ついの宿りは
佐々宝砂

最初の舞台は私の家の玄関先
(もう三十年も前に植えたという)
ダイダイの木の濃緑の葉に
まんまるな卵が産み付けられたのは
風薫る五月の午後

 うるる。るる。うるる。
 あったかい。
 おいしい。
 おなかへった。
 はっぱ、いっぱいある。
 たべよう。たべよう。
 うるる。るる。うるる。

たくさん産まれた青い芋虫たち
立派な黒い羽に赤い模様をつけて
空飛ぶ日がくることをゆめみて
食べる食べる食べる食べる
食べて肥えて
その身体に一匹の蠅が狙いをつける

 ふん。ふんふん。ふぷい。
 あたしはりこうではやいんだ。
 おしりのさきまできのうてき。
 たまごももちろんきのうてき。
 いもむしたちはばかだけど
 あたしのこどものやくにはたつ。
 ふん。ふんふん。ふぷい。

一匹の芋虫の身体のなか蠅の卵が孵る
芋虫のなかたくさんの白い蛆虫が成長する
芋虫はどんどんどんどん成長する
兄弟姉妹のなかでいちばんたくさん食べて
いちばん大きく育って
でも決して黒い羽に赤い模様の蝶にはならない

 もよ。もよもよよ。よよ。
 ここ、もうせまくなったね。
 たべるものもあんまりないね。
 ぼくたちおおぜい。おおぜいすぎ。
 そろそろでようよ。そとをみようよ。
 もよ。もよもよよ。よよ。

食い尽くされたサナギの背中が破裂する
蛆虫たちがはい出す
土の上の新天地で蛆虫たちは
小さな茶色い繭になる
その繭のひとつに
顕微鏡サイズの胞子がとりつき

 音ハナイ。
 擬音語モ擬態語モナイ。
 蠅トナッテ飛ビ立ツハズダッタ
 繭ノナカノ混沌ハ
 白イ菌糸ニ変ワッテユク。
 擬音語モ擬態語モナイ。
 音ハナイ。

胞子をはき出した
寄生キノコは
すっかり腐ってしまった
やがてその栄養分は土に帰り
(植えてもう三十年になるという)
ダイダイの木に吸収されるだろう




***



初出・詩人ギルド/このゆびとまれ/テーマ掲示板
  テーマ【冬虫夏草】


この詩に登場するイキモノたち

 蝶→クロアゲハ。幼虫は柑橘類の葉を食べる。一齢幼虫は薄い青緑。
 蠅→ブランコヤドリバエ。蝶や蛾の幼虫に寄生。
 茸→マユダマヤドリバエタケ。ヤドリバエの繭に寄生する冬虫夏草。
 ダイダイ→ほんとにうちの玄関先にある。
 人その1→ダイダイを植えた人。私の夫。
 人その2→この詩を書いた人。私。
 





自由詩 ついの宿りは Copyright 佐々宝砂 2003-12-12 20:35:50
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