月までは案外近い
いつか行き来できる日もくるかも、と
あなたはいうけれど
それが明日ではないことくらい
知っている
人は間に合わない時間が在ることを知っていて
間に合う時間だけを生きてゆく ....
{引用=夜明けのこない夜はないさ
あなたがぽつりいう}
懐かしい歌が
あの頃の私を連れてきた
そして今の私が唄うのを
遠い窓枠にもたれて
聞くともなく聞いている
夜のはてない深さと距 ....
盂蘭盆会
暮れてゆきそうでゆかない
夏の空に
うすももいろに
染まった雲がうかぶ
世界はこんなにも美しかったのですね
なんども見ているはずの景色なのに
まるで初めて見たように思うの ....
ひらひらと横切ってゆく蝶々
つかまえようとして
伸ばされた小さな手
初めての夏という季節の光
街路樹の葉が落とす濃い影
見えない風の気配
蝉のなきごえ
お母さんの胸に抱かれた
その ....
遠くで雷が歌っている夕刻
羽が生えた蟻をみつけた
それは
退化だろうか
進化なのだろうか
いずれにしても
この世界にとどまる現実の形だ
つぶされないうちに
飛んで逃げればいいのに
な ....
猫の喉奥から
小さな雷鳴が聴こえる
やがて
雨が降ることだろう
さみしさを埋めようとして
猫を飼うということを
怒っているのかい、
猫
六月の保護色みたいな灰色の毛は
なでられる ....
うまれたての水のつめたさで
細胞のいくつかはよみがえる
けれど
それは錯覚で
時は決してさかのぼらない
この朝は昨日に似ていても
まっさらな朝である
それでも
あなたの水は
六月 ....
特別なことはなんにもないけれど雨上がり・生きて・アジサイ記念日
しゅるるるる・とわわわわわん・首を振る扇風機が微風で歌う
さみしいと思わぬことがさみしいと気づいてしまう水曜の水
窓と ....
さざなみが産まれるところ
透きとおりながら
かすかに揺れる城が
月明りを映している
{引用=とうめいであることは
ない、ことではないよ
ないことにするには
醒める必要がある
} ....
おひさまと雨に愛された
やわらかなこの地と
地続きだったはずの
荒地をなつかしむ
わたしは
奇跡的にそこで芽を出した
小さな花のこぼれ種
運良くここまで風に運ばれて
のんきに咲いて ....
静けさという音が
降ってきて
{引用=それは
大人に盛られた
眠り薬}
影という影が
今という現実の
いたづらな写し絵になる
いつまでも暮れてゆかない夜があった
小さな公 ....
透明な羽が浮かんでいた
透きとおっているけれど
それは無いということではなくて
小さなシャボン玉は
虹を載せてゆくのりもの
パチンとはじければ
虹はふるさとへ還る
ふいに風
....
うすい影がゆれている
くちばしで
虫をついばむのだけど
やわらかな影であるから
獲物はするりと逃げてしまう
{引用=命でなくなったものは
もう命には触れることができない}
それでも ....
月の砂漠のベンチにも誰かが座った体温がある
明るい雨が降る砂漠一輪の誰かの薔薇になりたかった
ダイヤルが周波数を捕まえて指に伝わるピアノ・ソナタ
近くまで来たからちょっと寄ってみたア ....
熟れた苺は
三温糖の甘さで身をもちくずし
林檎は
シナモンの香リを身にまとわせながら
北国の樹を忘れてゆくだろう
{引用=ずっと果実でいたいという純心は
換気扇のはねに吸われて}
....
きのうの猫のぬくもりや
おとついの雨のつめたさや
ずっと前
ぼくができたてだったころ
たくさんの小さな人が
かわるがわる座ってゆく
にぎやかさや
お腹の大きな女の人のついた
深 ....
冷凍フライドポテトを油で揚げる
わぁお店のみたい
美味しいね
なんだかとても評判がいい
ちょっと複雑
前にもこんなことがあったっけ
いつもは手作りするマーボー豆腐だけど
レトルトマーボー ....
竹の子の皮には
小さな産毛が生えていて
まるで針のよう
はがすごとにちくちくする
皮の巻き方は
妊婦の腹帯のように
みっしりと折り重なっていて
はがされたとたんに
くるりと丸くなる
....
冬のあいだに育った
ふわふわの毛に包まれてみる夢は
ねじ巻き振り子のようにかなしかった
(なんでアンゴラ山羊になどうまれついちまったのか)
けれど
春のひざしに
あたためられて
気化して ....
針穴に糸が通った遠い日から
ずいぶんいろんなものを縫ってきた
時には
縫われることを嫌って
ぴちぴち跳ねて
てんでに海へかえってしまう布もいたけれど
人の営みのかたわらに
一枚のぞう ....
よるになると
ぴい、と音が鳴る
この部屋のどこからか
耳を澄ませる
出どころを
さがしあてようと
眼をつむり
耳だけになってみる
飼ったはずはない
けれどそれは
とりのこえに似てい ....
わたしから切り落とされた白い手が
向こうで手をふっていたのです
交差点にはひっきりなしに
びゅんびゅんと雲が行きかうものですから
どうしても渡るきっかけが
一歩を踏み出す勇気が
つかめ ....
春のほどけぐあいが
足早にすすむころ
キミに会えるだろうか
冬はなにかしら
とんがっているから
(雪が積もった日は別として)
たとえば吸い込んだ空気の凍った針が
肺に刺さるんだという ....
塩水をときおり吐いてみたりする夜に閉じてる眼は二枚貝
塩辛いこの世を生きて行く{ルビ眼=まなこ}せめてゴーグル装着させて
全力で見てくる犬の眼ぢからはやさしく射抜くチョコレート製
目 ....
過ぎ去った時間の遥かさを
たやすくとびこえる色がある
枝葉のさまざまなありようは
忘れてしまったのに
あの日
落ちかかった滴のことだけを
覚えているのはなぜだろう
人生の岐路で
も ....
立ったまま
枯れている
あれは
孤高の命
もうおひさまをおいかける元気もないし
だれかをふりむかせるような輝きもない
けれど
おまえがひまわりで
凍えながら
戦い続けているこ ....
消息
闇が待ちわびるのは
光
ひとすじの
てらされたところから
闇は食べられてしまうけれど
光の中で
いきながらえる
そんな闇があるらしい
孤食
さみしさと
....
糖蜜工場が爆発したことによって
甘い蜜たちが
静かに街を流れ出しました
その粘度たるや
もう人の手にはおえない類のものです
アスファルトの上の蜜はそのまま冷えて固いかさぶたとなり
土の上の ....
かつて風船には二種類あった
空気より軽いガス製と
人間の息製と
人間由来の僕らは
空を飛べないはずだった
小さな手ではじかれて
ほんの少し空を飛んだ気分になって
じべたに落ち ....
朝
おはようを云いたくない時にも
おはよう、と云う
ほんの少しほほえんでいたかもしれない
本意ではないし
嬉しいからではなく
茶柱が立っていたわけでもなく
それは
毎日の習慣だった ....
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