台風と灼熱とゲリラ豪雨
ホロウ・シカエルボク



左目の目尻を切り裂くような角度で強いビル風がブチ抜いて行った、顔をしかめ、額の汗を拭い、もう一度歩き出した、そんな些細な出来事のせいで、いったいどこへ向かって歩いていたのか忘れてしまった、まだ完全には通過していない台風が残した湿度と、黒雲の後ろで午後過ぎまで焦れていた太陽が狂ったようにばら撒く熱が最悪のバランスでミックスされていた、この小さな世界はまるで、焼けたフライパンの上のような有様だった、この夏は何かが壊れてしまったかのような暑さがずっと続いていて、疲れ果てた連中はみんな、もう無駄な自尊心を振りかざすこともなく、それぞれの目的地を目指してカラフルなスニーカーの底をチリチリと音を立てているようなアスファルトの上に擦り付けているだけだった、俺はもう自分がどこへ向かっていたのか思い出そうとすることを止めた、それはもう思い出す価値すらないくらいの目的だったということだ、こんな熱と湿度の中で一時間も歩いていれば、誰でもそんなふうになってしまうかもしれない…ふいに空が薄暗くなり、人々は安堵の表情を浮かべる、でもそれも一瞬のことで、次の瞬間には機銃掃射のようなゲリラ豪雨に悲鳴を上げながら逃げ道を探し始める、俺は表通りを避けて人気のない路地に入り、奥行きのあるテントを選んで滑り込む、去年までスナックだった店舗だ、もう半年近く空き物件になったままでいる、テントの終わるところに入口があり、閉ざされたシャッターの前にはパイプ椅子が数脚たたまれた状態で捨て置かれている、俺は晴れた日でもこの場所で時々、この椅子に腰を掛けて時間をやり過ごす―ふと、同じように人混みを逃れたらしい三人の若い女が入ってくる、ひとりは、デヴュー当時のアヴリル・ラヴィーンみたいに髪を染めた肩までの乱暴なシャギーで、ミック・ジャガーの映画に出てた黒人の女優によく似ていた、もうひとりは黒髪のロングヘアーで、竹細工かと思うほどに細身な女だった、もうひとりはボリュームを抑えたショートボブで、ダークブラウンに染めてあった、三人とも身長は一六〇あるかないか…少ない光源で確認出来るのはそれぐらいだった、彼女らは俺の方に目をやることなくテントの手前の方で、髪や服に張り付いた雨を払いながら「びっくりしたね」なんて話していた…そのうち、それぞれが少しずつ妙な雰囲気になり、それぞれがそれぞれの首筋だの唇だのを艶めかしく撫で始めた、じゃれてるなんてレベルじゃない、完全に愛撫だった―事態が深刻になる前に俺は咳払いをした、三人の動きが止まり、シャギーの女が目を細めてこちらを凝視した、あまり、目が良くないのかもしれない、おまけにむこうからこちらは、ちょっとした薄闇ぐらいには暗い…「ごめんなさい」ようやく俺の存在を確認したシャギーの女が、慌てた様子で詫びた、他の二人もお互いから離れ、衣服を整えた、いや、と俺は短く答えた、「黙って見ていてもいいかなとか思ったんだけど」俺がそう言うと三人は笑った、「君たちはその…恋人同士なのか?それぞれが?」ふふふ、と、黒のロング、「レズなのか?って聞いてくれて構いませんよ」華奢な外見とは裏腹に、タフな声帯を感じさせるしっかりとした響きを持った声だった、俺は苦笑した、まあ、お察しの通りです、と、ショートボブの女、「時々ここでいちゃいちゃしてるんですよ」奇遇だね、と俺も言った、「俺もここ好きなんだ、全然人が来ないからさ」ふふ、とシャギーが笑った、俺たちのあいだには奇妙なシンパシーが生まれていた、ねえ、どうだろう、と、シャギーが二人に提案した、「あたしたちの夢、この人に叶えてもらおうよ」いいね、と二人の女はすぐに賛同した、夢って何?と俺は訊いた、写真を撮って欲しいの、と、シャギーが説明した、「あたしたちがシテるところを撮って欲しいの」俺は軽く面食らって目をしば立たせた、「だけど俺、写真なんか撮ったことないぜ」「いいのよ」とロング、「スマホのカメラでいいの、とにかくたくさん撮って、それをあたしたちに送って」「マジかよ」「マジよ」「お願い」―馬鹿げていた、そんなことを最後まで理性的に行える自信がなかった、でも彼女たちは本気で願っていた…終いには根負けして受けてしまった、それで俺たちは豪雨の中を一番近いホテルまで走った、ずぶぬれになったので順番にシャワーを浴びた、「じゃあ、あたしたち始めるから、お願いね」俺はホテルのガウンを着てスマホを構え、OK、とサインを送った、「興奮してもあたしたちには手を出さないでね?自分で出すのは構わないけど」ロングが言う、写真を撮りながら?と俺は尋ねた「写真を撮りながらね」と、ロングは言って、笑いながらベッドへと歩いた


それから数時間、俺は真剣に彼女らの行為を撮り続けた、撮っているうちにどうして彼女らがそんなことを望んだのか、判る気がした、だけどそれはほんの少し悲しい気分になるようなことだった、だから気づかないふりをしていろいろなアングルから撮った…ようやくすべてが終わると俺は草臥れてベッドに座り込んだ、途端に女たちに押し倒され…それから順番に彼女らは俺とまぐわった、「話が違うんじゃないの」カラカラになってから俺は抗議した、女たちはてへへへと笑って、まあ、なんとなく、と頭を掻いた


それから俺たちはもう一度順番にシャワーを浴びてホテルを出た、写真が大量にあるからとシャギーが自分のパソコンのメールアドレスを教えてくれた、「ひとつ残らず送って、ブレてるのとかも」「判った」「じゃあね、ありがとね」女たちはそれぞれの振りかたで手を振って、それから背を向けて去って行った、俺も彼女らの後ろ姿に背を向けて、自分の家に向かって歩き始めた




肉が食いたいなと思った、上等の肉をレアで焼いたシンプルなステーキが。




自由詩 台風と灼熱とゲリラ豪雨 Copyright ホロウ・シカエルボク 2018-07-29 21:58:23
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