片われの夢
帆場蔵人

片われをなくした
ビーチサンダルが
木陰で居眠りしている
その片われは今、どこで
何をしているのだろう

波にさらわれ海を渡って
名も知らぬ遠い島で椰子の実を
見上げて流離の憂いを抱くのか

いつも故郷では夏の日暮れに片われを
失くしたビーチサンダルがあちらこちら
ぽつり、ぽつり、と寄る辺なく
捨てられていた、町を出る数日前に
その片われに足を入れようとした
足はそのビーチサンダルには大き過ぎ
履けたとしても片われはそこにいない

わたしはそうして汽車に乗り町をでた

帰郷するまでビーチサンダルの事など
忘れて、故郷はただ美しい遠景であり
流離の憂いを帯びて、ふと、現れるのだった

帰郷の頃には汽車はなく電車が走っていた
帰ることで故郷は失われていき帰ることで
片われを求めていたあの日を思いだす

片われをなくした
ビーチサンダルが
木陰でみる夢は

※名も知らぬ 遠き島より
流れ寄る 椰子の実一つ

夕暮れの陽とともに沈んで
ひとりひとりの胸に仕舞われる
片方だけのビーチサンダル




※島崎藤村 作・椰子の実、より引用


自由詩 片われの夢 Copyright 帆場蔵人 2019-08-09 01:21:35
notebook Home 戻る  過去 未来