文章
道草次郎

親しみを覚えるのはノリに乗った文章ではない。

ところどころ覚束無い感じの消しゴムで消した跡が今にも見えてきそうな文章がいい。

ためらいがちで、口下手で、それでいて丹念な性格が見て取れるような文章がいい。

細部や物の姿形を精確に描こうとする意思と、それでも言葉にできず取り落としてしまった何かに憧れているそんな文章がいい。

遠慮がちな秘密やありきたりの日常生活、素麺を食べるお猪口や精密時計のゼンマイのような控えめさを湛えた文章もいい。

職人の節くれだつ指と微笑むと光る金歯が、彼の生活の中に同居するような文章がいい。

それから、相手の事をよく考えた文章がいい。

読み手がいることを素直に認め、その相手に対して礼儀を尽くすような文章がいい。

言葉がナイフにもなることを知っていて、文章を書くことは誰かを傷付けるような行為であると自覚している文章がいい。

野の花のような、雪を被ったナナカマドのような、塀を這うめくらぶどうのような、月見草の花のような文章がいい。

今夜、夜空は晴れているだろう。
ふいに夏は到来した。

昔観たドラマのワンシーン。
大人の男と少女が満天の星空を見ながら星座の話をしている。少女はオリオン座の神話、大人の男は夏の大三角形の話をする。草むらに座る二人は既に龍の化身。蛍は乱舞し、風は微風。

いつかはそんな懐かしい文章を書いてみたい。


散文(批評随筆小説等) 文章 Copyright 道草次郎 2020-08-01 20:34:49
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