こっそりと白の時代〜たもつさん詩集に寄せて
umineko

たもつさんの詩集が届く。注文してから、すでに2ヶ月が過ぎていた。発送元には何の罪もない。メールで注文したのはいいが、自分のアドレスを間違って入力していたのだ。いつまでも連絡がこないはずだ。ネットは、すこぶる便利で、そして、あやうい。

たもつさんとは、一度、実は会ったことがある。ああ、うみねこさん、なんですね、と彼がいった。彼は人間であったのだが白い紙で出来ているようでもあった。お会いできて嬉しいです、と紙は彼のような声でいった。まったく、紙は油断できない。

彼の詩集を読む。彼はいつも紙の中に住んでいた。おそらく、彼は実体ではなく、紙のような存在として、混沌としているのだと思う。彼はファミレスで作品を書くらしい。ファミレスのだだっ広いテーブルを占有して、そのおよそ四分の一を几帳面に仕切り、ここからは立ち入り禁止とばかりに紙ナプキンを四角く囲って、その即席の結界の中で彼は作品を書く。ファミレスのおねえさんはナプキンの少し外に、氷の入ったグラスをしのばせる。恋はそういったふうに始まるのだ、としみじみ思う。

おそらく。確認には至っていないのだが、彼の呼吸器官は我々とは少し違った場所にあるのだと思う。どこか、頼りないグッピーのひとみのように、口をぱくぱくさせているえらのようなものが彼にはあって、そこが空気ではない何かを察知して、それが私たちの手元にほろほろと届く。和合さんあたりにはそれが詩のように見えるらしいのだがそれは彼が元来の詩人だからであって、たとえばネットに流れるテキストを読むとそこにもいつも彼が住んでいて、私は神出鬼没という単語は彼のためにあるのではないかと思ってしまうのだ。

彼という時代が明らかに彼にはある。それはとても好ましいものだ。彼は私の時代を占有しない。彼は彼の世界で彼のことばをしゃべっている。


  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

   あまりの暑さにクーラーをつける
   よほど暑かったのだろう
   いろいろな動物たちが家に集まりはじめ
   またたくまにいっぱいになった

                      「すべてのものへ」


  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *


彼はなにものとも共存できるし、なにものとも混じりあわない。それはおそらく、この時代がそうだから。ネットという培地は私たちを少しづつ二進法に変えていく。ゆるやかにつながっているようで、それは明らかな個=ドットの集合体なのだ。混じりあわない。ただ混沌としているだけで。

それをさみしさ、などという単語でくくってしまいたい輩ももちろんいるだろう。違うんだよ。混じりあうことがゴールではないんだ。個であるからこそ、私たちは共存できる。満員電車で同じ方向にぐいぐいと押しつけられて、それでも個であることを私たちは学んだではないか。立ち上がれ。前を見よ。あのー降りますからー、と人込みをかき分けよ。個であること。

彼の詩集を読む。ふと目をあげる。彼のことばがグッピーのように夢の中で泳ぐので、ここはどこかここでない水槽なのではないだろうかと私は夢想する。

私は彼を呼吸する。そして彼越しに私を見る。

等身大のグッピーが。
しあわせな椅子にもたれている。




たもつさん詩集、「こっそりとショルダー・クロー」に寄せて。
白線流しの長瀬くんをしみじみ観た夜に。

 


散文(批評随筆小説等) こっそりと白の時代〜たもつさん詩集に寄せて Copyright umineko 2005-10-08 00:44:24
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