硝子は大人になる前に散る
木屋 亞万

生まれたてのガラスは
存在しないかのように美しかった
内と外を隔てる境界なんて
本当は存在しないものなのだと
透明な身体で物語っていた
ガラスの魔法は少しずつ
雨に触れて解けていく

水滴の重みでは鍵盤は響かない
庭先のおもちゃのピアノは
雨にさらされながら静かに濡れていた
その閉ざされたまつげの奥で
幼い指との記憶を探す
しどろもどろの猫踏んじゃった
きらきらぼしは雲に隠れる
すべてが今は雨音の中

濡れたアスファルトは少しだけ輝く
地上を歩く人は気づかない
かすかな光を放っている
空を飛ぶ小さな鳥だけが
そのことに気がついて
誰かにそのことを伝えたくて仕方がない
世界には聞き手が不足しているのだ

春の桜は雨に散る
吹き抜ける長い風に散る
絶え間ない地球の引力に散る
小さな花をそっと開き
完全に咲ききって散る
ひとつ残らず花びらは
四月とすべてを共にする

粉々に砕け散ったガラスは
生命をもった雨粒の骨のようだった
桜の花びらのように舞い散っている
その近くを猫が歩く
ピンと立った両耳は
濡れたピアノの夢に耳を傾けている

枝先で世界の輝きについて
懸命に語っている小鳥の声は
未だ猫には届いていない


自由詩 硝子は大人になる前に散る Copyright 木屋 亞万 2011-04-09 01:24:06
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