夢の尾はいつだって手からすべりはなれてゆく
そして明けて
朝、
つかみそこねた少し乾いたその手触りを思い出している
どんなにこごえても
血液は凍らないやさしい不思議だとか
たとえ凍ったとし ....
軽トラックの
荷台から
あふれんばかりの、かや
山盛りということはこういうことだ
現役で農作業をされている人が
こんなにも近くにいるということが
無性に嬉しい
今朝スーパーで見かけた車の ....
じゃりじゃりになっている
蜜のあわれを
さじで救い取る

瓶の中で
結晶になった
白い彼女はきれぎれになり

焼かれたパンの熱でそれは
ふたたび脆弱に溶かされてゆく
朝の甘い官能
 ....
等間隔で並んだハードル
一定のリズムで走り抜けながら
傍から見れば軽々と
それを飛び越えていく
到底私には太刀打ちできないと思わせる
人生が凝縮されたような
すばらしく難しい競技
もちろ ....
子供のころ
とりかえっこが大好きだった
友達の靴はわたしには窮屈だったし
弟の枕は乳臭かったけれど
自分以外の人を感じる楽しいゲームだった
とりかえっこのあとには
必ずとりかえっこが返され ....
あたしはすごく疲れてしまって
家までたどり着けるのかひそかに心配で
空気はきんきんに冷えていて
闇を泳ぐようにふらふら歩けば
月が煌々と夜空を照らしているんだった
なのに街灯の明かりの下で ....
テーブルクロスが
一瞬にして失せたけれど
食卓の上に置かれた
皿やグラスは
微動だにしなかったので
私たちは
それについて話すこともせず
もちろん
見つめ合うこともせず
そのまま
 ....
丸ごとの白菜は
野菜というよりは
赤子のような
生きている重量があって
大切な預かり物のように
抱きかかえれば
ここは冬の入り口

ひと皮むくごとに葉は
正しく小さくなる
まるで
 ....
黄と橙色は
とてもよく似ていて
それはおそらく
同じ季節を生きているからだ、と
ふと思う
遠い山並みを眺めれば
それは混色されて
日び
上書きされていく
油絵のようだ
厚塗りされた ....
雲を取り払った空は青い平面
落ちてはこないアクリル板
そこに涙はなかった
そのさらに上で霞んだ声が聞こえる


降りてくることのできない渡りは
濯がれる術もなく
啼きながらその ....
私の知らないところで
私の吐いた言葉がトゲを持ち
誰かの掌を刺す

私が投げかけた一言が
誰かの心の壁に
釘で打ちつけられたレリーフのように
いつまでも掛っている
私がそれを忘れた後も ....
取り忘れたのだろう
束ねられた
豊かであった髪を
解体しながら
(舞踏会は終わったわ)
ていねいに
抜き取ったつもりでも
女の指から
逃げおおせた
小さな
黒いそれが

おそら ....
グリルの中の
魚のように
何度も
何度も
裏返され
生焼けのまま 
今夜も
薄明かりの下を
彷徨う
行けど
行けど
見つからない
百目の案山子が
跳んで追いついてくる
ぬか ....
トイレに駆け込み排便する
ああ、すっきり!
尻までしっかり手を伸ばして拭き取った後
レバーを下げれば
ばい菌まみれの そのおぞましい物体は
あっという間に流れ去る
そのうち臭いも消えるだろ ....
今、空の底にいます
屈折した光に包まれて
案外うまく歩けています
地図を読むことは
相変わらず苦手だけれど
磁石を温めて
風を読むことが出来れば
目的地にはいずれ
たどりつくかもしれま ....
遅咲きの花の命や鐘の音 スーパーマーケットで、安寧芋という名前の芋を買ってきた。鹿児島の種子島の特産品らしい。
よく出回っている鳴門金時芋より少し高いけれど、トースターで焼くと黄金色の身は柔らかく溶けるようで、それだけでも ....
しずか
と表現された沈黙は
「し」「ず」「か」
と音になって響く
だから
無音であることは
音を飛び越えることは
速さの中にしかない
普段ぬめりついた空気を意識することもな ....
meと鳴く君のことを
追いかけてはいけなくて
つごうの良い、どこか、を僕は選択する
その先はきっと猫の世界
ただその先をじっとみている君の
その視線の先を僕もみている
世界に ....
吸ってしまったドの音は
かみなり雲の腹下りだったら怖い
今日はどんな音楽聴かせてくれるのか
頭上の空の黒鍵盤と白鍵盤
しかし飴と紙芝居で喜んだ昔と違って
百年先までシミュレーションし ....
焦げ付いたワインレッドの残り火が
目に焼き付いた
角を曲がる時ほんの一瞬見上げた空
次の角まで行った時には
もう消えているのだろう

建物の傍に続く歩道を
急ぐともなく歩いた

けれ ....
探しても、探しても見つからない、私たちの家。

妻と私は数年前、偶然にもほぼ同じ時期に、生まれ育った家を失った。

それは震災のためでもなく、津波に流されたわけでもなく、人知れず静 ....
左手首に巻き付いた羅針盤が 重い
針が進むたび あなたの温度は青白く
凍える海を目指してゆく

万年筆の先を
指に刺してでも 温もりを
あなたに注いであげたいのに
あなたは  ....
ビリジアン



青みがかった緑色
鮮やかなビリジアンの色見本に
忘れていた記憶を取り戻した


ビリジアンが青色だと思っていた


その主人公は耳が聞こえず
声も出せず
 ....
冬のページからインクが赤い 松の木の吐瀉の薫は 昔日の落武者か昨日の酔っ払いか


法律と噂話で塞がれた言葉こぼれる針山の上


光のない部屋を満たした粘い黒あなたと吸い込み汚しあう夜


芯が熱く眼を ....
夜中の駅のホームで
人々は抜け殻になっている
自分が自分であることも忘れて
次に来る電車の上に心臓を預けてしまっている
今日どんな仕事があって
どんな成功と失敗があったか
仕事 ....
帰りたくない家へ特急列車 消灯した病院の屋上に苗を植えました
コンクリートの上に植えましたそれは
新月にもかかわらず囁き始めていて
考えていることが夜に溶け出すのは
ずるずると引き摺る昔日の想い ....
生まれ変わる前にセーブしておく
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