雨に踊るものたちは皆、笑っている
木屋 亞万

薄曇りの空
昼の明度が低い
苛立ちを泡立てたような
街の雰囲気のなかを歩くと
泡に包まれた静電気が
渇いた頬にぱちぱち当たる

降るならば降ればよいのに
水の腐った匂いがする透明傘を片手に
空を見上げて
そう思う

湿度が高まっている
風が生温かい
遠い街ではもう
雨が降っているかもしれない
匂いには雨の気配がある

アスファルトの
ゴツゴツした石の隙間に
溜まっている小さな砂粒が
濡れていく匂いが
僕の育った町の雨の匂い

校庭のグランドにぽつぽつと
雨粒が落ちてくる景色が懐かしい
雨の日の校庭には即席の川ができて
平らかな土をかき乱し
弱いところを沈めてしまう

音楽室のピアノが
音を雪崩れさせながら踊る
その音がいつも以上に透き通って
それが叩かれて響く音なのだと
誰にも気づかせないくらいに
透明
鍵盤を打つ音は
雨にとても似ている

階段の踊り場を駆け抜ける
上履きの靴底のゴムが
キュッキュッキュッと
楽しそうに笑い
階段をタカタカと降りていく
校舎に閉じ込められた
子どもたちの足音は
どうしようもなく弾けて
踊る


(雨が降り始めた)


はるか高い空から
落っこちてくる水滴たちの
勇気を讃えるように屋根たちは
拍手喝采を送る音で
雨を迎える

溜まり始めた水溜りの上を
駆け抜けていく自動車の車輪さえ
とび跳ねるようにリズムを刻む
普段から堂々と闊歩し過ぎている
街行く人々も今日は
傘で顔を隠して歩く

僕のところはようやく
雨が降ってきたよ
古びた透明傘にも出番が来た
そのせいで肩とズボンの裾が
雨に濡れてしまったけれど
それが何だかとても楽しいんだ

君のところにもこの雲が
楽しさを運んでくれればと思って
空を見上げる

ほの明るい金曜日の十四時
冷めたコーヒーを片手に


自由詩 雨に踊るものたちは皆、笑っている Copyright 木屋 亞万 2011-04-15 14:11:06
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