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海に近づくと一瞬の真空がある。
漣は失望のように浜辺につもり、
明日を生きる人は海を捨てた。
漂白した回想が水泡となったころ
海は思い出したい人を抱いて、
漣はやはり、つもるばかり。
....
そのころの
ぼくの悲しみは
保健所に連れて行かれる猫を
救えなかったことで、ぼくの絶望は
その理由が彼女が猫は嫌いだからという
自分というものの無さだった
ぼくの諦めはその翌日も同じように ....
薄っすらと
はった氷を割る
秋が終わる音がする
霧がかった紅葉の
空がまだ青い
辿る記憶の先に
肩車をする夫と
肩上のわが子
手を振る
生きることとは
悩み過ぎ去ったあ ....
「黄色い傘」
きいろい傘が咲いていて
わたしのうえに 屋根になっている
かさついた
この指は
皿を洗い刺繍をし文字を打ち
自由になりたくて
書いていたはずの文字に
とらわれ ....
枯れ葉がからから
秋の子どもたちの
足音、からからと
町ゆくひとの足を
いたずらに撫でて
風のような笑い声
枯れ葉を燃やせば
秋の子どもたちは
舞い上がりおどり
それを見 ....
箸よ、おまえは美しい
未熟な身体で生まれ
生死の境を漂っていたわたしが
ようよう生にしがみつき
お食い初めをしたという
小さな塗り箸よ
遺品整理をした
そのときに
うやうやしく ....
羽
とんぼが旗竿の先にとまつてゐる。
セルロイドのやうな羽の一枚が、半分切れてゐる。
緑の縞の入つた黒い胴を一定のリズムで上下させ、三枚半の羽を震はせながら、とんぼは ....
切り落とした無数の黒髪が
浴室の床に散らばっている
鼓膜の真横から聞こえてくる
二つの刃物が擦れ合う音
例えるならば泡
閉ざされた水槽の底から
少しずつ浮かび上がってくる
泡 泡 ....
潮目
県庁跡の建物の中で期待もなく調べ物にと
りかかり、時間を待って香林坊に出る。そこ
はほんのひとにぎりの銀座で、渋谷で、新宿
でもあり、池袋の匂いを探して片町に流れる。
スクラ ....
昨日のかなしみの夢の球体のなかで
はじめてきみをさわった
からだの毒にならない程度に忙しくしてと
わたしもはじまった
はならび と はだしつ だけがよかった
多肉にちかいはなびらのふりしてた ....
なにか
白い ものが
のこされて ゐる
うまれたものが
去つた そのあと に
そしてこつちを
みつめてゐる
長い午後に
時が
裏返 ....
うつくしいひとたちに遇ひ
うつくしいはなしを聴きました
空はたかく 澄んでゐました
かなしみはもう とほくにありました
よろこびは すぐそばに そして
手のとどか ....
「錯乱」
しをかくひとは
胸や、胴体に肢体、に
まっくらな、まっくらな
あなが、ありまして
のぞきこむのが
すきなのです
のぞくとき、
のぞきかえされていて、
くらいあなから ....
線香花火の玉落ちて
地平の向こうは火事のよう
昼のけだるい残り香に
なにかを始める気も起きず
夏の膝の上あやされて
七月生まれの幼子は
熟れた西瓜の寝息させ
冷たさと静けさの
内なる潮 ....
青灰色に垂れ込める空や 翡翠色のうねる海や 色とりどりの砂の浜を
灰色の塩漬けの流木や 鳥についばまれてからっぽになった蟹や
ボラが跳ねる 「あの魚は身がやわらかくてまずいんだよ」
きん色に太陽 ....
行間のしろいまぶたが
きんいろに開かれてゆくことがある、としたら
白百合を青い糸で綴じたのは余計な悪戯だったでしょう
木の陰に残された小人の足跡
そこにも宇宙にも
数え切れないほどの静寂 ....
ねぇ、おとうさん
なんで 戦争反対をするの / 次世代のこどもたちが徴兵されるからだ / なんで そんなふうに思うの / 新聞を、読んだからだ、たくさんの人にあって活動していたからだ / なんで ....
「蒼天」
はげしく病みつかれた後に
安静の机上に
灰皿は戻らなかった
こころさびしく
月明かりにうっとりと酔う心地
朝、白く霞んでいる頬に
背かないように ....
私をとりかこんでいた言葉たちが
あのときを境に
いっせいに遠ざかってしまった
遠景になってしまった言葉たち
とり残された私のまわりの
がらんどう
けれど私は
おそるおそるでも
....
6月23日
このからだのなかに
ながれているものが
うそ
にならないように
てをあわせます
また、6月23日
ことしも
まだなんとかひと ....
そしてゆっくりと
身体から夏が剥がれ落ち
空虚するための九月がやってくる
白を纏う
夏のように
眩しさを反射するための白ではなく
とり残されるための 白
とり残されて
空虚する ....
花がしづかに揺れてゐる。
その横に小さな言葉がおちてゐる。
姉さんがそれをひろつて、お皿にのせた。
子供たちは外であそんでゐる。
まぶしいほど白いお皿に ....
宙に 浮かんだまま 漂っている
意識
が
ふらふら
ふわふわ
流れ続ける時のなか
痛みながら呻きながら
肉と繋がり
引き留められ
わたしの在り処を
探してい ....
滲む濃紺のシルエット
おくれ毛ぬれたその耳を塞いで
いたのは 誰の声だったのか
小さな手から逃げ出した
風船は 空いっぱいにふくらんで
音もなく 破裂した 大人びて寂しい
始まり ....
人は反射する鏡なのです
だれかをよわいと思うとき
わたしがよわいのです
だから感じることをやめなければならない
わけではない
人はほんとうには
神器そのままではありえないから
....
透明な何かがかすめた
それで十分
脳は甘く縺れる痛みの追い付けない衝撃に
砕かれ 失われ
死に物狂いで光を掴もうと
欠片たちは
凍結されることを望みながら
永久に解読不能
時間の延滞の ....
春の白い空には
いつも浮かんでいる気怠い書体の半透明の文字
“Anywhere out of the world”
(ボードレールとシャガールと中原中也の三角形)
それを見あげていると
....
{引用=
静止したレースのカーテンが夕陽をたたえて、切りとられた金色に
染まっているこの寂しさは、切りそろえられて強調されたおかっぱ
のうなじ、森の小径で縫うようにうつろう黄色いニ匹の蝶々、また ....
生きたまま花の化石になりたい
という少女がいて
街は、霞のようにかすかに
かそけく 輝いているのだった
ちちははの眠るやわらかな記憶の棺たち
少女は母似の瞼をとじた ....
木製の昼の頭蓋の
硬さとおなじだけ
いつまでも揺蕩っていたい
すこしだけ曲げた
指さきと指さきとで
共有しあう
些細な、ひとひらの花弁をひとつの接点として
子供がつくった水色のゼリィーの ....
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