寝付けない理由
佐々宝砂

海岸沿いに露出した三十年まえのゴミ山のうえ
新しい嘆きがそっくりひとつ捨ててあった
壊れた自転車
割れたブラウン管
骨の折れた傘
骨折り損のくたびれ儲け
破れた心臓
そんなもののうえに
まだ血の色も鮮やかな生乾きの嘆きひとつ

いつもよりは寛容な気分だったのでひろった

ゴミ山のうえからひろったにしろ
嘆きの使いみちはただひとつなので
わたしはそれを口に含んでしゃぶった
ひさしぶりの嘆きなので
最初は味がよくわからなかったが

やがて
口いっぱいにひろがる
酸味
塩分
そしてたまらないほどの甘さ

ひさしぶりなので甘さが歯にしみた
歯医者に行かなきゃなあと思いながら
嘆きをしゃぶった
でもいくらしゃぶっても
嘆きは溶けてなくなりはしない
私は大人なのでそのくらい知っている
知っているけれど

溶けてなくならない嘆きが
わたしにはとてもかなしかった
かなしかったけれど
それはけして私の嘆きにはならなくて
だからわたしは泣くわけにもいかなかった


自由詩 寝付けない理由 Copyright 佐々宝砂 2004-03-23 04:06:35
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