絵具をのばして色を確かめる
書物の行方をめくってみる
思いつく言葉の先に何があるのか
風はどこから吹いているのか
水辺の四頭の馬
あの時なくしたものは戻って来ない
あの時はなした指 ....
雨のあと、僕らは廃園で見た
レインコートを着た怪人
手足が長くて、大きなシャベルを持っていた
まるで今しがた何かを埋めていたように
土に汚れたレインコートを
その色を その手触りを
....
青い川の写真をみた
あなたの引き出しにこっそり隠してあった
どこに流れているのかわからない
冷たい夜明けの川だ
(どこか遠くでそれとも耳元で汽笛が聴こえた気がして)
あなたは ....
振り向くと、
肩先をかすめて飛んでいった
風のまにまに光って小さきもの
僕をもう追い越して それは八月のまばゆい光のなかへ
ドラゴンフライ
そのうすい羽の向こうに少女が見える ....
ガラス越し
ひとつの思い出が横切る午後
指をのばしてももう届かない影よ
その横顔はいつか見たシネマ
唇が動いて――と言った
蒼いカモメの夢を見た
夜明けの波 ....
緑の{ルビ扉口=とぐち}で世界がはじまる
アナザーバード
ありふれた季節に
誰でもない名前を探していた
初めて逢うひとのような
遠い
横顔を
朝露に濡れた
葉裏がひるがえる
....
月だ
月の光がさしている
やがて窓からこぼれるように
羊はいくつ柵を越えただろう
少年は薄目をあけて天井を見る
白いかたまりは柵からあふれて
容赦のない瞳でじっと見つめ返す
人形 ....
草原の彼方にあなたを見た
昨日の夢のように意味もなさずに
草の葉だけが知っているこの遠い既視
足もとがおぼつかなくなる
一羽の鳥が飛び立って空は青く
(わたしは行方知れずの夢 ....
ある日突然 少女たちは愛に目覚める
砂漠の朝 あるいは雪山の夜に
一頭の馬のように私のもとへ
走って来る そして駆け抜ける愛の痛み
運命だと知るには遅すぎるだろうか
少女たちは祭壇に ....
ミハイルには翼が四つある
バーン=ジョーンズの絵画のように美しい優雅な翼だ
けれど目には見えない その背中には何もない
ミチルは三つ ミーチャは二つある
わたしの翼はひとつだけ
片翼 ....
遠い声を聞いた 海の底のようなはるかな声だ
耳に残る 今はおぼろげな記憶のようだと
貝殻の奥にある秘密の旋律のようだと
遠い道を歩いて抱いてしまった憧れに逢いに行く
人々が集って来る ....
いつかわたしが殺したあなたは真夏の池に眠っている
水天井を睡蓮の花で彩られ 綾なされあなたは
わたしが逢いに来るのをずっと待っている
その白い咽喉をのけぞらせ(わたしが愛したその咽喉仏)
しな ....
海鳴りとは違う何か
僕の胸の裡で雲のように高まり
やがて激しく満ちてゆくもの――レイン
耳を澄ませば走ってゆく
樹々の隙間から見た青い空に
今しも雲が 鳥が羽ばたき
まるで君の心の ....
十二月の本を静かにひらく
革表紙を少し湿らせて
窓の外には雨が降っている
雫が滴り落ちる またひとつずつ
わたしの頬にこぼれた涙 どこかで流したはずの涙
向こう側にすこしずつ落ちて
波紋を ....
冬の城明け渡すとき水中で愛を交わしてウンディーネのように
雨そして夢から醒めた余白には君のではない愛の降りしきる
君の目に春を捧げる、遠い日に誰かに焦がれ散りし花びら
海 ....
風の行方を知らないままで、
君は風を探している
風は君の唇にさえ宿っているというのに
それとも、それはどこか見知らぬ世界の風で
光がここに射してくる
草の穂の襞にも
僕の心 ....
それはひとつの水だった
ある日流れるようにわたしに注ぎ込んだ
それはひとつの風だった
吹き過ぎてなお心を揺さぶるのは
少女は春の花を摘む
長い髪を肩に垂らし何にも乱されることもなく
....
誰も知らない そんな夜、
少女のぽっちり開いたくちから一羽の蝶が
それはすみれいろの 夢見るひとのうすい涙のような
蝶が飛んでいった 音もなく
(恍惚めいた ひみつの儀式)
....
青いってくちにして街は海になる花びら泳ぐ彼方の岸を
まぶた濡らす緑雨は君に降りやまず海の果てに飛ぶ鳥を探す日
永遠に待ちぼうけです目を閉じて探して君の赤い夕焼け
いくたび ....
誰も知らない海でした、(けしてあなたのほかには)
舟は出てゆく
夏の入り江、あなたの瞳の奥を
白い鳥は羽根を休めることなく
空にすべる手紙
返事はいらない、ただひとこ ....
あなたの小指に糸を巻きつけました
赤い色をした糸を
風にふるえて揺れている
その糸の先にわたしの小指
(ねえ きれいでしょう この世界は
心でしか見えないものがある)
ど ....
春はまあるいのです
まあるくて秘密を抱えているのです
淡い色で揺れている わたしの胸のうち
やわらかくて抱きしめてしまいたくなるもの
それともきつく抱きしめて壊したくなるもの
....
まなざしを夢に見るまで耳奥に遠い旋律夜明けのサティ
君だけを知っている記憶、冬風に燃える炎よいつか雪片
いつの日かめぐり来る日のグノシエンヌ海にピアノを置きざりにして
さ ....
きみは、ぼくの、愛の痛み
そして誰も知らない言葉だった
忘れたことのない言葉だった でももう遠い
舌の上に転がしても 口にすることさえ遙かで
雪が降る、雪が降る、ぼくのさびしい ....
雨が降っている、と 長い髪を翻して駆けていった
レティシア 君を探して見知らぬ夢をさまよっている
あれは君だったの 夢のなかでそっとくちづけをかわした
誰もいない図書室で本をひら ....
花一輪、波紋を作るみずうみにたゆたう心七月の舟
摘み捨てて赤い花ばかり選んでは水辺の恋の淋しいあそび
白い鳥飛び立つ果てに海がある君の涙をもとめて遠く
いとしくて細い指さ ....
やがて九月、と声が耳もとをかすめてゆく
窓辺にはレースのカーテンがひるがえり
夏の少年が静かに微笑む
君はどこからか来て何も言わずに去って行った
知らない言葉だけがわたしをさみしくさせ ....
いつかわすれたうたが
君のくちびるにのぼったら
一艘の舟がこぎだすだろう
夕陽の海へ 雲のかなたへ
(そして、振り返ることもなく)
いつかわすれたうたが
君のなみだにかわ ....
さくらさくら、さよならだけを待っていた花びら散ってエデンの彼方
はつなつの門をくぐってアルカディア永遠の君へ薔薇へ旅する
夏草を裸足で踏んで逢いにゆくシークレットガーデン君は
....
昼下がりの
うすむらさきに藤がひかる
森で
少女は見知らぬ少女と出会った
目を閉じて 見知らぬひとと
わたしの森を過ぎてゆく
風、
心臓の音だけが聞こえるでしょう
唇と ....
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