チェーレ
君の長い睫毛から
真珠がこぼれる
チェーレ
あまりに無垢すぎて
僕はひとつもこぼさないよう
手のひらで受け止めようと
振り向きざま
君の髪がやさしくなびく
歌を歌っ ....
ほらこんな風に
指と指で窓をつくる
その空間に映し出されるのは
きっといつか見た事のある
冷たく水を{ルビ湛=たた}えた青い空
耳をそばだてて そして
聞くのはなつかしい声
冬から冬へと ....
高い塔がある
空を突き抜け街を{ルビ睥睨=へいげい}するように
その塔はそそり立っている
塔には一人の姫が住んでいた
囚われているのではない
自ら閉じこもっているのだ
目も耳も口も絹糸で縫 ....
押入に夕闇はつと隠れてる
「もういいかい」と「まあだだよ」とで
庭先にブランコだけがゆれていて
昼のサイレン明日はとおく
陽のひかり障子にさせば心痛み
....
兄のように
慕ってもいいですか
あなたの気高さに
ひれ伏したいのです
青年のように目尻を光らせるあなたに
すべての世界を見せてほしくて
あなたの淋しさを癒す水になり
あなたに抱きしめられ ....
{引用=───それは全宇宙での
些細な惑星衝突なのだ
おまえとわたし
という星の}
角を曲がったとたんに
猫と目があった
どこにでもいるような
ありふれた灰色猫 ....
いつの日の窓辺に聞いたとおい歌
盗んで消えるおもいでの耳
汽笛すぎ残されゆくは草鉄路
待つだけの駅呼ぶだけの風
なぐさめを知るか口笛おおぞらに
心を放 ....
霧の朝僕は
白い虚しさにまかれる
あるいは
あるかなきかの徒労に
世界は音もなく沈んで
僕一人を孤立させる部屋
あの夏の日
彼女が湖水に指をすべらし
その音のない{ルビ水面=みなも}を ....
きょとんと首をかしげる
(鬼サンコチラ)
木の実をついばんで
天気雨とかくれんぼ
*
二羽がくちばし
頰よせあって
(フレンチキスっていう ....
あこがれは一番星の良きひかり
いかにはかなく夜が来ようと
人は行くランボオの詩を胸にだき
人いきれへと振り返りもせず
鳥は飛ぶただ啼きながらひたすらに
....
風が吹いている
この胸をくすぐるように
どこか時の蒼い彼方から
やわらかなレースのカーテンを抜けて
あなたは夜へと駆け出してゆく
裸のつま先で踊るピエレット
夜露に濡れた草を踏みしめて
....
熟されてワインのように薫る日々
ひとひ{ルビ一日=ひとひ}を飲みほす人生
男泣き今にこの恋忘れるさ
五臓六腑にいも焼酎よ
紫煙はき椅子に毒づくたったひとり
....
わたしの中に棲む猫は
夜の闇のように黒い
{ルビ天鵞絨=ビロード}の艶やかな毛皮をもっている
そして
悩ましい緑の目をしている
人に媚びたりしない
いつも物陰から{ルビ窺=うかが}うように ....
ノクターンそのたくらみに旅をする
まなざし揺れる夜の窓際
ささやきに似た腰つきでつぶやきに
似た足どりでダンスする{ルビ夜=よ}は
ガラス窓くちづけかわす夜の色 ....
深閑とした梨畑で
ひとり 蜂の羽音を聞いていた
風は足音もせず忍び寄り
あれは少女だったろうか
黒い瞳の きらめく星の
かすかにふるえるのは
僕の胸の鼓動なんだ
こんなにもうるさ ....
桃の産毛がこそばゆいので
黄昏は早くやって来る
桃の実を齧ると
甘い果汁が口なかに広がって
心をほわんと幸福にしてくれる
この愛らしい実のように
私もすこしは
やわらかくなったか ....
朝に
林檎がもがれる
それは
太陽になり
風になり
私のもとへとやって来る
おはよう
ごきげんいかが
と はにかんで
さくりと
歯に当てた
ほのかな酸味
....
このひとつぶに幸いあり
このひとつぶに不幸あり
不ぞろいに置いたそのつぶを
くちびるに含んで夢を見る
あのひとのくちづけを
あのひとのかんしょくを
私の恋はいまだ熟さない
....
(ヴァンサン)
窓の外に君の姿が見える
やわらかい草を裸の足裏で踏みしめて
君はこれから川へ泳ぎに行くという
もう透き通った水は冷たいというのに
君は白い歯を見せて
{ルビ銀葉=ぎ ....
燃える指くちびる含み恋をする
サルビアそれは紅い吐息に
ひそやかな風にするどき心こそ
コスモスふるう恋の歓び
咲き誇り頰よせたその黒百合に
....
陽ざかりに
影がゆれる
塀の上に
白樫が緑の枝をのばし
陽ざかりに
光がゆれる
そこに咲いている
荒地野菊の花
寡黙な額に
風が吹き
みつめる心も
そっと ....
かつてお前はあんなに
力強く 熱く燃える目をしていたのに
風のように自由で その歌声は若々しく
どこまでも駆けていけたのに
お前の炎はかくも色褪せ
かきならす竪琴は銀のささやき
お前は{ル ....
衰えて炎もいつか褪せゆくか
{ルビ終=つい}の火を燃せオルフェの夏よ
竪琴の{ルビ絃=いと}のふるえに夏は逝く
{ルビ全=また}き夜空に呼び声はるか
{ルビ初風 ....
ピアニストの繊細な指だ
白い鍵盤をすべってゆく
まるで水鳥の夢見る羽ばたきにも似た
あるいは
まだ見ぬ色彩を生み出す画家の
狂おしいまでにあざやかな指先
{ルビ天地=あめつち}を踊る風の曲 ....
西陽が傾いてゆく
風を追いかけながら
オレンジの雲は次第に細長く
なつかしい言葉をそっと隠していった
暮れなずむ野辺は一面の草海
薊の花の谷間に静か
蝶がいる 淡い光のような点が
....
恋はもう忘れました
涙はもう忘れました
夕暮れ 野辺にぽっちりと
紅く咲く花は火を燃したようで
その火に触れたら焼かれてしまう
心も指先も あの日の記憶もすべて
恋は忘れました
....
海に来て月の遺骸を{ルビ面=も}に浮かべ
白貝割りて指先を切る
貝やぐら沖に燃え立ち{ルビ蒼蒼=そうそう}と
胸に巣食うは十三夜月
月葬に送り遣るのは{ルビ鸚鵡 ....
やがて
夕闇に閉ざされる海の
光る航跡を追いかけて
白い波間に漂う一人ぼっち
私の貝殻は声もなく
草合歓の葉陰から
かすかにもえる月を見た
藍青の波間にひかるものは
あれは はるかな昔
指から落ちた曹長石のかけら
青みをおびた涙の石の粒
もしも
月の淵から水音がしても
蠍が ....
放課後のプールサイドに一人きり石を投げれば割れる太陽
まだ細い腕もいつかはヘラクレス鏡にうつる半裸少年
肝だめし墓場を歩く君とぼく怖くないよと結ぶゆびさき
花火あがる綿菓 ....
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