恋昇り6「明日の朝またおはようと言うために」
トビラ

「赤い棘か」
「菜良雲君、知ってるの?」
「ま、名前だけな」
「大きな組織?」
「詳しいのは、連座から聞いてくれ」
私は連座の方を向く。
「はっきり言って規模は小さいよ。それと、そこまで力のある組織じゃない。過激さだけが売りの、地元じゃ有名、世界的には無名。そんな感じかな。ネットで拾った情報と、本部に『情報開示申請』して送ってもらった情報を見比べてもほとんど誤差がない」
「それって、ネットで流れてる情報がそのまま【赤い棘】の情報ということだよね」
「そう。つまりその程度の組織ということ。本部の情報によると、構成人数約170人。推定能力保有者数5人(内訳 高位0人 中位0人 下位5人)。推定宿才者数0人。本当にこの程度の組織なら、菜良雲一人で十分」
「まあ、その倍でもいけるな」
連座は頷く。
「実際、倍でも任務クラスとしては、C相当だと思う」
私は頷く。
「ただ、これはBクラス任務。しかも一ノ世込みの」
「一ノ世君も危険度はAって言ってたよね」
「そう。だから、ただ、赤い棘を潰すだけじゃ任務に見合わない」
私は考え込む。
「もしかして、『スポンサー』がいる?」
「なるほど」
菜良雲が言う。
連座は頷いて言う。
「十中八九そうだと思う」
「それは、かなり厄介だね」
「赤い棘潰すだけじゃ終わんねーからな。で、どこが『スポンサー』に付いてんだ?」
「いくつか候補はあるけど……。そうだな。もう少し情報がほしい。それも踏まえてなんだけど、榛名さんの方は、どうだった?」
連座と菜良雲が私を見る。
「一言で言えば、気味が悪かった」
その後の言葉が続かない。
連座と菜良雲はじっと私の言葉を待つ。
「はじめから言うと、街を歩いていて、不自然なほど違和感がなかった」
「それは、地形とか街の雰囲気として?」
「うん、そうだね。九理の華は、よくある繁華街という感じかな。普通は、こういう街は任務に関係なく、怪しい雰囲気の場所ってあるよね。なんというか、ここから先は深い闇につながっていそうな場所」
連座は頷き、菜良雲は「ああ」と言う。
「そういう感じが何もなかった。九理の華区は昔からある街だよね。それなのに、新しくオープンした商業施設みたいな薄っぺらさって言ったらいいのかな。とって付けたような、今さっき、切って貼ったような無機質さと言ったらいいのかな。つるっとした陶器みたいなザラつきの無さ」
「ああ、そうか、なるほど」
「なんかわかったか?」
「ああ、いや、わかったというほどじゃないけど、ちょっと腑に落ちたな」
菜良雲と私は連座の言葉を待つ。
「俺もその違和感は感じてたんだ。因果列行から、ここまで何もなかった。それ自体はいいことだし、何もないことに越したことはないから、そのままにしていたけど。いや、違うな。うまく言語化できなかったから、無視してた。榛名さんの指摘で気づけたよ」
「もっとうまく説明できればいいんだけどね」
「不自然なほど違和感がない。そうなんだ。はじめにあれだけ波があって、その後、ここまで平穏というのは、一ノ世のお陰だけじゃ説明できないと思う」
私は頷く。
菜良雲は関心したように、ふんふんと頷く。
「もしかしたら、俺たちは、ここに誘導されたのかもしれない」
「それって、危険じゃないか?。下手したら相手の手の内ってことだろ?」
私はその可能性に固まる。
連座は頷く。
「まあ、仮定の話たけどな。ただ、一応、これから交代で見張りを立てていこう」
菜良雲と私は頷く。
「そうそう、それと、もう一つ変わったことがあったんだ」
連座と菜良雲は私を見る。
「異常者に会った」
「異常者?」
菜良雲は少し意外そうに言う。
「どの程度の?」
連座の質問になるべく丁寧に言葉にしていく。
「十時すぎだったと思う。大体街も歩き回って、さてどうしようか?と考えてたとき、ふと嫌な視線を感じた。だから、ちょっと路地裏に誘いこんでみた。私に対する殺気の出し方とか体運び的に、一人で十分対処できると判断したから。そして、実際、ただの頭のおかしい人殺しだった。通り魔をしているみたいだったけど、ほとんど計画性みたいなのは感じなかった」
