八月のドラゴンフライ
石瀬琳々

振り向くと、


肩先をかすめて飛んでいった
風のまにまに光って小さきもの
僕をもう追い越して それは八月のまばゆい光のなかへ


ドラゴンフライ
そのうすい羽の向こうに少女が見える


夏の陽射しははるか緑をしたたらせて
いつかの廃線駅の日盛りで少女が微笑む
洗いざらしの黒髪が揺れている 僕の好きだった少女


曇りガラスに指で書いた「アイシテル」という言葉
笑って逃げていった空色のサマードレスが
羽のようにひるがえって 今また僕を通り過ぎてゆく


(少女はピルエットをまわる 世界ごと、ふくらんで)


僕のまなざしの向こう ひとつの楽園があるように
やさしく繰り返す 君のなまえ 僕のなまえ
もう来ない列車をずっと待っていた、あれは遠い夏


ドラゴンフライ
手も触れずに行ってしまうの なつかしい風のように


のばす指先にほら ただ光っては消えてゆく





自由詩 八月のドラゴンフライ Copyright 石瀬琳々 2021-08-11 12:45:19
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十二か月の詩集