ヴァンサン、夏の終わり
石瀬琳々

(ヴァンサン)


窓の外に君の姿が見える
やわらかい草を裸の足裏で踏みしめて
君はこれから川へ泳ぎに行くという
もう透き通った水は冷たいというのに
君は白い歯を見せて
銀葉ぎんようアカシアの並木道へと消えてゆく

 
      緑の水草が君の裸身に絡みつく
      あぶくが立ち昇って
      ダンスを踊っているみたい
 

ねえ 憶えているかい
こんな風に去年も見送ったじゃないか
夏の衰えた陽ざしを浴びながら
軽やかに手を振ったじゃないか
僕はこんな夏の得体の知れない
花粉にやられてぐずぐずいっていた


      何の草?
      カモガヤ? オオアワガエリ?
      ああ 君に絡みつくのが見える


いつか君はあの子が好きだと言ったね
好きになっちゃ駄目だよと言ったね
僕たちの好みはおんなじだから
でも僕は嫌いだよ あんな女の子なんか
いつもミントの香りをさせて
スカートを風に舞わせている子なんか


      あれは涙だった?
      冷たい川底に流れていたものは
      あの子の黒髪が絡みついてはなれない


僕は君がいればいいんだよ
僕のとなりで笑ってくれたらそれで
僕たちはいつも二人だったじゃないか
何をするのも一緒だったじゃないか
ずるいよ君は いつから一人で遠くを見て
僕だけを置いてきぼりにするなんて

      
(ヴァンサン)
(ヴァンサン)


君の声が聞こえる


君は窓の外をいつものように
裸の足裏で駆けてゆく
もう少ししたらあとで行くからね
僕はそうつぶやいて手を振り返す
君は白い歯を見せて
銀葉ぎんようアカシアの並木道へ消えてゆく


いくたびも
いくたびも繰り返して
僕は合わせ鏡のふたりぼっち
永遠に夏のまま


自由詩 ヴァンサン、夏の終わり Copyright 石瀬琳々 2006-09-08 15:45:31
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