばし馬を休めてチグリス川に憩うた時
その亀は大王の右足の傷を認めたのであった
亀はたちどころに卜し、大王の死の近い事を知った

亀は中央アジアを北上しロプノール湖に棲んだ
岸辺の都、楼蘭に登る月が五年に亘って赤かったある日
最早この国の命運の尽きた事を亀は悟った
この時、海亀よりも大きくなっていた亀は長江へ棲みかを変えた

ついに亀の大きさは小山のように大きくなった
亀は自らがどこまで大きくなるものか、それだけは判らなかった
漢の武帝によって不老長寿の秘薬として追われたのもその大きさ故であった

何処とも知れぬ土地に辿り着いた時、たちまちにして亀は死を向かえ石となった
石の甲羅 石の皮膚 石の爪 石の血 見開かれた石の目 
石の心は今、漸くにして砕けた


自由詩Copyright 非在の虹 2009-06-12 21:09:09
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