星になる君とさいごの夜にいる舌の氷の溶けおわるまで
木屋 亞万

職業を問われたら
いずれ星になることだ
と答えるような気障な男だった

宇宙飛行士といえば聞こえはいいが
今の時代そんな奴はごまんといる
宇宙産業が国営だった頃ならまだしも
小さな町工場からでも宇宙へ飛び出せる時代だ

高いところに行きたがる奴にはロクなのがいない
速さ 高さ 遠さ そんなことにばかりこだわっている

道路が削れるほど車輪で駆け回り
青空が曇るほどに飛行を繰り返し
宇宙に行ってなお塵芥を撒き散らす
どこに行っても迷惑な男

自分が楽しければそれでいい
自分がかっこよければそれでいい
自分が正しいと思えればそれでいい
君がそう思っているなら
私もそれで良いと思えてしまう

宇宙人とか宇宙資源とか新技術とか移住計画とか
そんな社会の事情はどうでもよくて
工場の経営とか収益と損失とか
そんなものだってぜんぶ人任せ
リーダーとか社長とか夫とか父親とか
そんな肩書きもあっさり肩から外してしまう

君はただ飛びたいだけ
ここではないどこか遠くへ
光も追いつけない速度で

だから別れ話
旅の前には今生の別れをするのは
今も昔もおなじこと

旅はいつだって危険と隣り合わせで
徹頭徹尾安全なものは旅とは言わない
君がそう言うのだから
誰にも否定はできない

私だって君の前で
寂しいとすがり付いて泣けるほど
やわらかくはできていない

安い油の匂いがするファーストフード店
炭酸水の入っていたコップ
その底に残る砕かれた氷
それを幾つか頬張って
君の口の中に移した
氷が溶けてなくなるまで
そのつめたさが私を安心させるまで

君の乗ったロケットは
毎日朝の来る星を離れ
ずっと夜のままの世界へ旅立つ

君の乗っている機体の吐き出す炎が
いつかのブレーキランプのように
いつかの夜間飛行のアウターランプ(点滅灯)のように
私に居場所を教えてくれる

舌の真ん中にずんと残ったままの氷のつめたさと
最後に頬に触れた君の手の感触

もっと私のために生きてくれても良かったんじゃない
そう問いかけたいけれど君は今のままのほうが正しい

君は星になる
星になって飛んでいく

なあ 
帰ってこいよ 私が生きているうちに

君のいない朝が来て
君はずっと
夜の闇を飛んでいく


自由詩 星になる君とさいごの夜にいる舌の氷の溶けおわるまで Copyright 木屋 亞万 2012-03-30 01:19:14
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