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目の前に、焼きたての
丸い{ルビ麺麭=ぱん}がある。
何の変哲もないその麺麭は
その少し凹んだ丸みは
その味わいは、きっと
世界の何処にもない
たった一つの麺麭である。 ....
緑の庭の階段で
座る少女に
覆いかぶさる葉群から
木漏れ日はふりそそぎ
何かを両手に包む、少女は
嬉しそうにこちらをみつめ
テラスの椅子は
かたかたっ…と風に揺れ
....
谷中ぎんざの通りには
石段に腰を下ろした
紫の髪のお婆さんが
せんべいを割り
群がる鳩に蒔いていた。
向かいの屋台は
木の玩具屋で、おじさんは
「ほれっ」とベーゴマを ....
朝、カーテンを開いたら
眼下に広がる野原に幾千人のブタクサが
黄色い房の身を揺らし皆で何かを言っている。
物書きを志す{ルビ故=ゆえ}に
家族に慎ましい日々を送らせてしまっている ....
口下手で悩んでいた、僕は
ある日突然、目の前にいる人が
?の文字を秘めている
黒い人影に視えてきた
その人の瞳の奥にある
不思議を求め
些細な一つの質問で
もしも、口 ....
名曲喫茶ライオンの店内は
五十年前のコンサートが流れ
ブラームスの魂が
地鳴りを立てた、後の{ルビ静寂=しじま}に――
(ごほ…ごほ…)
無名の人の、{ルビ堪=こら}え切 ....
弘法の池の隅にある
小さい洞窟の中に
水に身を浸し、両手を合わせる
弘法大師が立っていた
揺らめく水面に映る
弘法大師は目鼻の無い顔で
鏡の世界から
こちらを視ていた
....
あの紅葉に燃える木の下にいってみよう
あのみどり深い木の下にいってみよう
あの石橋の向こうの赤い屋根の家の窓から
ひょいと顔を出して、世界を眺めてみよう
戻ってきたら、石橋の(絵の中心 ....
「二十世紀」と「ラ・フランス」は
親しげに肩を並べ
(互いにちょっとの、すき間を空けて)
顔も無いのによろこんで、佇んでいる。
「偶然だねぇ」
「ふしぎねぇ」
ほの青さ ....
犬が一人きり、吼えている。
見知らぬ国の
誰も行ったことのない森の
ごわごわ風に身を揺する
名も無いみどりの木の下で
その遠吼えは
あまりに切なく
心を貫き、刺すよう ....
もしその道を歩んだらと
目を瞑り、{ルビ想像=イメージ}してみる
そこに光が射すなら――
すでに・今
道は始まっている
針を手にした(無心の手)は
今日も、布地を進みゆく
長い間歩いて来た
あなたと僕の足跡は、あの日
{ルビ布巾=ふきん}の遠い両端から始まり
それぞれに縫われる糸のように
....
山桜を眺めると、落ち着いてくる
白い花々は、何処かうつむいているから。
山桜を通り過ぎると、落ち着いてくる
派手さは無く、思いをそっと抑えているから。
遥かな国の方向へ
さ ....
――再び発つ、と書いて「再発」という――
*
「人間はふたたび起きあがるようにできているのさ」
いつも眼帯をしてる{ルビ達磨=だるま}診療所のヤブ医者は
片っぽうの目で ....
「あんた、マフラー飛んでるよ!」
ホームのベンチから立ち上がり、叫ぶ男。
首を後ろに振り向いて、道を戻ろうとする女。
ぶおおぉん――…
ホームに入った電車が視界を、遮った。
....
石巻の仮設住宅に住む
Tさんに新年の電話をした
「あけましておめでとうございます
今年もよろしくお願いします 」
「いよいよ来月から
津波に流された場所に、もう一度 ....
ある日、届いた封筒から取り出した紙は
「わんニャン展」のお知らせで
三日後にみなとみらいの地区センターの
展示会場に入るや否や
平日の人もまばらな空間に
{ルビ木霊=こだま}する… ....
無精者ゆえに
手の爪は時折切っても
足の爪はしばらくほったらかしで
気づくとひと月過ぎていた
風呂あがりの軟い爪を
ぱち、ぱち、と
広げた新聞紙に、落とす。
(これを ....
箱のカバーから、背表紙を指で摘み
中身の本を取り出して
カバーは向かいの空席の、あちらに
中身の本は目線の下の、こちらに
置いてみる
いつか人が(体を脱ぐ)のは
こういうこ ....
塩を振られたなめくじは
縮みあがった僕なのです
縮みあがった僕だけど
今は一児の父なのです
一児の父であるならば
縮みあがった、この体
自分らしくのそぉりと
濡 ....
私の詩は
日々の呼吸のようなもの
幾千万も繰り返す
数え切れない吐息等が
ふいに光るように
今日も私は
まっさらに広げた
紙のスクリーンに
日々の場面を浮かべ
....
仕事から帰ると嫁さんが
「はい、これを見て!」と新聞を手渡した
※今週の本・Top10※
1位…
2位…
3位柴田トヨ「くじけないで」
4位…
5位…
6位柴田トヨ ....
薄茶けた昭和の古書を開いて
ツルゲーネフの描く
露西亜の田舎の風景から
農民の老婆の皺くちゃな手は
搾りたてのぶどう酒が入った器と
焼き立ての丸い{ルビ麺麭=パン}を
時を ....
日々それぞれの
場面々々に
直観の行為、を積み重ねよ――
行けば行くほど・・・
動けば動くほど・・・
一つの○い出逢いの場に
日向はあふれ
あなたはそこで{ルビ ....
年賀状の写真から
親戚の一歳のこどもが
すくっと立って、こちらに
きょろりとした目で
新年の挨拶をする
その夜
嫁さんが皿を洗う音を聞きながら
一足お先に布団に入った一歳 ....
老人ホームで百歳のお婆さんが旅立ちました
「若い頃桜島が噴火してねぇ・・・
首輪をつながれた愛犬の悲鳴が
今も聴こえるんだよ・・・ 」
遠い昔に世を去っても
お婆さんの心に ....
年の瀬の上野公園は
家族づれの人々で賑わい
僕等は3人で
枯れた葦の間に煌く
不忍池の周囲を歩いた
ゆくあてもないような僕等の歩みは
本郷へと進み
詩友Fの朗らかな顔に ....
今迄の僕は
どれほど多くのまなざしに
みつめられてきただろう
どれほど多くの手に
支えられてきただろう
今、僕は、ようやく
幹の内側からいのちの歓びを{ルビ呻=うめ}くよ ....
なかなかはいはいしなかった周が
ある日突然、棚に掴まり立ちあがった。
「すごい、すごい」
諸手を叩いて、僕は言う。
「ぱ・・・ぱ・・・、ぱ・・ぱ・・」
こちらを向いて、周が ....
帰りの電車に揺られながら、頁を開いた
一冊の本の中にいるドストエフスキーさんが
(人生は絶望だ・・・)と語ったところで
僕はぱたん、と本を閉じて、目を瞑る
物語に描かれた父と幼子を ....
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