アンチ・アーレス
佐々宝砂

窓をあける
蠍座がみえる

もうそんな季節なのだ
夜明けまえ小さな田舎の駅にも明かりは点り
どこかからきてどこかにゆく青い電車が
轟音を引きずってゆく
さよならを言うまでもなかった別れ
はじめましてすら言わなかった出会い

わだかまる言葉の澱

私がどんなふうになっても
今年も夏は来るだろう
蠍座は当分のあいだ
蠍のかたちを保つだろう

窓をしめる
猫が夢のなかの何かに驚いて
小さな鳴き声をあげて目をあける
ここには何もいないよ
ネズミも虫も
何も

ユーロジンが効かなくなってきたので
やむをえずハルシオンを飲み
猫を抱き上げて
猫と布団にもぐりこむ

驚きたい
たとえ夢のなかの何か
ここにはいない幻の影であっても
かまわない
驚きたい

火星に対抗するものの光は
赤くとも
淡い

あとどれだけ待てばいいのだろう
蠍座は当分のあいだ崩れない
当分のあいだ


自由詩 アンチ・アーレス Copyright 佐々宝砂 2004-03-21 03:58:47
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