恋昇り5「心配と信頼とシュークリーム」
トビラ

夕方、六時。
連座の部屋に集まる。
菜良雲はもう来ている。
部屋の中を見回す。
山藍さんはまだ来てないみたいだ。
「山藍さんは、先に休んでもらったよ」
ベッドに座った連座が、椅子に座るように促す。
私は椅子に座って言う。
「山藍さんを休ませてあげてくれてありがとう」
連座は少し驚いたような顔をして言う。
「山藍さんにはだいぶ無理をしてもらったから」
菜良雲は無言で頷く。

「休めた?」
私は話を振る。
「俺はゆっくり眠らせてもらったよ。お陰でけっこう持ち直した」
そう言われると、菜良雲の顔色はだいぶよくなってる。
「俺は……。そうだな、本当のことを言えば、そんなには休めなかったな。どうしても気が立って。まあ、『眼』も仕込む必要があったし。榛名さんは?」
「うーん、私は休めた方かな。今は、けっこう気持ちはすっきりしてる」
休憩時間の間、ほとんど泣いてたから。
でも、それは言わない。
「そりゃいい」
そう言って菜良雲はハハハと笑う。
菜良雲は本当にこの休憩時間でけっこう持ち直したのかな。
いつもの調子が出てきてる。
ただ、連座はずっと険しい顔をしている。
これはいい徴候とは言えない。
連座は余裕たっぷりくらいな方がちょうどいい。

「榛名さん。榛名さんにしてほしいことがあるんだ」
連座が真剣な口調で言う。
「何?」
私はそれに応える。
「『買い出し』に行ってきてほしいんだ」
連座の言葉に、菜良雲が私より先に反応する。
「それは俺が行ってきた方がいいんじゃないか?」
「単純な戦闘能力で言えばな。ただ、お前と榛名さんじゃ、情報収集力が比べものにならない。それは、お前もわかってるだろう?」
「ああ、わかるよ。わかるけど……」
「菜良雲君、心配してくれてありがとう。でも、私やるよ。私だってみんなの役に立ちたい。それに私がサポート役の中では戦闘能力が高い方だってこと忘れた?」
「俺だって、いつものBクラス任務なら、何も言わねーよ」
そう言って、菜良雲は黙る。
「今回は、山藍さんの『星』の加護もない。俺の『眼』も付けられない。そして、よほどのことがない限り、こっちとの連絡もなしにしてほしい」
「連座、それはやっぱり榛名が危険すぎないか?」
「それは、そうなんだ。はっきり言って、なにがあるかわからない。山藍さんのように不意に襲われる可能性もある。ここまで来たときみたいに、何もない可能性もある。その二つが混在するかもしれない。こればっかりは、実際に行動を起こしてみないとわからない。その上で、榛名さんにお願している。今は、情報がほしい。それも質の高い情報が」
連座はそう言って私を見る。
「俺が一緒に行くんじゃダメなのか?」
「榛名さんの安全性は増すと思う。ただ、情報の質は落ちると思う」
「菜良雲君、心配してくれてありがとう。連座君、信頼してくれありがとう。私、やるよ。『買い出し』に行ってくる」
菜良雲は、ふー、と鼻息を出して、「気をつけてな」と言う。
「引き受けてくれて、ありがとう。今から地図を見せるから、大体そのあたりを回ってほしい。細かいところは榛名さんに任せるよ。現場の空気で判断してほしい。あと、なるべく連絡を取り合わはないようにしよう。もし、誰かの網にかかってそこから探知されたら、全員にとって危険だから」
私は頷く。
「ただ、夜の十一時半を回って、帰ってこないようだったら、こっちから連絡する」
「わかった」

私は連座の部屋から、自分の部屋に戻り、大学生くらいに見えるように化粧する。

夜の雨降り街、 九理の華区くりのはなく一理。
通称、忘れ物の街。
ホテルを出ると、ムッとした空気に包まれる。
合成空気。
なんとなく、そんな言葉が浮かぶ。
さあ、『買い出し』だ。

買い出しと言っても、明確に何かを買うわけじゃない。
簡単に言えば、調査。
こういう都市において、拠点の周りを歩き回って、安全性を確かめる。
そのためにすることは、街歩き。
連座の指示があった場所を参考に周りをよく見ながら、歩き回る。
途中、飲食店に寄って、食事もとる。
食事をとりながら思う。
今のところ、気味が悪いくらいに気にかかることがない。
この気にかかることの無さが、かえって気になる。
まるで、気にかかることが、あらかじめ先回りして消されているような。
少なくても、一ノ世君はこういうことはしない。
一ノ世君だったら、絶妙に気にかかることを残して、それを何かの手ががりとして残してくれるはず。
私には、連座ほどの分析力がないから、この気にかかることがないことが気にかかるということを伝えよう。

時刻は、夜十時を回る。
連座から指示のあった場所も回り終えた。
ふむ。
大通りから、脇道に入る。
道はどんどん狭く、薄暗くなっていく。
複雑に入り組んだ都会の死角。
光の届かない袋小路。
ここから先は、行き止まり。
私は振り返る。

