天道虫畑の朝露に
濡れながら
もうすこしできる話が
あったような気がした
痩せ細った夏草の礼儀正しさ
わたしはすっかり
風邪をひいてしまった
少しずつでも構わない
そう思ってい ....
剥がれた分度器を
落ちている人のように
並べていくみたいに
拙い息継ぎが
街の柔らかいところに
終わっていくみたいに
コンビ、ニエン、スストアで
スストアで
淡い方の手を近づけ ....
わたしは箸を置いた
箸はわたしを置いた
わたしと箸は同じ置かれたもの同士
夏休みの端に腰掛けて
初めての話をした
眠たい話をした
存在に挨拶をする
挨拶は水のように沈黙する
や ....
裏路地、提携する眼
蔓延る窓
分裂する窓
その狭間で女は窓を拭き続ける
手にしたウエスは適度な温度を保ち
それはまた彼女の無口だった
無口の中には一人の海がいる
私と私たちは ....
雨上がり、路面電車が
湿りの中で発光したまま
緩やかなカーブを破壊していく
何の変哲もない病室に
復員したばかりの真昼と青空
そこでは誰もが幸せそうに
夕食に出た鰊料理の話をしてい ....
両面テープの夏
順番が赤ちゃんの指のように
そのままの柔らかさで並ぶ
あなたは何事もなかったかのように
テープを剥し続けている
食べたい冷やし中華に置かれた
名前の無い名札
息の仕方だけ ....
部屋の中に集落ができた
小さな集落だった
本家、という男の人が話にきて
畑で採れた作物を
いくつかくれた
学校が無くて困っている
というので、近所の小中学校と
市役所の場所を教え ....
線で満たされていく
形ばかりの電話帳と
電話帳ばかりの形
ただ笑い続けるコップが
羨ましかった
助走
午後に向かって
身体や言葉から
剝がれていく
ちぐりすからの手紙が届く
....
電車に乗ろうとしたら
頭の先から尾ひれの先まで
すっかり人魚になっていて
人魚は乗れません、と
電車の人に断られてしまった
取引先には遅れる旨連絡をして
しばらくホームで待つことに ....
白い形の声が落ちていた
門扉が壊れて困る、という
間違い電話だった
切ることもできず
わたしはイトヨリダイ
だったと思う
そのような体をして
傾聴した
暑くて
素麺のお裾分け ....
習い事をする指
花粉が入ってきて
鉛筆に降り積もる
狭い心房
右と左がある
一時間後バスに乗る
土の上、優しい
柔らかな色彩の
ように息継ぎをする
発熱、発汗、
生きている ....
扇風機から炭酸水が漏れている
甘い味はなにもないのに
蟻が数匹集まっている
手触りのする布で拭いて
以前から繰り返していた
冷蔵庫を開ける
三丁目がある
良く冷えた救急車が
大通りを走 ....
子供たちが整列をしていた
何をしているのだろう、とよく見ると
整列をしていた
身体の隅々にまでしみわたる雲のように
なだらかで滑らかだった
透明な水を植物にあげて
話すことなどもう ....
加藤さんが五大大会三連覇を達成する
という快挙を成し遂げた
まだ梅雨は明けきらず
朝からの小雨で唸るような湿気の中
お風呂をはじめとする各箇所のカビ取りは
一向に捗らないが
せっかくなので ....
午前、ほんの少し
台風があった
鉛筆を削る時によくやるような
些細な手違いが続き
新しい橋の開通式は
関係者とその親戚とで
執り行われていた
濡れた草むらには
観覧車が乗り捨てられてい ....
新しい童話ができました
美しくて優しいお話でした
子供たちは喜んで読みました
けれど一番夢中になったのは
大人たちです
雨上がりには虹が出ると
いつまでも信じ続けました
どこから ....
雨の形のまま
わたしたち、地下鉄で
産道を進む
透明に敷き詰められた窓
向こう側に続く暗くて
滑らかな景色
輪郭は線となり
わたしは葉っぱを並べる
あなたは選挙の人にもらった紙が
....
校庭でゼリーが息絶えていた
音も無く
オレンジ色の匂いがした
樹木の間から
整体、の看板が見えていた
看板が見えるのは校庭の高さが良いからだ
と、かつてあなた言った
それはここと ....
雲が空のように見えた
走り書き
眠たいだけが取り柄だった
バス停が点在するこの街で
列車の駅を見つけた
小さくて冷たい
それだけの駅
草の夢で躓いて
命を生きることにも
少し ....
夕方、アイロンをかけていると
背中のすぐ後ろまで
海は来ていた
昔と同じ懐かしい波音が聞こえる
泳ぐことは得意ではないけれど
波打ち際で貝を拾ったり
足の指の間にある砂が
引いて ....
窓を開けると五月の風と一緒に
校長先生が入ってきた
自分で握ったんだよ、と
おにぎりを食べてみせ
そのまま駅のプラットホームに並んだ
太陽の高さや空気の感じなどで
今日が午後であることはわ ....
幼い頃から崖があると
覗き込む癖がある
特に興味があるわけではなく
崖の下に何があっても
それはそれでよかった
街中
路線バスの中
会議の最中など
崖はいたるところにあって
時々 ....
右目がごろごろするので
鏡で確認すると
目の中に台風が発生していた
降った雨が可哀想な人のように
涙となって溢れ出した
眼科に行ったけれど
不用意に右目を覗いたお医者さんは
風で目の ....
私が私について語っている時に
兄が遠い県からやってきて
市民会館の職員と結婚した
つう、と言えば、かあ、なのに
我が子の名前を考えるのに夢中で、最後は
おまえに任せる、兄、つう
ラクダがい ....
わたしの洗濯機が洗濯を始めた
洗濯機は洗濯する音だけを立てて
幼い頃わたしが溺れたことのある海は
こんな音は立てなかった
玄関からだと遠回りですね、と言って
洗濯機を運んできた男の人は
....
町の外れに歩道橋ができた
町道の行き止まりのあたりで
民家はほとんどなく
小さい子供がいる地域でもない
町長の公約だから
それだけでできた歩道橋だった
町長は毎朝早くから
歩道橋の掃除を ....
未明のラジオ体操で
待ち合わせをしていると
あなたは幹線道路の方から
しろやま公園に入って
産声をあげた
町内会の会長さんは
壇上に上がり
体で体操をしている
お手本だから左右 ....
洗濯したシャツを畳んでいると
シャツに畳まれている私があった
痛くないように
関節が動く方向に畳んでくれた
畳み終えると皺に注意しながら
シャツはそっと私をタンスに仕舞った
衣替え ....
靴の波形が
朝に眠っている
せっかく書いた
花粉の名がついた遺書を
私たちは窓に落としてしまった
加工場から続くダクトの
先を曲がると
梅雨が始まる
身体が雨のようになる
そ ....
エスカレーターに乗って下りていく
一定の速度で
後から呼吸は追いついてくる
道に迷わないよう
所々に掲示された簡易な地図を
確認しながら下りていく
同じ段にはザリガニもいて
甲殻類に ....
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25
0.4sec.