水を降りていく
やましいことなど
何ひとつない
深夜、もういない父の
容態が急変した気がして
親戚を探しに出かける
栞のように
水槽が鳴ってる
夏風邪をひいた駅員が
プールの縁に立って
はしごを眺めている
咳きこむと
口の中で
戸籍は勝手に
書き直されてしまう
向こう側とあちら側が
波のように打ち寄せる
こち ....
冷蔵庫の中を
クジラが泳ぐ
今日は朝から
ジュースが飲めない
つけあわせの菜っ葉は
鮮やかに茹で上がり
わたしは指と指の間を
紙のようなもので
切ってしまった
....
羊とシーソー遊びをすると
いつも重い方が沈みました
両方が沈まないでいるのは
とても難しいことでした
わたしはまだ
言葉をよく知らなかったのです
+
眠れないとき ....
あなたがブリキの本を開く
かつて繁栄した都と
路地裏で生き抜いた猫の
長い物語が始まる
朝から駐車場を壊す音がする日
僕は電柱を売りに出かける
どこか遠くで
孤独に電柱 ....
屋根をつくった
もう雨が降っても
濡れなくてすむ
立ったまま目をつぶると
近くや遠くから
夏の音が聞こえてくる
いつもと同じなのに
いつもと同じくらい懐かしい
誰か早 ....
村田川の土手を歩いていると
おーい
誰かが僕の名を呼ぶ
振り返っても
きれいな夕日がひとつあるだけだった
僕の名前を呼んだのはおまえかー
違うよー、と夕日が答える
な ....
魚のために
椅子をつくる
いつか
座れる日のために
背もたれのあたりを通過する
ふと、足りないものと
足りすぎているものとが
少しずつある
雨に濡れた生家が
生乾きの ....
伸ばした舌の先に
ビルがある
冷たい窓枠、の震える
階段のない腕で
わたしたちは穴を掘り
整地を繰り返す
積乱雲の遥か下
茂る葉がホーム
ざわめく
誰をも騙すことない
黙秘の ....
コインロッカーの側に
コインロッカーがあって
そのことだけが
片隅のようなところで
どこまでも続く
何もない、の人が
鍵を開けていく
と、少しずつ
指はあやふやになり
僕 ....
白地図に雪が降り積もる
数える僕の手は
色のない犬になる
古い電解質の父が
真新しい元素記号を生成している間に
妹は今日はじめて
言葉を書いた
それを言葉だと信じて疑わないので
....
ありがとう
僕らの朝食
光あふれる幸福な食卓に
小型の爆弾は落ちた
ばらばらになって美しく輝く体を
ひとつひとつ拾い集め
元に戻していく
どちらのものかわからないところは
昔のよう ....
初夏の光
ひとつ前の駅で降ります
虫かごもないのに
+
栞はかつて
誰かの魚でした
本の中で溺れるまでは
+
夕日のあたたかいところに
古いネ ....
窓を拭いていました
ドーナツを食べるあなたが映っていたので
わたしは飛び込みました
泳ぎました
しばらくそのままでしたが
砂浜があったので座りましたが
どうやら無人島でした
何故無人 ....
指でなぞる
水の裏側
剥がれていく
記憶のような
古い駅舎
影踏み遊びをしながら
呼吸の合間に
母とひとつずつ
嘘をついた
砂漠に父は
キョウチクトウを
植栽し続け
一面き ....
停留所の影
鳴くヒグラシ
模写の中で
+
石の階段
落下していく
ランドセルへと
+
夏時間の早朝
別に区分される
地下茎と言葉と ....
窓を見ていました
身体のどことも違うガラスの質感でしたが
手などの白いあとはかすかな
生きていたものたちでした
あの窓の向こう側に
はたして外はあったのでしょうか
ただ立ちつくすだけだ ....
台所で人形を洗っていると
まだ生きた人しか洗ったことがないのに
自分の死体を洗っている気がして
かわいそうな感じがしました
列車が到着したので
あまり混んではいなかったけれど
....
言葉と
拙い花瓶の
間に
めり込んでいる
弾丸
ある日ふと、音もなく
内戦が始まった日
わたしは回転扉の外で
小指に満たない大きさの
硬い虫をいじっていた
失望し
憤怒し
....
ベランダの浮輪に
バッタがつかまってる
夏、海水浴に
行きそびれて
書記官は窓を開ける
木々の梢の近く
監査請求書が何かの水分で
少し湿っている
白墨の匂いを残して
物 ....
遺影のある家に行くと
線香の良い匂いがして
羊羹を一口食べた
奥さんがずっと昔からのように
右手で左手を触っている
側では子どもたちがわたしの名前を知っているので
窓から外を見ると
....
男は椅子に座っている
頭の上には青空が広がっている
けれど屋根に支えられて
男は空に押しつぶされることはない
屋根は壁に支えられ、壁は男の
視線によって支えられている
目を瞑る、それ ....
夏至、直射する日光の中
未熟な暴力によって踏み潰された草花と
心音だけのその小さな弔い
駐屯していた一個連隊は
原種農場を右に見て南へ進み始める
わたしは網膜に委任状を殴り書きする
....
テーブルの向こうには
崖しかないので
わたしは落とさないように
食事をとった
下に海があるということは
波の音でわかるけれど
海鳥の鳴き声ひとつしない
暗く寂しい海だった
....
鉄鉱石の蜜が街に溢れるころ
虫は人の文字の中で
急激に羽化を始める
かじると化学物質の味がして
その年はひどくうがいが流行った
水は水を乾かし
水は水を空席にする
証言台に立った女 ....
紙の水面から沈んでいく
鋼鉄の季節、眼はあなた
乾いた舌で皮脂の
履歴が記された頁を朗読する
排水機場の細かい部品が
錆びて赤茶けていく
ざらざら、その過程
時間はあなた
敷石に降り注ぐ、柔らか
少し離れてある、生に弄ばれた
幼いミズカマキリの死
旧道を走る
路線バス、あれには乗れない
ただの声だから
管理人の男はフェンスをくぐる
その先で交差点は息 ....
鼓動のように雨戸は共鳴し
残余するものはもう何も無い
火傷の痕は指に育まれ
心の貧しいものだけが
人になることができる
その線をこえてはいけない
黄土色の骨に包まれた肉体
もはやそ ....
レストランの隅々に
手、枝、へと連なる不ぞろいの断面
戦車のキャタピラーは雨上がりの
ふとした地面を踏み固め
人の背中は人を定義しない
使い古した嘘
のように、また息を継ぎ足して
水 ....
朽ち果てた石
その微かな記憶
落葉樹は閉ざされたが
薄く匂っている
末端という末端に
隙間という隙間に
うずら料理の美味しい店で
わたしは女に求婚した
手の甲の静脈は変わること ....
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