そこには、ほのかな逆光を背に、誰かが立っている。

「き、君、君、さあ。ぼ、僕を誘ってるよね。こんな、こんなところに自分で来てさ。ころ、殺して、殺して、いいんだよね?」
異常者はナイフを取り出し、ゆっくりと近づいて来る。
間合いに入って来ると、一気にナイフを振り上げ、突き立てくる。
私はスッとかわす。
ナイフは宙を切って、異常者は勢い余って、転がる。
異常者は私を見上げる。
「あれ? 刺したのに生きてる? や、やった、二回、二回殺せる」
異常者は飛びかかってくる。
ので、顔に一発打ち込む。
ぐしゃりと異常者は崩れる。
顔がみるみる腫れ上がっていく。
他に怪我はなさそうだ。
弱い。
弱すぎる。
たぶん、この異常者は、本当にただの異常者だ。
この任務には直接的に関係無さそう。
ただ、それがかえって気持ちが悪い。
いくらここが雨降り街だといえ、異常者に出会ってしまう確率はどれくらいだろう?
しかも、この初日の外出でただの異常者に出会う確率。
いきなり執行対象に襲われる方がまだわかる。
ダメだ。
私だとこれ以上はわからない。
なるべく状況をしっかり憶えて、あとの分析は連座に任せよう。

そして、この異常者はどうしよう?
警察に任せたいけど、私が連れていくのは避けたい。
そんなことをしたら目立ちすぎるし、もし、任務の武装勢力と警察につながりがあったら?と考えると、やっぱり私は連れていけない。
電話も避けたい。
第一いったいなんて説明すればいい?
電話もなしなし。
だとしたら、どうする?
見逃すという選択もない。
『申請』してみるか。
本部宛に簡単に状況を説明した『申請書』を作り、送信する。
いつもの任務のように、本部は動いてくれるだろうか?

二分後。
『申請受理』の通知が届く。

とりあえず、異常者のズボンを脱がし、そのズボンで足をしっかり縛る。
上着で、後ろ手にした手をかたく縛っておく。
あとは、本部の方でうまくやってくれるだろう。


ホテルへの帰り道、通りがかりのコンビニで、気休めにシュークリームを買う。


「ただいま」
「おかえり。十一時十七分か。けっこうぎりぎりまでがんばってくれたね。ご苦労さま」
連座が部屋で迎えてくれる。
菜良雲は、椅子に座ったままうたた寝している。
「さっきまで、起きてたんだけど」
連座は言う。
そんなやり取りをしていると、大きなあくびをして、菜良雲が目を覚ます。
「おお、無事だったみたいだな」
「お陰様で」
「なんもしてねーよ。寝てただけだ」
「榛名さん、先に体調を測っていい?」
「お願い」
額に測定器をかざす。
ピッと鳴る。
私はこれがそんなに好きじゃない。
なにかバーコードを読み取られているみたいで。
連座は、さっと数値に目を通して言う。
「うん、数値的には問題ないと思う。ちょっと血圧が高いくらいかな。これくらいだったら、少し休めばすぐに良くなると思う。精神波形も正常だし、精神操作とかもないかな」
「はは、この状況で、ちょっと血圧が高いくらいか」
菜良雲が笑う。
「菜良雲君は、私の精神が鋼鉄なのがそんなに楽しい?」
「いやいや、頼もしいよ」
そう言って菜良雲はニッと笑う。
菜良雲にそう言われると悪い気はしない。
菜良雲は戦闘能力が高いから。
菜良雲は戦闘能力が高いから。
大事なことだから、自分に二回言い聞かせる。

「じゃあ、話を聞かせてもらおうかな」
連座がこっちを向く。
「その前に、シュークリーム買ってきたから、食べようよ」
「おお、気がきくな。さすが」
菜良雲が言う。
「お茶も買ってきたから」
「グラス三つあったかな?」
連座が立とおとする。
「ああ、いいよ、座ってて、私が淹れるから」
「そのくらいはするけど?」
そう言う連座に、私は言う。
「いいから、二人とも座ってて、この中て私が一番おいしくお茶を淹れられるから」
そう言うと、二人とも顔を見合わせて笑う。
「じゃあ、お願いするよ」
グラスはちょうど三つあって、買ってきた氷の封を開ける。
グラスにカロンと涼しく響く。
麦茶をコプコプと注ぐ。
二人に渡す。

「へえ、本当においしいや」
「ああ、俺たちじゃこうはいかないな」
「まったく」
二人とも一気に飲み干す。
「おかわりもあるよ」
二人のグラスに麦茶を注ぐ。
私も椅子に座って、シュークリームの封を切る。
あまい。
やわらかくて、あまい。
ちょっとあまったるいくらい、やさしくあまい。
今、私たちに必要だったのは、こういう時間だったんだと思う。
ここに一ノ世君がいないのはさみしいけど。
まあそれは仕方ないと。
でも、やっぱりエナちゃんはいてほしかったな。
明日、二人でゆっくり話そう。


連座はちらっと時計を見る。
深夜零時すぎ。

「じゃあ、榛名さんの話を聞こうか。それを踏まえて、B任務の“武装勢力”についての話をしようと思う」
「見当がついたの?」
「まだ確証はないけど。【赤い棘】。それが任務対象だと思う」



続く(気がむいたら)


散文(批評随筆小説等) 恋昇り5「心配と信頼とシュークリーム」 Copyright トビラ 2020-05-15 06:23:13
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