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博士が遊びに来た
難しい話と
難しくない話を
わからない比率でしていった
翌日、
明日遊びに行きます
と届いた博士からの手紙には
二日前の消印が押されていた
お待ちして ....
(夏)
波音の届きそうにない
部屋でただ
いき過ぎるのを待ってる
テレビにはめ込まれた
冷たいガラスの匂いだけが
わたしに似ている
(秋)
言葉になり損ねて ....
昔々
あなたからもらった
魚の形をしたキーホルダーは
いつの間にか
泳いで行ってしまいました
だって
私のポケットは
海とつながっていますので
あなたの乗った列車はもう
あの橋をわたったかしら
なんて
思っている初夏
頬づえ、外の方から
ものを運ぶ人の声が聞こえる
誰も出ない電話が鳴り続けている
私は少し汗ばんでいる ....
キッチンでは妻の脱皮が始まっていた
手伝われるのを拒むように
かつて僕が愛撫したことのある皮膚を
ゆっくりと丁寧に脱いでいく
新しい箇所は少し湿って
しわしわしているけれど
やがて ....
わたしの私語の中に
あなたはいた
白い百合の花が
畑のようにどこまでも続き
そのようにあなたは
私語の中で
匂っている
しーっ
誰かがわたしの唇に
指を立てる
少し湿った感触で ....
父、抑留始まる
ゴミ箱にクローゼットをしまう
近親憎悪の目に晒されながらも
脱皮を繰り返し
それでもよくケラケラと笑い
スクスクと育ち
糸をほどく
糸は糸だらけになり
パジャマ ....
あなた、むかし、ひとがいました
ひとは足で歩いてました
あなた、でもそれは、あなたではない
足の、裏の、歩くの、速さの、
それらすべては、あなたではない
あなたはまだひとではないから ....
リュックサックに
色とりどりの
靴下や
申請書の類や
遺骨など
ありったけのものを詰め込む
まだ何か忘れている気がして
何度も流しの下を覗く
縦笛を吹いてみる
けれど明日もき ....
飲むヨーグルトを飲んだ
飲まないヨーグルトは飲まなかった
食べるヨーグルトは食べた
食べないヨーグルトは
食べなかった
幸せなヨーグルトは
幸せに満ち溢れていた
虹のかかるヨ ....
男は速度を
なくした
それは
止まる
ことだった
男は欲した
口に言葉
手に文字
そして
生きた
自治区
と呼ばれる
区域の
辺境の村で
男が再び速度を
手に入れたと ....
カミキリムシに噛み切られている
僕は薄い紙になっていて
手も足も出せない
手足が出たところで
噛み切られるだけだけれども
昨日までの厚みは
どこに行ってしまったのだろう
でき ....
「私がおばさんになっても」と森高は歌った
ついこの間のことのようだけど
もう十二年も前の話だ
その年に僕らは結婚した
つまり、僕らが結婚して既に十二年たった
ということだ
僕は一度、交 ....
鉄の味が庭先をくるくる泳いで
昔の叔父さんに似ていた
遅すぎたわけではなく
けれど早すぎたわけでもない
生まれてこないものも
生まれてくるものと同じくらいに
表札の所有者なのだから ....
インディアン・パークに行こう
インディアン・パーク、インディアン・パーク
老若男女みんなが大好きな
インディアン・パークに行こう
手に口をあてて
アワワワとインディアンの真似をしよう
イン ....
ノックの音がした
開けるべき扉が無いので
少女は熱のように
野原を走り続ける
発汗を繰り返した後
最近覚え始めた文字に似せて
自分の名を地面に書いた
海の近くに住んでいると
ま ....
大きな口を開けたワニが
天気の真似をして
すっかり晴れわたってる
魚の数匹は遠ざかり続け
それでもまだ
誰の指にも泳ぎつかない
沢山の羊を乱雑に並べて
さて、どれが正解で ....
君が煮びたしをつくっている
キッチンは包まれている
昨日僕が割った皿は
既に片付けられてる
君の右手と
黒子のある左手によって
どこかから漏れてきた西日が
ステンレスに反射し ....
ワールドアパート
酢酸
失われたハサミの片方のもう片方
イチローの背番号51のように
音も無く降る雨の形
ワールドアパート
共通しない扉で
耳を傾けるスパイス・ガール
俺の掌の ....
君が笑った
笑った口元から
白い歯がこぼれた
こぼれた歯は
たくさんの子どもになった
うまれた子どもたちは
道路を掃除した
掃除された道路は
きれいになった
子どもたちがその ....
スーパーのレジで
おつりのコインを数枚受け取ると
「わあ、お金が増えたね」
と娘は目を輝かせる
自動ドアから出るときも
「あのおばさん、きっと親切な人なんだよ」
ふわふわと歌う
....
男は静かな眼差しだった
椅子に腰掛けていた
眼鏡の中を覗き込むと
男には目が無かった
代わりに水槽があった
水面は微かに波打っていた
魚が数匹泳いでいた
楽しそうではなかった
....
夕暮れ
警察署の壁面が赤く染まる頃
帰宅途中の私はその前に来るといつも
自白する
通勤鞄の底のそこでは
見慣れぬ証拠物件が小さく笑っているが
立番の若い巡査はそ知らぬ顔で
手 ....
無駄口を叩いている君の側で
僕は電卓を叩いている
端数がうまく積み上がらない
けれど僕の電卓は旧式だから
いつも君の指を叩こうとしてしまう
時計は見たこともない時計回り
僕は長 ....
濁った色の運河を
僕の手が流れていく
腫れ物に触るように
どこか遠慮がちな様子は
やはり僕の手らしかった
妻を抱き
娘を抱き
椅子の背もたれを掴み
いろいろな手続きをしてき ....
とげ屋に行った
店には色彩のきれいなとげや
いい匂いのするとげが並べられていた
地味目で自分によく似たものを買うことにしたが
名前はどこか似てない感じだった
店を出ると
空は漫然と ....
裏庭から
雨音に紛れて
犬が落下していく
音が聞こえる
どこまで落ちていくのか
犬にも僕にもわからないまま
犬は落下し続け
僕は音を聞き続けている
少し傲慢に生きてきて
思い ....
フライドポテトを
鉛筆削りで削り続けた
すっかり疲れると
ハンバーガーに
紙やすりをかけた
やがて消えてなくなる
という結果は
すべてにものに等しく訪れる
四日目の早朝 ....
右目がポケットに落ちた
左目を瞑るだけで
見なくて済むものは見えなくなったけれど
溜まっていたゴミや砂が入って
右目からは涙が止まらない
あの人のズボン泣いてるみたいだね
と言う男 ....
風が吹いていた
風のように母は声になった
声のように鳥は空を飛んで
鳥のように私は空腹だった
空腹のように
何も欲するつもりはなかったのに
母についていくつか
願い事をした
....
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