確信犯について
佐々宝砂

確信犯という言葉の意味が、気になって気になってしかたないので、辞書をひいてみた。

確信-犯【かくしん-はん】
自己の信念に基づき正当な行為と信じて行う犯罪。
[特に、宗教的・政治的な義務感・使命感に基づくものを指す]
(新明解国語辞典より)

ふむむ。ならば詩に関するささやかなルール違反なんて、そもそも犯罪ですらないんだから、確信犯なんかじゃないやね。私は交通法規以外の法律に反したことはないので(交通法規は時折破る。まあそのくらいいいとしてくれ)、厳密にいうと確信犯であったことはない。一般的に、というか全人類的にみて、犯罪って、殺人と盗みだと思う。私は殺人と盗みを肯定しない。盗みを肯定するひとでも、ふつう、殺人は肯定しないと思う。もっとも世の中には例外があって、死刑とか戦争とか安楽死とか、「避けられない」ことになってる殺人の形態もある(ちなみに私は死刑反対論者である。安楽死については考えを保留している)。

まあこのみっつを全部同一に話題にするわけにはいかないので、戦争の話に限定したいと思うんだけど、考えてみたら戦争こそは「確信犯」なんじゃないのか。たとえば……宗教的な使命感に基づいて、貿易センタービルに飛行機を突っ込む。政治的な義務感に基づいて、イラクを爆撃する。どっちも似たよーな意味で「確信犯」だと思う。どっちも自分がとっても正しいと信じている。

私は自分が正しいかどうか自信がない。ただ私は人を傷付けたくない。感覚的な問題で傷付けたくない。知らずに傷付けることはあるだろうが、知ってて傷付けるのはいやだ。もちろん殺すのは断じていやだ。法律の問題でなく、私個人の感覚の問題として、いやだ。だから私は戦争に反対している。私の考えが正当であるとも思えないが、正当であるかもしれないし不当であるかもしれないあやふやな考えに基づいて人を殺す国家に所属するのは、私の感覚としていやなのだ。

私は確信犯という言葉が嫌いだ。そういう言葉をむやみと使うことも嫌いだ。私は「自己の信念に基づき正当な行為として行う犯罪」なんかやりたくない。「確信犯」は自分が正しいと信じている。しかし私は自分の「正しさ」を信じない。私は始終間違いばっかやらかす。まあ人間はそういうもんだと思う。私は自分の行為を「正当な行為」だと信じきることができないし、また、自分は間違える人間なのだと思うことによって自分を赦すと同時に戒めたいと思っている(ところで私が死刑に反対しているのは、「国家も間違う」と考えているからである。死刑したあとで「まちがってましたーすんません」では通らん)。

いやもしかしてこーゆー私の考えも「信念」の一種かもしれん。私が犯罪を犯すとしたら、それも確信犯として犯すとしたら、たぶん徴兵忌避か納税拒否だと思う(しかし現実問題、徴兵忌避はねえだろうなあ)。私の罪は拒否。あくまでも拒否。拒否もまた犯罪であるのだとすれば。しかしやりたくねーことはやりたくねーのだ。私が正しかろうと、そうでなかろうと、普通であろうとなかろうと、やりたくないことはやらんし、やりたいことはやります。


私は、自分では普通だと思っているが、あまり普通だと言われない。まあ人の考えひとそれぞれなんで、害がない限り言わせたいように言わせているけれど、私としてはかなーり普通なつもりなのである。正しいかどうかはしらんけど、普通に飯くうし、普通に歩くし、普通に恋して普通に結婚して、普通にご近所の清掃活動に参加したりしている。えらくふつーじゃん。

まあ、個人的に「私はこうでありたいなー」とか「こういうのはいやだなー」とかいう理想くらいは持っている。普通という基準はこっちにおいといて、個人的な基準はそれなりに持っているとゆーわけ。


というわけでまた翻って国家のハナシである。

普通の国家って言葉、最近よう聞く。なにが普通の国家だか私はしらん。けど、台湾や韓国みたいに政治が大もめにもめるのが「普通の国家」なら、私は普通の国家でなくてよろしいと思う。なにも低い水準の「普通」にあわせることはない。「普通」より優れてるなら「普通」でなくていいじゃん。だいたいイチローとかスエツグとかあのへんの優れたスポーツ選手は、どう考えたって普通ではないが、ああいう優れた人たちが普通でなくても誰も文句はいわん。

きちんと軍備して万が一の有事に対応できるようにしておくのが「普通の国家」なのだとしても、「私たちは戦争しません」という理想を掲げる現在の日本の方が、私は優れていると思う。より理想に近いと思う。荒唐無稽な理想というか? 理想というものは、最初のうち夢に過ぎないことが多いんだ。夢を夢じゃないと信じる人がいて、はじめて理想は現実になるんだ。

バカにされてもなんでも、「普通の国家」じゃないと言われても、私は理想に近いものを目指したいし、維持したい。そんなにも普通になりたがってどうするのだニッポン。


普通じゃなくてもいいじゃない。


散文(批評随筆小説等) 確信犯について Copyright 佐々宝砂 2004-03-24 02:06:03
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