滴り落ちる血のようなリズム
ホロウ・シカエルボク







無造作な闇に木霊する歪んだ梟の声の中に誰にも聞かせられない言葉を埋め込んで、亡骸を模倣しているみたいな午前零時の挙句、泥土の思考回路は生温い卵を産み落とす、祝福されない産卵、祝福されない産卵だよ、それはひとつひとつバラバラに転がって膿んだ寝床を囲むみたいに整列していく、まるで祭壇の生贄を示唆するみたいにさ…深く小さい傷口から滴り落ちる血のようなリズムで雨が降って、まるで火事のあとのような静かで煤けた空気、時折空気に混じって鼻腔に吸い込まれる埃には死相が縫い付けられてあった、いくつも食らってきた、いくつもそんなものを…それが意図である夜もあったし、不意に脳味噌をグラつかせる夜もあった、存在はいつでも真夜中にグラついていた、それは誰もが剥き出しになる時間だからだ、皮を剥がれた食用の動物のように、剥き出しになって転がる時間だからだ、自分自身の肉の臭いが煩わしくて堪らなくなる、悲鳴をこらえながらどうにかぶちのめしたいと考えてはみるものの、まさかてめえを捌くわけにもいかねえ、悪性腫瘍のように体内を侵食していく―正直、それは紛れもなく正直さなのだ、俺と同じように寝床で目玉を見開いて薄暗がりを睨んでいるお前になら判るだろう…俺を取り囲んだ卵が何かを怖れているようにぶるぶると震えている、どうしたんだ、何がそんなに怖ろしいんだ…もしやお前らが怖れているのは、その殻を破って産まれてくるそのときのことか?心配はいらんよ、同胞、真夜中の歪な同胞、この世界には怖れるのに値するものなどひとつもありはしない、つまらない芝居を観たときみたいに無表情になってやり過ごすようなことしかありはしないのさ…だから遠慮なく産まれて来るがいい、そうして望むのならこの俺の身体なり精神なりを食らって穴ぼこだらけにするがいいさ、ここに産まれてここで孵化するってことはそういうことなんだろう―俺に何らかの犠牲を求めているということなんだろう?俺は構いはしないよ、お前らを産み出した穴はきっと俺のどこかに空いているはずのものだから…俺は喜んでこの身を差し出すだろう、それは手の込んだ共食いみたいなものなんだ、同種ですらない、俺自身でしかない、俺自身の細胞や精神を俺自身の展開から産まれてきたものたちが食らうのだ、言っただろう、この世には怖れるに値する出来事なんかないと、迷いなく殻を破って、出来立ての歯を俺の肉体に突き立てればいいさ―破れると同時に卵は消えていった、内側から殻を破ったはずのなにかしらの姿は一瞬も確認することが出来なかった、俺は捧げられることのなかった余りの生贄となり、数十分進んだだけの時計の表示を見つめていた、アンティーク・ショップで買った、文字を書いた小さな板がぺらんと捲れていくタイプのヤツだ…それは俺にこの世でもっとも「時間」というものを認識させるアイテムだ、時間は捲られていく、無機質に、電気的に…不思議とそれは、ねじまきよりも確実な経過というものを感じさせる―だけど、時計の話はこれくらいでいいだろう…?こんな話をしていたら、少し前に見た夢のことを思い出したよ、俺はどこか辺鄙な海岸線を見下ろす道路を自転車で走っていて、海に出るある階段のところに辿り着く、自転車を降りて歩いていくとそこには何かの工場があり、二人の男が天井から何かを吊るそうと画策している…時間はもうすぐ日が暮れるっていうころでさ、海面がオレンジ色の光を反射してとても綺麗だったよ、海に近いところにはその工場の駐車場管理棟のような小さな小屋があってさ、そこにはアナログの一四インチテレビが置いてあって、これまた古臭いドラマを流していて…そこに出ていた役者は誰一人知らなかった、俺は工場を後にして自転車に乗り、帰ろうとしていた、空はもう真っ暗になっていて、帰り道は途方もない上り坂だった、なあ、この夢のことを思い出したのは今日が初めてなんだ、あんな海には行ったことがない、あんな工場のことなんか知らない、何を作っているところなのかも結局判らず仕舞いだった―戯言を並べ立てて、真夜中は深くなって、俺はまるで海のそこにでも居るかのような息苦しい眠りの予感に顔をしかめている、深く小さい傷跡から滴り落ちる血のようなリズムの雨が、もう一度降ればいいのにと思う、そうすればそこには少なくともリズムが産まれるだろ…俺はリズムの中に身体を浸して、すんなりと眠ることが出来るはずなんだ…。





自由詩 滴り落ちる血のようなリズム Copyright ホロウ・シカエルボク 2014-11-07 01:17:21
notebook Home 戻る  過去 未来