「どんな風だったか、説明できる?」
私は頷いて、あの異常者の真似をしてみる。
ぷっ、と菜良雲が少し吹き出す。
「ここ、笑うとこじゃないよ」
私はちょっと抗議をする。
「ああ、悪い悪い。気にしないでくれ」
連座は黙り込む。
それはそれで、なんと反応したらいいのか困ってしまう。
「で、どう対応したの?」
連座の質問によく状況を思い出して答える。
「ほとんど考えなしに切りかかってきたから、避けて一発打ち込んだ。それで戦闘はお終い。戦闘というほどのものじゃなかった」
「その異常者をその後どうした?」
連座の質問が鋭くなってくる。
「うん、ちょっと考えて、本部に申請したんだけど、それでよかったかな?」
「適切だったと思うよ。申請は通った?」
「うん、いつも通りだった」
「俺の方も情報開示の申請が通って、赤い棘の情報が得られたから、本部は通常運転なのかなと思う。ただ、任務中止がまったく通らなかったのが、謎なんだよなあ。まあ、そこは、今、考えても仕方ない。他に何か違和感みたいなのはなかった?」
「その異常者と会ったことなんだけど、たぶん、赤い棘とは関係ないよね?」
「たぶん、無いね」
「それなのに、いきなり異常者と会ったということが気持ちが悪い」
菜良雲が少し考え込むようにして言う。
「まあ、そう言われればそうだよな。俺は、そんなに絡まれたりしないけど。榛名がかわいい女子ってことを差し引いても、いきなり異常者に狙われるのは、さすがにおかしいよな」
え?
かわ?
え?
そんな風に思ってたの?
というか、連座もなに当たり前のように頷いてるの?
え?
なに?
なんで、そんな普通に話し進めようとしてるの?
いや、止めなくてもいいけど。
ああ、もう、黙ってしまった私を、そんな不思議そうな顔で見るな。 
「どうした?」
菜良雲が無神経に聞いてくる。
「別に何も」
ああ、変にもにょもにょ言ってしまう。
これは突然変なことを言う、二人が悪い。
とくに菜良雲。
菜良雲のくせに。
「その異常者、ただの異常者として考えるには、異常すぎるな」
そう、それ、連座、それ。
「とはいえ、これ以上は俺じゃちょっとわからないな」
「う、うん。そうだよね」
あれ?
そうだよね?
その返しはちょっとなかったかも。
「悪いね。たぶん、関係があるとしたら、Sクラス任務の方だと思う。そっちの方は、俺の手に余る」
「あ、全然、全然、気にしないで。まず赤い棘優先だよね?」
「いつにする?」
菜良雲はやる気だ。
そうそう菜良雲、菜良雲はそうでなきゃ。
「明日もう一日、ゆっくり休もう。明後日に相手の本拠地を探して、明々後日で準備を整えて、その次の日に叩く。大筋は、そんな感じかな」
「わかった」
そう言う菜良雲に静かに闘志が満ちてくるのを感じる。
そんな菜良雲を見て、連座はフフと笑う。
私はやっぱりまだそのノリについていけてない。

時刻は深夜二時を回る。

「もう遅くなってきたし、二人とも休んでくれ。朝まで俺が見張ってるから。とくに榛名さんは、ゆっくり休んで。菜良雲は明日の朝から夜まで見張りを頼む。夜は俺と山藍さんで代わりながら担当しようと思う」
「私は?」
「榛名さんは、基本的に見張りからは外れて、用事をこなしたり、見張りをその時々で誰かと代わってほしい」
「うん、わかった」
「ある意味では、一番大変かもしれない」
「大丈夫、任せて」
菜良雲と私はそれぞれ部屋に戻る。

部屋に戻ると、簡単にシャワーを浴びて、ベッドに横になる。
長い一日がやっと終わる。
今日は色々なことがありすぎた。
もう寝よう。
後のことは明日考えよう。

眠りの国に落ちると、ふわふわと私は夢を見る。
私に何かを伝えようとするような夢を。

花が道になっていくような。
そんな夢を。



続く(気がむいたら)


散文(批評随筆小説等) 恋昇り6「明日の朝またおはようと言うために」 Copyright トビラ 2020-05-16 10:19:09
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